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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3811/3865

3811話

「セト、行くぞ」

「グルゥ」


 聞こえてきた悲鳴に短くレイが言うと、セトもそれに同意するように喉を鳴らす。

 ……もっとも、レイは別に人助けをしたいから悲鳴の主を助けようと思っている訳ではない。

 そもそも冒険者というのは、あくまでも自己責任なのだから。

 幸運であれば、ピンチの時に助けて貰えるかもしれない。

 だが、不運であれば悲鳴を上げた者を見殺しにして、その所有物を自分の物にしようと考える者がいてもおかしくはないのだから。

 そういう意味では、今回レイとセトがいたのは悲鳴を上げた者にとって幸運だったのだろう。

 ただし、レイはお人好しだから悲鳴を上げた者を助けに行くのではなく、あくまでも悲鳴を上げたということは、つまり何らかのモンスターに遭遇している可能性が高いということで、未知のモンスターを求めての行動だったが。

 レイはセトの背に跨がりながら、未知のモンスターであることを祈る。

 ……他の可能性としては、モンスターではなく宝箱の罠に引っかかった、あるいは以前レイが遭遇したような冒険者狩りに襲われているといった可能性もあるが……そうなったらそうなったで、レイにとっても決して悪い話ではない。

 宝箱の罠に引っかかっての悲鳴であれば、それを助ければ宝箱の所有権は主張出来るし、宝箱の中身がマジックアイテムであれば悪くない。

 冒険者狩りであれば、その相手を倒せば、冒険者狩りが持っている金や道具を自分の物に出来る。

 そういう意味では、やはりここで悲鳴の聞こえた方に向かわないという選択肢はレイにはない。

 そんなレイの考えは当然ながらセトも理解しており、悲鳴の聞こえた方に向かって走り出す。

 氷の階層ではあったが、セトの走る速度は速い。

 勿論、普通の場所……凍っていない地面を走るのに比べると速度は落ちているものの、それでも普通の冒険者が走るのに比べると圧倒的なまでの速度があった。

 そうして走り続けるセトだったが、数分と掛からず悲鳴の主を発見する。

 五人のパーティが、周辺を雪で出来た狼……それもただの狼ではなく、背中から何本もの氷柱を生やしている狼に囲まれているのだ。


「ちょっと予想外だが……はぁっ!」


 まずは敵の注意を自分達に引き付ける必要がある。

 そう判断したレイは、セトの背の上で揺れたままミスティリングから黄昏の槍を取り出すと魔力を込めて投擲する。

 自分の足で立っている状態ではないので、投擲された黄昏の槍の速度は万全の状態の投擲と比べると劣る。

 しかしそれは、あくまでも万全の状態と比べての話であって、この十一階にいる敵を倒すには十分な威力を持っていた。

 投擲された黄昏の槍は、この階層に充満している冷気や漂っている氷の欠片、あるいは微かに降っている雪を貫きながら真っ直ぐに飛び……


「ギャンッ!」


 雪狼の一匹を貫き、一撃で絶命させる。


(雪で身体が出来てると思ったけど、違うのか)


 黄昏の槍に貫かれた雪狼の身体からは、血が流れている。

 それが雪で身体が出来ているのではなく、しっかりとした生身の生き物であることをレイに教えていた。


「セト!」

「グルルルルルルゥ!」


 レイの声に反応し、セトが雄叫びを上げてウィンドアローを発動する。

 同時に走るセトの後ろに風の矢が五十本現れ、一斉に放たれた。

 セトが使うアロー系のスキルは色々とあるが、その中でもウィンドアローは風の矢だけあって速度では他のアロー系のスキルを上回る。

 また、アイスアローやアースアローと違い、風で出来た矢だけに視認性も非常に低い。

 ……その分だけ、質量がないので純粋な一撃の威力という点では他のアロー系に劣るのだが、こういう時に使うには最適のスキルでもあった。

 そうして飛んでいった五十本の矢が、囲まれている冒険者達には命中することなく、囲んでいた雪狼を攻撃する。

 雪狼の中には身体から生えている氷柱で反撃しようとした個体もいたが、一本や二本ならともかく、五十本の風の矢だ。

 雪の鎧とでも呼ぶべき、生身の身体の上を覆っている鎧に突き刺さり、あるいは斬り裂く。

 突然の奇襲ではあったが、雪狼に囲まれていた五人の冒険者は即座に風の矢の飛んできた方……レイやセトのいる方に向かって走り始める。

 それでいながら、五人のうちの何人かの顔が引き攣ったのは、自分達のいる方に向かってセトが突っ込んで来たのを見たからだろう。

 この五人もレイの存在については知っていたものの、それを知っていてもやはりこの切羽詰まった状況……雪狼に囲まれた状態から脱出したと思ったら、今度はグリフォンが突っ込んで来たのだから、驚くなという方が無理だろう。

