3850話
フランシスと食事をした日の翌日、レイとセトの姿はダンジョンにあった。
ダンジョンに向かう途中、昨日ダンジョンの前で久遠の牙がちょっとした騒動を引き起こしたという話を聞いたが、恐らくドラッシュに会いたいと言っていた男が関係してるんだろうなという感想を抱くだけだ。
少し……本当に少しだけ、あの男がドラッシュにどのような用事だったのかが気になったが。
セトがあの男の騒動に自分から関わったというのが、レイが興味を持った大きな理由だった。
ともあれ、その騒動も既に終わった以上、ここでレイがどうこうと考えても意味がないのは間違いなかったが。
「さて、セト。今日は十四階と十三階のどっちに行く?」
今日から四日間、十三階と十四階をそれぞれ二日ずつ探索する予定になっているが、具体的に最初にどちらを探索するのかというのは決めていない。
十四階で一日目、二日目。十三階で三日目、四日目。
もしくはその反対であったり、あるいは十三階と十四階を一日ずつ交代で探索をするという方法もある。
どういう風に探索をするのかは、レイとセトで決める必要があった。
「グルルルゥ」
レイの言葉に、セトは少し迷った様子で喉を鳴らす。
セトにとっても、どちらの階層から行くのか迷っているのだろう。
……あるいは、まだ十五階を探索したいと考えているのかもしれないが。
ともあれ、レイはセトに乗って取りあえずは十四階に向かう。
どちらの階層を攻略するにしろ、十四階に移動するのは必要なことなのだから。
レイやセトにとっては残念なことに、モンスターと遭遇するようなこともなく十四階に到着する。
「うん、こうして改めて見ると……俺達以外にとっては、やっぱりかなり面倒な階層だな」
「グルゥ」
階段を上がってすぐの場所で周囲の様子を眺めて呟くレイの言葉に、セトも同意するように喉を鳴らす。
セトにしてみれば、この階層は自分の独壇場だという思いがあるらしい。
空を飛べるセトだからこそのことなのだろうが。
「ともあれ、まずはモンスターを探さないとな。……やっぱり、空を飛んでいればモンスターの方から襲ってくるのか? クアトスの実が入っていた宝箱の件もあるし、空を移動するか」
「グルルルゥ」
レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。
レイの役に立てるのがそれだけ嬉しいのだろう。
そうしてレイはセトに乗って十四階の空を飛ぶ。
十五階にいた時は十三階と十四階をどういう風に探索するのか考えていたレイだったが、こうして十四階を飛んでいる時点で既にそのような考えは忘れ、今日は十四階を探索しようと判断したらしい。
空を飛ぶセトの背に乗り、周囲の様子を確認するレイだったが……
(人があまりいないな。いやまぁ、十四階だからと考えれば、それはおかしなことではないのかもしれないけど。それにしたって、俺達以外に誰もいないように見えるのは……うん?)
視界の隅で何かが動いたように思えたレイがそちらに視線を向けると、そこには数人の冒険者の姿があった。
崖と地上を繋ぐ急な……それでいて細い坂道を、一列に並んで下りている光景。
冒険者の姿が見えないと考えた矢先にこの出来事なのに、レイはどう反応すればいいのか一瞬迷う。
ただ、それでもすぐに気にしないことにしたのだが。
もしあのパーティがモンスターに襲撃でもされているのなら、助ける……という名目で、そのモンスターを倒していただろう。
しかし、見たところでは特にモンスターに襲撃されるようなこともなく、普通に歩いている。
「あ」
レイの視線に気が付いた……という訳でもないのだろうが、視線の先にいる冒険者達が上を……空を飛ぶセトを指さして騒いでいるのに気が付く。
何だ?
