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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3815/3865

3815話

「そうですか。……では、明日にでも十二階から戻ってきた人達に岩がどうなっていたか聞いてみますね。岩を収納した場所は階段のすぐ側で間違いないんですよね?」


 アニタの言葉にレイは頷く。

 まだ夕方には少し早い時間だが、ギルドには早めにダンジョンから出て来た冒険者達の姿をそれなりに見ることが出来る。

 そんな中、レイはアニタに一応ということで十二階の岩を数個収納したという話をしていたのだ。

 単眼の猿の解体と魔石を魔獣術に使ってから、レイとセトはすぐにダンジョンを出ることにし、特に戦闘もなくこうしてダンジョンを脱出していた。


「ああ、あの階層を攻略している冒険者なら、まず間違いなく分かるだろう場所だ。あの場所にあった岩が復活するかどうか……もし復活するのなら、具体的にどのくらいの日数が掛かるのか。その辺を教えてくれると助かる」

「分かりました。ただ、これはギルドにとって……そして他の冒険者にとっても大きな意味があるのでこうして引き受けますけど、本来ならこういう調査依頼をするにはそれなりに報酬が必要なんですよ」

「……なるほど」


 言われてみれば、レイもアニタの言葉に納得出来るものがあった。

 岩がいつダンジョンによって復活するのか、それを調べて貰おうとしているのだ。

 普通であれば、調査依頼として報酬を支払うのはそうおかしな話ではない。


「なら、報酬を支払って依頼扱いにするか? 俺はそれでも構わないけど」


 資金的な意味では、レイは全く困っていない。

 きちんと依頼という形式にした方がいいというのであれば、レイとしては別に構わなかった。


「えっと……」


 だが、何故かレイに話を振ってきたアニタの方が困った様子を見せる。


「アニタ? どうした?」

「その……別に、無理に依頼にする必要はないんですけど」

「……自分で言ってることを理解しているのか?」


 アニタが本来なら依頼にするべきだと口にしたので依頼にするか? と聞いたレイだったが、何故かアニタがそれに戸惑った様子を見せる。

 それを疑問に思ったレイに対し、アニタは数秒考え……やがて口を開く。


「その、実はですね。レイさんがダンジョンで倒したモンスターの素材についてギルドに売って欲しいんです。勿論、全てとは言いませんし、レイさんが魔石を集めているのは知ってるので、魔石を売って欲しいとは言いません。ですが、それ以外の素材をある程度ギルドに売ってくれると助かるのですが……どうでしょう?」


 アニタの言葉にレイは納得する。

 ギルドの利益というのは色々とあるが、その中でも突出してるのはやはり冒険者から買い取った素材を他の店や商人、場合によっては他の街や都市にいる相手に売ることによる売却益だ。

 そんなギルドにしてみれば、レイのような腕利きの冒険者が倒したモンスターの素材というのは、是非とも買い取りたいと思ってもおかしくはなかった。

 何しろレイは既に十階に到達している。

 また、近いうちに十五階にも到達し、現在最深部を探索している久遠の牙を追い抜き、レイこそが最深部を探索する冒険者ということになってもおかしくはない。

 それなのに、レイはミスティリングがあるお陰で――ギルドにしてみればミスティリングのせいで――基本的にモンスターの素材をギルドに売ることはない。

 ギルドとしては、レイの倒したモンスターの素材を、全てではなくてもある程度でいいので、売って欲しかった。

 勿論、ギルドとして安く買い叩いたりといったことはするつもりはない。

 きちんと他の冒険者と同じ値段で買い取るつもりだ。

 冒険者達の中にはギルドではなく商人を始めとした者達に自分で交渉をして素材を買い取って貰うということをしたりする者もいるが……海千山千の商人を相手に、交渉で有利に立つというのは簡単なことではない。

