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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3818/3865

3818話

 フランシスとの話が決まると、レイはフランシスと共に職員室に向かう。

 今日の授業の一部を変更する以上、前もって教師や教官達に話をしておく必要があった為だ。

 この辺、日本の学校とは大きく違う。

 カリキュラムの類が別に決まっている訳でもなく、あくまでも冒険者育成校はその名の通り冒険者を育成する為の学校だ。

 つまり、高校や大学ではなく専門学校的な存在と言ってもいいだろう。

 もしくは個人がやっている私塾のようなものか。

 その為、今回のような……レイが習得したばかりの無詠唱魔法について皆に見せるといった行為も普通に出来る。


「それにしても、昨日の今日でもうアーヴァイン達以外の生徒を決めたんだな」


 廊下を歩きつつ、レイは隣のフランシスに声を掛ける。

 フランシスはそんなレイの言葉に呆れた様子で口を開く。


「そうして疲れている私に、今回のような話を持ってきたのはどうかと思うけど?」

「なら、俺が無詠唱魔法を使えるようになったというのは、言わない方がよかったか?」

「それは困るわね」


 レイの言葉に、フランシスは即座にそう返す。

 もっとも、別にこの件についてはあくまでもレイの厚意によって教えられたのだが。

 もしレイがこの件について教えなくても、フランシスはそれはそれで仕方がないと納得していたことだろう。


「レイの無詠唱魔法を見れば、生徒達の士気も上がるでしょう」

「……上がるか?」


 フランシスは何らかの確信を持ってるかのように言うが、レイは本当にそうなるのか? と疑問を抱く。

 もしレイが生徒の立場であれば、自分達には絶対に出来ない無詠唱魔法という技能を目の前で見せられ、それで士気が上がるかと言われれば……正直、微妙なところだった。

 自分達よりも遙かに格上の存在だからそのくらい出来てもおかしくはないと思うだけならともかく、それを見て自分達には到底あそこまで行けないと考え、寧ろ士気が下がってもおかしくはなかった。


