3845話
デスサイズの氷鞭は、レベル三のスキルだ。
セトが溶岩のゴーレムに使い、ダメージはそこまで大きくはなかったものの、溶岩のゴーレムの注意を引き付ける……つまり、苛立たせることしか出来なかったのと同じレベル。
ただし、同じレベル三でも違うのは、アイスブレスがブレス攻撃……つまり広範囲に攻撃出来るのに対し、氷鞭はその名の通り氷の鞭となり、決められた範囲にしかダメージを与えることが出来ないという点だろう。
だが、それによって氷鞭の一撃はアイスブレスと違い、溶岩のゴーレムに相応のダメージを与えることに成功する。
「グオオオオ!」
セトだけに集中していた溶岩のゴーレムは、突然の背後からの攻撃に悲鳴を上げる。
(ゴーレムだしな)
これが例えば、相応に知能の高いモンスターであればレイの存在に対しても注意を払っただろう。
だが、この溶岩のゴーレムはゴーレムという存在であるが故に、そこまで知能は高くない。
その為、セトに意識を集中しすぎていた結果、レイの存在については完全に頭から消えていたのだろう。
その結果が、今の状況……デスサイズのスキルである氷鞭によって、大きなダメージを受けることになってしまったのだが……
「ちっ! 溶岩ってのは厄介だな!」
氷鞭はその名の通り氷で出来た鞭だ。
そうなると、当然ながら溶岩に触れると鞭の形状を維持出来ない。
氷鞭による一撃を当てた……それも、レイの身体能力を考えると、その一撃は非常に大きなダメージを相手に与えるものになる。
結果として、溶岩のゴーレムに大きなダメージを与えたものの、氷鞭も溶けてしまったのだ。
(水蒸気爆発とかが起きなかっただけ、いいのか? ……いや、これで水蒸気爆発が起きるのかは分からないが)
裏拳を放ってきた溶岩のゴーレムの一撃を後ろに跳んで回避し、レイはそう思う。
知識としてはあるが、具体的に水蒸気爆発がどのようなものかというのは、レイにも分からない。
その為、本当に起きるかどうかは分からなかったし、もし起きてもその規模がどのようなものなのかはレイにも分からない。
それでも特に問題がなかったのは、レイにとって幸運だったのだろう。
(となると。氷系のスキルは使わない方がいいのか? ……けど、氷鞭で大丈夫だったんだし、溶岩で身体を構成されている弱点を狙うのなら……)
身体が空中にある間にそこまで考え、岩の地面に着地した瞬間再びデスサイズのスキルを発動する。
「氷雪斬!」
レイが発動したのは、レベル八の氷雪斬。
高レベルのスキルに相応しく、デスサイズの刃は二m半ばの氷に覆われる。
元々、デスサイズの大きさは柄が二m、刃が一m。
そこに二m半ばの氷が刃を覆ったので、その外見はデスサイズを知ってる者にとっては、違和感を覚えてもおかしくはない。
しかし、レイはそのような異形の大鎌を手に溶岩のゴーレムとの間合いを詰める。
溶岩のゴーレムはその巨体の影響や溶岩で身体が出来ているというのも影響しているのか、その動きは決して素早くはない。
あるいはその巨体を考えれば十分に速いのかもしれないが、レイの動きに対応出来る程の速度ではなかった。
斬っ、と。
溶岩のゴーレムの身体が氷を纏ったデスサイズの刃によって切断される。
それを見て、水蒸気爆発が起きなかったことに安堵したレイは、そのまま即座に追撃を行う。
手首を返し、振るわれるデスサイズ。
再び氷の刃が溶岩のゴーレムの身体を斬り裂き……次の瞬間には三度返す刃が振るわれる。
ただし、今度狙われたのは溶岩のゴーレムの身体ではなく、足。
その右足を真横に……つまり、切断する動きをしたのだ。
これはレイの中でもある種の実験的なことでもあった。
溶岩で身体が出来ているゴーレムである以上、手足といった部位を切断した場合、どうなるのかという。
何となく予想は出来ていたものの、それでももしかしたらということを考えると、やはり試しておいた方がいいだろうと思ったのだが……
「うおっ、マジか!?」
レイの予想では、てっきり溶岩のゴーレムは切断された部位をくっつけることで、あっさり回復するのだろうとばかり思っていた。
だが、溶岩のゴーレムは足を切断された結果、そのまま地面に倒れ込んだのだ。
これはレイにとっても予想外の展開となる。
とはいえ、こうして地面に倒れてくれた以上はこの好機を見逃すことはない。
氷雪斬を解除し、デスサイズに大量の魔力を……それこそ、一般的な魔法使いが持つ魔力五十人分程の魔力を注ぎ込む。
