3847話
訓練場にて、レイがミスティリングから取り出した宝箱を調べていた女は、ふと何かに気が付いたかのように真剣な表情で叫ぶ。
「離れて! 離れて下さい! この宝箱には罠が仕掛けられています! それも、これは……かなり凶悪そうな」
女のその叫びに、周囲で様子を見ていた者達は素早く距離を取る。
この辺りは、ダンジョンに潜る冒険者達だからこそ、少しでも早く離れようと考えたのだろう。
そしてレイもまた、セトと共に女と宝箱から距離を取る。
女は自分の周囲から皆が距離を取ったのを確認すると、真剣な表情で言う。
「これから、罠を解除します。……少しでも間違えば、罠が発動する可能性が高いので、くれぐれも罠を解除するまでは静かにしていて下さい」
そう言うと、女は再び宝箱の罠の解除に戻る。
そんな女を、周囲にいる者達はじっと見つめる。
その中の何人かは、このままずっとここにいるのは不味いと判断したのか、訓練場から離れていったが。
ただ、そのような者は本当に少数だ。
多くの者は訓練場に残っている。
……もっとも、それでももし何かがあった場合は即座に動けるようにと準備している者が多かったが。
そんな中、レイはセトと共に女が宝箱の罠の解除を続ける光景をじっと眺める。
チリリ、と。そんな音が宝箱から響き……次の瞬間、ガコンと何か折れるような音が周囲に響く。
それを聞いた者達の何人かは、その場から離れようとする。
しかし、次の瞬間……顔を上げた女の顔が笑みを浮かべているのを見て、動きを止める。
もし罠の解除を失敗していれば、きっとそのような顔を浮かべるようなことはないだろう。
「成功か?」
それでも一応、レイはそう女に尋ねる。
もしかしたら、失敗したのを誤魔化す為に笑っているのではないか。
本当に一瞬だったが、そのように疑念を抱いてしまったのだ。
だが、女が自分に向かって頷くのを見て、レイは安堵する。
「よくやってくれた。それで、宝箱の中には何が入っている?」
罠を解除するのに成功したということで、周囲にいた者達も歓声を上げ、同時に宝箱の中身を気にする。
そんな周囲の期待とレイの言葉に女は宝箱を開け……
「うわ」
思わずといった様子でそんな声を漏らす。
一体何だ?
その声に反応した者達が視線を向けると、女は宝箱の中に手を入れ……取り出されたのは兜。
「兜かぁ……でも、あれって何かもの凄い場所に置かれていた宝箱なんだろう? なら、普通の兜じゃ……」
ないんじゃないか。
そう言おうとした周囲で見ていた男の一人だったが、その言葉が途中で止まったのは続けて女が宝箱の中から次の物を取り出したからだろう。
それは、手甲。
それに続いて胴体部分、足の部分……といった具合に次々と宝箱の中から取り出す。
最終的に取り出されたのは、薄青色のフルプレートアーマーだった。
それも全てが完全に揃った状態でだ。
(あれ……宝箱に全部入ってたのか? 容量的に難しそうな気もするけど。いやまぁ、宝箱だと考えれば、そんなにおかしくはない……のか?)
