3824話
一枚、また一枚と光の盾が空飛ぶ眼球から放たれたビームを防ぎ、光の塵となって消えていく。
勿論、敵の攻撃を防ぐのはマジックシールドによって生み出された光の盾だけではなく、セトが翼を羽ばたかせ、身体を動かすことで回避も行っている。
だが、元々レイを乗せたセトと空飛ぶ眼球との距離が開いていたこともあってか、敵の攻撃は一方的に行われるが、レイやセトからは攻撃が出来ない。
……いや、攻撃をするつもりなら、その方法は幾らでもある。
しかし、最初の一匹を爆散させてしまった以上、出来れば残り二匹は可能な限り原形を留めたままで倒したかった。
その為、攻撃をすれば倒せるのに、迂闊に攻撃は出来ないという状況に陥っていたのだ。
再び空飛ぶ眼球の一匹からビームが放たれ、光の盾が姿を消す。
これで残る光の盾は一枚。
(単眼の猿の時は一度ビームを放つと次に放つまでにある程度の時間……インターバルが必要だったけど、この空飛ぶ眼球はそういうのがない、もしくはかなり短いな)
連射とまではいかないが、ビームを放ってから数秒程度で再びビームを放ってくる。
また、二匹いるというのが厄介で、知能があるのか、あるいは本能的になのかはレイも分からなかったが、空飛ぶ眼球はお互いのインターバルをフォローするようにビームを撃ってくることもある。
それが、レイやセトにとってはかなり厄介だったのだ。
「グルルルゥ!」
と、不意にセトが喉を鳴らしてスキルを発動する。
放ったのは、ビームブレス。
空飛ぶ眼球と同じビームだ。
同時に空飛ぶ眼球の一匹もビームを放ち、ビームとビームが空中でぶつかる。
一瞬の拮抗の後、セトのビームブレスが押し負ける。
レベル一のビームブレスである以上、威力は空飛ぶ眼球のビームに劣ってしまうのは仕方がないことだった
「グルゥ!」
だが、セトもレベル一のスキルである以上、押し負けるのは承知の上での行動。
大事なのは、一瞬……それこそ一秒あるかどうかといった時間ではあるが、それだけの時間の猶予が出来たことだろう。
セトはここまで敵の攻撃を回避しながら移動していたので、今の一撃で十分な時間は出来た。
残り一匹のビームは光の盾の最後の一枚を使って防ぎ……
「食らえ!」
その叫びと共に、レイは右手でネブラの瞳を起動し、鏃を生み出すと同時に投擲する。
本来ならセトが移動している時にネブラの瞳を起動しておけばよかったのだが、ネブラの瞳で生み出された鏃は数秒程度で消える。
本来ならこのネブラの瞳というのは魔力によって矢を生み出すというマジックアイテムだったのが、それをレイが無理を言って今の形にして貰ったのだ。
元々完成していたマジックアイテムを弄ったので、魔力が鏃として存在出来る時間はかなり短くなっていた。
とはいえ、レイにとってはそれでも構わない。
鏃を生みだして即座に投擲すれば、全く問題はなく使えるのだから。
今のように、前もって鏃を生み出しておくということは出来ないが、それでも鏃を使うのにそこまで問題がないのは事実だった。
そうして投擲された鏃は、レイの狙い通りの場所……つまり、眼球から生えている翼の付け根に命中する。
眼球に攻撃をしたら爆散するというのであれば、眼球に攻撃をしなければいい。
勿論、ネブラの瞳以外の攻撃方法で翼の付け根に攻撃するといった方法もあったが。残り二匹しかいない状況では、やはり念には念を入れる必要があった。
そして実際、片方の翼の付け根に鏃を受けた空飛ぶ眼球は、そのまま地上に向かって落下……いや、降下していく。
それなりの高度ではあるので、地上に落下をすれば最初にレイが攻撃した個体のように眼球が爆散する可能性もある。
だが、こうしてある程度は不自由ながらも翼を動かすことが出来れば、落下ではなく降下程度のことは出来るだろうというレイの予想は命中し……
「ついでだ、こっちも食らえ」
二匹の仲間がやられて、残り一匹になった為だろう。
その一匹が翼を羽ばたかせてレイとセトから逃げようとしたのを見たレイは、空いている右手で指を鳴らす。
パチン、と。
その瞬間……轟、とファイアボールが空中に生み出される。
ファイアボールが現れたのは、逃げ出した空飛ぶ眼球の前方にだ。
(よし!)