 結果として、多くの者がギルドと同じか……運が悪ければ、ギルドよりも安く買い叩かれることになる。

 もっとも、それでも商人との交渉を繰り返し、交渉が上手くなってギルドよりも高く買い取って貰えるようになるという者もいるが……そのような者は決して多くはない。

 それに対して、ギルドは交渉によって素材の買い取り価格を上げることは出来ないが、一定の値段で買い取ってくれる。

 ギルドで唯一買い取りの値段が上がるとすれば、それは例えば疫病のような理由で至急に薬となる素材が必要になった時くらいだろう。


「分かった。魔石についても、俺が集めている以外……具体的には同一のモンスターを大量に倒した場合、その魔石を売ってもいい」

「……え?」


 レイのその言葉は、アニタにとってかなり意外だったのだろう。

 まさかレイがこうもあっさりギルドからの申し出を受け入れるとは、思ってもいなかったのだ。

 それはアニタだけではなく、アニタの近くにいた別の受付嬢もそうだし、アニタに今回の件を指示したギルド職員の上司も同様だった。


「えっと、その……本当にいいんですか?」


 あまりにあっさりとレイが受け入れた為に、念の為にと尋ねるアニタ。

 そんなアニタに対し、上司はレイの気が変わったらどうすると、声なき悲鳴を上げる。

 だが、そんな上司の思いを知ってか知らずか、レイはあっさりと頷いた。


「ああ、構わない」


 これは別にレイが何かを企んでのこと……ではない。

 レイにしてみれば、倒したモンスターの素材の解体はドワイトナイフで容易に出来るし、その素材をミスティリングに収納したままにしているのも、いずれ何かマジックアイテムを作る時に使うかもしれないという思いや、ギルドに売らなくても金に困ってないからというのがある。

 なので、アニタからこうしてギルドに売って欲しいと言われれば、それを断るつもりはなかった。

 ……これで上から目線で売るようにと言われれば、レイもギルドに素材を売ろうとは思わなかっただろうが。

 そういう意味でも、アニタのレイに対する態度は間違っていなかった。

 もっとも、レイという存在を知っていれば上から目線で命令するといったことはまずないだろうが。

 だが、ガンダルシアのギルドはレイに対してリッチの一件を解決してくれたという恩や、何よりも冒険者育成校の教官をして貰っているという恩がある。

 実際にはギルドと冒険者育成校は正式な関係はないのだが、冒険者育成校で育てているのが冒険者、それもガンダルシアで活動する冒険者である以上、無関係だと言い張るような訳にもいかない。

 そんな訳で、レイに感謝こそすれ、命令出来る立場ではない。

 あるいは、レイをいいように使おうと考える小賢しい者がいれば、レイとの関係は悪化したかもしれないが、幸いなことにそのような者はいなかった。

 この辺はギルドの方でもきちんと考え、有害そうな者は排除してるのだろう。


「じゃあ、取りあえず今日倒したモンスターの素材とかを適当に出すけど、査定をしてくれるか?」

「あ、はい。分かりました……」


 こんなに簡単にいっていいの?

 そう思っていそうなアニタの様子を見つつ、レイはミスティリングから素材を取り出す。

 取り出したのは、今日倒した雪狼と単眼の猿の素材だ。

 勿論、何かあった時にその素材を使うかどうか分からないので、売る素材は半分程度だったが。

 ただし、半分程度であっても、素材の数は結構ある。


「うわ……どれも信じられないくらい綺麗に解体している……それに、この内臓とかが入っている容器はレイさんが用意したんですか?」


 アニタが特に気になったのは、内臓の類が入っている保管ケースだ。

 どれもまるでピッタリ合わせたように、内臓が保管ケースに入っている。

 合わせたようにではなく、実際にドワイトナイフで解体した時に合わせて作られたのだが。

 一瞬、どうするかと思ったが、これからもギルドに素材を売るのならドワイトナイフについて隠しておけるようなことではない。

 そして何より、今まで何人かの冒険者にドワイトナイフを見せている以上、そこから情報が広がってもおかしくはなかった。


「解体用のマジックアイテムがあってな。かなり高価なマジックアイテムだが、性能もそれに相応しいものがある。それこそ内臓が素材として使える場合は勝手にそういう保管ケースを作るとか」

