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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
381/3865

0381話

「これがダンジョンカード、か」


 部屋の中でソファに座ったレイが、ギルドで登録したダンジョンカードを取り出して眺める。

 そんな様子を見て、向かいのソファへと座ったエレーナが頷きながら自分のカードを取り出す。

 ギルドでダンジョンカードの登録をし、売られていたダンジョンの地図を購入してから宿の部屋へと戻ると、そこには当然とでも言うような表情でエレーナもついてきた。

 レイにも別に何か文句を言うつもりもないので、こうしてレイの部屋で2人ソファへと座りながら向かい合っている。

 尚、ツーファルに関してはあくまでも御者として振る舞うつもりらしく、エレーナがこうしてレイの部屋に2人きりでいても特に何を言うでも無くウォーホースの世話を含めて御者としての仕事に専念していた。イエロもセトと共に厩舎で遊んだり昼寝をしたりしているのでこの部屋には完全に2人きりである。

 それでも話が艶っぽい方向へと進まずにダンジョンの話をする辺り、レイにしてもエレーナにしても色恋沙汰に慣れていない証なのだろう。


「古代に生きた錬金術師が作り出したマジックアイテムらしい。エグジルへと来る前に話で聞いてはいたが……実際にこうも便利だと、ちょっと違和感があるな」

「確かに。何しろ、このカードがあればダンジョンの何階まで潜ったのかを自動的に記録してくれたり、更には転移魔法を付与された装置を使って、次からはその階まで移動出来るっていうんだからな」


 エレーナに言葉を返しつつ、どれだけオーバーテクノロジーなんだよ、と内心で呟きながらダンジョンカードへと視線を向ける。


「こうして見る限りだと、ギルドカードと大きさも薄さも殆ど代わらないのにな」


 ダンジョンカードに表記されているのは、持ち主の名前と何階まで降りたか。そして特記事項の3つだけだ。

 このうち、特記事項に関しては例えばレイの場合はランクだったり、あるいはエレーナが公爵家の者であったりといった内容が書かれているが、その3つしかカードには表記されていないシンプルなものである。

 だというのに、そのダンジョンカードが果たす役割というのはその辺のマジックアイテムよりも余程高度なものなのだ。


(特にダンジョンでしか使えないとは言っても、転移魔法を自由に使えるというのは便利極まりない。これを解析すれば凄い利益になるんじゃないのか?)


 内心でそんな風に思ったレイだったが、エグジルのダンジョンに設置されている転移用のマジックアイテムを解析しようとした者はこれまでにも大勢いた。だがその殆どが解析に失敗し、今では手を出す者が殆どいなかった。

 たまに物好きな学者や錬金術師、あるいは魔法使いが解析を希望してやって来るが、成果を上げられた者は皆無と言ってもいい。


「そもそも、このマジックアイテムを作ったのが誰なのかも正確には判明していないからな。……レイの知識でも分からないか?」


 エレーナの言葉に、黙って首を横に振る。

 レイの知識にある錬金術師と言えばゼパイル一門のエスタ・ノールだけだが、その当時から既にエグジルにあるような転移用のマジックアイテムは数が少ないながらも存在していたのだから。


(恐らく古代魔法文明の云々って奴なんだろうな)


 内心で呟くレイ。

 実際、時折遺跡からは今では作ることも出来ない程に高性能なマジックアイテムが発見される時もある。

 具体的に言えば、レイとエレーナが今回のエグジルにあるダンジョンで欲している通話用のマジックアイテムもその1つなのだから。


「とにかく、1度降りた階層には好きに転移出来るというのはありがたい。このダンジョンは相当の深さを持っていて、未だにダンジョンの核が破壊されていないというのだから、今もまだ地下に拡大している。それを思えば、毎回ダンジョンに入り直す度に1階から降りなくてもいいというのは助かるな」


 エレーナの言葉にレイもまた頷く。


「1階とかは冒険者になったばかりの奴とかでもそれ程危険は無いって話だし、確かにその点は非常に助かる。雑魚ばかりを倒して移動するだけでも時間が掛かるしな。けど、そんな転移機能があるならダンジョンの攻略がもっと進んでてもいいんじゃないか?」

「普通の冒険者は安全に行動出来る余裕を十分にとって、自分で対応出来る階層で稼ぐ……という者が多いらしい。勿論真剣にダンジョンを攻略しようとしている冒険者もいると聞いてはいるが、そちらはかなり少数派らしいな」

