3820話
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集会が終わると、生徒や教師達は訓練場から立ち去る。
教師は授業の準備があり、生徒達も次の授業の準備があるのだろう。
結果として、訓練場に残ったのは教官達だけだった。
「レイさん、いつの間にかあんな……無詠唱魔法なんて……」
マティソンが、レイに驚きの声を掛ける。
マティソンにしてみれば、それだけレイが見せた無詠唱魔法というのは驚きだったのだろう。
「少し前から練習していて、昨日何とか出来るようになったんだよ」
これが普通の魔法使いなら、少しと言ってるが年単位の練習期間が必要になるだろう。
だがレイの場合、数日で無詠唱魔法を使えるようになったのだ。
短時間で魔法を使えるようになったからといって、それは決して楽だった訳ではない。
その短い時間できちんと密度の濃い練習を行ったからこそだ。
もっとも、レイの莫大な魔力があるのが前提なのは間違いないが。
何しろ無詠唱魔法はその名の通り詠唱を省略し、魔力の流れのコントロールと動作によって魔法を使うのだから。
普通に詠唱をし魔法を使うよりも、当然ながら魔力の消費は大きくなる。
とはいえ、それでも炎属性に特化しているレイが他の属性の魔法を魔力量のごり押しで使う時に比べれば、使う魔力の量も普通より多いとはいえ、微々たるものだ。
レイが他の属性の魔法を使うときに必要とする魔力は、その規模にもよるが平均的な魔法使い数十人から数百人分くらいなのに対し、無詠唱魔法で消費する魔力は平均的な魔法使いでも複数使える程度の魔力消費なのだから。
「これでレイさんのダンジョン攻略速度は今までよりも上がりそうですね」
「そうだといいんだけどな」
マティソンの言葉に、周囲に集まってきた者達の多くも同意するものの、レイはそれを否定するようなことを口にする。
マティソンも含めて、他の面々はレイの言葉に不思議そうな表情を浮かべていた。
「知ってる奴も多いだろうが、基本的に俺の戦い方はデスサイズと黄昏の槍の両方を持って戦う」
その説明に、話を聞いていた者は頷く。
ニラシスのように実際にダンジョンでレイが戦っている光景を見たことがある者もそうだし、何度か模擬戦においても見せたことがあるので、そのことに疑問を持つ者はいない。
ただ、何人かがレイの言いたいことを理解したのか、納得した様子を見せる。
「で、俺が無詠唱魔法を使うには指を鳴らす必要がある。しかも片手に魔法発動体のデスサイズを持ってな。そうなると、黄昏の槍は当然持てない訳だ」
無詠唱魔法で指を鳴らすのは右手で自分の身体に覚え込ませているので、そうなると当然ながらデスサイズは左手に持つ必要がある。
あるいは、デスサイズの重量を感じさせない能力を思えば、右手でデスサイズを持ちながら指を鳴らす……といったことも可能かもしれないが、今のところは出来ない。
将来的にはそのようなことも出来るようになるのかもしれないが、今はまず無理なのだ。
つまりレイが無詠唱魔法を使うには、黄昏の槍を持つことが出来ないということを意味してる。
……もっとも、それならそれで別にどうしても二槍流で戦う必要がある訳ではないし、あるいは二槍流で戦っていても黄昏の槍を地面に突き刺したり、敵に投擲したりといった方法があるのだが。
普通の槍ならともかく、黄昏の槍は離れた場所にあってもレイが望めば即座に手元に戻るという能力がある。
そういう意味では、ある程度どうにかなるのは間違いなかったが……その辺りを込みで考えても、レイとしては色々と思うところがあるのも事実。
「なるほど、レイさんの戦闘方法を考えると……ですが、それでは何故無詠唱魔法を使おうなどと考えたのですか?」
マティソンが不思議そうに尋ねる。
現行のレイの戦闘スタイルは、ある意味で完成されている。
レイとセトが一緒に行動するのに、何の問題もないように思える。
だというのに、そのような中で何故わざわざ無詠唱魔法という、今まで聞いたこともないような技術を覚えようと思ったのか。
それが、マティソンにとっては疑問だった。
