3840話
盗賊と馬の運搬については、特に問題なく終わった。
問題があったとすれば、ガンダルシアでの受け渡しだろう。
盗賊を犯罪奴隷として売るという行為は、そこまで珍しいものではないし、ガンダルシアの冒険者が護衛をしている場合にも捕らえた盗賊を犯罪奴隷として売ることもあるので、何も問題はない。
寧ろ奴隷商人としては、使い捨てに出来る犯罪奴隷というのは幾らいても困らない。
ガンダルシアの中では、犯罪奴隷というのはあまり需要がない。
精々が、冒険者が罠避けやモンスターの集団に襲われたり、強力なモンスターと遭遇した時に餌にしてモンスターを惹き付ける生き餌として使う程度か。
だが、他の街や村ではそれこそ鉱山で死ぬまで働かされたり、戦争に出したり、場合によっては人を殺したことがない者がそれに慣れる為の標的にされるなど、需要はそれなりにある。
そしてガンダルシアは迷宮都市で、今回のようにそこに来る商人を狙う盗賊もそれなりに多いので、犯罪奴隷の供給源としての役割もあった。
……もっとも、それでも今回のレイのように盗賊全員を捕らえて犯罪奴隷として売るというのは珍しいのだが。
普通であれば、数人程度なのだから。
そして……何より今回時間を取られた最大の原因は、やはり馬だ。
犯罪奴隷と同じく、馬も需要は多い。
ただし、馬は犯罪奴隷よりも高価になるのだ。
盗賊達が乗っていた馬は名馬でも、ましてや訓練された軍馬という訳でもなかったが、それでも相応の値段がする。
結果として、その馬の売却にそれなりに時間が掛かるのは仕方がないことだった。
それでも無事に売却は終わる。
……ただし、レイが売ったのは盗賊達にしろ馬にしろ、あくまでも警備兵にだ。
ここから警備兵が盗賊達を犯罪奴隷として、そして馬を商人に売ることになる。
もっとも、馬については警備兵がそのまま自分達で使うかもしれないが。
ともあれ、警備兵がレイから購入した盗賊達や馬を売ると、それが警備兵にとっての収入にもなる。
これについては、別に絶対に警備兵に売らないといけないと決まっている訳ではない。
レイがその気になれば、それこそ自分で奴隷商人や商人といった相手に売ることも出来る。
そうなれば警備兵が間に入ることもないので、その分高額で売れるのだが……レイにしてみれば、別に金に困っている訳でもない。
それよりは一括で買い取ってくれて手間を省けるので、そちらの方がレイにとっては利益に思えたのだ。
この辺の判断は人それぞれだろう。
少しでも金が欲しいと考え、また交渉に自信があれば自分で直接商人と交渉してもいい。
……レイの場合、金の問題もそうだが交渉にもそこまで自信がない。
自分からぼったくってやろうと思う相手であれば、レイもまた力を見せつけることによって交渉をしてもいいだろう。
だが、普通の商人との交渉となると、レイは一方的にやられるだろうと思ってしまう。
だからこそ、レイとしては警備兵に売るのが色々な意味で楽なのだった。
「さて、じゃあ……そろそろ行くか」
「グルゥ!」
警備兵との手続きを終え、代金を貰ったレイはセトにそう声を掛ける。
レイが手続きをしている間、外で待っていたセトは嬉しそうに喉を鳴らし……そうして、レイはセトに乗って盗賊のアジトに向かうのだった。
「えっと、この辺り……だよな?」
セトの背の上から、レイは地上を見てそう呟く。
盗賊からアジトの場所を聞いているが、あくまでも言葉で聞いただけである以上、見つけるのはそれなりに難しい。
ましてや……レイもセトも、微妙に方向音痴気味だったりする。
それらの影響により、レイは地上にある森のどの辺に盗賊達のアジトがあるのか、なかなか見つけることが出来なかった。
「えっと……取りあえず向こうを探してみるか? というか、地上に降りるか。そうなればセトの鼻で臭いを辿れるだろうし」
「グルルゥ」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らすと地上に向かって降下していき……
「グルゥ!」
地上に着地するよりも前に、セトは臭いを嗅ぎ取った! と喉を鳴らす。
こういうことなら、最初から地上で探せばよかったなと思うレイ。
