3821話
「ちょ……レイ、一体どういうことなんだよ!」
午前中の模擬戦が終わり、食事をしてからダンジョンに挑もうと食堂にやって来たレイだったが、そのレイに真っ先に声を掛けてきたのはハルエスだ。
「一体何がだ? というか、一人なのか」
「いや、だから……何で俺がギルムに行く者の中に入ってるんだ?」
「何だ、行きたくなかったのか?」
勢いよく尋ねてくるハルエスにそう尋ねると、困った様子を見せる。
ハルエスも、ギルムに行きたいか行きたくないかと言われれば、間違いなく行きたいのだ。
ましてや、現在ハルエスがパーティを組んでいる、アーヴァイン、イステル、ザイードの三人はギルムに行くメンバーに入っている。
そうなると、アーヴァイン達がギルムに行ったらハルエスはパーティとして行動出来なくなってしまう。
……もっとも、レイからアドバイスを貰うまでのハルエスはともかく、今のハルエスは弓の才能を開花させている。あるいは開花させつつある。
普通に後衛の戦力として頼れる以上、臨時のパーティに入るのは難しくはないだろう。
中にはレイから贔屓をされたということで不満に思っている者もいるかもしれないので、決して快適なパーティだけという訳ではないのだろうが。
ただ、その辺りの心配もレイが推薦をしてギルムに行くということで問題はなくなった。
「それは……行きたいけど」
渋々といった様子ではあったが、ハルエスはそう答える。
なら問題はないだろうと、レイは口を開く。
「お前の希望が叶ったんだ。喜んでもいいんじゃないか」
「それは……そうだけど。ただ、俺だけがレイの推薦でとなると……その、分かるだろ? 周囲の目が色々と気になるんだよ」
そう言うハルエスに、レイはなるほどと納得する。
実際、ハルエスにしてみれば周囲からレイのお気に入りといった視線を向けられるのは気になるのだろう。
不幸中の幸いなのは、ハルエスが男だったことか。
もしこれが女……それも、例えばイステルのような美少女と呼ぶに相応しい人物であれば、色仕掛けをしたとか、場合によっては身体を売って推薦を貰ったとか、そのように言われてもおかしくはない。
「そうか。なら、辞退するか? 辞退するつもりなら、それはそれで構わない。俺はお前を推薦したが、だからといって絶対にギルムに連れていきたいという訳でもないしな」
「それは……」
「どうする? もし辞退するのなら、俺からフランシスに言っておくが」
「あ、いや。けど……その……」
レイの言葉に何と返せばいいのか迷うハルエス。
ハルエスにしてみれば、自分を推薦したレイに不満を漏らしはしたものの、だからといってギルムに行きたくないのかと言われれば、それは否だ。
なので、レイからフランシスに辞退をしたいという話を持って行かれる訳にはいかず……
「その……推薦してくれて助かった。ありがとう。俺はギルムに行きたい」
「最初からそう言っていればいいものを」
ハルエスの態度に、若干呆れた様子でそう返す。
もっともそう言いつつも、ハルエスが今のように言ってくるのは仕方がないかという思いもあるので、そこまで深く突っ込まなかったが。
「取りあえず、ギルムに行けばお前にも色々と刺激になるのは間違いないだろう。ギルムに到着したらどうするのか、今から他の面子と一緒に相談して決めておくんだな。俺がやるのはあくまでギルムまで運ぶだけだから、基本的にちょっかいを出すつもりはないし」
「……分かった。そうするよ」
そう言い、ハルエスは食堂を出ていく。
