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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3854/3865

3854話

「えっと、もう一度言ってくれますか?」


 午後のまだ早い時間……夕方まではまだかなりの余裕がある中で、レイはギルドにいた。

 そのような時間だけに、ギルドにいる冒険者の数は少ない。

 皆無という訳ではないが、早朝や夕方と比べると閑散としている雰囲気すらある。

 ギルドと併設している酒場には、今日は休みなのかそれなりの数の冒険者がおり、昼間から酒盛りをしている者もいたが。

 中には遅い昼食を楽しんでいる者もいる。

 そんな中、半ばレイの担当となっているアニタは自分の聞いた言葉が信じられないといった様子で、レイにもう一度話してくれるように言う。

 レイはそんなアニタに、そう思うのは当然だろうなと思いながらも、先程口にした言葉を再度口にする。


「十四階にある崖を幾つか崩落させてもいいか?」

「……何故、と聞いてもいいですか?」


 頭が痛いではなく、頭が頭痛といった様子で押さえつつ、アニタがレイに尋ねる。

 ギルドの受付嬢として、レイの要望を受け入れるのは難しい。

 それでもこうして尋ねたのは、どうしてもそうする必要があったら……と思ってのことだ。

 レイが十階のリッチを倒した時のように、そうしなければダンジョンにとって……あるいは迷宮都市のガンダルシアにとって致命的な損害があるのなら、そのようなことをする必要があるだろうと。

 ……だからこそ、レイの口から出た言葉の意味を理解出来なかった。


「もしかしたら、崖の中に宝箱が埋まっている可能性がある。それを確認したくてな」

「……正気ですか?」


 本来なら、ここはせめて本気かと聞くところだろう。

 だが、レイの口から出た言葉に、アニタは思わずそう口に出してしまったのだ。


「正気だよ。幸いにも、十四階まで下りている冒険者というのはそう多くはないだろう?」


 そう言いつつも、レイはセトの背に乗って空を飛びながら、十四階で行動している冒険者を見たのを思い出す。

 そのことを考えると、やはりそう多くはないものの、相応にいるのは間違いなかった。


「駄目に決まってるじゃないですか。そもそも、十五階近くまで潜れる冒険者の数が少ないんですよ。そうである以上、その冒険者達を巻き込む可能性があるのであれば、とてもではないが許可は出来ません」


 きっぱりと言い切るアニタ。

 アニタにしてみれば、またリッチのような何らかの問題があったのかと思っていたら、宝箱を探す為に崖を崩落させたいというのだ。

 頭にくるのは、そうおかしなことではないだろう。

 ましてや……レイは最後まで正確に説明をしていないものの、本当に崖の中に宝箱があるとは限らない。

 レイ達が見つけたのは、崖の上や途中、あるいは洞窟のような場所にあった宝箱が、崖が崩落して放り出された物の可能性も十分にあったのだから。

 いや、レイの予想としては、そちらの方が可能性は高いような気すらしている。

 それでも、もしかしたら……そんな思いがあるのも事実。

 もし本当に崖の中に宝箱が埋まっていたら、それは今までレイが幾つか取ってきた、このダンジョンが出来てから初めて見つかった宝箱であってもおかしくはない。

 特に十五階で溶岩の川の中州にあった宝箱が、かなり希少なマジックアイテムのフルプレートアーマーではあったものの、完全にドラゴンローブの下位互換ということもあってか、レイとしてはあまり嬉しくなかった。