デスサイズは当然のようにその魔力を受け止め、氷雪斬のように刃を何かで覆うのではなく、何もない素の状態で溶岩のゴーレムの身体を……より正確には魔石があるだろう左胸の辺りを切断するが……
「え?」
いつもなら脳裏に響くアナウンスメッセージがない。
……それ以前に、デスサイズで魔石を切断した手応えそのものもなかった。
「となると……どこだ?」
一体どこに魔石があるのか分からず、戸惑うレイ。
しかし、溶岩のゴーレムがそんなレイをそのままにしておく筈もなく、まだ残っている右腕……溶岩で出来たその右腕を振るう。
先程、セトに向かって攻撃した時のように、不自然なまでに伸びる右腕での攻撃。
しかしレイはそんな右腕の攻撃をあっさりとデスサイズで切断した。
空を飛び、ドシャリともベチャリとも聞こえる音で地面に落ちる溶岩のゴーレムの右腕。
溶岩が地面に落ちた時、本当にこのような音がするのか。
頭の片隅で少しだけ気になったレイだったが、今はそんなことを考えるよりも、まずは溶岩のゴーレムを倒すのを優先させる。
両手を失った以上、攻撃方法はない……そう思ったレイだったが、不意に溶岩の首が伸びて顔がレイに向かってくる。
普通に考えれば、ただの頭突きだ。
しかし、溶岩で身体が構成されているゴーレムの頭突きである以上、普通の頭突きと一緒に考えるのは明らかに間違いだった。
「ろくろ首かっての!」
その言葉と共に跳躍して溶岩のゴーレムの頭突きを回避し、長く伸びた首を切断し、ついでとばかりに頭部を切断する。
【デスサイズは『火炎斬 Lv.二』のスキルを習得した】
その瞬間、脳裏に響くアナウンスメッセージ。
同時に溶岩のゴーレムはその動きを止め、ピクリとも動かなくなる。
「……え?」
レイも、何が起きたのかは分かった。
何よりも、脳裏に響いたアナウンスメッセージが何がどうなったのかを教えてくれた。
「つまり……頭部に魔石があった訳か」
タイミング的に、それは間違いないだろう。
そう思い、レイは改めて死んだ溶岩のゴーレムを見る。
身体を形成していた溶岩が地面を流れている。
レイが予想したように、溶岩のゴーレムの身体は全て溶岩によって出来ていたのだろう。
溶岩が流れ出すと、もうそこには何も残っていなかった。
「……これは、つまり素材も魔石だけで、その魔石も俺が切断してしまったのか。……まさか、頭部に魔石があるとはな。いやまぁ、ゴーレムとして考えれば、そんなにおかしくはないのかもしれないけど」
そんな風に考えつつ、レベルアップしたばかりのスキルを使ってみる。
「火炎斬!」
スキルが発動すると同時に、デスサイズの刃が炎に包まれる。
その炎はレベル一の時と比べても明らかに勢いが強い。
レベル二に上がった効果を理解すると、すぐに消す。
……ここがもっと他の階層であればともかく、溶岩の階層である以上、火炎斬を使っても意味がないと理解していた為だ。
あるいはもっとレベルが上がってスキルが強化される五になれば、もしかしたらこの階層でも火炎斬は使えるかもしれないが。
「グルゥ」
レイの様子を見て、少しだけ残念そうにしているセト。
セトにとっても、溶岩のゴーレムの魔石は興味があったのだろう。
とはいえ、溶岩の中にある魔石をどうにかするには、ちょっと……いや、かなり難しいのは間違いなかったが。
「えっと、セト。元気を出してくれ。次に溶岩のゴーレムが出て来たら……取りあえず魔石のある場所ははっきりしたし、即座に首を切断して頭部だけにしてから、何とか魔石を取り出してみるから」
魔石が頭部にあると判明したので、頭部を切断してしまえば身体が動くようなことはないだろうというのが、レイの予想だった。
実際にそれが事実なのかどうかは試してみないと分からなかったが。
もしかしたら、頭部を切断しても身体を動かせるという可能性は否定出来ない。
(切断された足とか左腕を含めた部位のことを思えば、多分頭部を切断してしまえば問題ないとは思うんだが)
そう思うものの、これも決して絶対という訳ではない。
相手はモンスターだ。
レイには理解出来ない何かが起きてもおかしくはない。
「グルルゥ、グルゥ」
セトも完全に納得した様子ではなかったものの、レイの言葉に分かったと喉を鳴らす。
高ランクモンスターのセトなら、もしかして短い時間は溶岩に触れても大丈夫なのか?
