3837話
「うーむ……こいつはミスリル……」
「ミスリル!?」
鍛冶師の言葉に、レイは思わずといった様子で叫ぶ。
当然だろう。ミスリルというのは魔法金属として非常に有名で、魔力の通りが非常にいい。
ドワイトナイフがあるので今は使っていないが、レイの持つミスリルナイフは解体をする際に魔力によって非常に優れた切れ味を発揮する。
ミスリルで出来た武器や防具、あるいはマジックアイテムは非常に高性能で……そして高価になる。
なら、自分が入手したこのインゴットの価値はもの凄いのではないか。
そう思って期待するレイだったが……
「……じゃない、な」
「おい」
鍛冶師がたっぷりと数秒は溜めた上でそう言ってきたことに、レイは思わず突っ込む。
だが、鍛冶師の様子を改めて見ると、別にレイをからかう為に今のようなことを口にした訳ではないのは明らかだ。
「すまんな。だが、ミスリルだと一瞬思ったのは事実だ」
「……つまり、やっぱりミスリルじゃないと?」
先程の言葉を聞いた上で、それでも万が一にも……そんな思いから尋ねたレイだったが、鍛冶師は頷く。
「ああ。生憎とミスリルではない。……とはいえ、完全にミスリルではないかと言えば、そうでもない」
「結局どういうことだ?」
ミスリルのようでミスリルではない。
ミスリルではないのにミスリルのようだ。
レイは鍛冶師が一体何を言っているのか分からない。
具体的にどういうことなのかと、そう疑問に思うのは当然の話だろう。
「うーむ……そうだな。確かに分かりにくかったかもしれん。……レイにも分かりやすいように説明するとすれば……これはミスリルになりかけ、つまりはミスリル未満とでも呼ぶべき魔法金属となる」
「ミスリル未満……? それはまた……そういうのもあるのか?」
「モンスターが落としたんだろう? であれば、そのような物があってもおかしくはない。……俺は初めてこれを見るけどな」
そう言う鍛冶師の言葉に、レイは改めて青い鉱石を見る。
ミスリル未満の魔法鉱石。
鍛冶師の説明でそれは分かったが、そうなるとこの魔法鉱石をどう使えばいいのかという疑問を抱く。
これがミスリルであれば、例えば何らかのマジックアイテム……魔剣や魔槍といった武器にしたり、レイは使う予定はないが鎧の材料にするというのもありだろう。
だが、ミスリルではなく、ミスリル未満の鉱石となると……
「これで魔剣とかそういうのは作れるのか?」
「作れるかどうかと言われれば作れる。だが、ミスリル未満の魔法金属である以上、当然ながらその性能はミスリルで作った物には及ばない」
「その辺は腕で補うとか言って欲しかったな」
「……生憎と、俺の腕はそこまでいい訳じゃないからな」
そう言う鍛冶師の口調には不満そうな色があった。
自分でこのように言ってはいるが、色々と思うところがあるのだろう。
(まぁ、競合する相手がいないと、どうしてもそういう風に思ってしまうのかもしれないけど)
ガンダルシアは迷宮都市だけに、鍛冶師は相応にいる。
しかし、それでもどうしてもギルムと比べると全体的な人数で劣る為か、鍛冶師による競争はそこまで激しくない。
そんな中、レイがやってきたこの店はガンダルシアにいる鍛冶師の中でトップクラスの技量を持つ鍛冶師だとレイは聞いている。
そんな鍛冶師が自分の腕はそこまでではないと言うのはどうなんだ?