 とはいえ、それでもそのセトの背の上にレイがいるのを見れば、混乱した者達もすぐに我に返ったのは、この階層までくるだけの実力を持つ冒険者ということなのだろう。


「そのまま逃げろ!」


 レイは自分とセトの方に向かってくる五人の冒険者に向かって叫び、投擲した黄昏の槍を手元に戻し、デスサイズを振るう。


「飛針!」


 スキルによって生み出された長針は、混乱している雪狼の群れに降り注ぐ。

 雪狼達にしてみれば、五人の冒険者という獲物を仕留めようとしたところで、いきなり黄昏の槍が飛んできたり、風の矢が大量に飛んできたりしたのだ。

 完全に予想外の展開だったのは間違いないだろう。

 このまま逃げ出した獲物を追うか、乱入者を迎撃するか、それとも逃げ出すか。

 本来ならその辺りの判断は群れを率いるリーダーが行うのだろうが……生憎と、そのリーダーの雪狼はセトの放ったウィンドアローによって首を斬り裂かれて死んでしまっている。

 あるいは、リーダーの雪狼が他の雪狼の上位種か希少種であれば、もしかしたら風の矢に耐えられたかもしれない。

 もしくは、回避して即座に反応をした可能性も否定は出来ない。

 だが……残念ながら、この群れを率いるリーダーの雪狼は、あくまでも普通の雪狼でしかなかった。

 他の雪狼よりも頭は良く、身体も多少は大きかったが……それだけだ。

 セトの放ったウィンドアローを回避出来たり、耐えたりといったことはまず不可能だった。

 そうしてリーダーを失ってしまえば、雪狼の群れはどう動くべきなのか分からず、混乱している。

 

「グルルルルゥ!」


 レイの飛針に続き、セトも走りながらスキルを発動する。

 発動したのは、王の威圧。

 セトの発した雄叫びによって、まだ生き残っていた雪狼のほぼ全ては動けなくなる。

 何匹かの雪狼は王の威圧の抵抗に成功したが、それでもその動きは狼という姿からは想像が出来ない程に遅くなっていた。

 これが、セトのスキルの王の威圧の恐ろしいところだった。

 抵抗が出来なければ、動けなくなる。

 そして抵抗に成功しても、その影響で動きそのものはかなり鈍くなる。

 敵を……レイやセトといった敵を前にして動きが鈍くなるというのが、一体どれだけ絶望的なことなのかは考えるまでもない。

 逃げるに逃げられず、ただ自分が殺されるのを待つしかないのだ。

 そんな絶望が雪狼の群れにもたらされ……やがて、雪狼の群れはレイとセトによって全滅するのだった。






「あの……」


 雪狼の群れが全滅し、ドワイトナイフで死体の解体を行おうとしていたところで、先程レイに助けられた五人の冒険者達が戻ってくる。

 レイとセトに声を掛けるその様子は、まさに恐る恐るといった表現が相応しい。

 レイは気にしていなかった……いや、獲物を横から奪われたといったようなことを言われなかったので寧ろラッキーとすら思っていたが、この五人にしてみれば自分達では手に負えないようなモンスターをレイに押し付けたようなものだ。

 セトがいたことから、レイが誰なのかは分かっていただろうが、それでもモンスターを半ば押し付けた状態なのは間違いない。

 その為、恐る恐るといった様子でレイに声を掛けてきたのだろう。

 もしかしたら、助けたお礼として金を払えとか、場合によってはもっと酷いことをされるかもしれない。

 そんな思いと共に声を掛けてきた五人の冒険者達だったが……


「さっきの連中か。戻ってきたのか?」


 レイのそんな言葉に、五人のパーティのリーダーなのだろう男は頷く。


「あ、はい。その……さすがにあの状況でそのまま逃げるなんてことは出来ないので」

「随分と律儀だな」


 男の言葉に、レイは少しだけ驚く。

 冒険者というのは無法者も多く、それこそ自分が危ないところを助けて貰っても、そのモンスターをなすりつけることが出来たからラッキー……といったように考える者もいる。

 勿論そのような者だけではないのだが、それでもそのような者がいるのも事実。

 そんな中で、こうしてわざわざ様子を見に戻ってきたのはレイにとっては意外だった。


(あるいは、俺だったからか?)