もっとも森の上空を飛んでアジトを探していたのは十分程度の時間だ。
その程度の時間だけに、そこまで無駄に時間を使ったとまでは思わなかったが。
地上に着地したセトは、レイを背中に乗せたまますぐに歩き出す。
レイはそんなセトの背の上で周囲の様子を見る。
夏の森だけに、生命に満ちあふれていた。
青々とした木々の葉が日の光を薄らと通すこの光景は、一種幻想的なものがある。
そんな夏の森の景色を楽しみながら、レイはセトに乗って進む。
途中で木の枝をリスが走っている光景を目にするが……
(あれも多分、セトを怖がっての反応なんだろうな)
そんな風に思う。
いつも使っている林でも、セトがくると普通の動物の多くは逃げ出す。
セトがそれを残念がっているのは知っているものの、その辺はどうしようもないのは事実。
例えばこれが、レイの持つ魔力に対抗する新月の指輪のような物があれば話は別だ。
だが、セトの場合は魔力といったものではなく、純粋に生物としての格での話だ。
動物達にとってみれば、グリフォンのセトというのはそれだけ圧倒的な存在となる。
セトもそれが分かっているので、残念に思いつつも仕方がないといったように思っており、レイはそんなセトを慰めるように撫でる。
そうした時間をすごしつつも、森の中を進み……
「グルゥ!」
やがてセトが嬉しそうに喉を鳴らす。
そして走り出すと、数分と立たずに到着したのは洞窟だった。
「ここか……? ここだな」
最初はただの洞窟かと思ったレイだったが、洞窟から少し離れた場所には簡易的な厩舎と思しき建物があるのに気が付き、納得する。
その厩舎も木の枝によって隠されているが、近くに来れば見逃す筈もない。
盗賊達が全員馬に乗っていたことを思えば、アジトの近くに厩舎があるのはおかしくない。
(とはいえ、こうして厩舎があるってことは……もしかして、あの馬は最近入手したんじゃなくて、それなりに長期間使っていたとか? まぁ、具体的にどうなのかは分からないし、俺が考えることでもないと思うけど)
レイはそんな風に考えつつ、それでも一応隠された厩舎の様子を確認する。
だが、そこには一頭の馬もいない。
レイが盗賊から聞き出した、アジトには一人も残さず全員で馬車を襲撃していたというのは正しかったのだろう。
(まぁ、護衛を一人も連れていなかった馬車だったしな。盗賊達にしてみれば、いつでも襲って下さいとでも言ってるように見えてもおかしくないか)
一体何故あの馬車が護衛を連れていなかったのか、レイは分からない。
詳細な話を聞けば、もしかしたら教えてくれたかもしれないが。
ただ、その場合は何となく面倒なことになりそうだったので、レイは敢えてその辺りの情報については聞かなかったのだ。
「セト、洞窟の中に誰かいるか?」
「グルゥ」
一応、念の為ということでレイが聞いてみるも、セトはレイの言葉に首を横に振る。
セトがこうしていないとはっきりと口にしている以上、洞窟の中に誰か隠れている……あるいは以前捕らえられた商人が閉じ込められているということはないのだろう。
「後は、罠か。……あの盗賊達の様子を見ると、そこまで考えているとは思わないけど、念の為に注意しておくか」
アジトを守る人員を一人も残さず、全員で襲撃をするのだ。
見ようによっては、何も考えていないようにも思えるし、もしくはアジトに何らかの罠を仕掛けてあるので、誰かがアジトに侵入しても構わないと思っている可能性もあった。
あったのだが……レイは、その辺を気にせず洞窟の中に入ることにする。
自分であれば、何とでも対処出来ると思っていたし、何より捕らえた盗賊達を尋問した時、もし罠があるのなら話していた筈なのだから。
「グルルゥ」
そんなレイに、セトが自分も行きたいと喉を鳴らす。
「セトも行きたいのか? いや、でも……この大きさをだと……」
言葉を止め、レイは洞窟を見る。
外側から見た限りでは、セトも何とか中に入れそうな広さのように思える。
思えるのだが、それはあくまでも今こうして見た場合の話だ。
実際に洞窟の中に入った場合、急に狭くなっている可能性もあった。
「……サイズ変更でも使うか?」
「グルルルルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは即座にスキルを発動する。