「……そんなマジックアイテムが……ちなみに、一応、本当に一応、駄目元で聞くんですが、そのマジックアイテムをギルドに売るつもりは……」

「ないな」


 一瞬の躊躇もなく、レイは即座に返答する。


「ですよねー……」


 アニタも本当にレイがドワイトナイフを売るとは思っていなかったのだろう。

 本人も口にした通り、断られるのを前提として聞いたのだろう。

 もし何らかの理由で売ってくれればラッキー程度の気持ちで。

 だが、冒険者を続ける以上レイがドワイトナイフを売るつもりはない。

 今のところそんな予定は全くないのだが、もし何らかの理由で冒険者を辞める場合……そして二度と冒険者に戻るつもりがない場合であれば、ドワイトナイフを誰かに売る、あるいは譲るという可能性もあるかもしれないが。


「分かりました。残念ですけど仕方がありません。早速査定をさせて貰いますね」


 気分を切り替えた様子で、アニタは素材の査定に入る。

 ……そんなアニタの後ろ、アニタの上司と思しき中年の男は、アニタがすぐにドワイトナイフを諦めたことに何か言いたげな様子をしていた。

 ギルド職員として、ドワイトナイフがあればもの凄く便利なのだと、そう思ったのだろう。

 ガンダルシアの冒険者の中にも、パーティ全員解体が苦手といった者達や、あるいは非常に希少なモンスターを倒すことが出来たので、万全の状態で解体をしたいと思うような者達がモンスターの死体を持ち込むこともある。

 ダンジョンには転移水晶があるので、ある意味ではギルムのような場所よりも死体を運ぶ手間は少ないのが大きいだろう。

 勿論、ギルムと同じような解体屋もあるのでそちらに持ち込む者もいるのだが。

 とにかくそういう時、もしギルドにドワイトナイフがあったらどうなるか。

 解体がもの凄くスムーズに行われることを意味していた。

 ギルドにしてみれば、自分達で解体をすれば、その分ギルドが儲かることになる。

 解体費用を請求出来るし、場合によっては解体料金を希少な素材で支払うといったこともあるのだ。

 だからこそ、ギルドの利益の為にも可能な限り解体はギルドでやりたかった。

 そしてドワイトナイフはその時に必須となるマジックアイテムなのは間違いない。

 であれば、何としてもドワイトナイフを手に入れたい。

 そう思ったギルド職員だったが……


「っ!?」


 レイと目が合った瞬間、その考えを即座に否定する。

 もし自分の欲望――ギルドの為を思ってでもあるが――を優先したら不味いと、そう理解したのだろう。

 それは賢い選択だったのは間違いない。

 もしレイに何かちょっかいを出した場合、一体どうなっていたのか。

 それは今まで多くの愚者が経験してきたことなのだから。


「査定、終わりました。どの素材もこれ以上ない程に綺麗に剥ぎ取りされてますので……この値段となります」


 掲示された金額は、素材の売却益としてはかなりのものだった。

 それこそこのガンダルシアで活動している多くの冒険者なら、目を見開く程度には。

 ……普通の冒険者の場合、パーティを組んでいるので分配するのだが、ソロのレイはそんな事をする必要はない。

 そういう意味でも、金を稼ぐという意味でソロは非常に有利だった。

 もっとも、その有利さというのはあくまでもソロで行動出来るという実力があってこその話なのだが。

 言ってみれば、自分のリスクを金に換えているとみることも出来る。

 それはソロで活動している冒険者の数がどれだけ少ないのかを考えれば、非常に分かりやすいだろう。

 レイの場合はセトという非常に頼りになる相棒がいるのも大きいが。

 またレイは最初にアニタに言ったように金に困ってる訳ではない。

 今回の素材の買い取り金額は冒険者として見ても結構な金額なのは間違いなかったが、レイにしてみれば盗賊狩りをすればこれと同じかそれ以上に金額を稼ぐことも普通にある。

 その上で、金以外の物……盗賊の使っている武器であるとか、馬車であるとか、食料であるとか、そういう物も入手出来るのだから、盗賊狩りがいかに美味しいか分かるだろう。

 だからこそ、レイは半ば趣味で盗賊狩りを続けているのだが。

 とはいえ、こちらもまた相手は盗賊であり、そのような存在を敵に回す覚悟と実力が必要になる。

 そういう意味では、盗賊狩りを趣味とするのはレイだからこそではあるのだろう。

 ともあれ、レイはアニタが掲示した金額に納得し、それを素直に受け取るのだった。 

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