「レイ、貴方はこの学校の生徒を侮っているわね。私の学校の生徒を甘く見ないでちょうだい」


 そう断言するフランシス。

 レイにとっては教官としての仕事はあくまでも臨時のものだ。

 あるいは本気でこの冒険者育成校に教官として就職していれば、フランシスの言葉に納得出来るところもあったのかもしれないが。


「そうだといいけどな。もしそうなったら、それはそれで面白いとは思うが」


 そんな会話をしながら歩いていると、レイとフランシスは職員室に到着する。

 扉を開けて職員室に入ると……


「え? 学園長?」


 職員室の中でも扉の近くにいた教師の一人が、突然姿を現したフランシスの姿に驚く。

 当然だろう。いきなりこの冒険者育成校の中で一番偉い人物が姿を現したのだから。

 あるいは毎日開かれる朝の会議にフランシスが参加しているのなら驚くようなこともなかったかもしれないが、フランシスは基本的に朝の会議には参加していない。

 だからこそ、フランシスが来たことで何かがあったのではないか……そんな風に思ったのだろう。

 最近、十階の異変があったばかりである以上、余計にそう思ってしまったのかもしれない。

 ましてや、そんなフランシスとレイが一緒にいるのだから、余計にそのように思ってしまうのだろう。


「気にしないでちょうだい。ちょっと用事があるだけだから」

「えっと……はい、分かりました」


 フランシスの様子から、取りあえず何か危険なことではないと判断したのか、驚いていた教師は落ち着いた様子を見せる。

 その頃になると職員室にいた他の面々もフランシスの姿に気が付いたが、フランシスはそれを気にした様子もなく教師や教官を纏める立場にいる人物に近付いていく。

 レイはそれを見つつ、自分の席に向かう。


「レイさん、一体学園長は何の用件で職員室に来たのですか?」


 マティソンがレイに尋ねる。

 フランシスが職員室に来たのが気になっているのは、マティソンだけではなく他の面々もだ。

 それこそレイとはあまり関わりたくないと思っている、アルカイデやその取り巻きですら、何があったのか気になるといった視線を向けている。

 それだけ、職員室にフランシスが来るというのは特別なことなのだろう。


「すぐに話すと思うから……ほら」


 レイが最後まで言うよりも前に、教師や教官を纏めている男と話し終わったフランシスが口を開く。


「聞いてちょうだい。今日の午前中は授業を一部変更します」


 その言葉に、話を聞いていた教官や教師達が驚きながらも視線を向ける。

 無理もない。

 昨日も選抜試験の為に通常通りの授業とはいかなかったのだ。

 それが今日もとなると、一体何があった? と思うのはおかしな話ではない。


「今日行うのは……実はレイが凄い技術を使えるようになったので、それを全ての生徒……いえ、教師や教官にも見せる為です」


 そこで一旦言葉を切るフランシス。

 そうなると、当然ながら職員室にいた教官や教師の視線がレイに集まる。

 今はまず、話を続けろ。

 そうレイが思うと、その思いを汲み取ったかのようにフランシスが言葉を続ける。


「レイが出来るようになったことは、本当に凄いです。私はエルフとしてそれなりに長い時間生きていますし、冒険者として活動してもいましたが、初めて見る技術です」


 その言葉に、何のことなのか理解したイボンだけが再びレイを見る。

 イボンの目には驚愕が浮かんでいた。

 今のやり取りから、レイが一体何を出来るようになったのか、それを理解したのだろう。

 イボンは自分が相談されたのだから、それが分からない筈もない。


「その技術はまだ使えるようになったばかりで、初歩的なものでしかありません。ですが、凄い技術なのは間違いなく、それを見れば生徒達にも今まで以上にやる気が出ると私は判断しました。また、どうせ生徒達を集めるのですから、昨日の選抜試験の結果についても発表したいと思います」


 その言葉に何人かの教師や教官が納得した様子を見せる。

 昨日、選抜試験が終わった後の誰をギルムに行かせるかの話し合いを思い出したのだろう。

 中には、レイの新しい技術というのは表向きの話で、その発表こそが生徒達を集める本来の目的なのではないかと、そう思う者すらいた。

 その後は色々と諸注意を行い、時間になったところで移動を開始するようにフランシスは言う。

 その指示に従い、まずは教師達が生徒達のクラスを回って訓練場に集まるように動き始める。


「じゃあ、俺達も行くか」

「……レイ、一体何がどうなったんだ? 少しくらいは教えてくれてもいいんじゃないか?」


 立ち上がったニラシスがレイに尋ねるが、レイはそんなニラシスに……いや、それ以外にも期待をして見ている者達に対しても首を横に振る。


「フランシスが言ってただろう? 今は秘密だ。それを知りたいのなら、早く訓練場に行くんだな」


 レイの言葉に、ニラシス達は勿体ぶるなよといった視線を向けつつも、それ以上は何も言わずに訓練場に向かう。

 レイもまた、訓練場に向かおうとしたところで……ふと、離れた場所からイボンが自分に視線を向けているのに気が付く。

 その視線には、疑問の色がある。

 無詠唱魔法について相談されたイボンなので、もしかして……という思いがあったのだろう。

 フランシスだけに事情を話し、より詳細な相談に乗ってくれたイボンに何も言わないというのはどうかと思ったので、レイはそんなイボンに向かって頷く。

 その頷きだけで、イボンはレイがこれから何をしようとしているのか分かったのだろう。

 目を大きく見開く。

 それこそ、眼球が飛び出るのではないかと思うくらいに。

 イボンにしてみれば、まさかこの短期間でレイが無詠唱魔法を使えるようになるとは思っていなかった。

 それこそ一体何がどうすれば短期間でそのようなことが出来るようになるのか、非常に気になる。

 勿論、レイが自分に相談に来る前から無詠唱魔法の訓練をしており、ある程度の方向性を持っていたのは間違いない。

 イボンが行ったのは、レイの考えていた道筋を多少なりとも補強したくらいなのだから。

 だが……それでも、この短期間で無詠唱魔法を使えるようになったというのは信じられない。

 レイの持つ才能に驚きつつ、急いで訓練場に向かう。

 イボンも出来ればレイに色々と話を聞きたかったが、レイとニラシスの会話からそれは無理だろうと判断したらしい。

 ならば、ここで無駄な時間を使うより、出来るだけ早く訓練場に行って少しでもいい場所を……レイが無詠唱魔法を使うのを出来る限りしっかりと見られる場所を確保しておきたかった。

