3827話
素材を貰うのと、転移水晶のある場所を教えて貰うのを条件に、レイはタミンとニーニャという二人の女冒険者の代わりに、溶岩のスーパーボール……アンフィニティという名称らしいモンスターと戦うことになった。
ポン、ポン、ポンといった音と共に岩を跳ねてくるアンフィニティ。
レイとセトは、そんなアンフィニティ達を待ち受けていた。
レイはいつものように、右手にデスサイズを、左手に黄昏の槍を持っている。
この状態では指を鳴らせないので無詠唱魔法は使えないのだが、レイが使える無詠唱魔法は今のところファイアボールだけなので、溶岩で出来たアンフィニティにはあまり効果がないと判断した為だ。
勿論、レイは自分の魔法であれば溶岩で身体を構成されているモンスターであっても焼き殺せるとは思う。
思うのだが、それ以外にも色々と試してみたいと思っている攻撃方法があるので、今はそちらを試すつもりだった。
「セト、取りあえず俺がまず突っ込む。それで相手が混乱したら一旦退くから、その時に水か氷系のスキルを使ってくれ」
「グルゥ」
ポン、ポン、ポンとスーパーボールのように飛んでくるアンフィニティに向け、レイは牽制として黄昏の槍を投擲し、同時に走り出す。
「氷鞭!」
スキルを発動すると、デスサイズの石突きから三mの氷の鞭が伸びる、
デスサイズを振るい、レイはその氷の鞭をアンフィニティに向かって放つ。
ヒュン、と。
そんな音と共に振るわれた氷の鞭は、一番近くにいたアンフィニティに向かう。
「ミャギャア!」
「え?」
アンフィニティから聞こえてきたその鳴き声に、レイは驚く。
まさか溶岩の塊であるアンフィニティが鳴き声……もしかしたら悲鳴かもしれないが、とにかくそんな声を上げるとは思わなかったのだ。
とはいえ、レイにとってその鳴き声については今は関係ない。
今の状況で重要なのは、氷鞭がどれだけにダメージを相手に与えたのかということだ。
周囲に薄らと漂う煙……いや、水蒸気は、氷の鞭とアンフィニティが接触した影響で生み出されたものだ。
(水蒸気爆発とかそういうのは……まぁ、スキルとか魔力とかそういうのが関係してるんだし、問題ないのか)
納得しつつ、レイは再び氷鞭を振るう。
先程狙ったアンフィニティを再度狙おうとするのだが、それよりも前にアンフィニティは地面を跳ねて奥に……レイから距離を取る。
そして他のアンフィニティも、一撃で自分達に大きなダメージを与える氷鞭を警戒してか、レイから距離を取っていた。
スーパーボールのように跳ねているのに、器用なものだ。
そうレイは思いつつ、それなら丁度いいと後退する。
「グルルルルルルルゥ!」
そしてレイが後退したのと入れ替わるように、セトがスキルを発動した。
セトが発動したスキルは、アイスブレス。
セトの持つスキルの中で、水系や氷系となると水球やアイスアロー、少し方向性は違うがアシッドブレスがある。
そんな中でセトがアイスブレスを選んだのは、広範囲に一気に攻撃出来るからだろう。
……広範囲に攻撃出来るという意味では、レベル八のアイスアローも百八十本の氷の矢を放てるので、十分に広範囲攻撃と呼ぶに相応しい威力を持つのだが。
しかし、セトはそれでもアイスブレスを選んだ。
その辺りはセトにとってそうした方がいいという思いがあったのだろう。
ともあれ、普通のブレスではなく拡散……広範囲に放たれたブレスは、アンフィニティを全て巻き込む。
本来なら、アイスブレスはまだレベル三で決して強力なスキルという訳ではない。
ないのだが……先程のレイが使った氷鞭を見れば分かるように、アンフィニティには……いや、この階層の敵にはと言うべきか、とにかく水系や氷系が特効を持つ。
この辺りはレイにとっても日本にいた時の漫画やアニメ、ゲームによる経験からのものだったが、それが見事に当て嵌まった形だ。
……それ以外にも、実戦で氷鞭を使ってみたいという思いがあったのも間違いないだろうが。
そしてセトのアイスブレスもアンフィニティに大きなダメージを与え……
「って、逃がすと思うか? 氷雪斬!」
続けて氷雪斬のスキルを発動するレイ。
