3822話
「残念ですが、まだ十二階の件については何も報告がありませんね」
ギルドでアニタに十二階の件について聞いたレイだったが、返ってきたのは予想通りの反応だった。
とはいえ、これについては恐らくそうだろうと予想していたので、そこまで残念には思わなかったが。
「分かった。じゃあ、俺が直接行って調べてみるよ」
「いいんですか? いえ、その方が助かるのは間違いないですが。では、お願いします」
アニタにとっても……いや、ギルドにとっても、レイから素材をある程度売って貰えるということになったので、レイがダンジョンに潜ってくれるのは好ましいことだ。
本来なら、十二階の件の条件として素材を売るということになっていたのだが……この辺は、レイにとってもそこまで気にするようなことではない。
どうしてもギルドに素材を売りたくなかったのかと言えば、それは否なのだから。
そうである以上、売るのならそれなりに売っても構わなかった。
「じゃあ、そういうことで」
レイはアニタと言葉を交わし、ギルドを出るのだった。
「あー……まだ駄目か。十階の小屋はすぐに直っていたんだけどな」
転移水晶を使って十階に、そこから悪臭用のマジックアイテムを使い移動し、十一階を経由し、十二階に到着したレイ。
残念なことに、十階でも十一階でも未知のモンスターと遭遇することはなかった。
それは残念だったのだが、今回はあくまでも十五階に到達するのが目的なので、それはそれで構わない。……残念そうではあったのだが。
とにかく十二階に到着したレイだったが、レイが岩を収納した場所には何もない。
十階の小屋とここの岩では何か違いがあるのか。
あるいは小屋はリッチが何かをしていたので、その影響からこうなっているのか。
その辺は生憎とレイにも分からなかったが、とにかく岩が元に戻っていないのは間違いなかった。
「グルルルゥ?」
どうするの? と喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを軽く撫でると、口を開く。
「十三階に行くぞ。今日のうちに十五階に到達して転移水晶に登録しておきたいしな」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、今日十五階に到達すれば、明日から……あるいは次からダンジョンに入る時、悪臭漂う十階に行かなくてもいいのだから。
嬉しそうなセトの背に乗るレイ。
セトはレイが乗ったのを確認すると、数歩の助走で翼を羽ばたかせて飛ぶ。
(とはいえ、この十二階もそうだが、十三階と十四階に出てくる未知のモンスターのことを考えると……十五階に到達したら、十四階や十三階に戻ってみるのも悪くないかもしれないな。というか、絶対にそうした方がいい。とはいえ、問題なのは地図が十三階の途中までなんだよな)
レイが使っている地図は、マティソンから譲って貰った地図だ。
だが、その時のマティソンはまだ十三階を攻略中だったこともあり、当然ながらその地図は十三階が完成していない地図だった。
今のマティソンのパーティがどこまで到達しているのかは分からないが、取引によって得たのは今使っている地図である以上、その地図を更新して欲しいと言っても、マティソンが素直に頷くかどうか分からなかった。
何しろ、この地図はマティソン達が文字通りの意味で命懸けで作った物なのだから。
そうである以上、気軽にくれとは言えない。
そうなると、今のレイに出来るのはやはり地図を見ないで自分でダンジョンを攻略することだった。
あるいは、マティソン以上に攻略をしているパーティと何らかの取引をして、地図を入手すると言った方法もあるが……残念ながら、レイはそのようなパーティとの面識はない。
唯一、久遠の牙のパーティに所属するエミリーはセト好きで、時々セトを可愛がっている光景を目にすることがあるので、そちらから接触出来る可能性もない訳ではないのだが……
(難しいだろうな)
レイが知っている久遠の牙のメンバーはエミリーしかいない。
それ以外のメンバーにしてみれば、レイとセトは明らかにライバルなのだ。
レイが来るまでは、ガンダルシアにおける最高の冒険者というのは久遠の牙のことを意味していた。
