3842話
「は? それはちょっといきなりすぎないか?」
「レイには悪いと思ってるわ。けど、色々と時間を考えると、それが最善なのは間違いないのよ」
レイが盗賊を捕らえた翌日……結局昨日は盗賊の件もあってダンジョンに挑むことは出来ず、赤い山羊と溶岩の大蛇の素材をギルドに売るだけで終わってしまった。
……ギルドにしてみれば、殆どの冒険者が到達していない十五階のモンスターの素材なので、喜んで購入したが。
ましてや、レイの場合はドワイトナイフを使った解体なので、素材の状態はまさに最上と呼ぶに相応しく、ギルドにしてみれば買い取らないという選択肢はない。
また、レイも昨日は盗賊のアジトから金や宝石といった物を手に入れている以上、金に困ってる訳ではないので、ギルドの買い取り価格に不満はない。
基本的に盗賊の貯め込んでいたお宝というのは、その盗賊を倒した者達に所有権がある。
そういう意味では、レイが盗賊達のアジトから金目の物を奪っても、それは全く問題にならない。
中には家宝だったり、夫や妻から貰った大事な物といったように重要な何かを盗賊に奪われた者もいたりするのだが、そういう場合には買い取るという形で譲ることになるのが慣例だ。
勿論、これはあくまでも慣例であって絶対にそうしなければならないという訳でもないので、人によってはそのような話を持ち掛けられても断ったりする者もいるのだが。
ただ、レイは基本的にそのようなことは断るつもりはないので、もしその手の話があれば受けるかどうかはともかく、話を聞くつもりだった。
今日こそダンジョンに行って十四階と十三階のモンスターを倒し、宝箱を見つけよう。
そう思っていたところで、フランシスに呼ばれ……そこで話されたのが、ギルムに行くのは六日後にして欲しいというものだった。
レイにしてみればまさにいきなりで、不満を持つのは当然のことだろう。
「それにレイはその辺の調整は私に任せると言ってくれたでしょう?」
「……まぁ、それは否定しない」
フランシスの言葉が事実である以上、レイもそのようなことはないとは到底言えない。
だが、それでも六日後に急にと言われれば、それを素直に受け入れられる訳でもなかったが。
「せめて十日くらいの余裕は欲しかったんだが」
「日程の調整は、こっちでも色々とあるのよ。それに……何か重大な用事でもあったりするの?」
「……まぁ、ないが。敢えて言うのなら、ダンジョンの攻略か」
特に十三階と十四階。
そう言おうとしたものの、その辺については魔獣術に関係してくる一面もあるので、黙っておく。
魔獣術のカモフラージュとして魔石を集める趣味があるということになっているので、未知のモンスターを探すという意味では十三階と十四階について話してもいいのかもしれないが。
「それは重要な用件に入らないわよ」
「それでいいのか、学園長」
フランシスの言葉に思わず突っ込むレイ。
フランシスが学園長をしているこの冒険者育成校は、ガンダルシアにあるダンジョンの攻略を今以上に加速する為に作られた学校だ。
……実際にはそれ以外にも色々な理由があって作られたのだが、それでも一番重要な理由がダンジョンの攻略なのは間違いない。
臨時の教官として雇われているレイもまた、生徒達を冒険者として鍛える為に雇われているのだ。
だというのに、フランシスの口から今出た言葉は、レイが思わず突っ込んでしまっても仕方がないだろう。
「いいのよ。勿論これが普通なら決していいとは言えないけど、レイのことだもの。それにギルムに行くのは学校の中でも最高峰の実力を持った子達よ。ミレアーナ王国の冒険者の本場にして辺境であるギルムで色々な経験をすれば、戻ってきた時には一回りも二回りも大きくなっている筈よ。そうなれば、結果的にそれはガンダルシアにとっての利益になるわ」
「……分かった。なら六日後だな」
まだ色々と言いたいことがあったレイだったが、今のフランシスの様子を見て、その言葉を飲み込む。
実際、フランシスが言ってる内容には理解出来るし、久しぶりにギルムに帰れるのなら、それはレイにとっても決して悪くはない話なのだから。
