3836話
溶岩の大蛇……死体になった今では溶岩を身に纏っていないので、ただの大蛇と呼ぶべきなのかもしれないが、レイは区別しやすいように今も溶岩の大蛇と評していた。
とにかくその溶岩の大蛇の死体を解体もせずにミスティリングに収納すると、レイは再びセトの背に乗って移動を始める。ただし……
「セト、どうせなら十六階に続く階段のある場所を見つけておこう。それを見つけてまだ時間があったら、もう少しモンスターを探してもいいけど、その時にもう夕方になっていたら地上に戻るというのでどうだ? モンスターは……まぁ、見つけることが出来たら、それを倒すということで」
レイの言葉に、セトは少し考え……
「グルゥ」
分かったと喉を鳴らす。
セトにとっては、こうしてレイと一緒にダンジョンを攻略出来ているだけで十分に嬉しいのだろう。
魔獣術の為にモンスターを探して倒すというのも、決して悪くはないと思っている。
思ってはいるものの、それでもやはりレイと一緒にいる方が嬉しいと、そう思うのだ。
「じゃあ、そういう訳で階段を探すか。……ただ、空を飛んで階段を探せないのは痛いよな」
「グルルゥ……」
レイの言葉にセトが申し訳なさそうに喉を鳴らす。
だが、レイはそんなセトの首の後ろを、気にするなと励ますように撫でる。
レイにしてみれば、転移水晶もそうだったが、階段が岩によって覆い隠されているのを上空から見つけられなくても、それはそれで仕方がないと思う。
そもそも空を飛んでいて見えないのだから、見つけようがないだろうと。
そんな訳で、レイはセトの背に乗ったまま移動を開始する。
溶岩の階層だけに、溶岩の川を横目にしつつ進み……
「あの岩、何だか人の顔に見えるな」
周囲の様子を確認しつつ進んでいると、レイはふと視線の先にある物に気が付き、そんな風に言う。
「グルゥ? ……グルルゥ」
レイの言葉にセトが何? と後ろを向き、レイの見ている方に視線を向けると、その言葉に同意するように喉を鳴らす。
実際、その岩は人の顔のようにしか見えなかったのだ。
一体何がどうなれば、あのような大きな顔のような形になるのか。
(誰か、ああいう風に彫ったとか? いや、けど見た感じ、誰かが手を入れた様子はないし……何より、ダンジョンの特性を考えるともし彫ったとしてもある程度の時間が経過すると元に戻る筈だ。だとすれば、最近誰か彫ったか、本当にああいう形なのか)
考えられる可能性はその二つだったが、レイはその中でも前者の可能性はまずないと思えた。
この階層まで来ることが出来る冒険者は、ガンダルシアにおいても限られている。
そうである以上、わざわざそのようなことをする者はいないのではないか、と。
……もっとも、これはあくまでもレイの予想でしかない。
実際には違う可能性もあるので、ここでどうこう考えても意味はないのだが。
「グルルゥ?」
あの顔に見える岩に行ってみる?
