3832話
「それは……本当ですか?」
職員室で、レイはマティソンと話していた。
その話の中でレイが十五階に到達としたと知ると、マティソンは驚きの表情を浮かべる。
それはマティソンだけではない。二人の話を聞いていた者達も、その多くがレイの言葉を聞いて驚いていた。
レイが腕の立つ冒険者だというのは、この場にいる者は全員が知っている。
しかし、それでも腕が立つというのと、ダンジョンの攻略を進めるというのは同じではない。
腕が立っても、ダンジョンを進むには罠の有無やその解除、地図を作ったり、敵の気配を察したり……他にも色々と必要な能力がある。
だというのに、レイは十五階に到達したというのだから、それに驚くなという方が無理だった。
「ああ。もっとも、昨日は結局十五階の転移水晶に登録しただけで戻ってきたから、十五階はまだ殆ど探索してないけど。十四階や十三階も、セトに乗って移動したから、そういう意味ではまだ殆ど探索してないのに等しい」
そうレイが言うと、マティソンは心の底から羨ましそうな様子を見せる。
だが、それも無理はないだろうなとレイは思う。
現在マティソンが攻略している階層は、十四階。
谷と崖が大量にある階層だ。
レイはセトがいたのであっさりと十五階に続く階段まで移動出来たものの、セトがいないマティソン達は狭い道を通って崖と谷を上り下りしながら進む必要がある。
それがどれだけ大変なのかは、昨日レイが実際にその目で見ていた。
……あくまでもその目で見ただけであって、実際に崖と地面を続く道を通った訳ではないので、本当の意味でその大変さを知ってるかと言われれば、それは否なのだが。
ただ、それでも大変そうなのはレイの目から見ても明らかだ。
だからこそ、マティソンがレイを羨ましそうに見ているのは明らかだった。
「とはいえ、俺はあくまでもセトに乗って移動したからな。例えば上空から分からない場所……岩とかに隠れているとか、崖下に向かう途中で脇道的に洞窟があって、そこに宝箱があるとかの場合は俺も見つけることは出来ないだろうけど」
そうレイが言っても、マティソンは微妙な表情を浮かべるだけだ。
マティソンにしてみれば、そのような……レイであっても見つけることが出来なかった場所を見つけることが出来れば嬉しいとは思うし、実際にレイが言うような場所を探索の途中で幾つか見つけているのも事実。
だが同時に、それを知った上でもやはり自分達をあっさりと抜いて十五階に到達したレイを羨ましく思うのも事実。
また……レイが言ったような場所にある抜け道の類は、残念ながら特に何もないのが大半だった。
それどころか、モンスターの巣になっていたところすらあったのだ。
それについては、色々と……本当に色々と思うところがあるのは間違いなかったが、今それを言うことはないだろうと、そう思い直す。
「それにしても、レイが十五階かぁ……あっという間に抜かれたな」
ニラシスの言葉に、話を聞いていた者の多くが頷く。
マティソンの派閥の者達は、全員が冒険者として活動する。
だからこそ、レイがあっという間に十五階に到達したのには驚いたのだろう。
多くの者にしてみれば、今回の一件については驚きと同時に納得する者も多い。
それだけ、レイの達成したことは大きな意味を持つのだ。
それこそ、偉業と呼んでもおかしくはないくらいに。
もっとも、本当の意味で偉業と呼ぶには久遠の牙のように冒険者の中でも最深層を探索するくらいにならないといけないのも事実。
レイもそれは分かっているのだが……
「ここからは、かなり難しいだろうな」
しみじみとそう呟く。
実際、レイのその言葉は決して大袈裟なものではない。
十三階の途中までは、マティソンの地図があったから何も問題はなかった。
そして地図が途中までの十三階と、十四階。
そのどちらもセトがいれば空を飛んで移動出来るのが大きなアドバンテージとなった。
また、それは十五階も同様だ。
……ただ、十五階の転移水晶が岩によって上空から隠されていたように、十六階に続く階段も同様になっている可能性は否定出来ない。
また、十六階以降の情報はないので、セトが空を飛ぶことが出来ないような階層……八階のような洞窟の階層がある可能性も否定は出来なかった。
