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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3855/3865

3855話

「ちょっと……嘘でしょ」


 宝箱を開けた女は、信じられないといった様子で呟く。

 レイからの依頼……宝箱を開けるという依頼を受けた女だ。

 報酬は金貨二枚か、宝箱の中に入っている物によって報酬を変えるもののどちらかを選べるというもの。

 女が希望したのは、宝箱の中身によって報酬が変わる方。

 それは女にとって、間違いなく多くの報酬を貰えるだろうという予想からの選択だった。

 実際に今まで二度とも希少な魔法植物やマジックアイテムが出ているのだから、今回も同じようになる。

 ましてや、今回の宝箱は十四階にあった宝箱なのだ。

 女の所属するパーティは十階前後で活動しているだけに、十四階の宝箱であれば期待以上のお宝が出ると、そう半ば確信していた。

 確信していたのだが……その確信は宝箱の中身を開けた瞬間、砕けてしまう。

 宝箱の罠が仕掛けられていなかった時点で、薄らと不安はあった。

 一応鍵は掛かっていたものの、その鍵もそこまで開けるのが難しいものではなかった。

 もし希少な何かが入っているのなら、それは有り得ない。

 ……実際には中身が希少であっても、罠がなかったり、鍵が掛かっていなかったといった宝箱もあるのだが、女がこれまでそのような宝箱に当たったことはなかったので、そう判断したのだろう。

 そして実際、宝箱の中から出て来たのは一本の短剣だった。

 もしこれが短剣であっても、マジックアイテムの類であれば女も喜んだだろう。

 もしくはレイが使うミスリルナイフのように、魔法金属で出来た物であっても女が喜んだのは間違いない。

 だが……その短剣はマジックアイテムでもないし、魔法金属のような特殊な金属で出来た短剣ではない。

 普通の鉄で出来た、何の変哲もない普通の短剣だった。

 とはいえ、それが全くの役立たずという訳でもない。

 純粋に短剣として見れば、極上品といったような品ではないが、その辺の店で売られている短剣と同じか、少し上の品質だ。

 ただ、女にしてみれば魔法植物やマジックアイテムを期待していただけに、ただの短剣というのは完全に意表を突かれてしまっていた。


「あー……その、何だ」


 その様子を見ていたレイも、女に何と言えばいいのか迷う。

 迷うと同時に、この宝箱はやっぱり崖の中に埋まっていたのではなく、崖のどこかに置かれていた物なのだろうという確信を抱く。

 もしレイが最初予想したように……あるいはそうであって欲しいと思ったように、崖の中にあって、ダンジョンが出来てから初めてレイが発見した宝箱であれば、間違いなくもっと良い物が入っていた筈なのだから。

 しかし、中に入っていたのは何の変哲もない短剣。

 そうである以上、レイは自分の考えが間違っていたと判断するしかない。


「うわぁ……レイの宝箱で短剣って外れじゃないか?」

「いや、見た感じ短剣そのものはそこまで悪くないように思える。それに、以前は品質がそこまで高くないポーションもあっただろう? あれに比べれば、短剣の方が……」

「え? そう? 私は短剣よりもポーションの方がいいけど」


 周囲で様子を見ていた冒険者達が、そんな風に会話をしているのがレイの耳にも入ってくる。

 そしてレイが聞こえたということは、当然ながら宝箱を開けた女にも聞こえている訳で……


「う……」


 女は改めて自分が外れを引いたことを実感してしまい、そんな声を漏らす。


「あー……その、何だ」


 そんな女に対し、慌てて声を掛けるレイ。

 このままだと、もしかしたら泣くのでは?