最初はそう疑問に思ったレイだったが、すぐにその行動の意味を理解した。
地上にいる冒険者達からは、空を飛んでいるセトをセトだと認識するのは難しいのだろう。
何らかのモンスターが空を飛んでいるのは分かるのだろうが。
つまり、地上の冒険者達にしてみれば、もしかしたらここで襲われるかもしれないと思ったらしい。
「セト、少しここから離れるか。地上にいる連中を無意味に警戒させても意味はないし、最悪先手必勝と攻撃してくる可能性もあるし」
「グルゥ」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らす。
セトも、モンスターならともかく、わざわざ冒険者と戦いたいとは思わないのだろう。
もしかしたら、地上にいる冒険者はいつもギルドの前で自分を可愛がってくれる相手なのかもしれないのだから。
セトは翼を羽ばたかせ、地上で上空を警戒している冒険者達から離れる。
空を飛び、数分程も移動すると……
「お? セト、あれはモンスターじゃないか?」
「グルゥ」
レイはとある崖の上に動く何かを発見し、そうセトに言う。
セトはそんなレイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすと、そちらに向かう。
向かうのだが……
「うわ」
そこで動いてる相手が何なのかを知ったレイの口からは、そんな声が漏れた。
当然だろう。視線の先にいたのは、巨大な虫……いわゆる、ダンゴムシだ。
それも遠くからレイが見つけることが出来たことからも分かるように、普通のダンゴムシではない。
モンスター化したそのダンゴムシは、大小様々ではあったが、小さい個体でも全長一m程もあり、大きな個体となると二m半ばを超えている。
そんなダンゴムシの群れが、丸まったり、のそのそと歩いたりして崖の上に数十匹程もいた。
「あれって、もしかして……」
丸まっているダンゴムシを見て嫌な予感を覚えるレイ。
日本にいた時に見たトレジャーハンターの映画で、遺跡の罠として出て来たものに、丸い大岩が転がってくるというものがあった。
そしてダンゴムシの群れのいる崖にも、下に続く急で狭い坂道がある。
そしてダンゴムシは丸くなる。
(いや、丸くなるだけじゃないな)
丸まっているダンゴムシの背中には小さい棘が無数に生えている。
これが大きな棘であれば、その棘が邪魔になって転がるようなことも難しいだろう。
だが、短い棘なら転がるのに支障はない……どころか、丸まったダンゴムシがぶつかった時、その威力が間違いなく増す。
そういう意味では、背中の棘が凶悪なのは間違いない。
(もっとも……それはあくまでも坂道を登ったり下りたりしてる時だが)
普通にこの階層を攻略している冒険者達……それこそ、先程レイ達が見た冒険者達に対してであれば、ダンゴムシが丸まって転がる、生きた罠とでも呼ぶべきものは非常に危険だろう。
だが、レイはセトに乗って空を飛ぶ。
それはつまり、ダンゴムシが生きた罠としては意味をなさない。
「セト、あのダンゴムシの群れを倒すぞ。それなりに広いから問題ないとは思うけど、あまり吹き飛ばして崖から落とすようなことはするなよ」
崖は結構な高さを持つ。
そうである以上、その高さから落ちれば恐らくダンゴムシも死ぬだろう。
それはレイにとっても楽な方法ではあるが、死体が砕け散ったところでドワイトナイフを使うのはあまり好ましくはない。
なにより、グチャグチャになった死体の中から魔石を拾うのもかなり嫌だった。
であれば、それこそ普通に倒した方がいいのは間違いない。
……ただ倒すだけなら、それなりに楽ではあるのだが、それを出来ないのはレイにとってもあまり好ましいことではなかった。
なので、ダンゴムシはあの崖の上で倒す必要がある。
「グルゥ」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らし、ダンゴムシのいる場所まで降下していく。
そして十分に近付いたところで、大きくクチバシを開ける。
「グルルルルルルルゥ!」
周囲に響き渡る、セトの鳴き声……いや、雄叫び。
それはセトが持つスキルのうち、王の威圧だ。
王の威圧の効果によって、ダンゴムシはそのほぼ全てが動きを止める。
幸運にも王の威圧の効果を逃れた数匹だけが何とか動いているものの、その数匹の動きも非常に鈍くなっていた。
「セト、ナイス!」
そうセトに声を掛け、レイはセトの背から下りる。
まだ崖……ダンゴムシのいる部分まである程度の高さがあったが、レイはスレイプニルの靴を使い、空中を蹴って落下速度を緩めていく。
落下中にミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出し、即座に黄昏の槍を投擲する。
狙いは王の威圧で動きの止まったダンゴムシ……ではなく、動きが鈍くなりつつ、それでもまだ動いているダンゴムシ。
魔力を流されて投擲された黄昏の槍は、ダンゴムシの身体をあっさりと貫く。
(あれ? 思ったよりも硬くないのか?)
