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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3849/3865

3849話

 レイは男とのやり取りを終えると、すぐにその場から離れ、それ以上の面倒に巻き込まれないようにと考え、家に向かう。

 幸いなことに、最初はあの男を気にしていた様子のセトも、それ以上は特に男の面倒を見ようという思いもなかったので、家に帰るのにも問題はなかった。

 そしてレイは、現在夏らしい夕焼けを見ながら庭でセトに寄りかかっている。

 夕食まではもう少し時間があるので、それまでの暇潰しだったのだが……


「で? 何でお前がここにいるんだ?」


 レイは視線の先の人物を見て、微妙に嫌な予感……具体的には久遠の牙のドラッシュに会いたいと言っていた男の件じゃないだろうな? と思いつつ、尋ねる。


「あら、ご挨拶ね。私がレイに会いに来てもおかしくはないでしょう?」

「俺にというか、セトにだろ」


 呆れた様子でレイは視線の先の女……フランシスに返す。

 同時に、フランシスの様子から先程の男の一件とは関係ないのだろうと思って安堵した。

 もしフランシスが先程の男の件でここに来たのなら、その性格からすぐ男の件を口に出すだろうと思っていたのだから。

 しかし、幸いなことにそのような様子はない。

 そのことに安堵しながら、レイは言葉を続ける。


「別に来るなとは言わないけどな。……ただ、よく来られたなとは思う。今、忙しいだろう?」


 レイの言葉に一瞬だけ図星を指されたといった表情を浮かべるフランシス。

 何しろ、冒険者育成校が出来てから初めて生徒達をギルムに向かわせるのだ。

 そうである以上、冒険者育成校のトップであるフランシスには多くの仕事があってもおかしくはない。


(イステルの件もあるしな)


 レイが知る限り、ギルムに行くメンバーのうち貴族はイステルだけだ。

 イステル本人は既に自分は家を出た身という認識なのは間違いなかったが、それでも貴族の血筋であるのは間違いない以上、面倒なことになる可能性は十分にあった。

 ましてや、イステル本人も顔立ちが整っており、美人と評されるのは間違いないのだから、尚更に余計な騒動が起きる可能性があった。


「忙しいのはある程度どうにかなったわ。今日の分の仕事は終わり。だから癒やしを求めてここに来たの」


 フランシスが言う癒やしというのが何なのか、それは考えるまでもないだろう。

 それこそレイにとっては、十分に理解出来ることだったのだから。


「セト、少しフランシスの相手をしてやってくれるか?」

「グルルゥ? ……グルゥ」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らして立ち上がる。

 レイはそんなセトの様子に心の底から笑みを浮かべているのを見て、もう少しフランシスの仕事が楽になればいいんだけどと思う。

 ……もっとも、フランシスの仕事が忙しくなる原因を作ったレイがそう思っているのを本人が知ったら、一体どう反応するのかは不明だったが。


「フランシス、夕食はどうする? 食べていくなら、ジャニスに言っておくけど」

「お願いー……すぅ……はぁ……」


 目をトロリとさせながらも、フランシスはレイにそう言ってくる。

 本当に大丈夫か?

 そう思いながらも、レイはジャニスにフランシスの分も食事を作るように言う為に家に向かう。


「はい、分かりました。食材に余裕はあるので、その辺は全く問題ありません」


 ジャニスはあっさりとそう言う。

 レイにしてみれば助かるが、もしかして今日フランシスが来るのを分かっていたのか?

 そんな風に思えた。

 勿論、実際にはちがうのだろうが。


(これが一流のメイドか。……フランシスが信頼するだけのことはあるな)