今のレイとのやり取りが聞こえていた者の何人かは、食堂から出ていくハルエスにどこか同情の視線を向ける。
中にはレイにやり込められたハルエスに、ざまあみろといった視線を向ける者もいたが。
ただし、レイに視線を向けてくる者は殆どいなかったが。
今のハルエスの一件がなければ、また違ったかもしれない。
「あの……レイさん。少しいいですか?」
ちょうど食事が終わったタイミングで、不意に声を掛けられる。
声のした方に視線を向けたレイが見たのは、イボンの姿。
イボンが自分からレイに声を掛けた様子に、食堂にいた生徒達の何人かが驚きの表情を浮かべる。
教師をしているイボンだが、気弱な性格をしているというのは多くの者に知られている。
そんなところが実は特定の層から人気だったりするのだが、本人は全くその辺りについて気が付いていない。
「どうした?」
「お話が……」
「分かった」
その一言だけで、イボンが何について話したいのかを理解し、レイはすぐに頷く。
実際にはこうして声を掛けてきた時点で、何を考えていたのかレイには理解出来ていたのだが。
とにかくレイはそのままイボンと共に食堂を出るのだった。
「さて、話は無詠唱魔法についてでいいよな?」
以前もやって来た、イボンに用意された部屋。
唯一違うのは、以前と比べるとある程度片付いているということか。
どうやらレイを呼ぶと決めたので、ある程度部屋を片付けておいたらしい。
……それでも部屋の中にはかなりの量の本や何に使うのか分からないような物もあり、どうしても雑多な印象を受けるのだが。
そんな部屋の中で用意された椅子に座って尋ねるレイに、イボンは勢い込むように頷く。
「はい、お願いします。……学園長も言ってましたが、こんな短時間で無詠唱魔法を使えるようになるというのは、ちょっと信じられません。一体どうやったんですか?」
「いや、信じられないと言われてもな。やったことそのものはそう珍しくはない。それこそ以前イボンに相談した時のように練習を重ねた結果だ」
「……でも、その、私の話を聞いただけで無詠唱魔法を使えるようになるというのは、ちょっと信じられません」
「信じられないかもしれないが、実際に使えるようになったのは間違いないしな。とはいえ、俺はそれなりに必死に訓練をした成果であるのも間違いないし」
レイにそう言われると、イボンも反論をするのは難しい。
色々と疑問はあるものの、実際にレイが今日無詠唱魔法を使ってみせたのは間違いないのだから。
「とはいえ、無詠唱魔法は本当に昨日使えるようになったばかりなのも事実だ。戦いの中で実際に使いこなすとなると、相応の訓練が必要になると思う」
これはレイの素直な感想だ。
今日もイボンとの話が終わったら、ダンジョンに挑むつもりだ。
時間も時間なので、それこそ可能なら今日のうちに十五階の転移水晶に登録をしておきたい。
その際に十四階、十五階と移動中に起こる戦闘の中で、無詠唱魔法を戦闘に組み入れようと考えていた。
ギルムに行くのが具体的にいつとは決まっている訳ではないが、現在一番深い階層にある転移水晶には出来るだけ早く登録しておきたかった。
……それ以外にも、ついでではあるが昨日収納した十二階の岩がどうなったのか確認しておきたかったというのもある。
一応、昨日ギルドでアニタにその辺を確認して欲しいとは言ったが、自分の目で直接確認をした方が手っ取り早いのは事実。
(あ、でもどうせならダンジョンに入る前にギルドに寄ってアニタに話を聞いた方が……とはいえ、まだその辺の情報は入っていないか?)
