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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3848/3865

3848話

 結局薄青のフルプレートアーマーはギルドに売ることになり、その金額の一部が宝箱を開けた女の報酬になった。

 金貨二枚どころではない報酬に、心の底から嬉しそうな女はレイに何度も頭を下げてギルドを出て行く。

 そんな後ろ姿を見送りながら、レイは薄青のフルプレートアーマーはギルドじゃなくて猫店長の店に売ればもっと高く売れたんだろうなと思う。

 もっとも、どうしても猫店長の店に売りたかったという訳ではないのだが。


(ギルドで鑑定して貰ったんだし、それはそれで仕方がないとして)


 そんな風に考えていたレイだったが、ギルドの中がかなり賑わってきているのに気が付く。


(そうか、もう夕方か)


 元々、レイがダンジョンから出たのが夕方よりも少し前といった時間だった。

 それから宝箱を開けて、それを鑑定し、それを売ったのだから、既に夕方になっているのはそうおかしな話ではなかった。

 ギルドを出る前にアニタに声を掛けようかと思うも、夕方ということでカウンターの前には既に結構な数の冒険者が並んでおり、それはアニタのいる場所も同様だった。

 そんなレイの様子にアニタも気が付いたのだろう。

 数秒だけレイに視線を向けると、小さく頭を下げる。

 レイはそんなアニタに軽く手を振り、それを挨拶としてギルドから出るのだった。






「グルゥ」

「……ん?」


 いつものように、家に帰る前にギルドの近くにある屋台で何かを適当に食べようと物色していたレイだったが不意に隣を歩くセトが喉を鳴らす。

 そんなセトの様子に疑問を覚え……視線が向けられたのは、横道の先。

 細くなっているその道に、セトは視線を向けていた。

 一体何がある?

 そんな疑問を抱くレイだったが、セトが気に掛けている以上は何かがあるのは間違いない。

 そう判断し、レイはセトと一緒にその道に入って行くのだが……


「あー……まぁ、こういうこともあるのか」


 聞こえてくるのは、鈍い打撲音。

 何かを……いや、誰かを殴る蹴るとしているような音だ。

 喧嘩は別に珍しくはない。

 冒険者の中には気性の荒い者も多いので、喧嘩そのものはそこまで珍しいものではない。

 また、武器を使うのではなく手足を使っての喧嘩だと思えば、まだ健全な方なのは間違いないだろう。

 そう思ったレイが、セトに戻ろうと視線を向けるのだが……


「セト?」


 いつもなら即座にレイの言葉に反応して戻る筈のセトが、まだ視線を道の奥に向けたままだ。

 それは一体何故そうなのか。

 そう疑問に思い、レイもまた足を止める。

 数秒考え……レイは口を開く。


「あの先に行ってみるか?」

「グルゥ」


 レイの言葉に、今度はすぐに返事をしたセトが、道の奥に向かって歩き始める。

 レイもまた、そんなセトと共に道の奥に進むと……


「はぁっ、はぁっ、はぁ……畜生、いい加減しつこいんだよ! 知らないって言ってるだろうが!」


 男が叫び、自分の服を掴んでいる男を蹴る。


(素人だな)