空飛ぶ眼球を直接攻撃しなかったのは、レイが狙いを外したから……ではない。
命中させようと思えば、命中させることも出来ただろう。
それでもそうしなかったのは、やはりファイアボールの威力によって空飛ぶ眼球を爆散させる訳にはいかなかった為だ。
いきなり眼前に現れたファイアボールに、空飛ぶ眼球は動揺し……何とかその炎を回避しようとしたが、翼がファイアボールに触れてしまう。
翼が燃え上がり、慌てた空飛ぶ眼球はそのまま地上に向かって降下していく。
混乱し、どうしようもなく発作的に地上に向かったのか、あるいは地上で翼の炎を消そうとしたのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、とにかく地上に向かってくれたのはレイにとって悪い話ではない。
「セト……って、呼ぶまでもないか」
レイがセトに声を掛けようとした時、既にセトは自分のやるべきことを理解し、地上に向かって降下していた。
翼を羽ばたかせ、速度を出すセト。
……普通に考えれば、これは自殺行為に等しい。
何しろ地上に向かうのに速度を落とすのではなく、増しているのだから。
しかし、セトの背に乗っているレイは特に動揺した様子はない。
レイにしてみれば、セトのこのような行動は既に慣れているのだ。
そして実際、セトは地上が近くなったところで再び翼を羽ばたかせる。
ただし、それは地上に向けて速度を出すのではなく、速度を殺す為の羽ばたき。
瞬時に速度が殺され、セトはふわりといった表現が相応しい様子で地面に着地する。
レイはセトの背をご苦労さんと軽く叩いてから、その背から下りるが……
「探すのが大変だな」
セトが下りた場所……空飛ぶ眼球の降下した場所は、レイの顔近くまでの高さの草が生い茂って。
レイの背が完全に隠れる程ではないので、そういう意味ではまだマシかもしれないが、それでも探すのが大変なのは間違いない。
「グルルゥ!」
生えている草に嫌そうな表情を浮かべたレイだったが、そんなレイにセトは自分に任せてと喉を鳴らす。
レイはそんなセトの言葉に頷く。
この状況……視界が殆ど草で埋められているこの今、最も頼りになるのは間違いなくセトの嗅覚だったからだ。
じゃあ、頼む。
そんな思いを込めてレイはセトを撫でる。
セトはレイから撫でられたことを嬉しく思いつつ、スキルを発動した。
「グルルルルゥ!」
使用されたのは、嗅覚上昇のスキル。
本来のセトの嗅覚……いや、それ以外にもセトの五感は非常に鋭い。
わざわざ嗅覚上昇のスキルを使わなくても、地上に落下した空飛ぶ眼球がどこにいるのか、鼻で見つけることも出来るだろう。
だが、それでも出来るだけ早く、そして正確に降下しただろう敵の姿を見つける必要があった。
レイの攻撃によって、あの二匹の空飛ぶ眼球はダメージを負っている。
攻撃力と機動力に特化した為に、その防御力は決して高くない。
だからこそ、セトとしては出来るだけ早く敵の姿を見つけたかったのだ。
ダンジョンのモンスターというのは、決して仲間という訳ではない。
モンスター同士が遭遇すれば、戦いになってもおかしくはないのだから。
(もしかしたら、ダンジョンによってはそういう……ダンジョンにいるモンスターの全てが仲間というのもあるのかもしれないけど)
ダンジョンというのは、個々によって大きくその性質が違う。
そうである以上、レイが考えたようにダンジョンのモンスターの全てが仲間意識を持っている……というようなことがあっても、おかしくはない。
レイとしては、そのようなダンジョン……異なるモンスターが仲間意識を持っており、連携して襲ってくるようなことになったら面倒だと思うが。
「グルゥ!」
レイがダンジョンについて考えていると、早速セトが空飛ぶ眼球の臭いを嗅ぎ取ったのか喉を鳴らす。
レイはそんなセトに案内されて進む。
すると、数分も歩かないうちに空飛ぶ眼球を……いや、正確にはその死体を見つける。
どうやらレイがネブラの瞳で翼を攻撃した方の個体らしく、翼に燃えた痕跡はない。
一応、まだ翼は使えたので、落下というよりは降下……より正確には滑空とでも呼ぶべき方法で地上に向かったのだが、レイが見たところでは間違いなく死んでいる。