そう喉を鳴らすセトに、レイは頼むと軽く首を叩く。
するとセトはすぐに走り出し……そのまま特に敵に遭遇することなく、顔の形の岩に到着し……
「あ」
その顔の形をした岩……口の中に下に続く階段があるのを見て、そんな声が漏れる。
「グルゥ」
レイの言葉に反応するように、セトもまたそんな声を漏らす。
まさか、このような形で十六階に続く階段を見つけることになるとは思わなかったのだろう。
「まさか……だな。いやまぁ、階段を見つけることが出来たのは嬉しいけど。ちょっと予想外だった」
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトも同意するように喉を鳴らす。
セトにとっても、やはりこのような場所に階段があるというのは予想外だったのだろう。
「もしかしたら、モンスターかと思っていたんだけど、それも外れてしまったな」
人の顔に近い形をした岩。
そうである以上、例えばゴーレムの類かもしれないと、少し……本当に少しだけ思ったのだが。
この溶岩の階層に出てくるゴーレムであれば、それこそそのまま溶岩のゴーレムといった可能性は十分にあった。
しかし、生憎とそういう感じではないらしい。
「これで、実は階段を守ってるゴーレムだとか、階段があるように見せ掛けて、近付いてきたら襲ってくるゴーレムとかだったら、ちょっと興味深いんだけどな」
「グルルゥ」
セトがさすがにそれはないと思うといった様子で喉を鳴らす。
もっとも、円らな瞳を好奇心で光らせて人の顔の形をした岩を見ているのを思えば、セトから見てもそのようになって欲しいという思いがあるのかもしれないが。
ともあれ、今日の最大の目的であった十六階に続く階段は見つけたし、モンスターも二匹倒した。
「セト、そろそろ地上に戻らないか? そろそろいい時間だ。それに、ギルドに素材を売る必要もあるし」
今日倒した赤い山羊と溶岩の大蛇はまだ解体されず、死体がそのままミスティリングに入っている。
だが、ダンジョンに入る前に解体した、多数のアンフィニティ、二匹の空飛ぶ眼球、そして一匹の青色の蛇の素材がある。
……もっとも、一番数の多いアンフィニティの素材は魔石と青色の鉱石だけで、その鉱石は具体的に何の鉱石なのか分からないので、ギルドに買い取って貰えるかどうかは微妙なところではあったが。
「グルルゥ」
レイの言葉に少し考えたセトは、分かったと喉を鳴らす。
セトとしては出来ればもう少しダンジョンの探索をしたいところだったが、時間を考えると少し早めの今のうちに……というレイの気持ちに同意したのだろう。
そうしてセトはレイを乗せたまま地上に向かうのだった。
「まぁ、こんな感じか。素材そのものもあまり多くなかったしな」
ギルドにて、素材を売った代金を受け取るとレイの口からそのような声が出る。
少し早めにダンジョンから出たということもあり、まだギルドの中は混雑していない。
……それでもレイと同じように考えた者であったり、何らかの理由で早く切り上げた者もいて、ギルドにはそれなりに人の数が多かったが。
「レイさんの持ってくる素材は、どれも一級品なので助かります」
笑みと共にアニタがそう言うが、それはお世辞でも何でもない。
普通に……自分の手で解体用ナイフ等を使って直接解体すれば、どうしても上手くいったり失敗したりする。
それは解体に慣れている者であっても変わらない。
ただし、一定以上の技術があれば解体に失敗したとはいえ、それは買い取る側……この場合はギルドの許容範囲内なので、問題がないという扱いになる。
しかし、レイの解体はマジックアイテムのドワイトナイフで行われるものだ。
それもレイの持つ莫大な魔力を使っての解体なので、ドワイトナイフの効果もこれ以上ない程に発揮され、結果としてどの素材も最高品質という扱いになる。
買い取る方としては、これを喜ぶなという方が無理だろう。
「冒険者の中には、解体を失敗した素材……それこそ、素材として使うのも難しい素材を通常通りの値段で買い取れと言ってくる人もいるんですよ」
「だろうな」
そのような者については、レイも何度か見たことがある。
特にギルムでそれなりに多かった。
これについては、ギルムは辺境でそこにしかいないモンスターも多く、だからこそ素材を高く買い取るのが普通だと、そのように思う冒険者が多いのだろう。
特にその手の冒険者は、ギルムに来たばかりの者が多かった。
……もっとも、増築工事が行われている今は、大量の冒険者がギルムに流れ込んできていたりするのだが。
そして大抵そのような冒険者は、他の冒険者によって止められることになる。
ただし、その手の冒険者は基本的に侮られるのを好まない。
結果として、自分の行動を止めようとした冒険者と戦いになったりするのだが……基本的には、ギルムに来たばかりの冒険者達が負ける。