 もっとも、ギルド的にはそのフルプレートアーマーをレイから買い上げ、売ることで大きな利益になる。

 ギルド的には、それこそレイが見つける宝箱の中は希少なマジックアイテムであっても、レイが欲しがらないようなそんな物であって欲しいとすら思っているのは間違いない。


「駄目か」

「駄目です」


 レイの言葉にきっぱりとそう告げるアニタ。

 レイもアニタにそこまで言われると、これ以上言い募ることは出来ない。

 これで崖の中に宝箱が確実に埋まっているという確信でもあれば話は別だったが、それがない以上はここで何を言っても意味がないのは間違いないのだ。


「分かった。なら、諦める」

「そうして下さい」


 そう言いながらも、アニタは内心では安堵している。

 もしレイが駄目だと言っても無理にそのようなことをした場合、止める手段はない……訳ではないが、間違いなく面倒なことになるのだから。

 それが分かっているので、アニタはレイが大人しく退いてくれたことに感謝する。


「崖の件はいいとして、いつものように宝箱の件を頼む。もしかしたら、崖に埋まっていた宝箱かもしれない奴だ」

「……ちょっと待って下さい。その言い方からすると、既に崖を破壊したのですか?」

「戦闘の成り行きでな」


 レイはそう誤魔化す。

 実際にはセトのサンダーブレスを試した結果なのだが、それを素直に口にした場合、間違いなく愚痴を言われると思った為だ。

 何より、そうなると魔獣術についても説明をしなければならない。

 だからこそ、レイとしては今のように話を誤魔化したのだ。


(魔獣術で習得したスキルは戦闘に使うし、そういう意味では俺の説明も決して嘘って訳じゃないしな)


 自分でも無理のある話だとは思うが、レイはそれを表情には出さない。


「異名持ちのレイさんなら、そういうこともあるのかもしれませんね」


 レイの説明に納得したのか、あるいは疑問を持ってはいるが表情に出していないだけなのか。

 アニタはその件で特にレイを責めるようなことはしない。


「そういう訳で、宝箱の件を頼む」

「分かりました。……ただ、もしその宝箱が本当にレイさんが言うように崖の中に埋まっていたとしたら、かなりの貴重品が入っているかもしれませんね」

「あー……それはあくまでもそういう可能性があるからというだけで、もしかしたら普通に崖の上とか、崖のどこかに置かれいた可能性もある。それを理解した上で頼む」


 レイの言葉に、アニタは呆れの視線を向ける。

 当然だろう。先程までは崖の中に宝箱が埋まってるかもしれないということで、崖を壊してもいいのかどうかの許可を欲しいと言ってきたのに、実は他の場所に宝箱があったかもしれないと話を変えたのだから。

 そんなレイの説明に、呆れるなという方が無理だった。


「色々と、本当に色々と言いたいことはありますが、分かりました。取りあえず宝箱を開ける人を募集する時は、その辺についても話しておきます。……けど、その……今は人がいないので……」


 少し言いにくそうな様子のアニタに、レイも頷く。

 まだ午後の早い時間で、ギルドにいる冒険者は少ない。

 もう少しすれば、早めにダンジョンを攻略した者達もギルドに来るだろうが。

 しかし、その間ずっとレイがギルドで待っている訳にもいかない。

 いや、待とうと思えば待てるだろうし、ギルドの前でセトと一緒に待っているというのも悪くはない。


「そうだな。……訓練場で待ってるか。たまには訓練場で訓練をしてもいいしな。それで構わないか?」

「え? それは……まぁ、問題ないとは思いますけど。珍しいですね?」

「たまにはな」


 レイが訓練をする時、最近では庭でやっている。

 マリーナの家の庭に比べると狭いが、それでもレイがデスサイズや黄昏の槍を振り回すことが出来る程度の広さはある。

 模擬戦をするのは難しいかもしれないが。

 アニタもレイが自分の家の庭で訓練をしているとまでは知らないが、それでもギルドの訓練場で訓練をすることは滅多にないというのは理解している。

 だからこそ、こうしてレイがギルドの訓練場で訓練をするというのを聞いて、意外に思ったのだろう。

 もっとも、レイが訓練場で訓練をするのは、本当に今アニタに言ったように、たまにはという理由でしかない。

 言ってみれば、気紛れだ。

 だからこそ、もしかしたら途中でつまらなくなって、訓練場での訓練をすぐに切り上げる可能性もあった。

 もっとも、その場合は夕方くらいにギルドに戻ってくると、そうアニタに声を掛けるくらいはするつもりだったが。


「分かりました。では、依頼を受ける方がいたら訓練場の方に向かわせますね。……報酬だけではなく、宝箱を開けるところを他の人にも見せるという条件で構いませんか?」

「ああ、それでいい。十四階で見つけた宝箱という情報も教えてくれ」


 例えば宝箱を開けたり、罠を解除したりするのに自信があっても、それはあくまでも五階まで、十階までの宝箱でしか試したことがなく、十四階の宝箱には挑戦したくないと思う者もいるだろう。