「転移機能とかがあってもか?」

「命と名誉や金では前者を選ぶ者の方が多いということだろう。もっとも、それが普通と言えば普通なのだろうが」


 言外に自分達が普通ではないと告げるエレーナだったが、レイとしてもそれに言い返すことは出来ない。何しろ自分はそもそも一種の人工生物だし、エレーナにしても継承の儀式でエンシェントドラゴンの魔石をその身に取り込んでいる人外に近いのだから。

 これでもし2人が自分達は普通だと言い張ろうものなら、色々なところから異議ありと言われるのは間違いないだろう。


「今回ダンジョンに潜る目的は、通信用のマジックアイテムを手にいれる為だ。それを入手出来るまではここを離れるつもりはないぞ。……もっとも、さすがに冬になる頃には1度戻らないといけないだろうが」

「俺としては、その他にもモンスターの魔石だな。デスサイズとセトの成長の為にも是非欲しい。それと、ダンジョンで入手出来るマジックアイテムの類は実用品も多いって話だから、通信用のマジックアイテムを含めてそっちも希望だな。……そう言えば、エレーナは倒したモンスターの素材とかはいらないのか?」


 ふと気が付いたようにエレーナへと尋ねるレイ。

 だが、エレーナは全く問題が無いとばかりに首を振る。


「元々私が欲しいのは、前から言ってるように通信用のマジックアイテムだ。将軍として働いている以上相応の収入もあるし、それ以外の物は……いや、そうだな。ならばレイがその素材を売った資金で何か私にプレゼントしてくれるというのはどうだ?」

「……プレゼント?」

「うむ。その、何だ。こうして2人……」


 そこまで口にし、ツーファルの事を思い出して思わず言葉を詰まらせるが、すぐに続きを口にする。


「とにかく、レイと共にエグジルまでやってきたんだ。その記念品と思えば、それ程悪くないだろう?」

「まぁ、エレーナがそれで納得するなら構わないけど……ああ、いや、そうだな。ならダンジョンで稼いだ金でこの宿屋の料金を支払うってのはどうだ? 完全にエレーナに頼り切りだと、色々と俺にしても気まずいしな。ダンジョンで稼いだ金で宿泊代金を払うのなら、エレーナの面子を潰すことにはならないんじゃないか? それこそ、男の甲斐性を見せる的な感じで」

「そう簡単な話でもないが……だが、そうだな。レイがどうしてもというのなら、それでもいいかもしれないな」


 エレーナの言葉に、安堵の息を吐くレイ。

 レイにしてもエレーナに頼り切りの、いわゆるヒモの状態は遠慮したいと思っていたのだ。


「さて、それぞれの目標が決まったところで……そろそろ俺達がダンジョンに潜る上で最大の欠点について話そうか」

「そうだな。確かに私とレイだけでダンジョンに潜るのは、色々と自殺行為に等しいものがある。即ち……」

『盗賊』


 レイとエレーナの声が、ピタリと重なる。

 そう、ダンジョンに挑む上で盗賊は必須といってもいい。小さいながらも、継承の祭壇があったダンジョンに潜った時に、それは2人共が骨身に染みていた。

 だが既にヴェルは存在しない。ミレアーナ王国にいないだけではなく、そもそもこの世にすら存在していない。ベスティア帝国との戦争で魔獣兵として死んだのだから。

 一応5階までの地図は購入してきたが、地図が売られているような階層ではレイやエレーナが欲する稀少なマジックアイテムが入手出来ることはまず無いと言ってもいい。そのような稀少であり高価な品は、まだ探索されつくしていない場所にこそあるのだから。


「本来であればギルド辺りでソロの盗賊を雇うつもりだったのだがな。それも今日の騒動で難しくなった」


 溜息を吐きながら呟くエレーナに、レイもまた同様だと苦笑を浮かべる。

 レイが深紅だというのは、今頃あの場にいなかった冒険者にも間違い無く伝わっているだろう。不幸中の幸いというべきか、受付嬢の言葉で広まったのはレイのことだけでありエレーナに関しての情報は広まっていない。

 だが、レイと共にいた信じられない程の美人という、これ以上無い特徴を持っているエレーナだ。もしエレーナが盗賊を雇おうとしても、レイに雇って貰っておこぼれを与ろうとする者達で騒動になるのは間違い無い。