 そんな風に思った為だ。

 女も冒険者である以上、本来ならこのようなことで泣いたりはしないだろう。

 そうレイは思うが、それでも女の様子を見る限り、もしかしたら……とそう思ったのだ。

 勿論、ここで女が泣いても、それは別にレイが何かをしたからという訳ではない。

 言ってみれば、女がギャンブルに失敗した結果が今の状況なのだから。

 ただ、それでも今の状況を考えるとそのままにしておくのは止めておいた方がいいだろうと、そう判断したのだ。

 とはいえ、どう声を掛ければいいか。

 そう思い……レイは女が手にしている短剣に視線を向ける。

 その短剣は本当に普通の短剣で、レイも別に欲しいとは思わない。

 ならば……と。


「報酬の件だが、その短剣でいいか?」


 女が選んだ報酬は、宝箱の中身によって変わるというもの。

 そしてレイはその短剣がどうなってもいいと思った以上、その短剣を売った金ではなく、その短剣そのものを報酬として女に渡してもいいのではないかと、そう思ったのだ。


「……ありがとう」


 複雑な、本当に心の底から複雑そうな様子ではあったが、女もレイの気遣いについては理解しているのだろう。

 素直に感謝の言葉を口にするのだった。






「じゃあ、結局その女の人は得をしたのですか?」


 夕食の時、レイはジャニスに今日あった出来事を話していると、ジャニスはそう聞いてくる。

 しかし、そんなジャニスの問いにレイは迷う。


「うーん、どうだろうな。まぁ、当初の予定よりも多くの報酬を貰ったという意味では、得をしたのかもしれないけど」


 ただ、あの短剣は普通に購入しても金貨二枚にはならないだろう。

 もしくは、何とか金貨二枚になるか。

 それなら、大人しく金貨二枚を選んでおいた方がよかったのは間違いない。

 そう思うのはレイも分かるが、最初にどちらを選ぶのかで宝箱の中身によって変わる方を選んだのは女だ。

 そういう意味では、自分で選んだのだから自己責任となる。


「いっそ。宝箱を開けてから決めるというのはどうですか?」

「それも少しは考えたんだけどな。ただ、冒険者としての勘を鍛えるという意味でも、最初に選ばせた方がいい」


 そんなレイの言葉に納得したのか、あるいはそういうものかと思ったのか。

 ジャニスはその件についてそれ以上突っ込むのを止めておく。


「それで、明日もダンジョンに行くのですよね?」

「そうなるな。明日から三日はダンジョンだ。そして四日目は教官として働き、五日目に出発する。……それで、俺がいない間のことだが、本当にこの家にいるのか? 俺はいないし、仕事らしい仕事も……掃除くらいしかないだろう? 家に帰っても構わないけど」

「いえ、今はここが私の帰るべき場所ですから。レイさんが構わないと仰るのであれば、ここにいたいと思います」


 そう言われると、レイとしても無理に自分の家に戻れとは言えなくなる。

 それにレイが……そして冒険者育成校で選抜された面々がどれだけの間ギルムにいるのかは分からないが、その間にこの家に誰もいないとなると、どうしても埃が溜まったりする。

 その辺りの掃除をしっかりとしてくれるのなら、レイとしても感謝することはあっても不満に思うことはない。


「分かった。じゃあ、俺がいない間の家のことは任せる」


 そうレイが言うと、ジャニスは嬉しそうに……本当に心の底から嬉しそうに笑みを浮かべるのだった






「さて、十四階は今日が最後だな」


 翌日、レイはセトと共に再び十四階にやってきていた。

 レイとしては、昨日の成果はそこまででもなかったので、今日は出来るだけ多くのモンスターを倒したいと思う。

 昨日はセトのサンダーブレスによって崩落した崖から宝箱を見つけたので、もしかしたら他の崖の中にも宝箱が埋まってるかもしれない。

 つまり、他の崖を破壊してもいいのかどうかがどうしても気になり、午後の早い内に地上に戻ってしまった。

 ……もっとも、レイが崖の中から現れたと思った宝箱の中身はありふれた短剣でしかなく、そのことから崖の中にあったのではなく、崖の上や洞窟か何かの中にあったのだろうという結論になったが。

 ともあれそんな訳で、昨日は少し時間を無駄にしてしまった以上、出来れば今日はしっかりとこの十四階にいるモンスターを倒したかった。

 もしくは、宝箱を見つけたい。

 そういう風に思いながら十四階の探索を続けていたレイだったが……


「あれ? あの崖は……セトがサンダーブレスを使った崖だよな?」


 空を飛ぶセトの背中の上で、レイは昨日サンダーブレスによって破壊された筈の崖を見て、そう呟く。

 ……そう、崖をだ。

 昨日破壊された筈の崖は、それがまるで夢か幻だったかのように、そこに存在していた。


「グルゥ?」


 レイの言葉を聞いたセトは、あれ? 何で? と喉を鳴らす。

 自分が破壊した崖だけに、一体何故このようなことになっているのかが分からないのだろう。

 レイもその光景に驚いたものの、少し考えれば予想は出来た。


「多分、ダンジョンの修復機能だろうな。……岩の階層で俺が手に入れた岩の補充は翌日すぐにって訳にはいかなかったのに、この崖の階層では崖がすぐに修復されたのは疑問だけど」


 そう、すぐにレイが思い浮かべられるようなものは、結局のところそれしかないのも事実。

 一体何故この階層だけがここまで早いのかは、レイにも分からなかったが。


(考えられる可能性としては……その階層で行動している冒険者の数とか?)