突然六日後にギルムに行くと言われたので少し驚いたが、よく考えればレイにとって悪いことではないのだから。
ダンジョンの攻略については思うところがあるが、取りあえず現在一番深い場所にある十五階の転移水晶には登録をすませている。
また、セトの力を使って跳ばしてきた十三階と十四階の探索も、自由に動ける時間が五日あればどうにかなる。
(十三階と十四階をそれぞれ二日ずつ探索して、残る一日は教官に専念……といったところか)
頭の中で素早く考えを纏めたレイは、フランシスに向かって口を開く。
「話は分かった。なら、自由になる時間の五日のうち四日は教官の仕事を休んで丸々ダンジョンの探索に当てる。最後の一日は教官として学校に出る。それで構わないか?」
「それは……いえ、無理を言ってるのはこちらだもの。仕方がないわね。お願いするわ」
レイの言葉に、フランシスは不承不承ながらも納得するのだった。
「さて、そんな訳でギルムに行くのは六日後ということになり、俺は今日と五日後が模擬戦の最後だ。……いや、ギルムから戻ってくれば、また教官として模擬戦をやることになるんだがな。そういう意味でも二組との模擬戦はこれが最後になる。しっかりとやるように」
午前中の模擬戦、最初のクラスは二組だった。
そんなレイの言葉に、二組の生徒は残念そうにする。
それでも直接レイに不満を言わないのは、この二組を率いるイステルがギルム行きのメンバーに選ばれているからだろう。
そのイステルは、レイの言葉を聞いても特に驚いているようには見えない。
その様子から、六日後に出発するというのは既に通達があったのだろう。
(選抜試験の時もそうだったが、近くになってから知らされるってのは……どうなんだ?)
そんな疑問を抱くレイだったが、まずは模擬戦だろうと思い直す。
「そんな訳で、最後の模擬戦だから……今日はちょっと変わったことをやることになった」
これについては、レイが提案をしたのではなく他の教官からの提案だった。
正直なところ、レイはマティソン達の派閥や中立の者達はともかく、アルカイデ達はよくこれを受け入れたなと、そう思えてしまう内容。それは……
「教官全員対二組全員での模擬戦となる」
ざわり、と。
レイの言葉を聞いた二組の生徒達がざわめく。
生徒達にしてみれば、レイの口から出た言葉はそれだけ予想外だったのだろう。
レイにしてみれば、そんなに驚くようなことがあるか? という思いがそこにはあったが。
とはいえ、生徒達にしてみればレイだけと自分達全員で戦っても勝ち目がないというのに、そこに更に他の教官までもが入るとなれば、どう考えても勝ち目はない。
「あの、レイ教官。この模擬戦……どう考えても私達には勝ち目がないと思うのですが」
イステルのその問いに、レイはだろうなと頷く。
それこそレイ以外の教官全員との模擬戦であっても、生徒側に勝ち目はないだろう。
だが……それでもレイは模擬戦を止めるとは口にしない。
「勿論、模擬戦で生徒達側が勝てばそれが最善だが、それは難しい。ダンジョンでも、モンスターの集団と遭遇することは珍しくない。特に浅い階層だと尚更な」
深い階層であっても、場合によってはモンスターの群れと遭遇することはある。
しかし、傾向としては浅い階層にいる弱いモンスターの方が群れやすい。
そのような時……相手がどのような存在であろうとも、強敵だからといって戦うのを諦めるのか。
「勝てないと判断したら、逃げればいい。……そんな訳で、今回の模擬戦の特別ルールだ。生徒達は校舎に続く通路の反対側に陣取り、俺を含めた教官達はその間に陣取る。そこから模擬戦を開始して、校舎の中に入ったらその者は合格だ。……ああ、勿論さっきも言ったが、校舎の中に逃げ込むだけじゃなくて、俺を含めた教官達を倒すということでも勝利になる。しかもその場合は、脱出するよりもかなり高評価となる」
レイの口から出た言葉に、二組の生徒達がざわめく。
教官達を回避して校舎に入るというのは、生徒達でも何とか出来そうな気はする。
だが、教官を倒すと高評価になる。