 こちらもまた幸か不幸か、ここが迷宮都市という関係上他のギルドよりも盗賊の数が多いのが更に話をややこしくしている。


「となると、取りあえず浅い階層は俺とエレーナ、セトとイエロだけで潜って、騒動が収まってきたのを見計らってソロの盗賊を雇う……ってところか?」

「それが1番無難だろうな。ただ、問題は私達が低階層を突破する頃になっても騒動が落ち着いていない場合だろう」

「さすがにその頃になれば落ち着いているような気がするけどな。……と言うか、落ち着いていて欲しい」


 自分でも希望的観測だというのは分かっているのか、自信なさげに呟くレイ。


「ならいっそのこと、騒動を我慢して明日にでも盗賊を雇うか? それなら以後はその者を雇い続けていればいらん騒動にはならない筈だ」

「確かにそれもありと言えばありなんだろうけど、大勢の中から1人を選ぶというのは難しいぞ? それも、俺達はエグジルに来たばかりで誰が腕利きの盗賊なのかなんて分からないしな」

「……確かにそうか。では、やはりレイの出した案で行くのがいいだろうな」


 レイとしても、自分で出した意見だけに特に異論は無く、エレーナの言葉に頷く。


(最悪、継承の祭壇のダンジョンで使った薄き焔もあるが……いや、それだと地面や壁に仕掛けてある罠しか感知出来ないから確実性に欠けるか。やっぱり本職の盗賊は必須だろうな)


 内心で呟き、溜息と共に口を開く。


「せめてもの救いは、罠の類があったとしてもモンスターのような生き物が仕掛けた罠ならある程度臭いが残ってることか。セトの嗅覚があればそれなりに見破ることは出来る筈だ」

「イエロは、まだその辺は未熟だからな。偵察としてなら十分優秀なんだが」

「……そう言えば、イエロはずっとあのままなのか? 竜言語魔法で生み出された使い魔なんだろう?」

「正直に言えば、分からん。使い魔を作り出す魔法については載っていたが、魔法の説明の部分が途中から読めなくなっていてな。ただ、私としては愛らしい今のイエロで十分満足している」

「また、随分と賭けの要素が高い真似をしたな」

「そうでもない。使い魔であるというのは確定していたしな。そもそも竜言語魔法自体が稀少だから、使える魔法は使っておくべきだと判断した」

「確かにエレーナの力があれば、使い魔が暴走してもどうにでもなっただろうが……」


 剛胆とも、考え無しだともとれるエレーナの行動に、思わず言葉に詰まるレイ。

 だが、エレーナはそんなレイに対して安心させるように小さく笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ。私はまだ使いこなしていないとは言っても、エンシェントドラゴンの魔石を受け継いだ者だ。使い魔が……それこそイエロが暴走したとしても、何とか抑え込んでみせるさ。それに……」


 チラリ、とレイの方へと視線を向けるエレーナ。


「お前と再会するまでは……」


 そこで更に言葉を続けようとした、その時。唐突に部屋の扉がノックされる。


『失礼します。レイ様、お嬢様がこちらにいらしてないでしょうか? 部屋の方にはいなかったのですが』

「……」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、紛れも無くツーファルの声であり、そのツーファルが探しているお嬢様はレイの前に存在している。

 ……ただし、表情を殆ど変えないままだというのに微妙に発するプレッシャーが大きくなっている状態で、だが。


『どうやらレイ様もいらっしゃらないようですね。仕方ありません。もう少し宿の中を探してみましょうか』


 まさか部屋の中にいるエレーナの様子を察知した訳では無いだろうが、ツーファルはそう呟いて部屋の前から去って行く。

 このままでは色々と不味いことになるというのを半ば予想出来るレイだが、かと言って戦闘ならともかく恋愛事に関しては全く場慣れをしていないので、目の前にいる危険物といってもいいエレーナを相手にしてどう対処するべきかが分からない。

 それ故に。


「あー……取りあえず、そろそろ夕食の時間だろうし食堂に行かないか?」


 さすがに高級な宿屋というべきだろう。高価なマジックアイテムである筈の時計が各部屋に1つずつ置いてあり、その時計の針が午後6時近くなっているのに気が付いて口にした咄嗟の言葉だった。

 ようやく夏も本番という時間帯だけあって、午後6時近くになっても外はまだまだ明るい。いや、夕焼けに直接当たっている者にしてみれば明るすぎる、あるいは暑いというべきだろう。だが、幸いと言うべきか不幸にもと言うべきか、レイやエレーナが泊まっている黄金の風亭という宿は夕暮れの小麦亭以上にマジックアイテムを多く使っており、宿の中は快適に過ごせる空間になっていた。


「ふむ、良かろう。この宿の食事にはそれなりに期待しているからな」


 何とか誤魔化せた、そんな思いでレイはエレーナの後を追って部屋を出る。

 エグジル到着初日は、こうして過ぎていくのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 職業:「盗賊」と“野盗の意味の盗賊”でごっちゃになってる所。 職業の方を「斥候」なり「シーフ」にするなり他に色々あっただろうにって言いたくなる。
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