 ジャニスの様子にそう思いつつ、レイは夕食が出来るまで再び庭に向かうのだった。






「そう言えば、レイ。今日は凄い場所から宝箱を入手したって聞いたけど?」


 夕食の最中、フランシスは濃厚なスープ……粘度的な意味では普通のスープではなくカレーに近いそれにパンを浸しながら、レイに向かって言う。

 レイは香草と共に焼かれたオークの肉を味わいつつ、フランシスの言葉に驚く。


「随分と情報が早いな」

「そうでもないわよ? レイがギルドに依頼して宝箱を開けるというのは、それなりに話が広まっているし。特に前回は……ねぇ?」


 意味ありげに微笑むフランシス。

 フランシスの言葉が何を意味してるのかは、レイもすぐに分かった。

 二個開けたうちの片方。

 恐らくダンジョンが出来てから初めてレイが見つけたのだろう宝箱の中に入っていたのは、希少な魔法植物だったのだ。

 それこそ万能という表現が相応しいその魔法植物は、現在レイのミスティリングに収納されている。

 その魔法植物をいつ使うのかは、レイにも分からなかったが。


「それで今回の件も早く情報を集めた訳か」

「一体、中身は何だったんですか?」


 レイとフランシスの会話を聞いていたジャニスが、興味深そうに尋ねる。

 普通ならメイドは主人と一緒に食事をしたりはしない。

 だが、レイは一人で食べるのも味気ないし、そこまでメイドの立場に拘りがある訳でもないので、ジャニスと一緒に食事をしていた。

 これでレイが貴族なら、あるいはジャニスもレイの指示に素直に従ったかどうかは分からないが、レイは冒険者で礼儀といったものに厳しい訳でもない。

 勿論、公の場での話であれば話は違ったかもしれないが……今レイがいるのは家の中で、ジャニスと一緒に食事をするというのも家の中での話だ。

 もっとも今日はレイとジャニスだけではなく、フランシスもいるのだが。

 フランシスもその手のことはそこまで気にしないので、現在はこうして三人で食事をしていた。


「フルプレートアーマーだよ。しかもただの防具じゃなくて、マジックアイテムの」

「それは……凄いですね」


 素直に感心するジャニスだったが、フランシスは口元にニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 レイが見つけたフルプレートアーマーが一体どういう物だったのか、それを知ってるのだろう。


「誰から聞いた? その情報を持ってる奴は多くないと思うんだがな」


 そう、フランシスに尋ねる。

 レイが知ってる限り、宝箱から出て来たフルプレートアーマーのマジックアイテムとしての効果を知ってるのは、レイと宝箱を開けた女、そしてギルドで鑑定した人物だけだ。

 しかし、そんなレイの言葉にフランシスは呆れたように口を開く。


「そのフルプレートアーマー、ギルドに売ったんでしょう? そうなるとギルドでもそれを売る相手を見つけようとするのは当然で、私のところにもその話がきたのよ」

「……なるほど。けど、それでも俺が持ってきた宝箱から出たという情報は、どこから?」

「その辺は私にも色々と情報が集まるから、その情報をそれぞれ繋ぎ合わせてよ」


 そこまで言われると、レイとしても反論は出来ない。

 実際にそのようにして情報を集めてのものだと言われれば、その辺はフランシスが自力で導き出した結論なのだから。


「そうだな。そんな感じだよ」


 フランシスの言葉をレイが認めたことで、二人の話を聞いていたジャニスが不思議そうに尋ねる。


「レイさんが折角手に入れたマジックアイテムを売ったんですか? 確か、以前マジックアイテムを集めるのが趣味だと、そう聞いたことがありましたけど」


 レイとジャニスは毎日のように一緒に食事をしている。

 昼は別だが、朝と夜は。

 そうである以上、その時に色々な話になり、何かの拍子にレイがマジックアイテムを集めているという話をしたのを思い出していたのだろう。

 もっとも、レイにとってもマジックアイテムを集める趣味をもつというのは、別に隠すようなことではないからこそ、ジャニスに言ったのだろうが。


「そうだな。それは間違いない。けど、俺が集めるのはあくまでも実際に使えるマジックアイテムだ」

「ですが、フルプレートアーマーというのは、その、かなり強い鎧なのでは? それにマジックアイテムなら、レイさんの言う使えるマジックアイテムになるのではないですか?」


 この辺りの判断は、冒険者ではないジャニスには分かりにくいのだろう。

 フルプレートアーマー……つまり全身鎧ということで防御力が高く、その上でマジックアイテムでもある。

 それだけを聞けば、ジャニスのように判断してもおかしくはない。

 おかしくはないのだが……


「まず第一に、俺の戦闘スタイルは速度や身軽さを重視したものだ。その時点でフルプレートアーマーというのは、防御力は高くなるかもしれないが、速度を極端に落とすことになる」


