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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3843/3865

3843話

「ぎゃあっ!」


 生徒の一人が悲鳴を上げつつ、吹き飛んでいく。

 レイの振るった模擬戦用の槍の一撃によるものだ。

 吹き飛ばされた生徒は、不運としかいいようがない。

 イステルの指示によって、教官の中で最悪の相手……最強の相手と言い換えてもいいかもしれないが、とにかくレイには出来る限り近付かないようにするということになっていたのだが、そのように決めたからといって、それを素直にその通りに出来る筈もない。

 事実、今レイに吹き飛ばされた生徒は他の教官と戦っている時、吹き飛ばされてレイの側までやってきてしまったのだ。

 生徒にしてみれば、まさに最悪の展開と言ってもいいだろう。

 結果として、レイに吹き飛ばされて気絶し、この模擬戦は失格という扱いになったのだから。

 とはいえ、冒険者として活動する以上はいつ何が起きてもおかしくはない。

 運を味方にすることが出来るかどうかというのは、非常に大きな意味を持つ。

 そういう意味では、今レイによって気絶させられた男は運を味方に出来なかったのだろう。


「さて」


 一人を気絶させた後で、レイは周囲の様子を確認する。

 何人もの生徒と教官が戦っている姿を確認出来る。


(いや、戦っているというよりは……遠距離攻撃を持つ生徒に近づけないようしているってのが正確か?)


 生徒達が教官達に攻撃をしているのは、相手の注意を引き付け、遠距離攻撃をする者達に注意を向けさせない為なのだろう。

 そうした中で守られている者達が遠距離攻撃を行い、教官の動きを牽制しつつ、生徒達を訓練場から脱出させようとしている。

 実際既に訓練場から脱出した者もおり、その者達は訓練場の外から必死になって応援をしている。

 ……中には『後ろから来ている』『右が手薄だ』『回り込めば有利になる』といったようにアドバイスとも、助言とも思える行動をしている者もいるのだが、それくらいは仕方がないかとレイは判断した。

 前もってそれを禁止していなかったのだから、そういうこともあるだろうと。

 レイは周囲の様子を確認すると……


「あー……やっぱりか」


 丁度レイの視線の先で、アルカイデの取り巻きの一人がイステルの持つ模擬戦用のレイピアによって倒されたのを見て、そう口に出す。

 レイピアもまた模擬戦用の武器である以上、切っ先は丸められている。

 丸められてはいるが、それでもレイピアが金属で出来ているのも間違いない。

 いわば、金属の棒とでも呼ぶべき武器なのだ。

 そんな金属の棒で防具の隙間から次々と攻撃を食らえば、痛みで動けなくなってもおかしくはない。

 ましてや、アルカイデの取り巻きは基本的に貴族出身の者が多い。

 教官をやっている以上は相応の技量を持ってはいるのだろうが、それでも痛みには決して強くはない。

 言ってみれば、実戦の経験はない……または非常に少なく、訓練だけで強くなってきた者達なのだ。

 勿論、それが悪いかと言えば決してそうではない。

 訓練で強くなったからこその利点もある。

 ただ、それは今の状態では裏目に出てしまった形なのだ。

 そしてイステルは一人の教官を倒すと、すぐに他の教官に狙いを定める。

 戦っている生徒のうち、危ない……押されている者達の手助けをするという形で。


「まぁ、あっちはいいとして……うん?」


 次にレイが視線を向けたのは、マティソン。

 生徒達が三人でマティソンの相手をしているものの、それは互角だ。

 もっとも、それはあくまでも三人を相手に、手加減をした上で互角ということなのだが。


(甘いな)


