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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3838/3865

3838話

「……え?」


 ジャニスは眩く光ったと思ったら、次の瞬間にはその光が消え……そして解体された素材や魔石が目の前に広がっていることに驚く。

 赤い山羊の解体をした結果、残ったのは角、赤い毛皮、肉、保管ケースに入った眼球と肝臓と思しき部位、そして魔石。


「えっと、その……レイさん? 一体何が……」


 ジャニスにしてみれば、全く理解出来ないことが今この場で起こっていた。

 それはレイにも分かったし、ある意味でそれが狙いでもあった。


「これがマジックアイテムの効果だ。庭を汚さないというのも納得出来ただろう?」


 そんなレイの言葉に、ジャニスは改めて庭を見る。

 そこにはレイが言うように、血の一滴も流れていない。


「その、レイさん。これがマジックアイテムの効果だというのは分かったのですが、血とかそういうのはどこにいったんですか? 解体……なんですよね?」

「その辺はマジックアイテムの効果だ。余分な部位……本来なら捨てる必要のある部位は、このドワイトナイフを使うと消滅する。……いやまぁ、正確にはそこにある保管ケースとかに姿を変えているのかもしれないけど」


 幾らドワイトナイフが高性能なマジックアイテムだとはいえ、それでも何もない無から有を生み出すといったことは出来ない。

 あるいはドワイトナイフよりもっと高性能なマジックアイテムであれば、そのようなことも出来るかもしれないが。


「なるほど。そういうことなんですね。……こうして聞くと、凄いマジックアイテムにしか思えませんが、やはりレイさんが使っているだけに高価なのでしょうか?」

「それは否定しない。もっとも、ここまで綺麗に解体出来るのは俺だからというのもあると思うが」


 他のマジックアイテムもそうだが、マジックアイテムには魔力を多く込めることによって、その性能が増す物もある。

 例えば、レイが飲料水として利用したり、何かを洗ったりする際にも使う流水の短剣もその一つだ。

 元々は流水の短剣は水を伸ばして出来た鞭や長剣といったように使うのが一般的なのだが、レイの場合は本人が炎属性に特化している為に、どうやってもそのようなことが出来ず、ただ水を流すだけだ。

 しかし、その水もレイの魔力によって普通の水ではなく天上の甘露と呼ぶべき水となる。

 こういったように、魔力によってマジックアイテムの効果が変わる……いや、増す物もある。

 そしてドワイトナイフもそのようなマジックアイテムの一つだった。


「レイさんが使うからですか。……非常に便利なマジックアイテムなのですね」

「ああ。こういうのがあるから、マジックアイテムを集める趣味は止められない」


 そう呟くレイを、ジャニスは仕方がないですねといった柔らかな目で見る。

 マジックアイテムについて語っていたレイは、そんなジャニスの目に気が付いたのだろう。

 何かを誤魔化すように咳払いをする。


「とにかく、俺の解体の仕方はこうだ。……ただ、言うまでもないと思うが、これはあくまでも俺がこのドワイトナイフというマジックアイテムを持ってるからだ。普通の解体はジャニスが想像しているような方法での解体となる。……そういう時は、こういう庭ではやらないけどな」

「そうして貰えると助かります。……では、私はそろそろ食事の準備に戻ります。あ。その……解体で出て来たお肉はどうしましょう? 料理をした方がいいのなら、何か作りますけど」

「そうだな。じゃあ……」


 レイは久しぶりに取り出したミスリルナイフで肉をある程度切り分け、それの一部をジャニスに渡す。


「これで何か適当に作ってくれ」

「分かりました」


 レイの言葉に頷くと、ジャニスは肉を手に家に戻る。


「……ほら」


 レイはそんなジャニスを見送った後で、肉を一塊ミスリルナイフで切ると、それをセトに渡す。

 セトはそんな肉を、嬉しそうに食べる。

 調理も何もしていない生肉なのだが、セトにとっては十分なご馳走らしい。

 赤い山羊はそれなりにランクの高いモンスターだったので、それも当然なのかもしれないが。


「さて……そうなると、次はこっちだな」


 一応庭ということもあり、レイは赤い山羊の素材を全てミスティリングに収納しておく。

 勿論、魔石もだ。

 魔石を使うのはここでも出来るが、習得、もしくはレベルアップしたスキルを試すのは、やはり人がいない場所……見つからない場所でやるのが最善なのだから。

 なので、魔獣術そのものは明日にでもまたダンジョンに行く前に林に行って試そうと思っている。

 ともあれ、赤い山羊の素材は全て収納したので次にやるべきなのは溶岩の大蛇の解体となる。


「これを見ても、溶岩の大蛇という風には思わないだろうな。……いやまぁ、十五階に行ってる者がいれば、こうだと分かるかもしれないとは思うけど」

「グルルゥ?」


 赤い山羊の生肉を食べていたセトが、レイの言葉を聞いたのかどうしたの? と声を掛けてくる。


「何でもない。セトは肉を食べるのに集中してくれ。……美味いんだろう?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、勿論! と喉を鳴らすセト。

