3844話
二組との模擬戦をやった日の午後……正確には二組以外も同じような模擬戦をやったので、二組だけという訳でもなかったのだが。
とにかくいつも通り午前中で学校は終わったので、午後からレイはダンジョンの十五階にやって来ていた。
六日後に出発ということで、残る時間は今日を抜いて五日。
そのうちの四日をダンジョンでの探索……具体的には十三階と十四階の探索に当て、残り一日は冒険者育成校での授業に専念するつもりだったが。それを聞いた今日という時間も無駄にはしたくない。
なので、今日もレイは午後からセトと共に十五階までやって来たのだ。
「さて……明日から四日は十三階と十四階だ。そうなると、今日は十五階の探索だな」
幸いなことに、既に十五階の探索はそれなりに進んでいる。
また、十六階に続く階段も見つけているので、必死になって十五階を探索する必要もない。
今のレイがセトと共にやるべきなのは、十五階を探索し未知のモンスターと戦い、あるいは宝箱を見つけることだ。
(あ、でも十五階には鉱石とかそういうのがあるって話だったな。……それを見つけるのもいいかもしれないけど、そういうのは慣れてないんだよな)
アンフィニティというモンスターが持っていたミスリル……いや、ミスリル未満の鉱石。
それを思えば、この溶岩の階層に鉱脈があってもおかしくはない。
また、溶岩の中には多種多様な金属が溶けているので、そういう意味でも色々な金属の鉱石を見つけられる可能性があった。
……ただし、問題なのはレイが口にしたように、レイに採掘の経験がないことだった。
このエルジィンにやってきてから、採掘らしい採掘はしたことがない。
敢えてそれらしいのをとなると、ハーピーの巣に炎の魔法を使った結果、ハーピーの巣が魔法鉱石の一種である火炎鉱石が採掘出来るようになったといったところだが……それにしても、レイがやったのは魔法を使っただけで、実際に採掘をした訳ではないので、採掘にはいれられないだろう。
(となると……採掘らしい採掘となると、小学校の時に行った奴か? とはいえ、あれも別に実際に採掘した訳じゃないしな)
レイが思い出したのは、小学校の時に行った鉱山だ。
当然ながら既にその鉱山はもう使われておらず、見物出来るようになっていた。
そこには鉱山だった時にどのように仕事をしていたのかといったようなことが、人形を使って説明されていた。
……それを採掘作業に関係する何かと評していいのかどうか、レイにとっては微妙だったが。
ともあれ、本格的な採掘作業をしたことがないのは間違いない。
そうである以上、レイとしてはもしこの溶岩の階層に鉱脈があったとしても、それを上手い具合に掘り出すことが出来るとは思わなかった。
「うん、鉱石についてはアンフィニティに頼ればいいか。……出来れば、赤い山羊と溶岩の大蛇をもう一匹ずつ倒しておきたいところだけど」
セトとデスサイズは、赤い山羊と溶岩の大蛇の魔石をそれぞれ一個ずつ使っている。
だからこそ、セトとデスサイズがまだ使っていない魔石を使うのを楽しみにしているのだ。
「グルゥ!」
魔石! とレイの言葉を聞いていたセトは、期待に喉を鳴らす。
セトにしてみれば、是非ともここで魔石を手に入れたいと、そのように思っているのだろう。
「じゃあ、そんな訳で……モンスターを探しに行くぞ」
「グルルルゥ!」
セトの背中に乗ってそう告げるレイの言葉に、それを聞いたセトは分かったとやる気満々で喉を鳴らすのだった。
「はぁっ!」
斬、と。
レイの振るったデスサイズが、溶岩で出来た球体を切断する。
その球体……アンフィニティが死ぬと、そこには岩の塊だけが残る。
「セト!」
「グルルルルルゥ!」
レイの声に反応したセトが、即座にアイスアローを放つ。
百四十本の氷の矢が、一斉にアンフィニティに向かって放たれ……
「グルルルルゥ!」
それに対する追撃として、アイスブレスを放つ。
とはいえ、アイスブレスはレベル三だ。
レベル八のアイスアローと比べると、どうしてもその威力は劣る。
ただ、追撃としては広範囲に攻撃出来るアイスブレスは悪くなく……アンフィニティは二段構えのスキルに回避が間に合わない。