 この崖の階層は十四階。

 岩の階層は十二階。

 階層の違いは二階だけではあるが、転移水晶があるのは十階と十五階であり、十二階の方が到達出来る冒険者の数は多いのだ。


(つまり冒険者の数が少ない方が……いや、それはちょっと違うような気がする。だとすれば、階層ごとに修復に使える魔力……か何かは分からないが、何らかのエネルギーがあるとして、そのエネルギーが十四階よりも十二階の方が潤沢にあるとか? 冒険者の数が少ないとなると……間違ってはいないような気もする)


 岩の階層で冒険者が暴れ、階層に被害が出ると、それを修復する。

 それはこの崖の階層も同じではあるが、冒険者の数が少ないだけ……つまり、階層の一部が破壊されたりといったことになる可能性は少なくなるかもしれないとレイは予想する。

 もっとも、それと同時により深い場所に潜ることが出来る冒険者は、それだけ能力も高くなる訳で、そうなるとモンスターとの戦闘においても能力が高い分、周囲に大きな被害が出る可能性はあるのだが。


「ともあれ、どういう理由かは分からないが、崩落した崖が元に戻ったのは俺達にとっては悪くないことだな。……今日の探索が終わったら、一応アニタに説明はした方がいいだろうけど」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、この一件については自分が何かをする訳ではないので、レイに任せているのだろう。


「ともあれ、あの崖については……あ、いや。宝箱が復活してたりするか? もっとも、同じ場所に宝箱があるとは限らない訳だが」


 宝箱というのは、新たに設置される時は別の場所に設置されることが多い。

 それも絶対という訳ではなく、中には同じ場所に設置されたりすることもあるのだが。

 ……ただ、レイが十五階にあった、溶岩の川の中州にあった宝箱は昨日も今日も一応確認はしてきたが、どこにも置かれてはいなかった。

 そう考えると、やはり宝箱が同じ場所に設置されるというのは考える必要もないのだろう。

 そう思ったレイだったが……


「取りあえず、あの崖を見てきてみるか。多分ないとは思うけど、もしかしたらまた宝箱があるかもしれないし。……まぁ、宝箱があっても、昨日と同じくただの短剣が入ってるだけという可能性もあるけど」


 それでも、もしかしたら……万が一にも、短剣ではないもっと別の何かが入っているかもしれない。

 あるいは短剣であっても、流水の短剣のようにマジックアイテムである可能性もある。

 可能性は低いが、それでもゼロではない。

 であれば、宝箱がある可能性があるのなら、それを回収しておくのはレイにとっても決して悪い事ではないだろう。

 そうして、レイはセトと共に崖のどこかに宝箱がないかと、探してみる。

 まず最初に向かったのは、崖の上。

 以前クアトスの実の入っていた宝箱を見つけたのも、崖の上にあった宝箱だったので、もしかしたらという思いがあってのことだ。

 だが、残念ながらセトが空を飛んでも崖の上に宝箱を見つけることは出来ない。

 ならば崖の壁面はどうか。

 そう思って崖の回りを飛んで貰ったのだが……


「グルゥ!」


 途中で不意にセトが喉を鳴らす。

 そんなセトの視線の先にある洞窟を見て、レイはまさかと思う。

 洞窟の類があるかもしれないとは言っていた。

 だが、それはあくまでもそうであったらいいなといったようなものであり、実際に本当にそうだったというのはレイにとっても驚きだった。

 それでも洞窟がある以上、実際に調べてみる必要があるだろうと判断し、セトが入れる大きさだったので、一緒に洞窟の中に向かう。

 ……だが、結局洞窟の中には宝箱はなく、モンスターはおらず、もしかしてという期待はあっさりと裏切られるのだった。

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