 セトに食べさせたのは結構な大きさの生肉だったのだが、それを食べるセトの様子はまだまだ幾らでも食べられるといった様子だった。

 セトがどれくらい食べられるのかは、レイにも分からない。

 あるいは、普通のグリフォンではなく魔獣術で生み出された存在である以上、もしかしたら腹一杯になるようなことはないのではないかとすら思ってしまう。


(いや、今はセトよりもこっちの溶岩の大蛇だな。……今にして思えば、ジャニスがこの溶岩の大蛇の死体を見ても、悲鳴を上げなかったのは疑問だな)


 レイから見ても、溶岩の大蛇はかなりの大きさだ。

 だからこそ、大蛇と呼んでいるのだから。

 普通なら、冒険者でも何でもない女が死体とはいえ、このような大蛇を見れば悲鳴を上げてもおかしくはない。

 だが、ジャニスは一切そのような悲鳴を上げなかったのだ。


(赤い山羊の死体の方に注目してたから……というのも、それはそれで疑問だしな。そうなると、何かもっと別の理由と考えるのが自然か。フランシスに紹介されたから、とか?)


 フランシスがレイのメイドとして派遣してきたのがジャニスだ。

 そしてフランシスはレイがどのような存在なのかはそれなりに理解出来ていてもおかしくはないだろう。

 だとすれば、ジャニスが溶岩の大蛇の死体を見た程度で悲鳴を上げない、パニックにならないと知ってるからこそ、レイのメイドとして派遣されたという可能性は十分にあった。


「まぁ、悲鳴を上げたりしなかったのは、俺にとってもラッキーだったけど。……さて、まずはとにかく解体してしまうか」


 呟き、ドワイトナイフに魔力を込めて溶岩の大蛇の死体に突き刺すと、先程と同様周囲が眩い光によって覆われる。

 そして光が消えた時……そこには溶岩の大蛇の素材が残っていた。

 頭蓋骨、鱗、背骨、保管ケースに入った眼球と幾つかの内臓、そして肉に魔石。


「牙は頭蓋骨と一緒なんだな。……まぁ、どういうのに使うのかは分からないけど。それにこの背骨も……何か呪いとかそういうのに使いそうだな」


 蛇の頭蓋骨や背骨を見て、レイが思いついたのはそれだった。

 もっとも、すぐにそれを否定するが。

 恐らくこれは何らかの錬金術の素材として使うのだろうと。


「取りあえず、肉は……セト、落ち着け。さっき赤い山羊の肉をやっただろう?」


 溶岩の大蛇の肉は、結構な大きさのブロック肉だった。

 赤い山羊の肉は幾つかの部位に分かれていたのだが……と思いつつ、蛇だし仕方がないかと思う。

 ただ、セトにとっては溶岩の大蛇の肉はかなり美味そうに思えたのか、レイに食べたいといった視線を向けてくる。

 レイはそんなセトに注意をしたが、円らな瞳で見られると……


「ちょっとだけだぞ」


 弱い。

 今のレイとセトのやり取りを見ていた者がいれば、恐らくそう言っただろう。

 とはいえ、セト好きの者達がいれば……いや、セト好きではなくても、セトに円らな瞳を向けられれば同じようなことをする者は多かっただろうが。

 とにかく、レイは先程赤い山羊の肉を切ったミスリルナイフを使い、蛇の肉を切る。

 量にして、一キロくらいか。

 普通ならそれだけの肉はちょっとしたつまみ食いとは到底言えないような量だ。

 それこそ一般人であれば……いや、冒険者であってもこれだけで腹一杯になってもおかしくはないだろうと思えるだけの量なのは間違いない。

 しかし……それがセトとなれば話は違ってくる。

 何しろセトは四m近い身体の大きさだ。

 それだけの身体を持つセトだけに、一キロくらいの肉は本当におやつ程度……いや、場合によってはそれにも満たないかもしれない。

 レイで例えるのなら、串焼き……それも一本丸々ではなく、串焼きの肉が一切れといったところか。

 だからこそセトはその肉をあっさりと食べ終わる。


「グルルゥ」


 美味しかったと喉を鳴らすセトに、レイはふと気になって尋ねる。