日本にいた時にやっていたゲームでは、普通は宝箱に入っていないような物を入手するのは珍しい話ではない。
また、何より以前魔法植物が瑞々しい状態で宝箱に入っていたことからも、フルプレートアーマーが宝箱の中に入っているのは不思議なことではないだろうと思っておく。
「これは凄いわね。マジックアイテムよ」
ざわり、と。
周囲で見ていた者達の一人が呟く声に、それを聞いた者達がざわめく。
それはレイも同様だった。
てっきりただの全身鎧、フルプレートアーマーなのだと思っていたが、それがマジックアイテムだというのだから、それを気にするなという方が無理だろう。
ましてや、レイはマジックアイテムを集める趣味があるのだから。
また、驚いたのはレイだけではない。
宝箱を開けた女も、フルプレートアーマーがマジックアイテムだという話を聞き、思わず笑みを浮かべる。
女は宝箱を開ける際の報酬を、金貨二枚の固定ではなく、中に入っている物によって変わるという方を選んでいた為だ。
勿論、女には勝算があった。
具体的には、この宝箱が普通では取れない場所に置かれており、恐らくこの宝箱を手に入れたのはダンジョンが出来てからレイが最初だろうと。
そして前回レイが宝箱を開ける時に依頼した時に同じような条件……十四階の崖の階層で入手した宝箱からは、希少な魔法植物が出て来たのだ。
だからこそ、固定ではなく中身によって報酬が変わる方を選んだのだが、それが見事に当たった形だった。
「ちょっと、そこの女、こっちに来てくれ。お前はマジックアイテムの鑑定が出来るのか?」
レイの言葉に、フルプレートアーマーがマジックアイテムだと口にした女は慌てて首を横に振る。
「え? ううん、出来ない。私はそういうのは出来ないわ。ただ、見た感じマジックアイテムのように見えたからそう口にしただけで……」
「そうか。……となると、ギルドで調べて貰うか、他の店に行くか。どっちかだな」
ギルド以外でレイが思い当たる場所となると、猫店長の店しかない。
ミスリル未満の魔法鉱石を鑑定してもらった鍛冶師の店もあるが、あそこはあくまでも鍛冶師で、マジックアイテムを鑑定しろという方が無理だろう。
「……よし、まずはギルドで調べて貰うか。報酬を支払うにも、そっちの方がいいし」
そういう訳で、レイは薄青のフルプレートアーマーをミスティリングに収納すると、宝箱を開けた女と共にギルドに向かう。
……もっとも、この訓練場もギルドの敷地中にあるのだが。
「なるほど、これは間違いなくマジックアイテムですね」
ギルドの中にある、部屋の一室。
レイはそこでミスティリングから出した薄青のフルプレートアーマーをギルド職員に見せたのだが、それを見たギルド職員は即座にそう判断する。
このギルド職員は、ギルドの中でも鑑定を担当している者だ。
これが普通のギルドであれば、わざわざこのような鑑定をする者はいない。
だが、ここは迷宮都市のガンダルシアだ。
そうなると、ダンジョンから見つけたマジックアイテムの鑑定は必要となる。
もっとも、それでも本職……例えば猫店長には及ばないのだが。
ここにいるのは、あくまでもギルド職員の中でこのようなことを得意とする者なのだから。
その辺の素人よりは間違いなく目利きだが、本当の意味での本職には及ばないといったところか。
だが、そんなギルド職員の男であっても薄青のフルプレートアーマーはマジックアイテムだと一言で断言出来たのだ。
「どういう効果があるか分かるか?」
「ええ、少々お待ち下さい。……ふむ、なるほど」
レイの言葉に、男は改めて薄青のフルプレートアーマーを調べ始める。
そんな様子を、レイと宝箱を開けた女は期待の姿勢を込めて見ていた。
レイはこの薄青のフルプレートアーマーがどういう効果を持つマジックアイテムなのかを期待しているし、女は薄青のフルプレートアーマーの持つ効果が強ければ強い程、報酬が上がる。
そういう意味で、二人は期待を込めて見ていたのだが……
そのまま十五分程が経過したところで、薄青のフルプレートアーマーを調べていた男が口を開く。
「大雑把にですが、大体分かりました。もしもっと詳細を知りたいようでしたら、専門の場所に持ち込んだ方がいいでしょう」
「説明を聞いた後で考える。それで? 具体的にこのフルプレートアーマーの効果は?」
「熱に関する強い耐性を持っていますね」
「……なるほど」
その言葉は、レイにも相応に納得出来るものだった。
何しろ、このフルプレートアーマーは溶岩の階層にあった宝箱から出て来たのだから。
そうである以上、宝箱の中身が熱の耐性というのは納得出来た。
……納得出来たが、レイにしてみれば残念なのも事実。
何しろ熱の耐性というだけなら、その上位互換……どころか、熱以外に寒さとかにも強力な耐性を持つドラゴンローブがあるのだから。