それでも擬態ということもあるので、レイはセトに尋ねる。
「セト、こいつは死んでるか?」
「グルゥ」
レイの言葉に、間違いなく死んでいると喉を鳴らすセト。
そんなセトの鳴き声を聞き、レイは改めて視線の先にある死体を見る。
(あの高さから落ちたんだし……こうして死んでいてもおかしくはないのか? いや、けどそれでも……一応翼はまだ多少動かせたんだから、墜落死とかはないと思うんだが。まぁ、試してみるか)
解体については後回しということで、レイは死体に触れてミスティリングに収納する。
あっさりと収納される死体。
それはつまり、擬態でも何でもなく間違いなく死んでいたということを意味していた。
「一応まだ翼が使えた状態でもこうして死んでいたとなると……もう一匹も多分死んでるのか? まぁ、生きていても翼が燃えていたから、ろくに身動き出来ない状態ではあるだろうけど。……セト、もう一匹の方も頼む」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らして歩き始める。
嗅覚上昇の効果はまだ続いているので、もう一匹の死体……かどうかはともかく、身動きが出来ない状態になっているのだろうことは容易に想像出来た。
その為、レイはすぐに見つかるだろうと予想し……
「グルルルゥ!」
そんなレイの予想通り、セトは見つけた! と喉を鳴らす。
レイはセトに導かれるように草原を進んでいたのだが……
「って、待て! くそっ!」
その光景を見たレイの口から、そんな声が漏れる。
何故なら、そこには既に息絶えた空飛ぶ眼球の死体があった。
それは構わない。
レイにとっても予想通りの光景だったのだから。
だが問題なのは、その死体の側に巨大な青色の蛇の姿があり、口を大きく開いていたことだ。
それこそ、翼を広げると二m……あるいはそれ以上の大きさを持つのは間違いないだろう空飛ぶ眼球の死体を丸呑みに出来るだけの大きさなのだから、その蛇が普通の大きさではないことは明らかだった。
ましてや、その身体は青ではあったが、光り輝く青という、どう考えても普通の蛇ではないのは明らかだったのだ。
……そもそもダンジョンに、それも十三階にいる時点で普通の蛇ではなく、モンスターなのは間違いなかったが。
レイやセトにしてみれば、自分から姿を現してくれたのだから文句はない。
だが……だからといって、自分達が倒したモンスターの死体を食べられるのは絶対にごめんだった。
半ば反射的に、レイは指を鳴らす。
パチン、と。
先程の空での戦闘と違い、とてもではないが考えて行動するのではなく、半ば反射的な動き。
しかし、短期間ではあるが身体に染みこませた動作によって、無詠唱魔法は発動する。
轟、と、
今にも死体を飲み込もうとしていた蛇の頭部に、ファイアボールが姿を現す。
「ジャアッ!?」
一体何が起きたのかも理解した様子もなく、蛇の頭部が燃やされる。
青い蛇にとって、その鳴き声が断末魔の代わりとなり、そのまま倒れ込む。
「何とかセーフ……か。まぁ、ちょっとやりすぎたけど」
ファイアボールを消し、そこに残っていた青色の蛇の死体……半ば頭部を失った死体を見て、そうレイが呟く。
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトも嬉しそうに喉を鳴らす。
セトにとっても、青い蛇の存在は予想外だったらしい。
(セトの五感から逃れた? その割には……)
セトの五感は非常に鋭い。
それこそ、その五感や第六感、あるいは魔力を感知する能力から逃れるというのは、そう簡単なことではない筈だった。
だというのに、セトはかなり近くまで来るまで……いや、実際に空飛ぶ眼球の死体を見つけるまで、青色の蛇の存在に気が付くことはなかったのだ。
あるいは、青色の蛇はもしかしたらこの階層に相応しくない程のイレギュラーなのでは?
そう思わないでもなかったが、レイの魔法一発……それもきちんと詠唱をしたのではなく、無詠唱で使ったファイアボールによって、あっさりと頭部を燃やされて死んだのだ。
もしイレギュラーだとしても、少し弱すぎる。
そんな疑問を抱きつつも、取りあえず二匹分の死体をミスティリングに収納するのだった。