するとデスサイズの刃が氷で覆われ、その氷は二m半の大きさとなる。
ジュッ、と。
レイの振るったデスサイズは、氷の刃で容易にアンフィニティに致命的なダメージを与える。
本来であれば、二m半もの氷の刃となれば、その重量はかなりのものになり、とてもではないが片手で振るうことは出来ない。
だが、デスサイズには重量を感じさせないという特殊な能力がある。
その為、巨大な氷の刃があっても、レイはその重量を全く気にした様子もなくデスサイズを振るうことが出来る。
二度、三度、素早くデスサイズが振るわれ……数匹のアンフィニティは死んで地面に落ちる。
「セト!」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉にセトは再びスキルを発動する。
次に使われたのは、水球。
直径二mの水球が四つ生み出され、同時にアンフィニティに向かう。
それぞれが違う軌道を描き、アンフィニティに向かう。
アンフィニティもある程度の知能はあるのか、今までの戦いから水球が危険だと理解したのだろう。
セトの放った水球から逃げようとするアンフィニティだったが、セトの意思によって自由に動かせる水球から逃れられる筈もなく……ジュ、と。水球とアンフィニティがぶつかり、それによって周囲に激しい水蒸気が生み出される。
そして水蒸気が晴れた時……残っていたのは、溶岩が冷えて固まったものだった。
「ありがとう、助かったわ」
「一応聞いておくけど、何で逃げていたんだ? アンフィニティだったか? そこまで強い敵って訳でもなかっただろう?」
「そうね。万全の状態なら余裕で倒せたわ。けど、その前の戦闘で武器を溶岩に落としてしまったのよ。その結果として、ろくに戦える状態じゃなかったの。……ねぇ、ニーニャ?」
「う……」
タミンの言葉に、ニーニャは言葉に詰まって視線を逸らす。
その様子から、恐らくだが武器を溶岩に落としたというのはニーニャが何かミスった結果、そうなったのだろうとレイは予想する。
本当にそうなのかどうかはレイにも分からなかったが、それでも今のやり取りを見る限りでは恐らく間違いではないだろうと思えた。
「まぁ、その件はそっちで解決してくれ。……それで、戦いの前の話通り、アンフィニティの素材は俺達が貰うぞ」
レイの言葉に、タミンとニーニャは即座に頷く。
この二人にとっても、自分で倒した訳でもないモンスターの素材を寄越せとは言えないし、言いたくない。
……先程の会話通り武器を溶岩に落とした、つまり失ったので、新しい武器を購入するにはそれなりに金が必要になるのだが、それでもここで自分にも素材を寄越せとは言いたくない。
それに不幸中の幸いと言うべきか、タミンもニーニャも十五階に来るだけの実力の持ち主だ。
そうである以上、いざという時の為の貯金も相応にある。
武器を購入出来る程度には余裕もあるので、ここでみっともない行為をしなくてもすんだ。
「後は、さっきも言ったがこの十五階にある転移水晶の場所だな。案内してくれるんだよな?」
「ええ、構わないわ。約束したことだし。それに……こう言ってはなんだけど、レイがいれば安心だしね」
タミンにしてみれば、一応予備の武器はあるものの、それでも予備は予備でしかない。
この十五階はタミンとニーニャが万全の状態でようやく普通に探索を出来るところなのだ。
そうである以上、今の状況でニーニャと二人だけでこの階層で行動するのは避けたかった。
そんな中で、転移水晶の場所を教えて欲しいというレイがやって来たのだから、タミンにしてみればそれは寧ろ望むところですらあった。
レイもタミンの様子から何となく状況は理解したものの、それについては特に突っ込んだりはしない。
タミンが何をどう思ったところで、レイにしてみれば転移水晶のある場所まで案内して貰えればそれでいいのだから。
「取りあえず、これは収納していくか。……溶岩の塊みたいな感じだったけど、死ぬとこうなるんだな」
そう言いつつ、レイはアンフィニティの死体……溶岩が冷えて固まったような岩塊を見てそう言う。
この岩塊にドワイトナイフを使っても効果があるのか?
