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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3839/3865

3839話

「くそっ、一体何だって今日に限って……おい、もっとしっかり狙え!」


 必死に馬車を走らせる商人の男は、馬車の後方から追ってくる者達に向かって矢を射る部下の女に叫ぶ。

 だが、その女は泣きそうな声で叫び返す。


「無理ですってぇ! 私は弓なんて使ったことはほとんどないんですよぅ! それなのに、こんなに揺れてる中で矢を命中させろって方が無理ですよぅ!」


 女は涙を流して叫び返しつつ、それでも必死になって矢を射る。

 本人が言ってるように、決して弓の扱いが上手いという訳でもないのだろう。

 商人の男はそれを知っていたが、だからといって矢を射るのを止めろとは言えない。

 今この状況で必死になって逃げているのは事実だが、それでも何とか盗賊に追いつかれていないのは、曲がりなりにも弓を使って攻撃をしているからというのが大きかった。

 不幸中の幸いと言うべきか、女の弓の腕が下手……というより、取り扱いを知っている程度でしかない以上、射られた矢がどこに飛ぶか分からない。

 それによって、かえって盗賊達は馬車に近付くのを躊躇していた。

 護衛もない商人。

 これ程美味しい相手である以上、ここで怪我をするのは馬鹿らしいという思いから。

 これは盗賊達が自分達の勝利を確信しているからこその気の緩みでもある。

 もしこれで馬車の護衛がいれば、多少の怪我は仕方がないと判断していただろう。

 ただ……それでも、馬車には大分逃げられ、ガンダルシアまで大分近付いてしまっている。

 このままガンダルシアまで近付けば、警備兵が、あるいは冒険者が出てくる可能性が高い。

 そうなる前に、多少の怪我は承知の上で攻撃をするべきか。

 盗賊の首領がそう考え、部下に命令をしようとしたその瞬間……


「グルルルルルゥ!」


 不意に周囲にそんな雄叫びが響き渡る。


「おわぁっ!」


 その雄叫びに驚いた馬が混乱し、馬に乗っていた何人かの盗賊がそのまま地面に落ちる。

 鳴き声の主……セトは、別にスキルを、王の威圧を使った訳ではない。

 しかし、ただの馬であれば生物としての圧倒的な……覆しようもない格差に逆らえる訳がない。

 あるいは盗賊達の使っている馬が厳しく訓練された軍馬であれば、もう少し話が違ったのかもしれないが……生憎と、そのような軍馬は非常に高価だ。

 それこそ盗賊達が使っている馬を手に入れるのですらかなりの金額になるのは間違いないが、そのような軍馬はそれ以上の値段がする。

 ……もっとも、セトの鳴き声に反応したのは盗賊達が乗っている馬だけではなく、商人の馬車を牽く馬もまた同様だ。

 それでも商人の腕が良かったのか、はたまたただの偶然か、馬車が引っ繰り返るようなことはなかったが。

 ただ、それでも馬車を走らせるということが不可能になってしまったのは間違いなく、商人とその部下の女は一体何がどうなったのかと、周囲の様子を窺う。

 そんな中、盗賊達と商人の馬車の間に上空からセトが降下する。

 そしてセトの背から下りたレイは、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。


「さて」


 レイが口にしたのは、その一言だけ。

 しかし、そのたった一言だけで盗賊達の中から戦意は消える。

 どうすればこの場をやりすごせるのか、生き残れるのか。

 それだけを考えていた。

 それは盗賊達を率いている男も同様だった。

 本来なら部下を叱咤激励してこの場をどうにかしないといけないのは分かっている。

 分かっているが、それを知った上で今の状況からどうすればいいのか全く分からなかったのだ。


(あ、これは戦いにはならないな)