すると四m程もあったセトがあっという間に小さくなり……その大きさは、三十cm程にまで縮まる。
「グルゥ!」
嬉しそうな様子のセトを、レイは抱える。
……いつもはセトの背に乗るレイだけに、こうしてセトを抱え上げるというのは新鮮な感覚だ。
抱え上げたセトを、レイはどうするか考え……
「肩にでも乗っててくれ」
そう言い、自分の左肩に乗せる。
罠の類はないと思うが、何らかのイレギュラーがあった時の対処を思えば、セトを抱いていた場合咄嗟の対応が出来ないと考えた為だ。
……肩に乗っていれば、それはそれで何かあって咄嗟にレイが動いた時にセトがレイの肩から落ちる可能性もあるのだが。
それでもセトならレイの肩から落ちても、綺麗に足から着地して被害らしい被害がないのは間違いないだろうとレイは思っていたが。
そうしてレイはセトと共に洞窟の中に入る。
盗賊達もこの洞窟で暮らしている為だろう。洞窟の壁には幾つか松明が設置出来る器具があった。
(こういうのがあるとなると、この洞窟……もしかしたら、結構長かったりするのか? 拠点にするのなら、こういう場所がいいのは間違いないだろうけど)
そんな風に思いながら洞窟の中を進むと、途中で道が二つに分かれていた。
丁度Yの字型になっており……
「セト、どっちに行けばいいと思う?」
「グルルゥ? グルゥ!」
レイの言葉にセトはクンクンと臭いを嗅ぎ、やがて左の方を見て鳴き声を上げる。
鳴き声そのものは大きい時と変わらないのだが、三十cm近くまで縮んでいる影響もあってか、レイの耳にはどこか『グルゥ』ではなく『クルゥ』と聞こえるような気すらする。
……これは絶対にセト好きの面々に見せる訳にはいかないな。
そうレイは考える。
外見が三十cmになっているだけでも、セト好きにしてみれば狂喜乱舞してもおかしくはない。
そこにどこか可愛らしい鳴き声を上げると知ったら……一体どうなるのか、レイには想像出来なかった。
あるいは想像したくないといった方が正確かもしれないが。
「グルゥ?」
どうしたの? とレイを見て小首を傾げるセト。
そんなセトを、レイはそっと撫でる。
「サイズ変更については、秘密にしておこうな」
レイの言葉の意味が理解出来ないらしく、セトは不思議そうな様子を見せるだけだ。
そんなセトの様子に笑みを浮かべつつ、レイはY字路の左に向かって進む。
そうして少し進むと……
「それなりのお宝だな」
お宝……より正確には、あの盗賊達が今まで集めてきたのだろうお宝を発見する。
とはいえ、そこにあるのは金貨や銀貨の入った大きな袋に、何本かの金塊。
宝石箱の中には、複数の宝石が雑多に詰め込まれている。
「宝石は……これ、大丈夫か?」
盗賊達のやったことなので仕方がないのかもしれないが、宝石箱の中には複数の宝石が雑多に詰め込まれている。
本来なら、宝石というのは一つずつ分けて保管する必要がある。
こうして複数の宝石を適当に詰め込んだだけでは、宝石の硬度の違いによって傷が付く。
そして傷が付けば当然ながら価値は下がる訳で……
「その辺の知識のある奴でもいれば、どうにかなったのかもしれないけどな」
はぁ、と息を吐くレイ。
恐らくだが、最初にこの宝石箱を商人から奪い、その宝石箱その物にも宝石が埋め込まれたりしていることから価値が高いと判断し、その流れでちょうどいいから入手した宝石は適当にこの宝石箱に入れておけばいいと、そう考えての行動だったのだろう。
宝石にそこまで詳しい訳ではないレイにとっても、宝石の扱いがあまりに雑だとしか思えない。
折角高価な宝石があっても、これでは傷が付いたということでその価値を失い、売っても安く買い叩かれるだけだろう。
それでもレイは宝石箱に手を伸ばす。
「まぁ、傷があっても宝石なのは間違いないし。それに、錬金術の素材としても使えるかもしれないしな。何より、ここに置いておいても意味はないし」
もしかしたら、警備兵達に尋問された盗賊がこのアジトの事を喋り、それによってガンダルシアの警備兵、あるいは冒険者がここに来る可能性もある。
あるのだが、レイとしては別にそれを待つ必要はないだろうと、お宝を全てミスティリングに収納するのだった。