 あるいは逆に、宝箱を開けたり罠を解除したりする技術を伸ばす為に、十四階に到達していなくてもその宝箱を開けるのに挑戦したいと思う者がいてもおかしくはない。

 そういう者がいるのなら、試させてみてもいいだろうとレイは思う。

 ……もっとも、試した結果失敗して、それで罠が発動して何らかの怪我をしたとしても、レイは責任を持てなかったが。

 あくまでも自己責任。

 そうレイは判断する。


「分かりました。では、そのように」


 アニタはレイの言葉に頷き、そうして話は決まるのだった。






「うーん……時間も時間だし、あまり人はいないな」


 訓練場に到着したレイは、周囲の様子を見つつ、そう呟く。

 実際、訓練場にいるのは十人と少しだ。

 これだけの人数だと、少ないとレイが思ってもおかしくはないだろう。

 ……ギルドの前にいるセトを可愛がっていた者達と同じくらいか、少ないくらい。

 それだけに、レイとしてはもう少し人数がいてもいいのでは? と思わないでもなかったが。

 なお、セトはその者達と遊んでいるので、前回と違って訓練場に来たのはレイだけだ。


「まぁ、訓練をしにやって来たんだし、それならこのまま続けるか」


 レイはそう呟きつつ、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。

 精神を集中させるように深呼吸をしてから、何もいない空間に向かって武器を構える。

 するとレイの想像力によって、ヴィヘラが姿を現した。

 勿論これはあくまでもレイの想像である以上、レイにしか認識出来ていない。

 もし他人が今のレイを見ても、何もない空間に向かって武器を構えているようにしか見えないだろう。

 レイがやっているのは、ボクシングではシャドーボクシングと呼ばれるものだ。

 もっとも、シャドーボクシングであってもレイと同じように相手の姿をここまで正確に想像するのは簡単なことではないのだが。

 想像上のヴィヘラが動く。

 一息にレイとの間合いを詰め、その拳を放ってくる。

 ただし、それは牽制の速度を重視した……いわゆる、ジャブに近い一撃。

 そんな一撃が、瞬く間に五発、十発と連続して放たれる。

 レイはその動きを最小限で回避しつつ、黄昏の槍を横薙ぎに振るい、一瞬遅れてデスサイズで相手の足を薙ぎ払うように振るう。

 レイが持つデスサイズと黄昏の槍は、双方共に長柄の武器だ。

 それだけにその間合いの内側に入って攻撃をするというヴィヘラの戦闘スタイルは、非常に厄介な相手だった。

 勿論、レイもそのような相手との戦い方は熟知しているので、決して対処出来ないという訳でもないのだが。

 そういう意味で、ヴィヘラとの戦いはレイにとっても自分の弱点をなくするという意味では最適の相手だった。

 そのまま、幻影のヴィヘラとの戦いを続け……一体どれだけの時間が経ったのか集中していたレイには気が付かなかったものの、ふと少し離れた場所に女が一人いるのを見て、動きを止める。

 集中力が切れた為だろう。

 レイの中にあった幻影のヴィヘラの姿もすぐに消える。


「ふぅ」


 心を切り替えるように息を吐き、レイはその女に近付く。


「凄かったわね」


 女はレイにそう声を掛ける。

 その言葉がお世辞でも何でもないのは、女の表情が物語っていた。


「まだまだだけどな。……それで、ここに来て俺に声を掛けるってことは?」

「ええ、宝箱の件を引き受けたのは私よ」


 その言葉に、レイは改めて周囲の様子を確認する。

 多少は人数が集まっているようだったが、それでもやはり前回、前々回程の人数は集まっていない。

 まだ夕方にもなっていない時間なので、考えてみればそれも当然なのかもしれないが。

 ……もしくは、そんな時間だと考えればそれだけ集まったのか。


「じゃあ、早速宝箱を開けて貰おうか。ちなみに報酬はどっちにする? 金貨二枚か、宝箱の中に入っている物の割合か」

「割合の方で」


 即座にそう告げる女。

 女の目は期待に輝いている。


(多分、前回の件なんだろうな)


 前回宝箱の中に入っていたのは、フルプレートアーマーだった。

 それもただのフルプレートアーマーではなく、熱に耐性を持つというマジックアイテムの。

 また、前々回もクアトスの実という非常に高価な魔法植物があったのを思えば、女が報酬で金貨二枚ではなく、中に入っていた物の割合を望むのは、そうおかしな話ではなかった。

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[一言] それを言うなら、頭痛が痛いじゃないかな?
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