 あるいは人外の身体能力を持つレイなら、フルプレートアーマーを装備した状態であっても相応に素早く動ける可能性はある。

 あるのだが、それでもレイにしてみれば動きにくいのだから、何か余程の理由がない限りわざわざそのような防具を装備したいとは思わなかった。


「そしてマジックアイテムの効果だが、十五階……溶岩の階層から入手したのも影響してるのかもしれないが。熱に耐性を持つというものだ。十五階を攻略する上で便利かもしれないが、ドラゴンローブがそもそもそういう機能を持っているからな。しかも上位互換。そうなると、わざわざフルプレートアーマーを装備しようとは思わない」

「そうなのですか? 折角見つけたマジックアイテムなのに……残念でしたね」

「全くだ。例えばこれが、溶岩の上を歩けるようになる指輪とか、そういうのなら嬉しかったんだけどな」


 そうなれば、レイにとって十五階は非常に楽な階層となる。

 もっとも、既に十六階に下りる階段は見つけてあるので、攻略という意味では半ば終わっているのだが。

 宝箱があった中州のような場所も、レイならセトに乗って空を飛べばいいので、問題はない。


「訂正だ。炎系の攻撃を無効化するとか、そういうのがいい」


 それであれば、レイも装備して炎系の攻撃に対処出来るし、あるいは誰かに貸してもいい。

 ……もっとも、そのような強力なマジックアイテムがそう簡単に入手出来るとはレイも思っていなかったが。


(あ、いや。でも今まで一度も開けられていない宝箱に入っていた、それも十五階という階層を考えると、そんなにおかしくはないのか? ……どのみち、フルプレートアーマーであった以上は、どうしようもないけど)


 レイにとって、フルプレートアーマーという時点で使うべき物でないのは明らかだった。


「まぁ、レイにとってはあまり使い道がないかもしれないけど、熱の耐性があるということは、炎系の攻撃にも完全ではないにしろ、耐えられるのよ。そう考えれば、ギルドから買い取りたいと思う冒険者は……いえ、冒険者ではなくても多いでしょうね」

「だろうな。それは否定しない」


 攻撃魔法は色々なものがあるが、そんな中でもやはり一番使われるのは炎系の魔法だろう。

 勿論、風で斬り裂く、土で貫く、水で呼吸を出来ないようにする……といったり、それ以外にも様々な効果を持つ魔法はある。

 しかし、やはり強力なのは炎の魔法なのだ。

 だからこそ、完全ではないにしろ、ある程度の耐性があるのなら、あのフルプレートアーマーを欲するの者が多いのは間違いない。

 ……ただし、フルプレートアーマーの一部を装備しても効果がなく、全てを装備しなければならないという使い勝手の悪さがあるのが非常に大きな難点なのだが。


「まぁ、もうあのフルプレートアーマーはギルドに売ったんだ。ギルドが誰にあれを売るのかは分からないが、それでも俺には関係ないしな」

「あら、薄情ね」

「……それはちょっと使い方が違わないか?」


 薄情というのは、今回の場合は違うだろう。

 そう思うレイに、ジャニスもまた頷く。

 ジャニスにとっても、今の薄情というのは間違っていると思ったらしい。

 しかし、フランシスはそんなレイの言葉に首を横に振る。


「いいえ、ギルドにしてみればかなり奮発してレイからフルプレートアーマーを買い取ったのよ? それをどうでもいいと言うのは、やっぱり薄情じゃないかしら」

「……そうなのか?」


 レイにしてみれば、金額を支払って貰った時に特にそれらしいことを言われてはいない。

 なので普通の値段だと思っていたのだが、フランシスの言葉を聞く限り、それは違うらしい。


「そうよ。ギルドとしてはレイに色々と借りがあるでしょう? その借りを少しでも返そうとして、買い取り価格を上げたのよ」

「……けど、そういう風には言われなかったけどな」


 借りを返す為に通常よりも高く買い取るということであれば、それをレイに言ってもおかしくはない筈だ。

 だが、レイはそのようなことを言われていない。

 それを不思議に思うレイだったが……そんなレイに対し、フランシスは呆れたような視線を向けるのだった。

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