アイスブレスによって動きが鈍ったところに、次々と氷の矢が突き刺さり……結果として、セトの二重のスキルによって、多数のアンフィニティが死ぬことになる。
それを横目で見つつ、レイもまた生き残りの数少ないアンフィニティに攻撃を仕掛けるのだった。
「取りあえず収納しておくか」
レイはアンフィニティの死体を見てそう呟く。
以前と同じく、岩塊となったアンフィニティの死体。
ドワイトナイフを使えば、これが魔法金属のインゴットとなる可能性も十分にある。
放っておく必要もなく、レイはアンフィニティの死体……岩塊を次々とミスティリングに入れていく。
魔石も忘れずに。
「こうして考えると、もしかしたらアンフィニティってこの十五階の中でヒエラルキーの最下層なのかもしれないな」
全てを収納し終わったところで、レイは何気なく呟く。
そのように思った理由は、やはりその数の多さからだ。
この十五階に棲息するモンスターが一体何を食べて生きているのか。
溶岩の中を動き回ったり、溶岩を身体に纏わせるようなことを出来るモンスターが、普通の動物と同じく植物を食べたりしているとは思えない。
そんな時、溶岩の塊とでも評すべきアンフィニティ……明らかにこの十五階で一番数が多いのだろう存在は、この階層に棲息する他のモンスターの餌という役割を持ってると言われても、レイはそこまで驚かない。
ただ、そういうものだろうと思うだけだ。
「グルルゥ?」
レイの言葉に、セトはそうなの? と喉を鳴らす。
……セトにしてみれば、この十五階の生態系についてはそこまで興味があるものでもないのだろう。
「一度倒したモンスターなんだし、魔石も既に二個貰っている。そうである以上、出て来られてもあまり美味しい相手じゃないんだけどな」
そう言うレイの言葉に、セトも同意するように頷く。
レイの狙いが未知のモンスターとの遭遇である以上、出来ればこの状況を何とか変えたいと思うのはおかしな話ではない。
「取りあえず……ん?」
「グルゥ!」
もう少し他の場所を探索しよう。
そう言おうとしたレイは、その言葉を途中で止める。
今、微かに振動のようなものを感じた為だ。
その振動がレイの気のせいではなかったことを示すように、セトも喉を鳴らしている。
「ってことは……やっぱり俺の勘違いとか、そういうことじゃないのか。あ、また」
レイの言葉を証明するように、再び地面が揺れる。
もしかして地震か?
そう思いもしたが、ここはダンジョンだ。
まさかダンジョンの中で地震があるとは思えなかった。
(いや、でもここは溶岩の階層……つまり、火山に関係があるのなら、地震とかがあってもおかしくはないのか?)
そう思っていたレイだったが、やがてそんなレイの予想を裏切るように足音が聞こえてくる。
どしん、どしん、どしん、と。
足音に合わせるように地面が揺れているのを考えれば、先程レイが感じた揺れもまたこの足音の主によるものだろう。
「セト」
「グルルゥ」
レイの言葉にセトが即座に反応する。
セトもまた、この足音の主については十分に理解していたのだろう。
だからこそ、こうしてレイの前に出て足音のする方を警戒しているのだ。
「この様子だと……どうやら結構な大物が出て来てくれたようだな」
ミスティリングから取り出したデスサイズと黄昏の槍を手に、レイは振動の発生源……足音の聞こえてくる方に視線を向ける。
セトもまた、レイの横で同じ方向を見て警戒している。
そうして大きな岩……それこそ岩山と呼ぶのに相応しい場所から姿を現したのは……
「うわ、マジか」
嫌そうにレイが呟く。
何故なら、レイの視線の先……岩山から姿を現したのは、溶岩の巨人と呼ぶべき存在だったからだ。
アンフィニティや溶岩の大蛇の一件があるので、溶岩を身に纏っているくらいならそこまでレイも驚くようなことはない。
だが……違う、と。
その溶岩の巨人……いや、あくまでも人型なのは大雑把にそういう姿だということで、本当の意味で巨人という訳ではないだろう。
「溶岩のゴーレム……か」
これまでレイが経験してきた、数多の戦い。
