3823話
宝箱は、予想以上にあっさりとミスティリングの中に入った。
レイにしてみれば、もしかしたら入らないのでは? という思いもそこにはあったのだが。
しかし、そんなレイの予想を裏切るかのように、あっさりと収納されたのだ。
「まぁ、収納出来たのは俺にとって悪いことじゃないけどな」
宝箱を収納するというのは、レイにしてみればコロンブスの卵的な発想だった。
何しろ宝箱の罠について心配する必要もなく、専門の技術を持っている者に開錠を頼めるのだから。
勿論、普通の冒険者であれば宝箱を持っていくということは考えない。
宝箱そのものが結構な大きさなので、それを持ち運びするとなるとかなりの体力が必要となる。
ポーターがいれば数個は持ち運び出来るかもしれないが、それこそ運んでいる途中で振動……もしくはそれ以外の理由によって罠が発動する可能性も否定は出来ない。
また、そこまでして持っていっても、宝箱の中身は実際に開けてみないと何が入っているのかは分からない。
もしかしたら宝箱を地上に持っていく価値のある物が入っている可能性もあるが、ポーション……それもそこまで効果の高くない物であったり、それこそ場合によっては何も入っていない可能性もある。
もしくは、中にモンスターが潜んでいる可能性もあった。
(とはいえ、ミスティリングに入ったってことは、最低限中身はモンスターじゃないのは間違いないんだよな。……もっとも、ミスティリングに収納出来ないのはあくまでも生き物だ。ゴーレムの類とか人形の類とか、そういうモンスターだったら収納出来てしまうんだけど)
それでも生きているモンスターの類を収納出来ないというのは、ミスティリングの効果として非常にありがたかった。
「さて、ちょっとした思いつきからの行動だったが、これから宝箱についてはこの方法で収納していこう。罠とかそういうのを解除出来ないしな」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
鳴らすのだが、そこには少しだけ残念そうな色がある。
セトにしてみれば、安全に宝箱を開けることが出来るのは決して悪い話ではない。
悪い話ではないのだが、セトにとって宝箱を開けるというのは、嬉しい出来事でもあったのだ。
中から一体何が出てくるのか。
そのドキドキ感が好きだったセトとしては、やはり宝箱というのはダンジョンで開けたいと思えるのだろう。
レイもそんなセトの様子に気が付き、落ち着かせる意味もあってそっと撫でる。
「セトが宝箱のを開けるのを楽しみにしてるのは分かる。けど……そうだな。例えば、こう考えたらどうだ? ダンジョンで大量に宝箱を拾っていけば、地上では連続して宝箱を開けられると」
「……グルゥ!」
レイの言葉に、セトは微妙な様子だった時から比べて態度を一変させ、嬉しそうに喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、レイは微妙な気分になる。
(多分大丈夫だろうけど、セトがギャンブルとかに目覚めたらどうしたらいいんだろうな)
レイは日本にいる時は高校生だったこともあり、ギャンブルの類は殆どしたことがない。
あるとすれば、友人と軽い賭けをしてトランプをしたり、あるいは夏の祭りで紐を引くくじ引きであったり、小学校の時に学校帰りに駄菓子屋でくじ引きをやったり……といった感じか。
それ以外だと、父親が冬になって農作業の仕事がなくなるとパチンコに行ったり、あるいは父親が宝くじを買うくらいか。
そういう意味で、レイとしてはギャンブルにあまり縁がなかったりする。
そもそもギャンブルというのは、余程のことがない限り胴元が儲けるようになっているのだから。
「よし、じゃあセトも納得したところで……階段と宝箱を探すぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは嬉しそうに喉を鳴らし、レイが自分の背に乗りやすいように身を屈める。
そんなセトの背中に跨がったレイは、すぐにセトが走り出したのを見ながら、宝箱についての予想外の思いつきに笑みを浮かべる。
(とはいえ、いつもこうして分かりやすいように宝箱が置いてあるとは思えない。特にこの階層は草原が深い……そう、深いという表現が相応しいな)
実際にはそのような表現が正しいのかどうかレイには分からなかったが、自分の背丈程も……あるいはそれ以上に大きな草が大量に生えているのを見れば、深いという表現が正しいように思えた。
そんな深い草原を上空から見つつ、地上にある筈の階段と宝箱を探す。
とはいえ、宝箱は草の中に埋もれている可能性も否定は出来ない。
その場合は、草が揺れたりしない限りはそこに宝箱があると判断するのは難しい。
あるいは、セトの五感があれば草に隠れている宝箱を見つけられるかもしれないが。