「赤い山羊の肉と、溶岩の大蛇の肉、どっちが美味かった?」

「グルゥ? グルルルゥ」


 レイの問いに、セトは少し考えた後でどっちも同じくらい美味しかったと喉を鳴らす。

 それはそれでどうなんだ?

 そう思ったレイだったが、それを言う前にジャニスが夕食の準備が出来たと知らせに来たので、家に戻るのだった。

 なお、赤い山羊の肉は薄く切られて火を通しすぎないくらいに焼き、そこに辛味のある野菜と酸味のある果実のソースを付けて食べる……ローストビーフならぬ、ローストゴートとでも呼ぶべき料理になっており、レイは存分に舌鼓を打つのだった。






 ローストゴートを食べた翌日、冒険者育成校の授業も終わった午後、レイはセトに乗って既に何度か来ているので慣れている林に向かっていた。

 昨日倒した赤い山羊と溶岩の大蛇の魔石を魔獣術で使う為だったのだが……


「グルルルゥ」

「うん?」


 空を飛ぶセトが、不意に喉を鳴らす。

 林が見えたよという鳴き声……ではない。

 セトの見ている方に視線を向けると……


「あ、珍しい。いや、実際にはそうでもないのか?」


 必死に逃げる馬車の姿を見つける。

 そして馬車を追うのは、馬に乗った者達。

 長剣や棍棒を振り回すその姿は、盗賊以外の何者でもない。

 ただし、馬に乗っているというのはレイにとって少し驚きだった。

 馬というのは、世話をするのがそれなりに大変だし、餌のことも考えると維持費が相応に掛かる。

 それこそ貧乏貴族であれば、馬を一頭飼うのも難しいくらいには金の掛かる動物なのだ。

 勿論、この世界において馬というのは非常に優れた移動手段なのは間違いないので、あれば便利なのは間違いない。

 ただ、盗賊がここまで馬を揃えるというのはレイにとっても意外だった。


(いやまぁ、別に盗賊が馬に乗っているのを見るのは、これが初めてって訳じゃないけど)


 盗賊狩りを趣味とし、盗賊達からは盗賊喰いとまで呼ばれるレイだ。

 ……もっとも、それはあくまでもミレアーナ王国での話で、ミレアーナ王国から遠く離れたこのグワッシュ国の迷宮都市ガンダルシアの周辺にいる盗賊達にまでその名前が広がっているのかどうかは微妙なところではあったが。

 ともあれ、レイが盗賊を見つけたということは、それはつまりその盗賊を狩るということが決まったということを意味している。


「セト、臨時収入の時間だ。……とはいえ、馬は出来るだけ残しておこう。売れるのなら売ってもいいしな。それに盗賊も生け捕りにすれば犯罪奴隷として売れる。そういう意味では、金稼ぎの絶好のチャンスだ」

「グルゥ!」


 短く相談を終えると、セトはすぐに地上に向かって降下していく。

 レイやセトにしてみれば、盗賊と戦うのは半ば趣味だ。

 いつもであれば、盗賊は基本的に殺す。

 ただ、幸か不幸かこの林はガンダルシアからそう離れてはいない。

 もっとも、そう離れていないというのはあくまでも空を飛ぶセトならの話で、地上を移動するのであればそれなりに時間は掛かるのだが。

 しかし、それはあくまでもそれなりである以上、捕らえた盗賊達をガンダルシアまで連れていくのが大変だからと、殺す程ではない。

 レイは盗賊を殺すのに罪悪感を覚えたり、あるいは躊躇したりといったことはしない。

 しないが、それでも殺してしまえばそれまでなのに対し、犯罪奴隷として売れば相応の金額になるのは間違いない。

 であれば、殺すよりも犯罪奴隷にした方が利益になるのだから、そうしない理由がない。


「セト、鳴き声を。俺達の存在を馬車に乗ってる連中に知らせてくれ」

「グルルルルルゥ!」


 レイの言葉に従い、セトは周囲に響くように鳴き声を上げるのだった。

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