「あると便利そうだと思ったからだな」
あっさりと答えるレイ。
だが、その内容はマティソンにとって……いや、他の者達にとっても、驚くべきものだった。
まさか、無詠唱魔法というような、とんでもない技術を便利そうだからという理由だけで習得するとは、と。
あれば便利というのは、何かを開発する上で重要な動機となるのは間違いない。
間違いないが、それで無詠唱魔法を……ということになるとは、普通は思えない。
実際、レイが使った無詠唱魔法というのは、冒険者にとって大きな意味を持つのだから。
モンスターの相手もそうだが、冒険者狩りをするような相手だったり、護衛の依頼で遭遇した盗賊であったり、もしくは何らかの理由で襲ってくる相手に対して使う時、非常に大きな意味を持つ。
それこそ、魔法使いという存在を知っているからこそ、実際に相手が魔法を使う時は呪文を詠唱するという認識を持っている。
それだけに、もし無詠唱で魔法を使えたらどうなるか。
まず間違いなく相手の不意を突ける。
そして魔法というのは、レイのような圧倒的な魔力を持つ魔法使いではなく、普通の魔法使いであっても使いようによっては戦いを一方的なものに出来るだけの力を持つ。
例えば草原で敵対している相手だけが草が足に巻き付き、動けなくなったらどうなるか。
攻撃する方にしてみれば、一方的に攻撃出来るということを意味していた。
だからこそ、無詠唱魔法というのは非常に意味のある……それこそ、使いようによっては世の中の常識すら変えることが出来るだけの効果を持つのだ。
そんな無詠唱魔法を、便利そうだからの一言だけで使えるようになったと言われても……マティソンは、何と言えばいいのか分からなくなる。
「なぁ、レイ。さっき使った無詠唱魔法……やり方を教えて欲しいと言ったら教えてくれるのか?」
マティソンが戸惑っていると、ニラシスがそうレイに尋ねる。
だが、そんなニラシスにレイは呆れたように言う。
「教える訳がないだろ? 無詠唱魔法については使えるというのは教えた。それだけでも、十分に配慮してると思うが?」
「それは……」
ニラシスは、もしかしたらレイに聞けばあっさりとやり方を教えてくれるのではないかと思っていた。
だが、検討することもなく即座に拒否されるというのは、完全に予想外だった。
自分はそれなりにレイと友好的な関係を結べていると思っているだけに、この反応は完全に予想外だったのだ。
とはいえ、レイにしてみれば自分が苦労して――あくまでもレイとしてはだが――習得した無詠唱魔法を、あっさりと教えるつもりにはなれない。
無詠唱魔法があるというのは、レイもリッチを見て分かったことである以上、見せはしたが……そのやり方については秘匿するつもりだった。
「まぁ、無詠唱魔法を使えるというのが分かっただけでもいいだろう? もし本当に無詠唱魔法を使えるようになりたいのなら、研究するなりなんなりすればいい」
もっとも、俺がやったこともそこまで特別なことではないんだがな。
そう言いたくなるのを、我慢する。
実際、魔力の流れのコントロールと動作によって魔法を使うというのは……レイにしてみれば、そこまで珍しいことでもない。
それどころか、無詠唱で魔法を使おうと思えばすぐに思いついてもおかしくはないような、そんな方法だ。
そうである以上、その結論に到達するのはレイにとってもそこまでおかしな話ではない。
もっとも、そのような結論になったからといって、実際にそれが出来るようになるかどうかというのは、また別の話だが。
レイの場合は色々な意味で特別なのだから。
「それより、俺達は模擬戦の授業がある。いつまでもこうしていられないだろ。準備をしないと。……俺もセトを連れてくるな」
そう言い、レイは訓練場から出ていく。
そんなレイに対し、何人かは声を掛けようとするものの、それは途中で諦めることになる。
ここでレイに声を掛けても、どうしようもないと……無詠唱魔法について何かを教えて貰えるとは、到底思えなかったためだ。
それはマティソンやニラシスも同様でそれでも懲りずにレイを呼び止めようとする者を視線で制するのだった。
「グルルルルルゥ」
