3810話
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また、カクヨムサポーターズパスポートにでサポートをしてくれた方には毎週日曜日にサポーター限定の番外編を公開中です。
「そこまで!」
レイが模擬戦の終了を宣言する。
そんなレイの視線の先では、イステルが地面に倒れ、アーヴァインは立っている。
それこそが、残酷なまでにお互いの立場をはっきりとさせていた。
(試合の展開そのものは悪くなかったんだけどな)
選抜試験で行われたトーナメントにおいて行われた、一組の代表のアーヴァインと二組の代表のイステルの試合。
決勝戦に相応しい高度な技の応酬。
ただ、やはりレイの目から見てイステルのレイピアという武器は、冒険者向きではないと思う。
あるいはそのレイピアがただのレイピアではなく魔剣の類であるのなら、もう少し話は変わっていたかもしれない。
だが、生憎とイステルが使っているレイピアは普通のレイピアで、何よりもこれは模擬戦である以上、使われているのは模擬戦用に刃を潰した武器だ。
その為、アーヴァインを相手にイステルはその持ち前の速度を活かして何とか勝負しようとしたのだが、技量、力、速度……全ての面でアーヴァインに上をいかれてしまった。
イステルが万全の状態であれば、速度でならアーヴァインに勝っていただろう。
だが、イステルが準決勝で当たった相手はザイードだ。
そのザイードとの戦いによってイステルの体力はかなり消耗してしまっていた。
一応フランシスが決勝前に少しだけ休憩を許可したのだが、残念ながらその短い休憩ではイステルがザイードとの戦いで消耗した体力は回復出来ず……結果として、とてもではないが万全ではない状態で戦いになり、その結果が現在レイの目の前に広がっている。
(イステルの課題は、体力だな。この冒険者育成校の学生としては問題ないんだろうが、今よりも上に行くのならこの体力は欠点だ。それに比べると、アーヴァインは今のところ欠点らしい欠点はない、か)
勿論、ランクDやCといった冒険者と戦えば、アーヴァインも負けるだろう。
しかし、それでも今の時点で一線級とはいかないまでも、それに次ぐ……あるいは更にそれを追う者程度の実力があるのは間違いない。
(ザイードもそうだけど、こいつらがギルムに行くことによって、大きな成長に繋がればいいんだけどな)
そんな風に思いながら、レイは選抜戦の終了を宣言するのだった。
「では、今日は解散とします。選抜試験の結果については、数日中に合格者に知らせるので、そのつもりで」
トーナメントが終わると、フランシスがそう言って解散を宣言する。
レイは空を見上げ、ミスティリングから懐中時計を取り出して時間を確認する。
午後二時少し前といった時間で、大体レイが予想していたのと同じくらいの時間だった。
「どうしたの、レイ?」
懐中時計を見て時間を確認しているレイに、フランシスがそう尋ねてくる。
そのフランシスの側にはセトがいた……いや、より正確にはセトがレイのいる場所に向かったので、そのセトと一緒にいたフランシスもレイの側までやってきたのだろう。
冒険者育成校には他にも何人かセト好きがいるのだが、今セトの側にいるのはフランシスだけだ。
イステルもかなりのセト好きなのだが……そう思いながら周囲の様子を確認すると、イステルは悔しそうにしながらも訓練場から出ていくところだった。
アーヴァインに負けたのが悔しかったのか、それとも体力が万全で挑めなかったのが悔しかったのか。
とにかく、今はセトを愛でるような余裕はないらしい。
「いや、今日はこれからどうしようかと思ってな。まだ時間に余裕があるから、ダンジョンに行くか、それとも何か別のことをするか」
ダンジョンと聞き、セトが反応する。
もっともダンジョンに行くとはいえ、十五階にある転移水晶に登録するといった時間がないのは間違いなかったが。
やれるとすれば、十二階の岩の階層で岩をある程度収納して、それでダンジョンに何か異変が起きないかどうかを試してみるのと、十三階の様子を少し見てみる程度だろう。
後は、レイとセトにとってはこれが一番重要なのだろうが、十一階と十二階の未知のモンスターを探すといった感じか。