レイが頼んだのは、正式な依頼としてではない。
あくまでも冒険者達からそれとなく聞いてのことだ。
そうである以上、依頼ではないのだから岩の状況を確認してからすぐにダンジョンを脱出するということはないだろう。
つまり、十二階で岩の様子を確認した後で、自分達がダンジョンに潜った理由……例えばモンスターを倒して素材や魔石、討伐証明部位を確保したり、宝箱を探したり、ダンジョンの攻略を進めたり、それ以外にも何らかの目的を達成してからダンジョンから脱出した者に話を聞く必要があった。
そうなると、その時間は昼すぎというのは少し早い。
勿論何らかの理由で十二階まで行った者達が、岩の様子だけを見て地上に戻ってくるという可能性もなくはないが……それがどれだけ低い可能性なのかは、考えるまでもないだろう。
「レイさん、それで無詠唱魔法についてですが……やはり、あの指を鳴らす動作によって条件反射的に使えるようにしたんですか?」
ダンジョンについて考えていたレイは、イボンの言葉で我に返ると頷く。
「ああ、そうだ。こっちも考えたんだが……」
そう言い、レイは手で拳銃を模した形にする。
「これだと指先でどこを狙ってるのか分かりやすいし、指を鳴らすという行為以上にデスサイズを手にしたままでは使いにくいと思ったから」
それ以外にもレイ的に少し合わないというか、ピンとこないというか、そのような理由もあったのだが。
「そうですか? 指を鳴らすのと比べるとこっちの方がやりやすいような気がするんですけど……」
イボンは近くにあった棒……一体何に使う為の物かは分からないが、その棒をデスサイズの柄に見立てて握る。
その棒を握ったイボンは人差し指と親指を伸ばす。
すると棒を握っているので、それ以外の三本の指は自然と曲げられており、銃を模した形になる。
「これで……いいんですよね?」
「まぁ、そうだけど……さっきも言ったが、それだとやっぱり人差し指の向いている場所で魔法が発動するというのが分かりやすい。中にはそれに全く気が付かないという奴もいるかもしれないが、その辺に期待するのはどうだろうな」
例えばレイのことをレイと理解出来ず、小柄なので絡んでくる……そんな者達は今まで何度も見てきたが、そのような相手であれば、もしレイが銃を模した指で無詠唱魔法を使っても、その欠点には気が付かないだろう。……そもそも、そのような相手に無詠唱魔法を使うかと言われれば、微妙なところだが。
ともあれ、相手がそのようなチンピラならともかく、腕の立つ者、あるいは勘の鋭いモンスターの場合、人差し指の向けた方向で魔法が発動するというのは気付かれる可能性があった。
それと比べると、指を鳴らすというのはそれで魔法が発動するというのは分かりやすいかもしれないが、どこに発動するのかというのは分かりにくい。
……あるいはレイの視線からその辺りを察することが出来る者もいるかもしれないが。
「究極的にはデスサイズを持ったままでどこで発動するのかを察知されやすい無詠唱魔法を使うか、デスサイズを持ったままでは無詠唱魔法を使えなくても、どこで発動するのか察知されにくい状態で無詠唱魔法を使うかだな。……最善なのは、デスサイズを持ったままで指を鳴らすことが出来ればいいんだが」
そう言い、レイはイボンが持っていた棒を借りる。
「その、くれぐれもここで無詠唱魔法は使わないで下さいね」
棒を渡しつつ言うイボン。
レイはその言葉にイボンが自分をどう思っているのか何となく理解しつつも、棒を握る。
いつもデスサイズを握っている時のように右手でその棒を持ち、指を鳴らせるかどうか試すが……
「やっぱり無理だな」
とてもではないが、握ったままで指を鳴らすという作業は不可能だ。
あるいはレイの身体がもっと大きく、それに比例して手も大きく、指も長ければ、もう少し話は違ったのかもしれない。
(たらればを言っても仕方がないか。将来的にそういうのが出来るようになる可能性も……可能性も……まぁ、多分あると思いたいところだし)
ゼパイル一門が作ったレイの身体は、間違いなく高性能だ。
それこそ他と比べるのもどうかと思う程に。
だが、そんな身体の中でレイが唯一不満を抱いていたのが、その大きさ……いや、この場合は小ささと表現すべきか。
身長二m近い者がそれなりに多いこの世界において、レイの身体は間違いなく小柄と称するのが正しい。
出来ればレイとしては、もっと身長を高くして欲しかった。
一体何がどうなってこのような背の高さになったのか……それがレイには疑問だった。
とはいえ、今更の話だ。
そうである以上、ここで何かを考えてもあまり意味はない。
そういうものだと理解して行う必要があった。
「取りあえず指を鳴らすという方が、総合的に見て便利だと思う。それに今更どうこういったところで、既に指を鳴らすので無詠唱魔法を使えるようになってしまったからな。そうなると、今の状況から別の方法で無詠唱魔法を使うというのは不可能だ」
そう、既に指を鳴らす仕草で無詠唱魔法を使えるように身体に覚えさせている以上、ここでどうこう言っても仕方がないのは事実。
イボンもそう言われると納得するしかなく……やがて、残念そうにしながらも頷く。
研究者としての一面もあるイボンにしてみれば、レイの無詠唱魔法というのはそれだけ興味深いものなのだろう。