3812話
五人の冒険者達は、結局この状況で自分達がレイの役に立つとは思えなかったらしく、素直に立ち去った。
本来ならモンスターを解体するとなると、一匹だけでも相応の時間が掛かる。
勿論慣れている者ならそれなりに素早く出来るのだろうが、解体の技量が足りないような者が急ごうとすれば、間違いなく剥ぎ取る時に素材に傷を与える。
毛皮を破いたり、内臓に傷を付けたりといった具合に。
しかし、レイの持つドワイトナイフはそんなのは関係なく、一瞬にして解体を終える。
実際に二匹、三匹、四匹とドワイトナイフを使った解体を目の前で見せられてしまえば、自分達が解体を手伝うとは言えなかった。
あるいはこれで、素材として使えない部位がそのまま残っているのなら、その片付けを自分達がやるといったようなことも言えたのだろうが、ドワイトナイフはその辺りについても消滅させるといった方法で容易に片付けてくれる。
ドワイトナイフを使った解体をしている最中の見張りは……となっても、それにはセトがいる。
つまり、この五人がいても本当にやることがないのだ。
その状況でもこの場に残ると言えば、それこそ何か妙なことを考えているのではないか? と思われてもおかしくはない。
それを避ける為に、五人は大人しく立ち去ったのだ
実際に何か妙なことを企んでいる訳でもなかったので、下手にここに残ってレイに怪しまれるのは避けたいと思ったのだろう。
「さて……狼型のモンスターだったのに、牙が残らないのはちょっと意外だったな」
「グルゥ」
解体して残った素材や魔石を眺めつつ呟くレイに、セトが同意する。
今まで狼型のモンスターを倒した時は、絶対……とまではいかないものの、それなりの頻度で牙が素材として残っていた。
だからこそ、レイはそれに驚いた。
とはいえ、そういうものだと自分を納得させれば、特に気にならなかったが。
ともあれ、レイは素材を次々とミスティリングに収納していく。
(肉……狼の肉か。どうなんだろうな。十一階にいたモンスターの肉だし、不味いってことはないと思うけど)
それは半ばレイの願望に近いのは間違いなかったが、決して根拠のないものでもない。
十一階に棲息する以上、相応の強さを持ったモンスターなのは間違いないのだから。
……レイとセトにとって厄介なのは、その実力が高すぎるということだろう。
実力が高い……つまり強いからこそ、戦っても容易に勝利出来る。
本来なら、戦ったモンスターが強かったのでランクの高いモンスターだろうと認識するのだが、レイやセトの場合はこの階層にいるモンスター程度は容易に倒してしまえるので、その辺の感覚が分からない。
もっと深い階層まで行けば、レイやセトでも苦戦をする強力なモンスターがいるのかもしれないが。
それはレイやセトにとって、決して悪いことではない。
強力なモンスターということは、まず魔石に外れはないだろうし、強力だからこそ、その肉も美味いのは間違いないのだろうから。
「この肉については、ジャニスにでも料理して貰えばいいか。一匹辺りの肉はそう多くはないけど、数が多いしな。……とはいえ、今更の話だけど、この肉って一体どの部分なんだろうな」
肉と一口にいっても、種類は様々だ。
だが、ドワイトナイフで解体して出てくる肉は、一塊のブロック肉なのだ。
例えばこれが牛であれば、こうして肉の塊……恐らくは胴体なのだろうと思うが、その胴体の部位はあるだろうが、牛タン、ホホ肉、もも肉、すね肉……そんなブロック肉以外の肉の部位は、残念ながら残らないということを意味していた。
(となると、デフォの状態がこれな訳で……解体をする時、その辺の肉も残すようにと念じてドワイトナイフを使う必要があるのか)
ドワイトナイフの特徴の一つに、それを使った時に残したい部位を考えながら使えば、その部位が残るというのがある。
胴体以外の肉を残す場合、その機能を使う必要があるのだろう。
そうレイは納得し……
「雪狼の場合はそういうのを考えなくてもいいんだろうけど」
雪狼は雪の鎧を身に纏っているのもあって、外見だけなら普通の狼よりも少し大きい。
だが、その大きさの違いは誤差の範囲内だ。
そうなると、普通の狼と同じくらいの肉しかとれないことになる。