「出来ればレイには選抜試験の結果……準決勝に残った四人以外に何人か選ぶのに意見を聞きたかったんだけど」
「俺がか?」
「そうよ。何しろギルムに行く人員だもの。ギルムに一番詳しいレイの意見が必要なのは……あら?」
必要なのは当然でしょう。
そう言おうとしたフランシスが言葉を止める。
そんなフランシスの視線を追ったレイが見たのは、自分達に近付いてくるセグリットの姿だった。
(あ、これはもしかして……)
困ったような、申し訳なさそうな様子のセグリットを見たレイは、何となくその理由を察する。
「その、レイ教官、学園長。すいませんけど、ギルム行きの件を辞退します」
そう、口に出す。
フランシスはセグリットの言葉に驚いた様子を見せるが、レイは予想通りの内容だった為に驚きはない。
いや、勿論全く驚いていないという訳ではないのだが。
予想はしていたものの、それでもまさか本当にセグリットがそのように動くとは思わなかったのだ。
「理由を聞かせて貰える? 君も分かってると思うけど、今日の選抜試験は皆が真剣に頑張ったのよ。なのに、合格した後で辞退をするというのは、他の人に申し訳ないとは思わないの? そもそも、辞退をするのなら何故選抜試験に参加したのかしら?」
フランシスのその言葉に、セグリットは申し訳なさそうに口を開く。
「その、俺は三人の仲間とパーティを組んでいるんですけど、その三人が誰もギルムに行けないことになりました。自分で言うのも何ですけど、俺のパーティは主力が俺です。なので、俺がいない状態になると、パーティとして活動するのが難しいんです。それに……」
「女が三人というのが問題か」
レイがセグリットの言葉を続けるように言うと、セグリットは頷く。
冒険者は全体で見た場合どうしても女よりも男の方が多い。
それは九割が男だとか、極端なまでの差ではない。
だが、それでも女だけのパーティとなれば、色々と面倒なのも事実だ。
単純に口説こうとする者や、いいように利用しようという者。場合によっては騙して奴隷として売り払おうという者すらいてもおかしくはない。
セグリットがどの辺まで理解して心配しているかはレイにも分からなかったが、それでも女だけだと危険なのは間違いないのだ。
セグリットがそれを心配しているのは、レイにも十分に分かった。
「どうする? もしどうしてもセグリットをギルムに行かせるとなると、それこそセグリットの仲間三人を組み込むしかないけど」
「さすがにそれは無理よ。レイの推薦も一人が精々だし、その一人もハルエスというポーターでしょう?」
「そうなるな」
「だとすれば、やっぱり無理ね。他の生徒達が納得しないわ。……せめて、準々決勝まで残ってれば考える余地はあったんだけど、違うんでしょう?」
確認を込めて尋ねるフランシスに、セグリットは頷く。
準々準決勝、あるいはその一つ前まで残った生徒の中には、イステル以外にも何人か女はいた。
だが、その女達の中にはレイの知っているセグリットの仲間の姿がなかったのも事実だ。
レイが知らない間にセグリットのパーティメンバーが入れ替わっていないのであれば、セグリットの仲間が準々決勝まで残っていないのは間違いなかった。
「でも、辞退をすると決めていたのなら、途中で棄権をすればよかったじゃない。何で準決勝まで戦ったの?」
「それは……やっぱりその、自分がどこまでやれるか試してみたかったというか……」
セグリットにしてみれば、今の自分の実力がどこまでアーヴァインに……冒険者育成校で最強の生徒に通用するのか、試してみたかったのだろう。
レイはその気持ちが十分に分かったし、フランシスも冒険者育成校の学園長として……そして元冒険者として、セグリットの気持ちは十分に理解出来た。
とはいえ、レイはともかくフランシスの立場としてはセグリットの言葉を素直に受け入れるのもまた難しい。
最終的に、フランシスはセグリットの辞退について認めるものの、説教が行われることになるのだった。
「さて、じゃあセト。俺達もそろそろ帰るか。いや、ダンジョンに行く予定だったな」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