 そうレイが思ったのは、マティソン……ではなく、三人の生徒達だ。

 具体的には、その中の一人。

 マティソンが強いからその一挙手一投足に集中しているというのもあるのだろうが、だからといって乱戦の中でマティソンだけに集中するのは無謀でしかない。

 マティソンに集中しながら、それでいて周囲の様子もしっかりと確認する。

 そのくらいのことはやれなければ、乱戦の中で生き残るのはかなり難しい。

 ……それを示すように、マティソンの近くで戦っていた教官がその生徒を倒すと、ゆっくりと……本当にゆっくりとだが、マティソンと戦っている生徒達に近付いていく。

 もしこれが実戦であれば、その教官もこうしてゆっくりとした動きを見せたりはしないだろう。

 素早く近づき、相手の不意を突いて一気に殺す筈だ。

 しかし、これは模擬戦。

 生徒達が近付いている教官の存在に気が付き、反応出来るように行動しているのだ。

 ……だが、結果としてその生徒はマティソンに集中しすぎた為に近付いてきた教官に気が付かず、あっさりと不意打ちを受けるのだった。


(二組は優秀なクラスなんだけどな。……まぁ、優秀は優秀でも、それはあくまでも冒険者育成校の中ではということなんだろうし、そう考えればああいう結果になってもおかしくはないのかもしれないな)


 二組の生徒の様子を見つつ、レイは自分が次にどう動くべきなのかを考える。

 全力を出すといったようなことをするつもりはないが、だからといって手を抜きすぎるのも問題だった。

 これが例えば一対一、もしくはレイと二組全体であれば、それなりに手加減はしやすい。

 しかし、今は教官も全て模擬戦に参加している。

 だからこそ、余計に手加減をするのが難しくなる。


(そうだな。槍を持ってるだけだし……もう少し大きく動いてみるか。出来れば無詠唱魔法を使ってもいいんだけど、それは無理だし)


 無詠唱魔法はその名の通り詠唱を省略して使える魔法だ。

 だが、それでも魔法である以上、魔法発動体が必要となる。

 しかしこれが模擬戦である以上、デスサイズを出す訳にはいかないのも事実。


(杖を持っておくべきだったな)


 模擬戦用の武器の中には、一応杖もある。

 ただし、魔法使いは数が少ないので、魔法を使うのに必要な杖もまた、その数は少ない。

 とはいえ、レイが使えない程ではないのだが。

 それでもレイが杖を持っていなかったのは。単純に当初は魔法を使うつもりがなかった為だ。

 それでも今の状況になると、やはり杖を持っておいた方がよかったなと思いつつ……


「甘い」


 そう言いつつ、槍の石突きを後方に向かって突き出す。


「ぎゃっ!」


 レイの後方から襲い掛かろうとしていた男の生徒は、石突きに胴体を突かれ、悲鳴を上げて吹き飛ばされる。

 こうした乱戦の中でなら、見つからずにレイを攻撃出来ると考えたのだろう。

 イステルからの指示は、可能な限りレイに関わらないようにするようにということだったのだが、その言葉を聞いた二組の生徒全員が完全に納得した訳ではない。

 中にはもしレイを倒す……あるいは倒すまでは無理でも、一撃与えることが出来れば高評価を貰えると思った者もいる。

 結果として、あっさりと吹き飛ばされて気絶してしまったが。

 襲う方も、相手がレイだというのは理解していた。

 それでも自分なら……二組まで上がってきた自分なら何とかなると、そう思っての行動だったのだろう。

 しかし、残念ながらそれは無理だった。

 男にとっては極限まで気配を消し、その上で乱闘に紛れていたつもりではあったのだが、男の存在はレイに筒抜けとなっていたのだ。

 この辺りは、やはり経験の違いからなのだろう。


「っ!?」


 一瞬、本当に一瞬だけ、教官と戦っているイステルの視線がレイに向けられる。

 教官達の中で最強なのはレイだ。

 そうである以上、イステルは二組を率いる者としてその存在を常に意識しておく必要があった。

 もしレイが大きく動けば、それだけで二組は大きく不利になる……いや、それどころか一気に全滅する可能性すらあるのだから。

 だからこそ、先程の男が独断専行でレイに仕掛け、あっさりと撃退されたのも目にしてしまった。

 教官の攻撃を回避しつつ、レイピアで牽制しながらもイステルは頭の中で考える。

 今この状況で、どうするのが最善なのか。

 既にそれなりの人数が脱出し、同時にそれなりの人数が倒されてしまっている。

 正直なところ、イステルの予想よりも倒された者の人数は多い。

 脱出した者も合わせると、ここからまだ残っている者達をどうにか脱出させる必要があるのだが……それがまた難しい。


(それでも、やるしかありませんわね。……せめてもの救いは、レイ教官がそこまで活発に動いてないことでしょうか。悔しいですけど)