 盗賊達の目に絶望だけが浮かんでいるのを見たレイは、あっさりとそう判断し、黄昏の槍を地面に突き刺すと、デスサイズを左手に持ち、右手で指を鳴らす。

 パチン、と。

 その音が響いた瞬間、当然盗賊達の前にファイアボールが発動する。


「っ!?」


 呪文の詠唱もなしに、いきなり現れたファイアボール。

 それを見た盗賊達は、驚きのあまり何も言えずに息を呑む。

 ファイアボールを生みだしたのがレイなのは、指を鳴らした瞬間にファイアボールが現れたことからも明らかだ。


「さて、降伏しろ。そうすれば命だけは取らないでおいてやる。もっとも、犯罪奴隷として生きるよりは死んだ方がいいのかもしれないけどな」


 犯罪奴隷という言葉に、盗賊達の顔が青くなる。

 犯罪奴隷となった者がどのように扱われるのか、それを知っている為だ。

それこそ鉱山の過酷な労働環境の中で死ぬまで働かされるか、あるいは戦いで捨て駒として使われるか。

 本当に運が良ければ生き残れるかもしれないが、まず間違いなく死ぬだろう。

 あるいは生き残っても、決して幸福な未来は待っていない筈だった。

 それでも……それでも死ぬよりはと、多くの盗賊達は手に持っていた武器を落とす。

 まだ何とか馬に乗っていた者達も、馬から下りる。

 もしこのまま馬に乗ったままであれば、敵対する相手として認識されて、殺されるかもしれないと思った為だ。

 そうである以上、大人しく降伏をするしかなかった。

 どんなに絶望の待っている生であっても、死ぬよりは……と。


「何だ、降伏するのか」


 盗賊達が全員武器を手放したのを見たレイの口から、そんな声が漏れる。

 勿論、レイとしても犯罪奴隷として売り払う以上、盗賊の人数は多い方がいい。

 それは間違いないのだが、それでもこうしてあっさりと降伏をするというのは、少し予想外だった。


「グルゥ」


 セトもまた、レイの言葉に同意するように喉を鳴らす。

 今までレイが接触してきた……つまり、倒してきた多くの盗賊は、その多くが自分達に勝ち目がないと判断しても反撃をしてくることが多かった。

 だからこそ、もしかしたらこの盗賊達も同じように攻撃をしてくるのかと思ったのだが、その予想は外れたらしい。


(これが、ガンダルシア付近の盗賊は全部そうなのか、それともこの盗賊団だけが弱いのか。……その辺についてはちょっと気になるが、また次の盗賊達と遭遇したら、その時の対応で考えればいいか)


 そんな風に思っていると、馬車から下りた二人の男女がレイの方に近付いてくる。


「あの……助けてくれてありがとうございます」

「ありがとうございますぅ」


 そんな二人の様子に、レイはどう対応すべきか迷う。

 護衛も雇わないのを咎めればいいのか、もしくは二人で盗賊からよく逃げ続けたなと褒めればいいのか。


「無事で何よりだが……護衛はいないのか? 随分と不用心だな」


 迷宮都市のガンダルシアには、ダンジョン産のマジックアイテムであったり、ダンジョンに出てくるモンスターの素材であったりを仕入れる為に多くの商人が集まる。

 そうして商人が集まれば、当然ながらその商人を狙った盗賊も増えるのは自然なことであり、ガンダルシアの周辺というのは相応に盗賊の数も多い。

 実際、ガンダルシアの依頼においてダンジョン関係以外のもので一番多いのは護衛の依頼なのだから。

 なのに、この商人は護衛を雇わずにガンダルシアにやって来たのだ。

 迂闊としか言いようがない。


「そう言われても、金にそこまで余裕がなかったもので。それにガンダルシアから出る商人が狙われやすいというのは知ってますが、私はこれからガンダルシアに商品を仕入れに行くところでした」

「いや、それなら商品を仕入れる為の金を狙ったんじゃないか?」


 商品を仕入れるにしても、当然ながらそれを購入する為の資金は必要だ。

 盗賊達にしてみれば、下手に何らかの素材を運搬している馬車よりも、資金のままの方がありがたいだろう。


「ああ、その辺は大丈夫です。資金を持った者は先にガンダルシアに入ってますから。なので、護衛も雇わなかった訳ですし。資金を持っている者にはきちんと護衛を用意しましたので」

「……なるほど」


 それなら納得出来なくもない……のか?