とはいえ、その辺は実際に行ってみないと何とも言えないのだが。
もしかしたら、崖の階層のようにレイ達にとって非常に攻略しやすい階層である可能性も否定は出来ないのだから。
なお、そんな話をしているレイ達だったが、中立派の何人かはレイに話を聞きにきたりもしていた。
ただ、アルカイデの一派だけは当然のようにレイと話をしに来てはいない。
アルカイデ達も、レイが十五階に到達したというのはかなり気になる話なのは間違いない。
だが同時に、レイと関わり合いになりたくないという思いも強かった。
話は聞きたい。
だが、レイと関わり合いになりたくない。
そんなジレンマを抱え込んでいる。
……とはいえ、これでも以前と比べると大分マシになったのは事実。
レイと揉めて辞めた者達がまだ教官としてここにいれば、何の根拠もなく自分達の方が偉いのだと、そんな自分達の命令を聞くのは当然だといった様子でダンジョンの件を話せと命令してきてもおかしくはなかったのだから。
もしそうなっていれば、一体どうなっていたか。
レイの実力をしっかりと理解しているだけに、アルカイデやその取り巻きもそれについては理解しているのだろう。
そうした中、やがて朝の会議が始まり、レイの周囲にいた者達も自分の席に戻るのだった。
「さて、解体をするか」
「グルゥ!」
冒険者育成校での授業も終わり、午後。
レイはセトと共に以前一度やって来た林にいた。
その目的は、セトに言ったように解体をすることだ。
(考えてみれば、魔石を使うのはともかく、解体までは家でやっておけばよかったんだよな。……まぁ、解体そのものはドワイトナイフのお陰で一瞬で終わるから、どうしても家でやらないといけないという訳でもないんだけど)
もしこれでレイがドワイトナイフを持っていなければ、それこそモンスターを一匹解体するのに相応の時間が掛かっただろう。
それこそ一時間から二時間……場合によっては半日。
速度重視で荒い解体であれば話は別だが。
とはいえ、そうなると勿論素材にも傷が付くので自然と買い取り価格も安くなるのだが。
「ともあれ、解体だな」
そう言い、レイはミスティリングからモンスターの死体を取り出す。
空飛ぶ眼球が二匹に、青色の蛇、そして岩石。
……最後の岩石はアンフィニティというモンスターの死体なのだが、何も知らない者が見れば岩の塊のようにしか思えないだろう。
実際、死体であると知っているレイであっても疑問を抱いてしまうくらいなのだから。
「グルゥ?」
岩石を見ているレイに、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
レイはそんなセトの様子に我に返ると、何でもないと首を横に振る。
「いや、ちょっとこれを見てな。……これがアンフィニティの死体だというのは、実際に自分の目で見てないと分からないと思って」
「グルルゥ」
セトもレイのこの意見には賛成だったのか、同意するように喉を鳴らす。
そんなセトの様子を見ていたレイは、息を大きく吐くとミスティリングからドワイトナイフを取り出す。
「さて、いつまでもこうして見ていても仕方がないか。……取りあえずアンフィニティからだな」
解体をする順番は人によって色々とあるだろう。
そんな中で、レイは数が一番多いアンフィニティの死体から解体することを選ぶ。
そこには数が多い以外にも、タミン達から聞いた話……運がよければ、金属であったり魔法金属の鉱石が入手出来るというのを思い出してのことだった。
ドワイトナイフに魔力を流し、一つ目のアンフィニティの死体に突き刺す。
眩い光が周囲を照らし……
「だよな」
残っていたのが魔石だけだったことを残念に思いつつ、次の死体に移る。
魔石、魔石、魔石、魔石……
「って、おい。マジか」
残っているアンフィニティの死体は、残り一個。
鉱石が出るかもしれないとは聞いていたレイだったが、これについては完全に予想外だった。
これだけの数がある以上、それなりに……それこそ二つから三つくらいは何らかの金属の鉱石が入手出来ると思っていたのだ。
そしてもしかしたら、魔法金属の鉱石も。
(いや、ドワイトナイフなんだし、もしかしたら鉱石じゃなくてインゴットの形で出てくるのか?)