そんな風にも思うレイだったが、それを言っても鍛冶師の様子からあまり効果があるとは思えなかったので、その辺りについては黙っておく。
「それで、このインゴットはどうする? 売るなら相応の値段で買い取るぞ」
「いや、何かに使えるかもしれないから、俺が持っておく」
「そうか、分かった」
レイの言葉に鍛冶師はあっさりとそう頷くのだった。
「グルルゥ」
「ん? あの店の串焼きか?」
鍛冶師の店から出たレイは、セトと共に家に向かっていた。
当然ながら鍛冶屋があるのは街中で、今は夕方近く。
そうなると仕事が終わって帰る途中、あるいはギルドでの清算を終えた冒険者が多くなり、今日はもう帰るだけ、あるいは飲むだけといった者達を目当てに屋台も今日最後の稼ぎ時と頑張る。
結果として、屋台の近くには食欲を刺激するような暴力的な香りが漂うことになってしまう。
セトはその誘惑に耐えきれず、一際食欲を刺激する香りを漂わせている屋台の串焼きを食べたいと、そうレイに主張する。
レイもまた、セトに促されるように特に抵抗もなく串焼きを売っている屋台に向かう。
本来なら家に帰れば夕食があるからと言って、セトを注意すべきなのだろう。
だが、レイにとっても漂ってくる香り……肉汁が落ちてそれが焦げた臭いが周囲に漂うというのに、抵抗するのは難しかった。
幸いなのは、セトはともかくレイもその外見以上に食べられることだろう。
ここで串焼きを食べたところで、夕食が食べられなくなるということはまずない。
だからこそ、夕食前のおやつ、あるいは軽食として串焼きを買っていく。
「毎度」
購入した串焼きは四本。
レイが二本にセトが二本。
道を歩きながら串焼きを食べる。
……もっとも、セトは一口で二本の串に刺さっていた肉を一気に食べてしまったが。
体長四m近いセトにとって、人が食べる串焼きが二本というのは、それこそレイの感覚にしてみればちょっとしたつまみ食い程度の感覚だろう。
(もう何本か買ってもよかったかもしれないな)
そんな風に思いつつ、レイは自分の串焼きを食べるが……
(いまいち)
それがレイの素直な感想だった。
漂っていた食欲を刺激する匂いから期待しすぎたのかもしれない。
味付けは塩と何らかの香草を使っているらしく、決して悪くはない。
悪くはないのだが、肉は明らかに焼きすぎだった。
焦げるといった程ではないが、必要以上に火が入りすぎていて、かなり固い。
香りという点では悪くないのだが、肉の食感という意味では外れなのは間違いなかった。
焼きすぎた影響か、肉汁もその多くが既に肉の中に残ってはいない。
……それでも食べられない程に不味いという訳でもないのは、せめてもの救いか。
寧ろ冒険者が依頼の途中で食べる料理として考えれば、この串焼きもご馳走だと思う者が多いだろう。
何しろ冒険者の多くが依頼の途中で食べるのは、干し肉と焼き固めたパン、後は場合によっては干した果実といったところなのだから。
もしくは運がよければ野生の動物や鳥、モンスターの肉を食べるということもあるかもしれない。
近くに川や湖、海があれば魚を食べられる可能性もある。
とはいえ、冒険者にしてみればやはり簡単に食べられる保存食の方が一般的なのも事実。
レイのように、ミスティリングを持っているのならともかく。
とはいえ、中には料理を得意としている冒険者もいるので、そのような者がいればしっかりとした料理を食べることも出来たりするのだが。
ただ、そのような者は決して数が多くはないが。
「うん、やっぱりいまいちだったな」
二本の串焼きを食べ終わったレイは、最終的な感想を口にする。
どうせならもう少し美味い料理を……そう思っていると、レイの進行方向にあった屋台で何かを食べていた……いや、スープを飲んでいた数人の冒険者と思しき者達がレイを見て頭を下げてくる。
「レイ教官、こんにちは」
その中の一人……パーティリーダーなのだろう男がそう言ってくるのを見て、レイはその冒険者達が誰なのかを理解する。
自分を教官と呼ぶのは、冒険者育成校の生徒だろうと。
そう言われてみれば、模擬戦で見た顔なのは間違いない。
「ダンジョン帰りか?」
「はい。今日はしっかりと稼げました」
嬉しそうな様子から、その言葉が嘘でも見栄でも何でもないことは明らかだった。
その様子にレイは笑みを浮かべる。
自分が模擬戦をしている生徒達が、その実力を十分に発揮して冒険者として活躍しているのだ。
それを見れば、嬉しく思うのは当然の話だろう。
「そうか。しっかりと活動しているようで何よりだ。明日からも頑張れよ」