その経験から、溶岩のゴーレムはアンフィニティや溶岩の大蛇のように、ベースとなる部分があって、それに溶岩を纏っているのではない。
溶岩そのものがゴーレムとして動いているのだと、そう理解出来た。
厄介だ。
それが溶岩のゴーレムを見たレイの正直な思いだった。
何故なら、溶岩のゴーレムに限らず、ゴーレムの弱点というのは魔石だ。
もしかしたら、それ以外の弱点を持つゴーレムもいるかもしれないが、レイが知っているゴーレムの弱点となると、やはり魔石だった。
そして魔石を破壊するというのは、魔獣術の発動条件にもなる。
……ましてや、魔石があるのは溶岩で出来た身体の中だ。
レイの持つデスサイズならともかく、セトが魔獣術を使うには魔石を飲み込む必要がある。
そう考えれば、やはりここはデスサイズで魔石を攻撃した方がいいのではないかとレイには思えた。
「セト、あの溶岩のゴーレム……魔石をセトが飲み込むのはかなり大変だ。まぁ、魔石を吹き飛ばして、それから魔石を飲み込むといった方法はあるが……それでもやっぱりデスサイズで直接切断した方がいいと思う。……それで構わないか? 次にモンスターが出たら、その魔石はセトにやる……ってそう来るか!」
レイがセトに声を掛けていたところで、溶岩のゴーレムがレイ達の姿を見つけたのだろう。
大きく手を振る。
かなり離れた場所にいた溶岩のゴーレムだったが、振るった手から溶岩が離れてレイとセトに向かって飛んできたのだ。
まさかそのような手段で攻撃してくるとは思わなかったレイだったが、それでも溶岩のゴーレムの動きそのものはそこまで素早いものではない。
……その代わり、力はその巨体に相応しいだけのものがあったので、投擲された溶岩の速度はかなりのものだったが。
レイとセトはそれを回避する。
レイは右に、セトは左に。
そして一人と一匹は溶岩のゴーレムを挟み込むように近付いていく。
「氷鞭!」
「グルルルルゥ!」
デスサイズの石突きから氷の鞭が生み出され、同時にセトの放ったアイスブレスが周囲を冷やす。
しかし、アンフィニティのような相手……この十五階の中でも弱いモンスターであればともかく、溶岩のゴーレムはその八m近い大きさから見ても分かるように、明らかにこの溶岩の階層の中でも上位に位置するだろう存在だ。
アイスブレスで身体を冷やされても、その効果は殆どない。
これで、もしアイスブレスがもっと高レベルであれば……それこそスキルが強化されるレベル五になっていれば、話は違ったかもしれないが。
しかし、セトが使えるアイスブレスはレベル三でしかない。
「グオオオオオオ!」
溶岩のゴーレムはアイスブレスに殆どダメージを受けなかったが、それでもやはり溶岩で身体が出来ている以上、アイスブレスによって邪魔をされるのは面白くなかったのだろう。
苛立ちも露わに、セトのいる方に向かって手を突き出し……その手が伸びた。
「グルゥッ!」
セトも、まさか関節がないかのように溶岩のゴーレムの手が伸びるとは思っていなかったのだろう。
驚きの声を上げつつ、アイスブレスを使うのを止めて横に跳ぶ。
(基本となる身体がなくて、完全に溶岩で出来ているからこそ、か?)
溶岩のゴーレムの手が伸びた……それも少し伸びたのではなく、十倍くらい、あるいはそれ以上の長さにまで伸びたのだ。
アイスブレスや溶岩の大蛇のように、基本となる身体があってそこに溶岩を纏っているという状態では、そうなるとは到底思えない。
だからこそ、それらと違って溶岩のゴーレムは身体そのものが溶岩で出来ているという自分の予想は当たっているだろうとレイには思えた。
「セト!」
「グルゥ!」
セトの名前を呼ぶレイ。
セトはそれだけでレイが何をして欲しいのかを理解し、溶岩のゴーレムの注意を自分に引き付けるように動く。
先程のアイスブレスの一件もあってか、溶岩のゴーレムはセトを執拗に狙い始める。
(俺を無視するのは、甘いというか、油断してるというか)
そんな風に思いつつ、レイはセトに集中している溶岩のゴーレムの後ろに回り込み……
そのまま無言で、スキルによってデスサイズの石突きに生み出された氷鞭を溶岩のゴーレムの背中に叩き付けるのだった。