ドワイトナイフの効力を考えれば、それは決して不思議ではない。
そう思いつつ、レイは改めて最後に一個だけ残ったアンフィニティの死体に視線を向ける。
「グルルゥ!」
レイの様子に、セトは頑張れと喉を鳴らす。
そんなセトの声に励まされるように、レイはドワイトナイフに魔力を流す。
今までと同様に眩い光が周囲を照らし……
「お?」
その光が消えた時、小さいが何らかの金属のインゴットがそこにはあった。
タミンから聞いた鉱石ではなくインゴットなのは、先程レイが予想したようにドワイトナイフの効果だからこそか。
あるいはレイがインゴットで出てくるようにと考えていたからか。
その辺りについてはレイも詳細を理解出来なかったが、それでもこうしてインゴットが現れたのは事実。
そしてインゴットの横には、魔石が落ちている。
「グルゥ!」
おめでとう! と喉を鳴らすセト。
レイがどうにかしてインゴットを出そうとしていたのを、しっかりと理解していたのだろう。
「ありがとな、セト。……さて、問題なのはこのインゴットが何のインゴットなのかだが……何だろうな?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトが首を傾げる。
何しろレイは別に鍛冶師という訳ではない。
これがインゴットなのは分かるし、普通に使われているインゴットよりもかなり小さめのインゴットなのは分かる。
また、青みがかった色からして、レイが何度か見たことがある鉄のインゴットではないのも事実。
なら、何のインゴットなのか。
そう考えつつも、レイはそれが分からない。
「まぁ、鍛冶師のところに持っていけば分かるかもしれないな」
あっさりとそう結論づけた。
何のインゴットなのか分からない以上、本職の者に聞いてみればいい。
そう判断したのだ。
インゴットというのは、レイにはあまり興味がないというのも大きい。
それでも最後の最後でようやく運試しの成果が出たのは、レイにとっては決して悪いことではなかった。
「さて、じゃあ次だな。……こっちからやるか」
次にレイの視線が向けられたのは、空飛ぶ眼球の死体。
巨大な眼球があり、その眼球から翼が生えているという何とも驚きに満ちた存在だった
もっとも、モンスターである以上は常識では理解出来ない外見となるのは珍しい話ではない。
それこそ場合によっては、もっと不気味な外見のモンスターも多数いるのだから。
だからこそ、レイはこのようなモンスターの死体を見ても特に驚いたりといったことはなかったのだから。
「グルゥ!」
それはセトも同様で、空飛ぶ眼球の死体を見ても特に何も思うところはないらしい。
……セトの場合は自分もモンスターだからというのがあるのかもしれないが。
ともあれ、レイはドワイトナイフに魔力を込めると、その死体に突き刺す。
既に慣れた眩い光が周囲を照らし……そして光が消えた後、残っていたのは魔石と保管用ケースに入った何らかの液体だった。
「この液体は……何の液体だ?」
これが例えば、普通に身体のあるモンスターの場合であれば、血かもしれないとは思う。
もっとも保管ケースの液体は透明で、血とは思えなかったのだが。
ただし、モンスターの血であれば赤とは決まっておらず、それどころかこの保管ケースの中に入っている液体のような透明であったり、場合によっては青だったり黄だったりしてもレイは納得出来てしまうのだが。
「グルルゥ……」
レイの呟きに、セトもなんだろうと喉を鳴らす。
「涙……とか?」
透明な液体と聞いてレイが思い浮かべるのはそれだ。
もっとも、その涙が実際に何に使われるのかというのは、レイにも分からなかったが。
ただ、こうしてドワイトナイフを使った上で残っていたということは、何らかの素材なのは間違いない。
素材についてはギルドに売るなり、ミスティリングに収納しておけばいいだろうと判断し、もう一匹の空飛ぶ眼球の死体も同様にドワイトナイフで解体すると、最後に青色の蛇に視線を向ける。
蛇としてもかなりの大きさを持つ。
勿論、普通の蛇とは違ってこの蛇はモンスターなのでそれも当然かもしれないが。
ともあれ、レイは既に慣れた仕草で青色の蛇にもドワイトナイフを突き刺すのだった。