厩舎から出たセトは、嬉しそうに喉を鳴らす。
レイはそんなセトを撫でつつ、厩舎の護衛に雇われている冒険者達に声を掛ける。
「模擬戦が終わるまでは、特に何かやることはないからゆっくりしていてくれ」
「ありがとうございます。そうさせてもらいますね」
冒険者にしてみれば、セトの護衛という仕事は楽でそれなりに報酬のいい仕事でもあるが、だからこそ気を抜けるようなものではない。
高ランクモンスターのセトを狙う者が、一体どれだけいるのか分からないのだから。
それこそ場合によっては高ランク冒険者が襲ってくる可能性もある。
……もっとも、その場合であってもセトが大人しく相手の思い通りになるかと言えば、それはまた別の話だが。
ただ、護衛として雇われている冒険者としては、そもそもセトが戦わないといけないような状況になった時点で明らかな失態となる。
だからこそ、恐らくは特に何もないとは思っているものの、それを考えた上でもやはり気を抜くといったことは出来なかった。
それだけに、レイからゆっくりしていてもいいと言われたのは嬉しかったのだろう。
感謝する冒険者達をその場に残し、レイはセトと共に訓練場に向かう。
その途中でレイは先程の訓練場での一件について話すと、それを見ることが出来なかったセトは残念そうな様子を見せる。
セトにしてみれば、レイが目立つのを自分の目で見たかったのだろう。
「悪かったって。ただ、セトがいるとフランシスはあまり……な?」
「グルルゥ……」
レイの言葉に、セトは仕方がないといった様子で喉を鳴らす。
フランシスが自分を可愛がってくれるのは、セトにも理解出来る。
理解出来るのだが、それでも残念に思ってしまうのは仕方がないことだった。
そうしてレイはセトを撫でつつ、訓練場に向かい……到着する頃には、ようやくセトの機嫌も直っていたのだった。
「お、戻ってきたな。もう準備は出来ているぞ。今日はどういう模擬戦にするんだ?」
レイが戻ってきたのに気が付いたニラシスがそう声を掛ける。
既にそこには先程無詠唱魔法について教えて貰えるのかと聞いて断られた、残念そうな様子はない。
気分を素早く切り替えられるのも、冒険者の資質の一つだ。
そういう意味では、ニラシスは十分に資質を持っているのだろう。
……単純に、細かいことを考えていないだけという点もあるのかもしれないが。
「俺が決めてもいいのか?」
模擬戦の内容については、色々とある。
教官と生徒が一対一、あるいは一対複数でやったり、あるいは生徒同士であったり。
そんな中、模擬戦の内容については基本的にマティソンやアルカイデがそれぞれ話し合って決める。
この辺は、それぞれの派閥を率いる者というのもあるし、それ以外にもあくまでも模擬戦の授業は模擬戦を行うのが目的であって、座学のように決まったカリキュラムがある訳ではないというのが大きい。
……とはいえ、最近ではレイもその模擬戦の内容にそれなりに口を出しているのだが。
この辺は単純にレイがこのガンダルシアにおいても異名持ちのランクA冒険者であるという、突出した存在だというのが関係している。
冒険者にとって、それだけレイは特別な存在という証だ。
もっとも、それはあくまでも冒険者だけの間で通じる話で、アルカイデやその取り巻きにとっては話が違う。
レイが教官として働き始めた頃、レイに絡んできたのはその辺りの理由もある。
本人にしてみれば、面倒なという思いしかそこにはなかったりするのだが。
「そうだな。セトも連れてきたんだし、セトと模擬戦をやりたい連中はセトと、それ以外は普通に教官達が模擬戦をやればいいんじゃないか?」
そうレイが提案すると、誰も反対はしない。
……最初はレイと敵対気味であったアルカイデやその取り巻き達だったが、今は触らぬ神に祟りなしと言わんばかりの態度を取っている。
もしここで反対しようものなら、それこそ一体どのようなことになるのかと思っているのだろう。
レイとしてはきちんとした理由があってのことであれば反対されても構わないのだが。
ともあれマティソンもレイの提案に特に反対はせず……こうして、模擬戦の内容は決まるのだった。