そのように思ってしまったのだが。
これがモンスターの死体である以上、ドワイトナイフの効果があるのは間違いないだろう。
それはレイも分かっていたのだが、しかしそれを込みで考えても何となく本当に大丈夫か? と思ってしまうのは、やはりアンフィニティが生きている時は溶岩の塊といった外見だった為だろう。
「気持ちは分かるわ」
タミンがレイの呟きを聞いて、そう言う。
ただ……と、タミンは笑みを浮かべて再び口を開く。
「でも、アンフィニティの死体は金属が交ざっている時もあるのよ。正確には鉱石で身体が構成されているってところね。そして中には魔法鉱石が大量に交ざっている時もあるから、十五階で活動する冒険者にとっては、運試しとして倒したりもするわ」
「運試しか。……見たところ、俺とセトが倒したアンフィニティの死体はそういうのがないようだけど」
そう言いながらも、レイはタミンの言葉に納得する。
日本にいた時に見たTV番組で、溶岩の中には様々な鉱石が交ざっている……時には希少金属、いわゆるレアメタルやレアアースが交ざっているというのを見た覚えがあった為だ。
そう考えれば、タミンの言葉にも一理あるだろうと思える。
「レイは鉱石の目利きが出来るの? 鉱石の中には一目見ただけじゃ分からないのとかもあるから、本当にその辺りを知りたいのなら、専門家に聞いた方がいいわよ」
「ドワーフとかか?」
鉱石の専門家と言われてレイが真っ先に思い出したのは、ドワーフだった。
そしてタミンもまた、レイの言葉に頷く。
「そうね。ドワーフが一番そういうのに向いていると思うわ。他にも……鍛冶師とかそういう人なら詳しいと思う」
「分かった。なら、後でそうしてみてもいいかもしれないな」
そう言いつつも、レイは実際にはそうするつもりはない。
何しろレイにはドワイトナイフがあるのだから。
もしアンフィニティの死体に鉱石が……または魔法鉱石が交ざっているのなら、ドワイトナイフを使えばあっさりと取り出せる筈だった。
であれば、わざわざ鍛冶師に頼む必要はない。
また、もし鍛冶師に頼んでも、鉱石から実際に金属にするには結構な手間が掛かるが、ドワイトナイフならそれも一瞬だ。
もし何らかの理由でそれが無理なようなら、それこそその時に鍛冶師のところに行けばいいのだから。
「じゃあ、これについては収納しておくか」
そう言い、レイは地面に落ちていたアンフィニティの死体を次々にミスティリングに収納していく。
それを見たタミンやニーニャは、目を見開く。
レイがミスティリングを持っているのは知っていた。
……そもそも、レイが隠そうと思っていないのだから、その辺りの情報が広がるのは当然だったが。
しかし、それでもこうして実際に間近で見るというのは、大きく違うのだ。
「凄い……わね」
ニーニャが思わずといった様子でそう呟くと、その隣でタミンも素直に頷く。
二人でパーティ……より正確にはコンビと称すべきなのかもしれないが、とにかくそんな二人だけに、敵を倒しても持ち帰れる素材は多くない。
だからこそ、レイの持つミスティリングは非常に羨ましかったのだ。
「ここはダンジョンなんだし、もしかしたら宝箱からアイテムボックスが見つかるかもしれないんじゃないか?」
「……どうかしら。今までそういう話は聞いたことがないけど。ニーニャは聞いたことがある?」
「ないわね。そもそも、見つけてもそれを公開したりはしないでしょうし」
「そうよね」
タミンとニーニャは、十五階を攻略しているというだけあってガンダルシアの中でも間違いなく強者だろう。
だがそれは、あくまでも強者の中に入る者達というだけであり、ガンダルシアの中で最強という訳でもない。
……いや、あるいはガンダルシアで最強の冒険者になったとしても、それはあくまでもガンダルシアの中だけの話で、そこまで絶対的な指標ではない。
例えばレイを始めとして、質が量を凌駕するといった強さを持つかと言われれば、それは否だ。
そうである以上、もしアイテムボックスを見つけたと公開すれば、どうなるか。
それを奪おうとする者達が集団で襲ってきたり、あるいは罠を仕掛けたりといったように行動し、タミンやニーニャはそれに抗することは出来ない。
それを理解しているからこそ、もしアイテムボックスを手に入れても決して公開をするつもりはなかった。
廉価版のほうであっても、恐らくそれは同様だろう。