甲殻……と呼ぶのは少し大袈裟かもしれなかったが、それでもかなりの硬さを持っているだろうというのがレイの予想だった。
しかし、レイの予想以上にあっさりとその身体を貫いたことを、少しだけ疑問に思う。
もっとも、疑問に思ったからといって、レイの動きは止まらなかったが。
パチン、と。
左手にデスサイズを持ち替え、右手で指を鳴らす。
轟、と。
危険を察したのか、あるいは本能的なものか、王の威圧に何とか対抗し、この場から逃げようとしたダンゴムシの一匹が突然炎に包まれる。
これは、レイの放った無詠唱魔法によるものだ。
直接ダンゴムシを燃やしたのではなく、ダンゴムシのいる場所にファイアボールを生みだし、魔法が発動した直後にダンゴムシがファイアボールを食らった結果だったが。
「さて」
投擲し、一匹の身体を貫いた黄昏の槍を手元に戻し、穂先に付着した体液や血液を振り払うと、レイはダンゴムシの集団に向かって走り出す。
ダンゴムシの中でも身動きの出来る個体は何とか逃げようとするものの、元々ダンゴムシの移動速度はそう速いものではない。
これが丸まって移動するのなら話は別だが、坂道ならともかく平地となっている場所では丸まっても意味はない。
それこそ、身動き出来ないのをいいことに、即座にレイによって殺されてしまうだろう。
その為、必死になって逃げようとするのだが、元々の遅い移動速度にプラスし、王の威圧の効果によって動きが鈍くなっているダンゴムシがレイから……また、空から降下してくるセトから逃げられる筈もない。
「ペネトレイト!」
間合いが十分に詰められたと判断したところで、レイは右手に持つデスサイズを手首の動きだけで反転させ、石突きをダンゴムシに向け、スキルを発動する。
その突きは、ペネトレイト……貫通力を上げる効果を持つスキルによって、あっさりとダンゴムシの身体を貫くが……
「ちっ、やっぱり死なないか。……ぬんっ!」
身体を貫通されたにも関わらず、ダンゴムシの動きは止まらない。
勿論、全くダメージがない訳ではないんだろう。
身体を貫かれたのだから、今の攻撃は間違いなくダンゴムシに小さくないダメージを与えている筈だ。
しかし……それでもなお、ダンゴムシにとっては、大ダメージではあっても致命傷ではないのだ。
虫という生き物のしぶとさを知っていたレイは、ダンゴムシのしぶとさに感心しつつも、そのままデスサイズを動かす。
それはつまり、ダンゴムシの身体を貫いたまま身体を動かすということだ。
二m程のダンゴムシは、一体どれだけの体重があるのか。
もしこの光景を見た者がいれば、間違いなく驚くだろう。
あるいはレイの能力を知っている者なら、レイなら仕方がないと呆れるかもしれなかったが。
ともあれ、レイはダンゴムシを持ち上げると……そのまま、地面に叩き付ける。
グシャリ、と。
そんな音と共にダンゴムシは叩き付けられた勢いで潰され、死ぬ。
それを見たレイは、取りあえず貫通系の攻撃をこれ以上放つのは止めておこうと思っておく。
「グルルルルルゥ!」
地面に着地したセトは、即座にスキルを発動する。
開いたクチバシから放たれたのは、ビームブレス。
レベル二のビームブレスだったが、威力そのものは相応に高い。
しかもセトは、そのビームブレスをただ放つのではなく、放ったまま顔を動かす。
そうなると、どうなるか。
セトが放っているビームブレスもまた、横薙ぎにされるのだ。
勿論、レイに命中しないように注意しながらの一撃だったが……
(ビームブレスというか、ビームサーベルだな)
デスサイズを使い、近くにいるダンゴムシ……ビームブレスの範囲から外れていた個体を切断しながら、レイはセトを見てそんな風に思う。
そうしてセトがビームブレスを放ち終わった時には、先程の王の威圧によって動けなくなっていたダンゴムシの大半が死んでおり、幸運にも……あるいは仲間の死に様を見たという意味では不幸にも生き残った個体も、レイやセトによってあっさりと殺されるのだった。