だが、レイが来た今となっては、久遠の牙はガンダルシア最高の冒険者パーティではあっても、最高の冒険者という称号はレイに奪われてしまっている。
そんなことを考えると、久遠の牙が自分を相手に友好的に接するとはレイには到底思えなかった。
セトを連れていれば、エミリー辺りはまた少し違うのかもしれないが。
とにかく、今は自分だけで十五階まで行く必要があった。
(それに、十三階の地図は途中までだけど出来ている訳で。そうなると、何も知らない状態で攻略するよりは、かなり楽だ。だとすれば、結局何の情報もない状態で攻略するのは十四階だけ。……十五階についても、探索はともかく最初は転移水晶を見つけるだけだしな)
半ば自分に言い聞かせていると……
「グルゥ!」
セトが喉を鳴らす。
その鳴き声で我に返ったレイが前方を見ると、そこには十三階に続く階段があった。
「っと、悪いなセト。……そしてこうして移動していても敵はいなかったか。出来れば未知のモンスターでも現れて欲しかったんだが」
階段のある場所に降下するセトの背の上で、レイはそんな風に呟く。
色々と考えごとをしていたのは事実だったが、それでも敵が出てくれるとレイにとって嬉しかったのだが。
特にそれが未知のモンスターであれば余計に。
あるいはそれを抜きにしても、例えば無詠唱魔法の練習相手として考えれば、魔石を魔獣術に使ったことのあるモンスターであっても構わない。
「さて……誰もいないな。時間を考えれば、そんなにおかしくはないけど」
十階はとにかく、十一階も十二階もセトが空を飛んで移動した。
それはつまり、普通に地面を歩いて移動するのとは比べものにならないくらいの移動速度であるということを意味してる。
だからこそ、今の時間にこの階段に人がいなくてもおかしくはないだろうと、そうレイは考えていた。
実際にはちょうどダンジョンを進んで今この階段にいたり、あるいは十三階での探索を終えて十二階に戻ってきたところだったりした者がいてもおかしくはないのだが。
レイにしてみれば、その辺は特に気にするようなことでもないので、そこまで深く考えてはいないのだろう。
ともあれ、レイの今日の目標はあくまでも十五階まで到達し、そこにある転移水晶に登録するだけだ。
だからこそ、レイとしては少しでも早く十三階に行きたかった。
「じゃあ、下りるぞ。今日はとにかく十五階に到達するのを優先にする。十三階と十四階はセトに乗って空から階段を探すことになる。モンスターについては、十五階の転移水晶を使えるようになってからにしようと思うけど、それで構わないか?」
「グルルゥ……グルゥ!」
レイの言葉に、セトは少し考えた後で分かったと喉を鳴らす。
出来れば未知のモンスターを倒したいセトだったが、まずは十五階に登録する方を優先したいと思ったのだろう。
それだけ、セトにとって十階は好きになれない場所だったらしい。
レイとセトは意思を一つにして階段を下りていく。
そうして十三階に到達すると……
「うん、大体地図通りだな」
階段を下りた場所で周囲の状況を確認すると、レイの口からはそんな声が出る。
広がっているのは、草原。
そう、それこそ一階や二階と同じような、そんな草原の階層がこの十三階だった。
ただし、当然ながらこの場所が十三階である以上、出てくる敵は一階や二階の敵とは比べものにならない程に強いが。
一階や二階は冒険者になったばかりの者であっても、それなりに腕自慢であればどうにか出来る。
それどころか、場合によっては冒険者ではない者ですらどうにか出来たりもする場所だ。
そのような場所とこの十三階では、当然ながら違う。
「蛇系のモンスターが厄介って話だったけど……俺達には関係ないか。というか、これだと蛇系だけじゃなくて普通のモンスターであっても隠れ放題だろうに」
一階や二階と同じような草原の階層ではあるが、それでも違いはある。
それが、生えている草原の深さ……草の大きさだった。
一階や二階の草は、足首まで……あるいはもう少し長くても膝くらいまでだった。
しかし、ここは草原の階層ではあるが、生えている草は腰くらいまで……もっと酷い場所は、レイの身体が丸々隠れるくらいの高さの草まで生えているのだ。
そのような場所だけに、地図に書いてある蛇が厄介というのは納得出来るものがあるが、同時にレイが口にしたように大きめのモンスターであっても十分に隠れられる場所があるのは間違いない。