「グルゥ!」
レイの言葉に続くように、セトもまた頑張ってと喉を鳴らす。
セトがこの生徒達について覚えているのかどうかはレイにも分からなかったが、それでもセトの様子から友好的に思っているのは間違いなかった。
「っ!? ……えっと、はい。分かりました」
セトが友好的に思っているのと、生徒達がどう思っているのかはまた別の話だったが。
生徒達の中にはセト好きな者も多いが、同時にセトとの模擬戦の時に蹂躙された経験から苦手意識を持っている者も多い。
レイと話していた男が後者なのは、見れば明らかだった。
それはレイも分かっていたが、その件について謝るつもりはない。
そもそも冒険者を続けていれば、どのようなモンスターと遭遇するのか分からないのだから。
基本的に高ランクモンスターというのは、空を飛ぶような個体は例外として、辺境にしかいない。
そんな中、ダンジョンでは十階でレイが遭遇したリッチのように、何らかの理由で高ランクモンスターが浅い階層に出るということも十分に考えられるのだ。
そういう意味でも、セトという高ランクモンスターの存在に慣れておく必要があるのは間違いなかった。
レイは目の前の生徒達がセトに幾分かの苦手意識を抱いているのを知りながらも、それを気にした様子もなく会話を続ける。
「それで、今日は何階まで行ったんだ?」
「え? あ、はい。三階までです」
「そうか。それなりだな」
レイの言葉に微妙な表情を浮かべる生徒達。
実際には三階までというのはそれなりのものではある。
一階はそれこそ冒険者登録をすれば鍛えていない者でもある程度何とかなる階層だ。
……もっとも、鍛えていない以上はモンスターに遭遇したら逃げの一択だし、それが失敗したら怪我を……それもかなりの大怪我を負ってもおかしくはないし、場合によっては死ぬかもしれない。
それでも冒険者登録だけをして一階に行く者はそれなりにいるのだが。
小金稼ぎには丁度いいし、かなりの運が必要となるが宝箱を入手出来る可能性もあるのだから。
そして一般人の中でも腕に自信のある者の中には二階で活動する者もいる。
そう考えれば、三階というのはそこまで凄いとは思えないかもしれないが……それでも、冒険者育成校の生徒として考えれば悪くない。
生徒達全員が何階まで行ってるのかというのはレイにも分からないが、それでもレイの感覚だと、中の中……あるいはもっと細かく考えれば、中の中の上といったところか。
勿論、これはあくまでもレイの認識であり、他の教官や教師達にとってはもっと違う認識であると考えてもおかしくはないのだが。
「これからも頑張れよ」
結局レイはそれだけ声を掛け、セトと共にその場を離れる。
そんなレイの様子を見ていた生徒達は、レイとセトがいなくなったことで安堵の息を吐くのだった。
「じゃあ、夕食はもう少ししてからで頼む」
「分かりました。……ただ、庭の方はあまり汚さないで貰えると……」
レイはジャニスの言葉に心配するなと返す。
そうしながらも、ジャニスがこのように言う理由も十分に理解出来ていたのだが。
何しろ、これからレイが庭でやろうとしているのは、モンスターの解体なのだから。
今日ダンジョンで倒した。赤い山羊と溶岩の大蛇。この二匹の解体だった。
一般的に解体と言われて思い浮かべるのは、やはりナイフ等を使って皮を剥ぎ、内臓を取り出し、肉を切り、骨を切断する……そんな行為だろう。
実際にそれは間違っていないのはレイも納得出来る。
だが同時にレイの解体方法はそのような一般的なものではないのも事実。
「俺の解体は普通の解体と違って、ドワイトナイフというマジックアイテムを使う。……そうだな。もし食事の用意に余裕があるようなら、どうやって解体するのか見るか?」
「え? いいんですか? その……マジックアイテムを使うんですよね?」
「そうだ。けど、それを見られるくらいのことは何も問題ない。解体とかそういうのが苦手でも、全く問題なく見ることが出来ると思うぞ」
そう言うレイに、ジャニスは少し興味深そうにする。
ジャニスも、解体をするのは別に苦手という訳ではない。
メイドとして、主人が獲ってきた獲物を解体するくらいのことは普通に出来る。
これが日本であれば、そのような行為を嫌う者も多いのだが
レイの場合は、父親が飼っている鶏を絞めるのを手伝うことが多かったので、そこまで嫌悪感はなかったのだが、同級生の中にはそういうのは死んでも見たくないという者もいた。
そんな訳で一応といった様子で聞いたレイだったが、それだけにジャニスの反応は予想外だった。