……牛タンならぬ、狼タンには少し興味がない訳でもなかったが。
ともあれ、レイは肉についての考えは取りあえず置いておき、今の状況で最優先にすべきもの……つまり、魔石だった。
「セト、周囲に誰かいるか?」
「グルルゥ? ……グルゥ!」
レイの言葉に周囲の様子を窺ったセトは、やがてその鋭い五感でも誰の姿をも見つけることは出来なかったらしく、問題ないよと喉を鳴らす。
それを確認したレイは、まずセトに向かって魔石を見せる。
「じゃあ、いつも通りセトからだな。準備はいいか?」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトはいつでもいいよと喉を鳴らす。
それを確認したレイは、セトに向かって魔石を放り投げ……セトはその魔石をクチバシで咥えて飲み込む。
【セトは『アイスアロー Lv.八』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
これについては、レイも特に驚いたり、あるいはがっかりしたりといったことはしない。
雪狼の身体から生えていた氷柱を思えば、納得するべき内容だった為だ。
「グルゥ!」
それはセトも同じで、自分のスキルがレベルアップしたことを喜んではいても、驚いたりしている様子はない。
「良かったな、セト。……とはいえ、水球やアイスブレス辺りのレベルが上がっても……いや、これでアイスアローはレベル八なんだし、そう考えれば寧ろアイスアローで良かったのか」
レベル十にはまだ達してないものの、毒の爪や光学迷彩のレベル九に続くレベル八だ。
ダンジョンの環境にもよるが、アイスアローももう少しでレベル十に達するのではないかと、そうレイは期待する。
「とにかく、ちょっと使ってみてくれないか? 今までの感じからすると、恐らくレベル八になったことでかなり本数が増えていると思うんだが」
そんなレイの言葉を聞き、セトは早速アイスアローを使う。
「グルルルルルゥ!」
生み出されたアイスアロー……氷の矢の数は、全部で百四十本。
レベル八となったことによって、その数はレイが予想した通りかなり増えていた。
「これはまた……これを食らったら、もの凄いダメージになりそうだな」
氷の矢は氷であるだけに、鋭く硬い。
そんな氷の矢が百四十本もあるのだ。
これらの氷の矢が一斉に放たれた場合、一体どれだけの破壊力を持つのか。
想像するのは難しくないだろう。
「グルゥ?」
氷の矢を放ってもいい?
そう喉を鳴らすセトに、レイは頷く。
「やってくれ」
「グルルゥ!」
レイの言葉を聞くや否や、氷の矢が一斉に放たれる。
その矢は離れた場所にあった雪の塊に命中し、次々に削り取っていく。
まるで機関銃で標的を集中攻撃した時のようなというのは、アニメや漫画で見た記憶からのレイの感想だ。
そうして全ての氷の矢が放たれると、そこには既に雪の塊は残っていなかった。
……正確には、半分程の氷の矢が放たれた時点で雪の塊は完全に消えていたのだが。
「グルゥ」
どう? とレイを見て殿を鳴らすセト。
どことなく得意げに見えるのは、セトにとっても今のアイスアローの威力は十分に納得出来るものがあったからだろう。
「凄いな、さすがセトだ」
そう言い、セトを撫でるレイ。
セトはそんなレイの行為を嬉しく思い、喉を鳴らす。
そのまま数分セトを撫でていたレイは、次は自分の番だと考えてセトから手を離す。
「グルゥ」
レイの様子から、これから何をするのかを理解したのだろう。
セトは頑張ってと喉を鳴らす。
レイはそんなセトの様子に笑みを浮かべつつ、少し離れる。
ミスティリングからデスサイズを取り出し、もう片方の手で魔石を放り投げ……
斬。
魔石はデスサイズの刃によって切断される。
【デスサイズは『氷鞭 Lv.三』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
「氷鞭か。……出来れば氷雪斬の方がよかったんだけどな」
現在の氷雪斬はレベル八。
どうせならその氷雪斬がレベル九になってほしかったのだが、残念ながらレベルアップしたのは氷鞭だった。
氷の鞭を生み出すという、名前そのままの氷鞭。
その氷鞭はまだあまり使ってはいないものの、使いこなせばかなり強力なスキルなのは間違いない。