 今までレイとの模擬戦を何度もやってきたイステルは、基本的にレイの戦闘方法が素早く動き回りながらのものであるというのを知っている。

 しかし、今のレイはそのような戦闘方法ではなく、どっしりと構えるという戦闘方法だ。

 乱戦になっているから素早く動けない……という訳でないのは、レイの実力を知っているイステルにしてみれば当然の話だ。

 つまりそれは、明らかにレイが手加減をしているということを意味している。

 ……もっとも、もしレイが本気で戦えば自分達はそれこそ瞬く間に負けてしまうのは間違いないのだが。

 しかし、それでもイステルは現在の状況を悔しいと思う。


(いえ、今はそれどころではありませんわね)


 イステルは教官と戦いつつ、味方に指示を出すのだった。






「まぁ、こんなものか」


 模擬戦が終わり、レイの口からそんな言葉が出る。

 二組の生徒のうち、無事に訓練場から脱出したのは半分程。

 それ以外の生徒は教官にやられて死亡判定となっていた。

 それでも半分程が無事に脱出出来たのは、二組だからだろうとレイには思えた。

 もしこれがもっと下のクラスの場合、最悪全滅という可能性もあったのだから。

 そういう意味では、こうして半分程とはいえ、無事に脱出出来たのは歓迎すべきことだった。


「そうですかね? 私としては、もう少し脱出出来た人数が多くてもよかったと思うのですが」


 レイの呟きが聞こえたのだろう。

 マティソンは少しだけ不満そうな様子でレイに言ってくる。

 だが、それにレイが何かを言うよりも前に、ニラシスが話に入ってくる。


「そうか? 俺としては半分でも十分に二組の実力を見せたと思うけどな。……もし俺が生徒達の立場だったら、無事に脱出出来ていたかどうか分からないし。レイの場合は、相手を全員倒して終わりということになってもおかしくはないけど」

「多分そうなるだろうとは思うけど、それが絶対とは言えないんだよな。……取りあえず、怪我をした奴にポーションを使うか」

「そうだな。……そこまで大きな怪我をしてる奴もいないし、ここにあるポーションだけで十分間に合うだろ」


 訓練場はその名の通り訓練をする場所だ。

 そうなると、当然ながら怪我をする者も出てくる。

 その為、訓練場にはポーションが常備されていた。

 ただし、そのポーションは基本的に低ランク……つまり、そこまで効果が高くないポーションだ。

 高品質のポーション……それこそ金貨数枚のポーションを置いておけば、中には良からぬことを考える者が出てきてもおかしくはないという判断からだ。

 そのような高品質な……つまり高価なポーションは、治療をする部屋で厳重に保管されている。

 そんな訳で、効果が低い……だからこそ使用に躊躇をしなくてもいいポーションを使っていく。


(教官にまでポーションを使うことになるのは、ちょっと予想外だったけどな)


 教官の中にもそれなりに怪我をした者は多い。

 特にアルカイデの取り巻きにその傾向は強かった。

 勿論、怪我をしたのが全てアルカイデの取り巻きという訳ではない。

 マティソンの派閥や中立派の教官にも怪我をした者はいる。

 ただ、それでも割合としてはアルカイデの派閥の者が多いのも否定出来ない事実。


(この辺は、やっぱり素直に実力の違い。……より正確には、実戦経験の違いか)


 アルカイデの派閥にいるのは、グワッシュ国の貴族達だ。

 それだけに、一対一であれば相応に鍛えているし、あるいは一対二、一対三……といったように、複数の相手と戦う訓練もしているだろう。

 だが、今回のように乱戦になった時の訓練というのはそう簡単に出来るものではない。

 勿論、全員がそうだという訳ではないが。


「レイ? どうした?」

「いや、何でもない。ただ、こういう乱戦の中での訓練もこれからは取り入れていった方がいいと思う」

「……そうだな。それは否定出来ない。ダンジョンでこういう状況になった時のことを考えると、そういう時にどのように動けばいいのかというのは知っておく必要があるし、知識だけじゃなくて身体に染みこませておく必要もあるだろう」


 そんな二人の会話を聞いていた他の教官は、なるほどと頷き……そして自分の意見を次々と口にする。

 そして教官だけではなく、生徒達の中にもそんな教官達の会話に入ってくる者もいるのだった。

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