フランシスの説教はまだ続いており、セグリットからは助けを求める視線が向けられていたりもするのだが、レイはそれをスルーした。
ここで自分が説教に介入することがあれば、それこそ自分もまた説教に巻き込まれるだろうと予想出来たからだ。
レイにしてみれば、セグリットを庇って説教に巻き込まれるのはごめんだった。
選抜メンバーを辞退するというのは、セグリットが自分で決めたのだ。
それもトーナメントではアーヴァインのような強者と戦ってみたいという思いから棄権もせずに。
そうである以上、フランシスの説教を受けるのは自業自得だった。
……もっとも、もしセグリットが途中で棄権をしていれば、アーヴァインは体力がもっと万全の状態のままで体力が完全に回復していないイステルと戦うことになり、先程行われた戦いよりも更にアーヴァインが有利な戦いになっていただろうが。
そういう意味では、セグリットがトーナメントの途中で棄権をしなかったのは決勝戦を成立させる上で、重要な意味を持っていたということを意味している。
……だからといって、レイはセグリットを庇うつもりはなかったが。
レイはセトと共に訓練場を出て、ダンジョンに向かう。
その途中で何人か悔しそうにしている生徒達の姿を見る。
それはトーナメントで負けた者達か、あるいはトーナメントにも届かなかった……書類選考や筆記試験で落ちた者達か。
それはレイにも分からなかったが、ここでの悔しさは次に繋がる悔しさなのも事実。
例えば、冒険者として活動している中で自分のミスによって仲間を殺してしまった……そんな悔しさと比べると、この悔しさは取り返しのつく悔しさなのだ。
もっとも、それで納得出来るかと言われれば微妙なところではあるが。
(頑張って強くなれよ)
そんな風に思いながら、レイはダンジョンに向かうのだった。
「さて、十一階に到着したし……出来れば、未知のモンスターと遭遇したいところなんだけどな」
レイは氷の階層となる十一階を見ながら、そんな風に呟く。
なお、そんなレイの横ではセトもまた嬉しそうに喉を鳴らしている。
転移水晶で十階に転移して、悪臭用のマジックアイテムを使って即座にこの十一階までやってきたのが嬉しかったのだろう。
正確には、少しでも十階にいる時間が短くなったのが嬉しかったのだろうが。
レイはそんなセトを撫でつつ、どうするのかを考える。
あまりダンジョンに潜れる時間がないのにこうしてダンジョンにいるのは、十二階にある岩の収納を試してみようと思ってのことだ。
だが、十三階、十四階と攻略して十五階にある転移水晶に登録をするのには時間が足りない。
そもそもレイが持っているのはあくまでも十三階までの地図であって、その十三階の地図もこの地図の貰った時はまだ十三階を攻略途中だったということもあって、その地図は中途半端な代物だ。
そうである以上、やはり十五階まで到着するには相応の時間が掛かると思った方がよく、既に午後二時すぎになってからダンジョンに挑んで攻略をするのは避けるべきだった。
かといって、岩を収納するのだけとなると容易に終わってしまう。
勿論、いつまでもダンジョンにいなければならない訳ではないので、岩を収納したらそのままダンジョンから出てもいい。
だが、レイにしてみれば折角こうしてダンジョンに来たのだから、もう少し何かしたいという思いがあった。
そうなると、やはり真っ先にやるべきと考えるのは、未知のモンスターの魔石だろう。
セトもそんなレイの意見に異論はなく……寧ろ、喜んでレイの言葉に同意する。
そんな訳で、空を飛んで一気に移動するのではなく、未知のモンスターとの遭遇を期待しながら歩いて移動を始めた。
「セトはどういうモンスターと遭遇したい?」
「グルルゥ? ……グルゥ」
レイの言葉に、セトはまだ遭遇したことがないようなモンスターと喉を鳴らすが、レイはそんなセトの様子に笑みを浮かべながら口を開く。
「セトが何を言いたいのかは分かるけど、今はそういうのじゃなくて……うん?」
レイはセトにどういうモンスターと戦いたいのかといったことを改めて聞こうとしたところで、不意にセトが顔を動かしたのを見る。
そしてどこからともなく、悲鳴が聞こえてくるのを聞き取るのだった。