 そんな疑問を抱きつつ、レイはそれ以上何も言わないでおく。

 色々と思うところもあるのだが、レイはこの商人とそこまで親しい間柄という訳でもない。

 ただ、偶然こうして助けただけなのだ。

 であれば、何か妙だと思いはしても、それで何かをしようとは思わない。


「話は分かった。なら、この連中をガンダルシアまで連れていくから、縛るのを手伝ってくれ」

「え? 連れて行くのですか?」

「さっき、俺が言ったのを聞いてなかったか? この連中は犯罪奴隷として売り捌く」

「……なるほど。分かりました。では、お手伝いをしましょう。縛るロープの方はどうします? それと馬ですが……」

「ロープはこっちにある。馬は……」


 そこで言葉を止めたレイが馬を見ると、セトの存在もあってか今のところ逃げ出す様子はなく、その場でじっとしている。

 少しでもセトが自分達の方に注意を向けないようにと、そう祈ってるようにしかレイには見えなかった。


「馬も売る予定だ。見た感じ、名馬って訳じゃないし、そこまできちんと訓練をされてる訳でもないらしいが、それでも馬は馬だ。欲しい奴は多いだろう」


 商人が多数来る以上、移動に使える馬というのは需要が高いだろう。

 あるいは値段的な問題で売れない場合は、警備兵辺りにでも売ってしまえばいい。

 何しろ、元手という意味ではレイは全く掛かっていないのだから。

 それこそ捨て値で売ったとしても、その値段の分だけレイの利益となるのだから。


(とはいえ、盗賊達に馬を奪われた連中もいるんだろうけど)


 盗賊達が馬を買うかと言われれば、レイは首を傾げるだろう。

 以前の襲撃で入手したというのなら、納得も出来るが。

 そう考えると、やはりこの馬も誰かから盗んだものであり、そうなると盗まれた方にしてみれば馬の値段を考えると大損なのは間違いなかった。

 ともあれ、レイはロープを出すと商人とその部下に渡して盗賊を縛って貰う。

 盗賊達には、もしここで暴れたりしたら即座に殺すと言い含めておきながら。

 実際、レイは盗賊達を全員殺すつもりはなかったが、一人や二人なら見せしめとして殺してもいいと思っていた。

 犯罪奴隷として売る人数が少なくなるが、レイにしてみればこの金稼ぎはついでのものだ。

 なければないでいい。

 ……盗賊達も、レイの言葉に本気を感じたので動かない。


「ああ、それと。……お前達のアジトについて聞かせて貰おうか」


 そう聞いたのは、盗賊達のうちの一人。

 盗賊達の中でも一際レイとセトの存在に怯えている男だ。

 怯えているからこそ、レイは自分の質問に素直に答えてくれるだろうと思っての問い。

 そして実際、その男は震えながらもレイの言葉に素直に答える。

 ここからそれなりに離れた場所にあるのは、それだけ長い時間馬車を追っていたということなのだろう。


(とはいえ、そうなるとアジトまで行くのは少し時間が掛かるな)


 セトに乗って移動すればそれだけ時間が掛からないのは間違いない。

 だが、そうしてレイ達が移動している間に盗賊達を放っておくのは、面倒が起きる気しかしない。


(だとすれば、一度ガンダルシアに行って、盗賊達を犯罪奴隷として売って、馬もついでに売ってから盗賊のアジトに行けばいいか)


 幸い、レイが聞き出した話によればアジトには他に誰もいないらしい。

 つまり、盗賊達は全員でこの馬車を追っていたということになる。

 それはそれでどうなんだ?

 そう思わないでもないレイだったが、盗賊達の様子を見る限りだと嘘を吐いているようには思えない。

 ……そもそもの話、レイとセトに心の底から恐怖している盗賊達が、ここで嘘を吐くとは思えない。

 それにもしここでそのような嘘を吐いたところで、結局自分達が犯罪奴隷になるのは止められないのだから。

 であれば、ここで嘘を吐いてレイを怒らせるようなことをしても、意味はない……どころか、レイの報復によって殺される可能性が高くなってしまう。

 レイに殺されるのではなく犯罪奴隷としてでも生きる道を選んだのだから、わざわざそのような馬鹿なことをする者はいない。

 盗賊だけあって反骨心の高い者も多かったのだが、レイとセトの存在はそんな反骨心をへし折っているのだから。


「あの、全員結び終わりましたけど」


 レイが考えていると、商人がそう声を掛けてくる。


「ああ、悪い。じゃあ、まずはこいつらをガンダルシアまで運ぶか。……一応俺が護衛として一緒に行くから、安心してくれ。もっとも、ここからガンダルシアの間でまた盗賊やモンスターに襲撃されることはないだろうが」

「いえ、助かります」


 商人にしてみれば、万が一を考えると護衛がいてくれるというのは非常に助かる。

 そうしてレイはセトに乗り、縛った盗賊と馬を連れて商人の馬車を護衛しながらガンダルシアに向かうのだった。

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