(いや、待てよ? この薄青のフルプレートアーマーを装備して、その上からドラゴンローブを……無理か)
レイは即座に自分の考えを否定する。
出来るか出来ないかで言えば、恐らく出来そうな気はする。
するのだが、実際にそうした場合、かなり動きにくいだろうと予想出来てしまった為だ。
フルプレートアーマーというのは、その名の通り全身鎧だ。
つまり、全身を完全に鎧で身を包む訳で、そのような全身鎧を装備すると、速度を重視するレイの戦闘スタイルが崩れる。
勿論、フルプレートアーマーを装備した状態で戦っても、相応の実力を発揮出来るのは間違いないんだろうが……それでもレイとしては、フルプレートアーマーよりドラゴンローブの方が圧倒的に慣れている。
わざわざ今から戦闘スタイルを変えたいとまでは思わないし、変える必要もない。
「俺には使えないな」
「あー……そうですね」
ギルド職員の男は、レイの言葉にそう返す。
ギルド職員の男だけに、当然ながらギルドにとって大きな存在であるレイについては相応の知識を持っている。
その知識の中には、レイが速度を重視する戦い方をするとあったし、何より……
「このフルプレートアーマーにある機能は、あくまでも熱に対する耐性だけです。つまり、レイさんが装備するのは……その……」
言いにくそうな様子の男。
レイはそんな男の様子を見つつ、言いにくそうにしている理由を察する。
「だろうな」
レイはかなり小柄だ。
それこそ二m近い身長の者がそれなりに多いエルジィンだけに、余計にそう思える。
レイとしては、ゼパイル一門がこの身体を作った時、一体何を考えてこういう身体の大きさにしたのかと、しみじみと思う。
ましてや、ゼパイル一門にはレイと同じく日本からやって来たと思われるタクム・スズノセもいた。
そんな人物がいるのなら、その辺りについてもう少し考えてもよかったのではないかと、そう突っ込みたくなるくらいには。
もっとも、レイも既に今の身体になってから数年が経過し、この身体にも慣れている。
……ただ、慣れてはいるものの、小柄な身体で困ることが幾つかあった。
その中の一つが、身体の小ささによる着るものに関してであり、大まかに考えればフルプレートアーマーもまたその問題に含まれる。
つまり、成人用に調整されたフルプレートアーマーを、レイが装備するのはまず無理ということになる。
「えっと、その……」
二人のやり取りを見ていた女は、何とかフォローしようと考え……やがて口を開く。
「その、ですね。フルプレートアーマーを全部装備しなくても、使える場所だけを使えばどうでしょう? 兜とか、手甲や足甲の一部とか」
「いえ、無理です」
即座に女の言葉を遮る男。
その言葉に、一体何故? といった視線を向ける女。
「このフルプレートアーマーは熱に強い耐性を持っています。しかし、それは全ての装備を完全に身に付けた場合に限るんです」
「……それはつまり、一部だけを装備しても、それは普通の鎧と変わらないということか?」
男の言葉に微妙に嫌な予感がしつつ、尋ねるレイ。
そして男はレイの嫌な予感に正解だというように頷く。
「はい。フルプレートアーマーの一部だけを装備しても、熱の耐性はありません」
「……そうか」
男の言葉に少しだけ残念に思うレイだったが、その感情は思ったよりも大きくはない。
そもそも、熱の耐性を持つフルプレートアーマーだが、ドラゴンローブはその上位互換なのだから。
そして速度を重視する戦いをするレイにとって、一部であろうとも金属で出来た鎧はどうしても装備したいものではなかった。
もしこれがもっと……そう、例えばレイが集めているような使えるマジックアイテムであった場合なら、心の底から惜しいと考え、そして何とか使おうと考えただろう。
「分かった。そうなると、これは売った方がいいか」
「え?」
レイの言葉にそう反応したのは、女。
自分が罠を解除して宝箱を開けたから……という訳でもないのだろうが、それでも仮にもマジックアイテムだ。
それをあっさり売るという選択をしたのだから、それに驚くなという方が無理だった。
「別にいいだろう? ……まぁ、そっちで買ってくれるのなら、報酬分安く売るけど」
「あ、いえ。私がこれを買っても使い道が……」
「だろうな」
宝箱を開けたのを見れば分かるように、女は盗賊だ。
それだけに、戦闘スタイルは速度を重視したものになる。
つまり、レイと同じくフルプレートアーマーを貰っても使い道がない。
(まぁ、パーティメンバーに装備する奴がいれば別かもしれないけど、この様子だといないんだろうな。……仕方がないけど)
ダンジョンを攻略するのに、フルプレートアーマーを装備して……というのは、かなり厳しいだろう。
そのように思いつつ、このフルプレートアーマーを買ってくれる相手として最有力候補のギルド職員にレイは視線を向けるのだった。