3808話
レイがニラシスと、それ以外にも顔見知りの面々と話していると、やがて生徒達が校舎から出て来る。
結構な人数がいるものの、嬉しそうな者がいれば、悔しそうな者もいる。
前者はテスト……筆記試験において合格点に届き、最終試験のトーナメントに参加出来る者で、後者は筆記試験に落ちた者だろう。
それでも後者の者達が訓練場に来たのは、選抜試験に参加しなかった者、あるいは書類審査で落ちても訓練場に来ていた者達と同じ目的だろう。
つまり、トーナメントを見る為にやって来たのだ。
勿論、単なる見物という訳ではない。
強者の戦いは見ているだけで勉強になる。
見取り稽古と呼ばれる訓練方法の一つでもある。
……もっとも、中にはそういうのを考えず、単純に誰がトーナメントで優勝するのかという物見高さから来ている者もいたが。
「どうやらそろそろみたいだな。……こうして見ると、筆記試験で落ちた奴も多そうだけど」
「……ギルムの常識だしな」
レイの呟きに、ニラシスがそう呟く。
そんなニラシスの言葉に、周囲にいた他の者達も同意するように頷いていた。
「ギルムの常識は非常識とか、そういう風に言いたいのか?」
「そこまでは言わないさ。けど、そういう感じになってもおかしくないのは間違いないだろう?」
「ぐ……」
レイは反論しようとしたものの、どう反論すればいいのか少し迷う。
レイも、ギルムの常識がどこでも通用するとは思っていない。
思っていないものの、それでも第二の自分の故郷……このエルジィンにおいては正真正銘自分の故郷とも呼べる場所について援護したいと思うのだが、すぐには反論の言葉が出なかった。
それはレイもギルムが色々な意味で特殊な場所であると、そう認識しているからこその行動なのは間違いないだろう。
そうしてレイが言葉に詰まっている間に、やがてフランシスが姿を現す。
「はい、それでは選抜試験の最終試験を始めるわよ。筆記試験に合格した生徒達は集まってちょうだい。トーナメントの順番を決めるから」
風の精霊の力なのか、フランシスの声はそんなに大きくなかったにも関わらず、訓練場の隅々まで響き渡る。
そんな声を聞きつつ、レイはフランシスにジト目を向けた。
フランシスはそんなレイの視線にそっと視線を逸らす。
まるでレイの視線には全く気が付いていませんよといったように。
その行動こそが、レイの視線に気が付いているということの証明なのだが、本人はそれに気が付いているのか、いないのか。
(後でしっかりと話はする必要があるな)
そんな風に思いつつ、レイは今は取りあえず見逃すことにする。
フランシスも、今はトーナメントのくじ引きをするのに忙しいだろうと思った為だ。
「やっぱり、有力な生徒達は多く残ってますね」
フランシスを見ていたレイに、マティソンが近付いてきてそう言う。
どうやらレイの様子から、フランシスを見ているのではなく、トーナメントに参加する生徒達を見ていると思ったのだろう。
「そうだな。とはいえ、やっぱり上位クラスが殆どで中位クラスの生徒は少ない。下位クラスは……数人といったところか。寧ろ下位クラスでここまで来たのは素直に凄いと言うべきなんだろうけど」
ただし、これもまた予想通りではあったが、レイと縁の深いハルエスの姿はない。
筆記試験で落ちたのか、それとも書類審査の時点で落ちたのか。
それはレイにも分からなかったが。
(セグリットは……いるな。ただ、セグリットの仲間の女は……1人だけか? 人が集まってるから、俺が見逃してる可能性もあるけど)
結構な人数がトーナメントのくじ引きの為に集まっているので、レイの目からはセグリットの仲間の女達が全員いるのかどうかは生憎と分からなかった。
ただ、レイが知ってる限りでは三人の女達もセグリットには及ばないまでも、相応の才能を持っていた筈で、それなりに上位のクラスにいた筈だった。
であれば、ここでトーナメントに参加していてもおかしくはないとレイには思えたのだが。
「レイさん? どうしました?」
「いや、ちょっとこう……予想以上にトーナメントの参加者が多いんじゃないかと思ってな」
マティソンにそう返したレイだったが、その言葉も事実ではある。
これからレイ達はトーナメントの審判をすることになるのだ。
それはつまり、人が多いということはより多くの模擬戦で審判をする必要があるということを意味している。