「セト、さっきの宝箱と違って草の下に宝箱が隠れていたりするかもしれない。それを見つけたら教えてくれ」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らす。
セトもまた、自分の五感が鋭いのは理解している。
その為、レイが言うように草の下に宝箱があった場合、何としてでも見つけようと思っていた。
そうして一人と一匹は地上にある階段と宝箱を見逃さないようにして、空を飛ぶ。
勿論、地上だけを見ている訳ではない。
空を飛んでいるセトは、一匹だけということもあってどうしても目立つ。
空を飛ぶ敵がいれば、まず間違いなく攻撃をしてくるだろう。
そうなった時、相手の姿を確認出来なかったので対応出来ませんでした……などと言うようなことは出来ない。
それこそここがダンジョンである以上、いつ何が起きてもいいように準備をするのは当然のことだった。
だからこそ、セトは空を飛んでいる何者かの姿を発見したのだろう。
「グルゥ!」
喉を鳴らすセトに、レイはセトの見ている方に視線を向ける。
最初はそこに何も見つけることが出来なかった、数秒もするとセトが何を見つけて喉を鳴らしたのかを理解出来た。
「あれは……眼球が飛んでいる?」
それは、一言で表現をするのなら単眼の眼球から直接翼が生えているといった形状のモンスターだった。
瞼の類も何もなく、本当に巨大な眼球から鳥の翼が生えているような、そんな存在。
グロい。
それが敵の姿を見たレイの正直な気持ちだった。
眼球もそうだが、その眼球から伸びている尻尾のような……いや、眼球から伸びていることを思えば、それは尻尾ではなく視神経か何かなのだろう。
勿論、それはレイがそのように思っただけだ。
相手がモンスターである以上、レイの常識は全く通用しないのだから。
ともあれ、そんな眼球が全部で三匹。
翼を羽ばたかせ、レイやセトのいる方に向かってくる。
レイやセトの存在を把握しているのか、それとも偶然あの空飛ぶ眼球がレイ達のいる方に向かって飛んでいるだけなのかは分からなかったが、とにかく近付いて来ているのは間違いない。
「セト、倒すぞ。あの空飛ぶ眼球をそのままにしておくのは明らかに面倒なことになる」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、魔獣術に使える魔石を持った敵が向こうからやって来てくれたのだ。
そうである以上、これを見逃すつもりはなかった。
翼を羽ばたかせ、空飛ぶ眼球との間合いを詰めていく。
「あの眼球からすると……もしかしたら、十二階の単眼の猿の時と同じようにビームを放ってくるかもしれないから、気を付けろ」
セトに注意しつつレイはミスティリングからデスサイズを取り出し、先制攻撃として無詠唱魔法を使おうとしたところで、無理だと判断する。
この状況からでは、無詠唱魔法を使っても届かないのは間違いないと。
まだ空飛ぶ眼球はかなり遠くを飛んでいるので、今この場ではまだ射程範囲外なのは間違いないと判断したのだ。
なので、無詠唱魔法の代わりに追加でミスティリングから黄昏の槍を取り出す。
「セト」
その一言だけで、セトはレイが何をしようとしているのか、そして自分に何をして欲しいのかを理解し、翼を羽ばたかせつつ可能な限り身体を揺らさないようにする。
身体が揺れなくなった瞬間、レイは黄昏の槍に魔力を流して投擲する。
利き手ではない左手の投擲。
それも地面の上ではなく、空を飛ぶセトの背の上での投擲。
槍を投擲するには決して向いている状況ではなかったが、それでもレイの一撃は真っ直ぐに飛び……遠く離れた場所を飛んでいた、三匹の空飛ぶ眼球のうちの一匹の眼球を貫く。
いや、それは貫くというよりも破裂させるといった表現の方が正しいだろう。
「あれ?」
レイとしては、空飛ぶ眼球のうちの一匹を狙っていたのは間違いなかったが、それでも眼球を貫くといったことをしようと思っていたのだ。
なのに、眼球が破裂するというのは……
「もしかして、眼球が弱点なのか?」
そう、呟く。
だが同時に、本当に眼球が弱点なのか? といった疑問もある。
まだそれなりに距離が離れているので、具体的に眼球がどれだけの大きさなのかは分からない。
分からないが、それでも空飛ぶ眼球の身体の大部分を眼球が占めているのは間違いなかった。
であれば……
「厄介だな。セト、あの様子だと倒すのに注意が必要だぞ」
「グルゥ……」
当然ながら、セトもレイが黄昏の槍を投擲したところを見てはいた。
それが具体的にどのような結果になったのかも。
そうである以上、セトにもレイが何を言いたいのかは十分に理解出来てしまった。
「グルゥ、グルルルゥ?」
じゃあ、どうすればあのモンスターをきちんと倒せるの?