 レイは自分がこのガンダルシアにおいて非常に有名なのを理解している。

 元々が異名持ちのランクA冒険者ということで有名だったのだが、十階で起きたリッチの件についてもレイが解決したというのは、ギルドが大々的に公表した。

 それはもうダンジョンの異変が解決し……特に転移水晶についても普通に使えるというのを強調したかったのだろうが、その説得力を強める為にレイの名前を使った為だ。

 その為、以前にも増してレイの名前というのは多くの者に知られていた。

 だからこそこのパーティも雪狼をレイ達になすりつけるようなことになったのを気にして、こうして戻ってきたと考えれば分かりやすかった。

 単純に、パーティの面々がお人好しだったという可能性も否定は出来なかったが。


「あの……それで……」

「ん? ああ、気にするな。俺達にとってもこの雪狼は初めて戦うモンスターだったから、興味深い相手だったんだ」

「いえ、ですけど……命を救って貰ったんですから……」

「そうだな。なら、今度街中で会うことがあったら、何か奢ってくれ。勿論俺だけじゃなくてセトもな。この階層まで来るくらいなんだ。金に余裕はあるんだろう?」


 単純にその日の生きる糧だけを求めてダンジョンに潜るのなら、この階層のような深い場所まで潜る必要はない。

 それでもこうしてこの階層まで来ているということは、それなりに資金的に余裕があるのだろうというのが、レイの予想だった。

 実際にそれが正しいのかどうかはレイにも分からない。

 もし資金的に厳しいと言われれば、そういうものかとレイもそれ以上は何も言わなかっただろう。

 レイとしては断られたのならそれはそれといったように今の提案を口にしたのだが……


「分かりました。今度街中であったら奢らせて貰います」


 パーティリーダーの男は、レイに向かってそう断言する。

 それを見たレイは、そこまで真剣にならなくても……そうも思ったのだが、奢って貰うのは別にレイにとって悪いことでもない。

 金に余裕があるのなら食堂かどこかで奢って貰えばいいし、この階層まで来てるにも関わらず金に余裕がないのなら、屋台で串焼きの一本でも奢って貰えばそれでいい。

 レイにとっては、その程度の話でしかなかったのだから。


「そうか。じゃあ、もう用事はないだろう? 俺達はこのモンスターの解体をしないといけないから……」

「あ、じゃあ、それも手伝います。こう見えて解体は得意なんですよ。なぁ、皆」


 パーティリーダーの男の言葉に、他の仲間はそれぞれ頷いたり、微妙な表情を浮かべたりする。

 その様子からすると、気の進まない者も何人かいるのだろう。

 相手が親切心――他にもレイの機嫌を損ねないようにといった思いもあるのだろうが――から言ってるのはレイにも分かる。

 そして雪狼の数を考えると、それこそ普通の冒険者なら魔石と討伐証明部位を剥ぎ取るだけでそれなりに手間なのも。

 この五人のパーティには大きなリュックを背負ったポーターがいるので、そのポーターが解体を得意としているのかもしれないが……


「いや、気にしなくてもいい……と言っても納得は出来ないか。なら、実際に見せた方が手っ取り早いな」


 そう言い、レイはデスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納すると、代わりにドワイトナイフを取り出す。

 レイの言葉から、これから解体をしようとしてるのは理解出来ていた五人は、レイの手にあるドワイトナイフを解体用のナイフとでも勘違いしたのか、特に驚いた様子はない。

 ……寧ろ、レイがミスティリングを使うのを実際に自分達の目で見た方に驚いていた。

 そんな五人に向かい、レイはドワイトナイフに魔力を流し……雪狼の身体に突き刺す。

 すると周囲に眩い光が放たれ……そして光が収まった時、そこには肉の塊と魔石、保管ケースに入っている内臓の一部、毛皮……といったように解体された状態で地面に置かれていたのだった。

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