「もっとも……セト」
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトは喉を鳴らしながらレイが自分の背中に乗りやすいように屈む。
そしてレイはその背に跨がる。
するとセトはすぐに走り出し、数歩の助走で翼を羽ばたかせた。
……そう、地上を行く分には、生えている草に隠れているかもしれない敵を常に警戒する必要があるだろう。
だが、セトがいれば話は違う。
モンスターを探すよりも、とにかく十四階に下りる階段を見つける必要がある以上、敵はスルーしても構わないのだ。
(ただ、草原の階層となると空を飛ぶモンスターとかがいてもおかしくはないと思うけど。その時は、それはそれで倒してしまえばいい。どうしても戦闘を避けたい訳じゃないし)
そんな風に考えながら、レイは空を飛ぶセトの背の上から地上を見る。
上空から見る限りでは、草の大きさも殆ど感じない。
ただ、どこまでも広がる緑の絨毯があるだけだ。
(これで、ダンジョンの中じゃなければ……)
いいんだけどな。
そう思ったレイだったが、そこまで考えるよりも前にセトが喉を鳴らす。
「グルゥ!」
「セト? どうした?」
見つけた! といった様子で喉を鳴らすセトだったが、一体何を見つけたのかがレイには分からない。
だが、セトは少しだけ右に逸れて飛び始める。
一体何があったのかはレイにも分からなかったが、とにかくセトがそうして行動するのならば……と、その行動に身を任せることにした。
そして数十秒程も飛ぶと、セトが何を見つけたのかを理解する。
「宝箱か」
そう、それは宝箱だった。
どこまでも続く草原の中。一ヶ所だけ草が生えていない……訳ではないが、あからさまに周囲の草と比べても短い草があり、丸い円形となっていた。
そして中央部分には、宝箱。
(あの宝箱……多分、上から見たから簡単に見つけられたんだよな?)
もし普通に地上を移動していたのであれば、背丈の高い草の中を移動する必要がある。
そうなると、何らかの特殊な方法でもない限り宝箱のある場所を見つけることは不可能だろう。
大勢の冒険者がいれば話は別だろうが、この十三階まで来ることの出来る冒険者の数は限られている。
そういう意味では、この十三階にある宝箱を……セトが見つけたような感じで置かれているのであれば、レイ達にとってそれを見つけるのは難しい話ではない。
「セト、下りてくれ」
本来なら、この階層は階段のある場所を上空から見つけ、そのまま十四階に向かう予定だった。
だが、こうしてあからさまに宝箱がある以上、それを見逃すというのはレイにとって有り得なかった。
宝箱に罠がある可能性も考えると、多少は慎重に行動する必要もあるのかもしれなかったが。
レイにも……そして当然だがセトにも、宝箱の罠を解除する技術はない。
(そういうマジックアイテムがあってくれれば助かるんだけどな。……さすがにそう簡単に入手は出来ないか)
もしそのようなマジックアイテムがあったとしても、レイがそれを入手するのはそう簡単な話ではない。
そもそも宝箱に仕掛けられている罠とは決まった罠ではないのだ。
それこそ宝箱ごとに違う罠であったりもする。
その全てに対応した罠を解除するマジックアイテムというのは……そう容易に作れるものではないのも事実。
(とはいえ、だからといってあの宝箱を放っておくって手はないんだけどな)
セトが着地するのを感じつつ、レイはそんな風に思いながらセトの背から下りる。
「グルルゥ?」
レイの隣で、どうするの? と喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトの様子な眺めつつ、どうするべきかを考える。
これが十二階までなら、普通に開けていただろう。
勿論、罠に注意しながらだが。
実際、今までの宝箱では罠があるのもあったのだから。
だが……今日は時間がない。
今日の目的は、あくまでも十五階まで行くことなので、ここで宝箱を開けるのに時間を使いたくはなかった。
また、地図が十三階の途中までしかないのも、その判断には影響していた。
「よし、ミスティリングに収納しておこう」
そう、レイは告げるのだった。