 これが冒険者なら、もっとしっかりとしたダメージを相手に与える蹴り方をするだろう。

 蹴る速度や重心の動かし方、相手に当てる場所。

 それら全てを考えると、蹴っている男の方は冒険者ではなく、せいぜいがチンピラといったところだろう。

 ……ただし、レイの視線の先ではそのチンピラの方が圧倒されている……そう、怯えているといったような表現が近い様子を見せていた。

 普通なら、蹴った方が勝者だろう。

 しかしレイの視線の先では、到底そう見えない光景が広がっていた。


「えっと……その辺にしておいたらどうだ? 見た感じ、倒れてる奴も限界っぽいし」

「ああっ!? ……ちっ、分かったよ」


 蹴っていた男はレイの言葉に叫ぶが、すぐにレイの隣にいるセトを見て、態度を変える。

 ……もっとも、蹴っているにも関わらず圧倒されていた男だ。

 そういう意味では、レイが介入してくれて助かったという思いもあったのかもしれないが。

 蹴っていた男は足早にこの場から立ち去る。

 ……セトの隣を通る時は緊張した様子だったが。


「……待て……くそ……」


 ビクリ、と。

 倒れている男の口から聞こえてきたそんな声に、チンピラの足が一瞬止まる。

 だが、すぐにその場から走り去った。

 余程、この男にこれ以上関わり合いたくはないのだろう。


「さて、どうするか」


 もしこれがセトが関係していないのなら、レイは男に関わろうとはしないだろう。

 あるいは関わっても、精々が大丈夫かと声を掛け、起き上がらせる程度か。

 しかし、今は違う。

 何らかの理由でセトが興味を持ち、レイをここまで連れてきたのだ。

 それはつまり、何らかの理由があってこうしている訳で、そうなるとレイとしてもあっさり見捨てるといった訳にはいかない。


「仕方がないか」


 呟き、レイはミスティリングからポーションを取り出す。

 とはいえ、勿論そのポーションは高品質の物ではない。

 激安……とまではいかないが、それでもかなり安いポーションだ。

 一体どこで入手したのかはレイも覚えていないが、その安いポーションを倒れて動けない男に掛ける。

 いっそ飲ませてもいいのでは?

 そうも思わないではなかったが、飲ませる手間も大変そうだし、他にも一時的に味覚が破壊されるポーションの味を考えると、先程の男に散々蹴られた男に追撃をしたくないという思いもそこにはあった。


「う……」

「大丈夫か」

「あ……あんたは……?」

「通りすがりの冒険者だよ」


 こんな場所を通りすぎる冒険者がいるのか?

 レイは自分で言ってそう思ったが、取りあえずその辺は気にしないでおく。


「そ……そうか。……助けてくれたんだな」


 そう言い、男は地面に倒れたままでレイを見上げる。

 レイが使ったのは安物の……つまりは効果が低いポーションだったので、男の怪我は完全に治ったりはしていない。

 いや、それどころか殆ど治っていないという方が正しいだろう。

 とはいえ、それは地面に寝ている男には分からない。

 男にしてみれば、レイがポーションを使ってくれたというのが事実なのだ。

 ……あるいは、ポーションについて相応の知識があれば、また話は別だったかもしれないが。

 ともあれ、男がレイに感謝をしているのは間違いなかった。


「ああ、本当にちょっとした成り行きでな。セトが……俺の従魔が何故かお前のことを気に掛けていたようだし」


 ピクリ、と。

 レイの言葉を聞いた男はその動きを止める。


「セト……?」


 その言葉、正確には名前に聞き覚えがあった為だ。

 レイも男がセトの名前に反応したのは分かったが、それを気にせず頷く。


「ああ、セトだ」

「じゃあ……あんたは深紅の、レイ?」

「まぁ、そうなるな」

「頼む……力を、力を貸してくれ!」


 先程まで蹴られまくっていた男とは思えない様子で、男はそう言う。

 安物のポーションで回復はしているものの、安物だけにその効果はそこまで高くはない筈だ。

 しかし、それでも男は蘇った力を振り絞るようにしながら、レイにそう頼む。


「そう言われてもな。そもそも何を助ければいいんだ? それに、俺にはそこまで時間に余裕がある訳でもないし」


 六日後にはレイはギルムに行く必要がある。

 また、それ以外にもまだろくに探索をしていない十三階と十四階の探索をそれぞれ二日ずつしたり、最後の一日は冒険者育成校で教官としての仕事をする必要があった。

 これがもう少し前……まだギルムに行くには時間がある時であれば、また少し話は違ったかもしれないが。


「その……久遠の牙にいるドラッシュに会いたいんだ」

「……久遠の牙?」


 それは、レイにとっても聞き逃せない名前だ。

 レイが久遠の牙の中で知っているのは、セト好きのエミリーだけだ。

 とはいえ、そのドラッシュという名前くらいは知っているが。

 久遠の牙というのは、レイが来るまではガンダルシア最強と呼ばれていたパーティだ。

 だが、レイがガンダルシアにやってきたことにより、ガンダルシア最強の冒険者の座はレイに奪われた。

 レイが基本的にソロで活動していることもあり、ガンダルシア最強のパーティの座は守っているが、それによって嫌でもレイは久遠の牙と、そして久遠の牙はレイと比べられることになる。

 そのような相手だけに、レイは久遠の牙についてはある程度の知識を持っている。

 わざわざ自分で調べるようなことをしなくても、ガンダルシアで暮らしていれば……特に冒険者として活動していれば、その辺りの知識は自分から集めようとしなくても自然と集まってくる。