そう喉を鳴らすセトだったが、レイとしてもどう反応すればいいのかちょっと分からない。
このような敵との遭遇は、これが初めてだったのだから。
「グルゥ!」
「っと!」
不意にセトが、喉を鳴らしながら翼を羽ばたかせて移動する。
すると一瞬前までセトのいた場所を光が……ビームが貫いていくのが見えた。
(やっぱりそっち系の攻撃方法を持ってるのか。そういう意味では、悪くない相手だが……攻撃特化というのが厄介すぎる)
あるいは翼も生えていることから、高機動の攻撃特化型と呼ぶべきか。
高い攻撃力を持っているレイやセトにとって、この空飛ぶ眼球の相手は非常に厄介だった。
倒すだけであれば容易だ。
それこそ、今すぐにでも全滅させることが出来る。
だが……こうして遭遇した以上、そして未知のモンスターである以上、その魔石は出来れば……いや、可能な限り入手したい。
しかし、迂闊に攻撃して魔石があるのだろう眼球が爆散されるのは非常に困る。
セトがいれば爆散によってどこかに飛んでいった魔石を見つけることも可能かもしれないが、それには当然ながら時間が掛かる。
今日のうちに十五階の転移水晶に登録をしようと思っているレイにしてみれば、出来ればここで無駄な時間を使いたくはなかった。
……これが、例えば朝からダンジョンに潜っていてここに来たのなら、空飛ぶ眼球が爆散しても飛んでいった魔石を見つける時間もあっただろうが。
そんな訳で、レイとセトは攻撃力が高いからこそ綺麗に倒すのに苦労するという状況に陥ってしまっていた。
(どうする? ……ネブラの瞳辺りなら大丈夫か?)
レイの持つマジックアイテムの一つ、ネブラの瞳。
それは魔力によって鏃を生み出すといった効果を持つ。
その鏃をレイが投擲して攻撃するのだが、気軽に使える攻撃方法ではあるものの、威力はそこまで強くはない。
……勿論、それはあくまでもデスサイズや黄昏の槍と比較しての話だし、投擲する際にレイが全力を出せば十分な破壊力を発揮することは出来るのだが。
ただ、それは投擲する際に加減をしやすいという意味でもある。
そんな訳で、レイは投擲した黄昏の槍を手元に戻してミスティリングに収納し、左手にデスサイズを持つ。
「マジックシールド!」
左手に持ったデスサイズでスキルを発動する。
マジックシールドによって生み出された四枚の光の盾がレイとセトの周囲に現れ、そのうちの一枚がセトの前に展開される。
「セト!」
「グルルゥ!」
レイの言葉にセトは喉を鳴らし、残り二匹の空飛ぶ眼球に向かって距離を詰める。
その瞬間、残り二匹の空飛ぶ眼球から同時にビームが放たれた。
「セト!」
本来なら、そのビームは光の盾で防ぐことが出来る。
だが、光の盾で防ぐことが出来る攻撃はあくまでも一度のみでしかない。
それはつまり、同時に二度の攻撃があった場合、片方は光の盾で防げるものの、もう片方はセトが自力で回避するか、あるいは攻撃を受けることになる。
のこり三枚のうちのもう一枚を使うか。
そうも思ったのだが、セトはレイの言葉に反応して放たれたビームのうちの一発を回避し、もう一発は光の盾が防ぐのだった。