 そんなイボンの様子を見つつ、レイもまた追及を逃れるように訓練場に向かうのだった。






 訓練場の中心に、レイの姿はある。

 それを囲むように、教師や教官、生徒が集まっていた。

 一応今回の一件は、あくまでも希望者だけが訓練場に来るということになっていた。

 とはいえ、昨日の選抜試験の結果について発表があるということであったり、何より学園長のフランシスからの指示であるということもあり、サボっている者は……いない訳ではなかったが、本当に少数だった。

 冒険者育成校に通っている生徒で、学園長のフランシスの実力や権力を知らない者はいない。

 そのような人物からの招集に従わないというのは、色々な意味で不味かった。

 もっとも、フランシスはその美貌からも生徒達に慕われている。

 それも男女関係なく。

 だからこそ、そんなフランシスと一緒にいたいと、あるいは目の保養をしたいと集まっている者も……相応にいたりする。

 そのフランシスは、もう大半の者達が訓練場に集まったのを確認するとレイの隣で口を開く。

 ……いつもであれば、レイの隣にはセトがいて、セト好きのフランシスはそんなセトにメロメロになっているのだが、幸か不幸か現在セトの姿はない。

 その為、セトにデレデレの姿ではなく、多くの者が知っているフランシスの姿がそこにはあった。

 もっとも、セトはそれなりに頻繁に模擬戦に参加しているので、その時に時間に余裕があれば……いや、多少無理をしてでも時間を作って訓練場に来ることもあるし、もしくはセトのいる厩舎に顔を出すこともあるので、セトにデレデレの姿を見たことがある者は何気に多いのだが。

 フランシスに好意を持っている者にしてみれば、そんなデレデレのフランシスもまた魅力的だと、そのように思えるのだろう。


『集まってくれた人には感謝を。既に知ってる人もいると思うでしょうけど、今日こうして訓練場に集まって貰った理由は二つあるわ。一つは……皆も知っている、深紅の異名を持つレイ教官が、凄い……本当に凄い技術を生み出したので、それを見て貰おうと思って』


 フランシスが風の精霊魔法を使い、訓練場にいる全員に自分の声を届かせる。

 これについては、レイも昨日選抜試験の時に見ているので、特に驚いたりはしない。

 もっとも、生徒の中には昨日の選抜試験のトーナメントを見に来たりはしなかった為、初めてフランシスの精霊魔法を体験するという者もおり、そのような者達は驚きを露わにしていたが。


『そしてもう一つ。こちらは昨日選抜試験に参加した人達に対するものだけど、夏にギルムに行く人達の発表をするわ。』


 フランシスの言葉に、再びざわめく者が出る。

 ただ、やはり最初に風の精霊魔法を見た時と比べると、そのざわめきは小さいが。

 選抜試験に合格し、ギルムに行ける者は最低でも昨日この訓練場で行われたトーナメントに参加し、それもある程度勝ち抜いた者でなければ期待は出来ないのだから、当然だろう。


(というか、アーヴァイン達を始めとする既に決まった面子はともかく、それ以外の数人はどういう基準で決めたんだろうな)


 ふとそんな疑問を抱くレイ。

 レイとしては、あくまでも自分は選ばれた生徒達をギルムまで運ぶだけという認識だ。

 基本的には引率役……もしくはお目付役として一緒に行く教官に、生徒達の面倒は全て任せるつもりである。

 勿論、教官であってもどうしようもないようなトラブルが起きたりすれば、その時はレイも自分が出ようとは思っているが、それはあくまでも余程のことがあった場合の話だ。

 何かあっても、レイが助けてくれる。

 そう思って行動すれば、その時は生徒達にも油断が生まれてしまう。

 そうならないように、レイはあくまでも本当に最後の最後に出るということで、それ以外の時は家で――マリーナの家だが――ゆっくりとしているつもりだった。


『ともあれ、まずはレイの技術を見てみましょう。……レイ、お願い』


 フランシスの言葉に頷いたレイは、魔法発動体のデスサイズをいつもの右手ではなく左手に持ち、右手を前に伸ばし……パチン、と指を鳴らすのだった。

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