ふとレイはそのように思ったが、その思いつきを試してみたいとは到底思わない。
成功すればいいが、もし失敗した場合、間違いなくセトが大怪我を負ってしまう。
ミスティリングの中にはかなり高性能なポーションも入ってはいるが、それでもセトに痛い思いをさせたくはないというのがレイの思いだ。
溶岩の階層の十五階で全く暑そうにはしていないセトだったが、だからといって直接溶岩に触れても問題がないのかと言えば、それは否だろう。
それが分かっているからこそ、レイも今のように言ったのだ。
そんなレイの気持ちを理解したのか、セトもこれ以上は無理を言わない。
そうして溶岩のゴーレムの一件が片付くと、レイとセトは再び十五階の探索を続ける。
他に新しいモンスターがいないか、どこかに宝箱が隠されていないか。
そう思っていると……
「グルルゥ」
不意にセトが喉を鳴らす。
それは敵を発見したといったようなものではなかったので、レイはそこまで緊張した様子を見せずにセトの視線を追うと……
「おう、マジか」
思わずそんな声が漏れる。
何故なら、セトの視線の先……溶岩の川の中州とも呼ぶべき場所に宝箱があったのだ。
ただし、溶岩の川の幅は二十m程もあるかなりの大きさで、宝箱があるのはその中央付近……つまり、十mの距離をどうにかしないといけない。
また、その中州は非常に小さく、宝箱が置かれており、他に空間的な余裕は……ない訳ではないが、かなり狭い。
つまり、何らかの手段で溶岩を跳躍しても、宝箱にある中州に何とか着地をする必要があるということを意味していた。
そして何とかそれが上手くいったとしても、次に問題になるのは宝箱を確保してからどうやって戻ってくるかだろう。
宝箱をそのまま持ってくるのは難しい。
そうなると、宝箱を開けてその中身だけを持ってくる必要があるのだが……宝箱一個が何とか置かれている広さしかない以上、どうやってこちら側に戻ってくるのかという問題があった。
助走をするのはまず無理。
それだけで、元いた場所に戻るのは非常に難しいだろう。
そうなると、もし何らかの方法で宝箱のある場所まで移動出来たとしても、戻ってくることは出来なくなる。
レイのスレイプニルの靴のように、空中を踏むことが出来るのなら話は別だが。
ただ、エレーナも持っているスレイプニルの靴だが、それなりに希少なのは間違いない。
ガンダルシアで活動している冒険者がスレイプニルの靴を……あるいはそれ以外にも似たような効果を発揮するマジックアイテムでも所持していれば、話は別だろうが。
もっとも、このダンジョンではマジックアイテムも宝箱から入手出来るので、同じような効果を持つマジックアイテムを入手出来る可能性はゼロではないのだが。
ただ、その可能性は恐ろしく低い。
また、溶岩の川の中州にある宝箱からそのようなマジックアイテムが出るかどうかは……恐ろしく低いだろう。
そういう意味では、宝箱があっても明らかな罠だった。
罠だったのは間違いないが……同時に、あのような場所にある以上はこれまで取られたことがない宝箱という可能性も否定は出来ない。
だが……これらは、あくまでも普通の場合の話だ。
「セト」
レイはセトの名前を口にする。
すると即座にセトは反応し、レイを背中に乗せ、溶岩の川を飛んで渡る。
普通の冒険者にとっては非常に移動しにくい場所ではあったが、空を飛べるセトにとっては全く問題ない。
唯一注意するのは、宝箱が置かれている中州が非常に狭い場所だということだが……それもレイであれば、容易に宝箱と中州の隙間に入ることは出来る。
そうしてレイはあっさりと宝箱をミスティリングに収納したのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.九』『飛斬 Lv.七』『マジックシールド Lv.四』『パワースラッシュ Lv.八』『風の手 Lv.六』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.六』『ペネトレイト Lv.七』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.八』『飛針 Lv.四』『地中転移斬 Lv.四』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.五』『黒連 Lv.三』『雷鳴斬 Lv.二』『氷鞭 Lv.三』『火炎斬 Lv.二』
火炎斬:デスサイズに刃が炎で覆われ、斬撃に炎属性のダメージが付加される。また、刃が炎に覆われたことにより、攻撃の間合いが若干伸びる。