 ……とはいえ、レイは目の前の男の言葉に疑問を持つ。


「さっきのようなチンピラにドラッシュのことを聞いて、どうする? 見た感じ、冒険者でもなかったようだったが」

「……知らないのか? ドラッシュはスラム街出身なんだ」


 男の口から出た言葉は、レイにとっても意外なものだった。

 とはいえ、考えてみればそう珍しい話でもないのだろうと思い直すが。

 スラム街にいる者にとって、そこから脱出する手段というのは限られている。

 その中で冒険者になるというのは、非常にメジャーなものだろう。

 何しろ、冒険者となるのに何らかの資格であったり、戸籍であったりは必要ない。

 ギルドに行って冒険者として登録すれば、それでいい。

 そのうえ、ギルドカードは身分証の役割もあるので、そういう意味でも非常に便利ではある。

 ……ただし、当然ながら素人が冒険者となって生き残るのは非常に難しい。

 何しろ、スラム街出身である以上は金銭的な余裕は殆どない。

 つまり冒険者として活動していく上で必要な武器や防具といった物を揃えるのが非常に難しいのだ。

 もっとも、スラム街出身の冒険者にとっても有利な点はあるが。

 それが喧嘩慣れしているということだ。

 街中の一般人が冒険者になった場合、武器や防具を買う金はどうにか用意出来ても、命懸けの戦いは怖がったりもする。

 だが、スラム街出身の冒険者はスラム街で文字通りの意味で命懸けで戦ってきた以上、その辺は一般人よりも有利なのだ。

 ……ただ、それ以外にも様々な理由から、スラム街出身の冒険者が半年後、一年後、数年後まで生き残る可能性というのは決して高くはない。

 そういう意味では、スラム街出身だというドラッシュが今まで生き残り、そしてガンダルシアにおいて最高のパーティの一員として行動しているのは驚くべきことだろう。


「そうなのか。それは知らなかったな。……まぁ、実際にそのドラッシュっていうのを見たことがないけど。それで、そのドラッシュというのにどういう用件があるんだ? 見た感じ、お前はスラム街出身って訳じゃない……と思うけど」


 断言出来なかったのは、蹴られまくったことによって男の身体がかなり汚れていた為だ。

 今の男の様子から、スラム街の住人なのか、それとも違うのか。

 その辺を判断しろと言われても、レイはすぐには出来ない。


(ただ……)


 レイは自分の隣にいるセトの様子を見ると、何となくだが違うのだろうというのは予想出来た。

 ……そうなればそうなったで、何故この男がドラッシュに用事かあるのかという疑問はあったが。


「俺は、ドラッシュに会わないといけないんだ。だから、頼む。ドラッシュに会わせてくれ。あんたがレイなら、出来るだろう?」

「そう言われてもな。ドラッシュに会うなら、別に俺がどうこうしなくてもギルド……というか、ダンジョンの前で待っていればいいんじゃないか?」


 あっさりとレイはそう言う。

 転移水晶がある以上、久遠の牙は泊まり掛けでダンジョンに挑むとは思えない。

 いや、空を飛ぶセトという存在がいない以上、歩いてダンジョンを攻略しないといけないのを考えると、もしかしたら数日は泊まり掛けでダンジョンに挑むという可能性はあったが。


(何しろ、現在最深部を探索してるのは久遠の牙だ。十九階だったか? 転移水晶が五階、十階、十五階にあったのを考えると、多分二十階にもあるから、そこまで到達すれば楽に戻ってこられるかもしれないが)


 とにかく、ドラッシュに会いたいというのならレイに頼むよりもギルドの前……より正確には転移水晶の近くで待っているのが一番手っ取り早いし確実なのは間違いない。

 そう思うレイだったが、男は何故かそれをしないでレイに……より正確には先程のチンピラに頼んでいた。


(というか、あのチンピラがドラッシュの知り合いなのか? まぁ、スラム街出身ならおかしくはないのかもしれないが)


 レイの視線の先で、男はレイの言葉に顔を上げる。


「ダンジョンの前で……そんなことをしてもいいのか?」

「構わないんじゃないか? もっとも、ダンジョンから出て来た冒険者の邪魔にならなければの話だが」


 そう言うレイの言葉に、男は頭を下げてからその場を立ち去る……いや、走り去るのだった。

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