それはつまり、より早く一組に上がれるということを意味していた。
「少し作戦を考える時間を与える。どうするのか、相談するといい」
セトがいない分だけ、今回はラッキーだったな。
最後にそう呟くと、それを聞いていた生徒達はどのような表情を浮かべればいいのか分からなくなる。
実際、もしこの状況で更に教官側にセトがいたら、どうやっても勝ち目がない。
それは間違いないし、そういう意味では安堵している。
しかし同時に、自分達が侮られているという思いがあるのも事実。
今この状況で一体何をどうすればいいのか。
そうして迷っているところで……
「皆、今はまずこの模擬戦……と言っていいのかどうか分かりませんが、とにかく教官達の課題を攻略することを考えましょう」
イステルのその言葉で我に返る。
もし今のような言葉を他の誰かが言ってもそこまで大きな効果はなかっただろう。
だが、イステルが言えば違ってくる。
「そうだ。相手が教官達であっても、俺達にも勝機はあるんだ」
「でも……どうするの? 校舎に逃げ込むか、それとも教官達を倒すか」
「逃げ込むの一択ですわ」
生徒の一人の疑問に、イステルは即座に答える。
イステルも教官を全員倒して高評価を欲しいという気持ちはある。
だが、だからといって教官達を倒せるかと言えば……それは否だ。
(いえ、レイ教官以外の何人か……それもアルカイデ教官の派閥であれば、それなりに善戦は出来るでしょうけど)
ここで重要なのは、レイの言い分からすると高評価を得るにはあくまでも教官全員を倒すというものだ。
その時点で、イステルの中で教官を倒すという選択肢は即座に排除される。
レイだけではなく、マティソンを始めとした冒険者としての一面を持っている教官は、明らかに自分達よりも格上の存在だ。
何しろ自分達は、あくまでも冒険者になったばかりの初心者なのだから。
……実際にはイステルのような腕の立つ者は既にダンジョンの五階に到達し、それよりも下の階層に挑戦しているので、実力という時点では既に相応のものがあるのだが。
ただ、それはあくまでもイステルを始めとした上澄みの数人だけだ。
その実力を他の生徒に求めるのは無理がある。
「いい? 足止めを出来る手段を持ってる人を守るのを優先します」
その言葉に反論を口にする者はいない。
イステルの言葉だからというのも大きいが、やはりここで重要なのは訓練場を脱出するのを最優先にする為には、そうするのが一番いいと理解しているからだろう。
……中には少し不満を見せる物もいるが、それでも実際に不満を口に出すようなことはない。
そうしてどう動くのかを決めている間に、教官達は場所の移動を始める。
「……なぁ、レイ。本当に俺達は作戦を考えたりしなくてもいいのか?」
移動しつつ、ニラシスがレイに尋ねる。
そう、これから行われる模擬戦――と評してもいいのかどうかは微妙だが――において、教官達は特に作戦を決めたりはしていない。
それぞれが個人の判断で動くことになっていた。
「俺達の役目は高ランクモンスターだ。……まぁ、モンスターの中にも命令系統がしっかりとしているのもいるが、そうなると生徒達の勝ち目は完全に消えるしな」
これが例えば、生徒達に圧倒的な強敵を相手に心が折られない為の訓練をするのなら、また話は別だ。
だが、今回はそのような目的ではない。
あくまでも勝ち筋を残す必要があった。
その勝ち筋こそが、教官がそれぞれ独自の判断で動くというもの。
(いやまぁ、明確な指揮系統を作るとなると、揉めそうだしな)
それもまた、教官が個人で動くようにした理由でもあった。
アルカイデ側が指揮を執れば、マティソンの派閥が不満を抱く。
その逆もまた同様だ。
……もっとも、レイは一応マティソンの派閥に属しているという扱いになっているので、表立って不満を口にする者は少ないだろうが。
あるいは、中立派の者達が指揮を執るといった選択もあったが、人数が少ない中立派にはあまりその手のことが得意な者もいなかった。
結果として、それぞれが独自に動くということになったのだった。