ただし、中には本当に強い冒険者のもいるので、止めようとした冒険者が負けるといったこともあるのだが。
「なので、レイさんが持ってきてくれる素材には、本当に助かっています。……正直なところ、もっと買い取りの値段を上げてもいいのではないかと思えますし」
「けど、出来ないんだろう?」
「申し訳ありません」
レイの言葉に、アニタはそう言って頭を下げる。
ギルドでの買い取り価格は、厳正に決められており、受付嬢の判断でどうにか出来るものではない。
勿論、解体の仕方の問題で素材の質が低いといったようなことであれば話は別だが。
もしくは、緊急で何らかの素材が大量に必要になった場合も普段の買い取り価格よりも高くなる。
例えば、以前ギルムで魔熱病の治療に使う素材が急に必要になり、普段よりも高い買い取り価格になったことがあった。
しかし、そのようなことでもない限り、素材の質が良いからといって決められた値段よりも高く買い取るといったことは出来ない。
「いや、気にするな。その辺は十分に承知している」
「……レイさんのような異名持ちのランクA冒険者であれば、素材の買い取り価格を少しくらい上げてもいいと思うんですけどね」
「その代わり、希少品が多いから素材の買い取り価格もそれなりだろう?」
何故自分がアニタを慰めるようなことを言ってるのか。
普通なら逆ではないのか。
そのようにに思いつつも、レイはそう言葉を口にする。
「そう、ですね。レイさんの持ってくる素材は今はかなり深い階層に棲息するモンスターの素材ですし。……ああ、そう言えば。素材の話ですっかり忘れてましたが、十二階の岩の件」
「岩……ああ、俺が収納した岩の件か。ここでそういう風に言うってことは、もしかして?」
「はい、今日岩が元に戻っているのが確認されました。何人かの冒険者に話を聞いたので、決して間違いではないかと」
「そうか。……となると、数日くらいか。やっぱり岩を収納するのは止めておいた方がいいか?」
「程々でしたら構わないかと思います。ただ、レイさんの場合は深い階層に挑んだ方がいいのではないでしょうか?」
「……岩があるのは十二階だしな」
これが、例えば十階や十五階のように転移水晶で行ける場所ならいい。
あるいは九階、十一階、十四階、十六階のように転移水晶のある階層の前の階層か次の階層といった具合でも構わない。
だが、転移水晶のある階層から二つ下の階層となると、かなり面倒なのも事実。
わざわざそこまで行って岩を回収したいかと言われれば、レイも首を横に振るだろう。
何しろ岩を回収するのなら、別に十二階ではなくても普通にダンジョンの外……いや、この場合は街の外にある山にでも行けば、岩は幾らでもあるのだから。
ここでわざわざダンジョンで岩を集める必要はない。
(まぁ、何らかの理由で十二階に行くことがあったら、その時は岩を収納しておけばいいか)
レイの中では、結局その程度の考えとなる。
もっとも、レイの中には崖の階層である十四階でなら空を飛ぶセトとミスティリングを持っている自分なら、岩というのは凶悪な攻撃になるのは間違いないだろうとも思えたが。
何しろ崖の階層は基本的に道が狭い。
つまり、上空から岩を落とした場合、それを回避するのはかなり難しいのだ。
(もっとも、崖の階層というのを考えると、地上を移動するよりも空を飛ぶモンスターの方がかなり多いとは思うんだが)
つまり十四階で地上に向かって攻撃するとなると、それを使うのは基本的に冒険者ということになる。
レイは別に初心者狩り……いや、十四階まで来る相手が初心者の筈もないし、冒険者狩りをするつもりは全くない。
勿論。だからといって向こうから攻撃をしてきた場合は、また別の話だが。
(ただ、ダンジョンはまだまだ続く。十六階以降の階層で岩を使える場所があるかもしれないのは間違いないんだよな。……そうなった時に後悔をするなら、一度十二階で岩を回収しておいた方がいいのか? もっとも、それを言うのなら十六階以降にも岩のある階層がある可能性は十分にあるんだが)
そんな風に考えつつ、取りあえず十二階の件については放っておこうという考えになる。
「じゃあ、俺はそろそろ戻るよ」
「分かりました。今日もいい素材をありがとうございます」
レイに向かい、そう言い頭を下げるアニタ。
買い取り価格を上げられない分、こうして誠意を見せておいた方がいいと判断したのだろう。
そんなアニタの様子に、レイは気にするなと軽く手を振り、カウンターの前を離れる。
(そういえば、あの青い金属のインゴット……あれ、一体どういうのなのか、調べておいた方がいいか。時間はまだ余裕があるし)
まだ夕方には少しだけ早い時間。……より正確には既に夕方になりかけの時間。
そんな時間だけに、家に帰るまでまだ少し余裕があるだろうと判断し、鍛冶屋に向かうことにするのだった。