そういう意味では、この氷鞭のレベルが上がったのはレイにとっても決して悪くなかったことなのだろう。
「グルルルゥ」
レイと同じアナウンスメッセージを聞いてるセトが、近付いて来て喉を鳴らす。
そこには喜んでもいいのかどうか、微妙な感情がある。
勿論、スカ……魔石を使ったにも関わらず、スキルの習得もレベルアップも起きなかった場合に比べれば、氷鞭のレベルがアップしたのだから、決して悪くはないだろう。
だが、レイが別のスキル……具体的には氷雪斬のレベルアップを期待していたことはセトにも理解出来たのだから。
だが、レイはそんなセトの様子に笑みを浮かべる。
「氷鞭のレベルアップは、決して悪くない。……いや、寧ろ相手の意表を突くという点ではかなり悪くないスキルだ」
それはレイの強がり……という訳でもない。
いや、実際には若干の強がりが入っているのを本人も認めているだろうが、同時に真実でもあった。
普通に考えて、デスサイズを使った戦闘をしている中でいきなり石突きから氷の鞭が伸びると想像する者はどれだけいるか。
……もっとも、それでも対応出来る者は対応出来るだろうが、相手の意表を突けるという点では決して悪くないスキルなのは間違いなかった。
「まずはレベル三になってどのくらい強化されたか試してみるか。……もっとも、レベル二の時の感じからすると、何となく予想は出来るけど」
そう言いつつ、レイは一応セトから離れ……
「氷鞭」
レベルアップしたばかりのスキルを発動する。
するとデスサイズの石突きに三m程の氷の鞭が生み出された。
レベル二の時が二mだったのを考えると、一m程延びている。
(となると、レベル四で四mか。……レベル五になったらどうなるんだろうな。まさか、一気に十mとかになったりしないだろうな?)
レイは鞭についてはそこまで使い慣れていない。
二mや三mならある程度使えるかもしれないが、レベル四になった時に四mになったりした場合、使うのが少し難しくなってくるだろう。
ましてや、スキルが一気に強化されるレベル五になった時、もし氷鞭の長さが十mといったことになったら……とてもではないが使いこなせるとは思えなかった。
(いや、でもせっかくスキルが強化されるんだ。そうである以上、それを使いこなさないというのは色々と問題だろう)
そうなったら折角の魔獣術も意味がない以上、氷鞭をきちんと使いこなせるようにしておこう。
そう判断したレイは、取りあえずレベル五に達した時のことは今は考えないようにして、セトに声を掛ける。
「セト、じゃあそろそろ行くか。この調子でもっと別の戦ったことがないモンスターが出るといいけどな。もしくは、白い鳥と白い狐がもう一匹ずつとか」
そう言うレイに、セトは同意するように喉を鳴らす。
以前この階層でレイとセトが倒した白い鳥と白い狐は、まだどちらも一匹ずつしか倒していない。
そうである以上、出来ればもう一匹ずつ倒したいとレイが思うのは、そうおかしな話ではない。
……もっとも、そうレイ達にとって都合よく事態が動くかどうかは、また別の話だったが。
それを示すように、結局それからは特にモンスターと遭遇することなく、レイとセトは十二階に続く階段の前まで到着する。
「グルゥ?」
階段の前で、セトはレイにどうするの? と喉を鳴らす。
もう少しこの氷の階層でモンスターを探すか、もしくは十二階に下りるか。
そんなセトの言葉に、レイは少し考え……
「下に行こう」
十二階に下りることを決める。
本音を言えば、もう少しこの階層でモンスターを探しても構わないとは思っている。
だが、何となく今までの経験から、もしこのままモンスターを探していても見つけるのは難しいのでは? と思ってしまうのだ。
何らかの確信がある訳ではない。
ただ、何となくそのように思うだけなのだが……冒険者として、自分の勘というのは決して蔑ろにしてはいけないものだ。
それこそ、勘によって九死に一生を得た者というのは数え切れないし、レイもまた自分の勘に従ったことで窮地を脱したこともあるのだから。
……今の勘はモンスターと遭遇出来そうにないという、そこまで大袈裟なものではなかったが、とにかくレイは十二階に向かうのだった。