(それだけ、ギルムに行きたいと思っている者が多いんだろうから、そういう意味ではよろこぶべきなんだろうけど……正直、微妙なところではあるんだよな)
レイにとって、この世界での自分の故郷にここまでの興味を持って貰うというのは決して悪い気分ではなかった。
もっとも、その興味の大半はやはり冒険者の本場と呼ばれている場所だからというのがあるだろうが。
また、本来なら自分達が行けない場所に行ってみたいという思いもあるのだろう。
このエルジィンにおいて、自分の生まれた村や街から一生に一度も出ないというのは珍しい話ではない。
冒険者ともなれば村や街を移動するものの、他の国に……それもグワッシュ国の住人にしてみれば、自分達を保護している……ある意味で盟主国と評してもいいような、そんな国の、それも王都ではないにしろ、非常に有名なギルムまで行く機会はまずない。
そもそもこのガンダルシアから地上を移動してギルムまで移動するとなると、それこそ年単位での時間が必要となる。
そんな中で今回のチャンスは年単位の移動時間が数日ですむのだ。
また、レイや付き添いの教官がいるので、安心度も違う。
そういう意味で、今回の選抜試験の参加人数はかなりのものとなっていた。
「決まったわ。……次に教官に指示を出すので、教官は集まってちょうだい」
トーナメントのくじ引きが終わったのか、フランシスの声が訓練場に響く。
勿論大声を出している訳ではなく、先程同様に風の精霊を使ってのものだ。
「じゃあ、行きましょうか。レイさんも出来るだけ早く終わらせたいでしょう?」
そう言うマティソンに、レイは頷くのだった。
「そこまで!」
レイの声が響くと、レイの視線の先にいた二人の生徒の動きが止まる。
だが、その片方……持っていた模擬戦用の長剣を弾かれた男が、納得出来ないといった様子で口を開く。
「そんな、レイ教官。俺はまだやれます!」
「落ち着け。この模擬戦のルールを忘れたのか?」
そう言いながらも、男が不満に思う気持ちは分からないでもなかった。
何しろ、模擬戦そのものでは武器を落とした男は終始有利に戦いを進めていたのだ。
それに対し、勝利した男は一方的に押されながら、破れかぶれで長剣を振るった結果、その長剣が相手の長剣に命中し、それで武器を落とさせることに成功したという形だった。
負けた方にしてみれば、自分が圧倒的に有利だったにも関わらず、破れかぶれの攻撃によって負けてしまったのだから。
ただ、その気持ちが分かるからといって、その抗議を受け入れるかどうかはまた別の話だ。
「けど、レイ教官!」
「お前はガンダルシアの冒険者だろう? なら、この学校を卒業して冒険者としてダンジョンに挑んだ時、自分が油断をしてモンスターに武器を弾かれた場合、モンスターに待って欲しい。今のは偶然だから、もう一度最初からやりなおして欲しいと言うのか?」
「ぐ……それは……けど、ここはダンジョンの中じゃなくて、地上です! それに模擬戦です!」
「そうだな。選抜試験のな。……そこまで不満なら、最初から油断しなければよかっただろう? だが、そんな中で油断をしたのはお前だ」
そう言われると、負けた男も何も言えなくなる。
実際、相手が自分よりも下のクラスであるということもあって、侮っていたのも事実だったからだ。
そんな男の様子を見たレイは、次に勝利した男に視線を向ける。
「そしてお前が勝利したのは、自分が不利な状況であっても最後まで足掻いていたからだ。その諦めの悪さは冒険者としてやっていく上で重要だ。決して忘れるな」
「あ……はい」
まさか自分が褒められるとは思わなかったのか、勝利した男は意表を突かれた様子ながらもそう返事をする。
レイにしてみれば、現状の強さという点では負けた者の方が上だとは思う。
だが、この諦めの悪さというのはそうなろうとしてなれるものではない。
生まれ持ったものであったり、育ってきた上で身に付けたものだ。
そういう意味では、レイから見ると負けた男の方が冒険者向きだろうと思えた。
今回の勝利が偶然だったのを思えば、強さという点ではまだまだだが。
ただ、強さというのはある程度までなら誰でも伸びる。
そう考えれば、やはりこの負けた男の方が冒険者向きなのは間違いなかった。
「次からは油断しないようにしろ。……その油断が自分の命や、場合によっては仲間を殺してしまうこともあるからな」
そうレイに言われると、負けた男は悔しそうにしながらも頷く。
色々と思うところはあるのだろうが、それでもここで自分が何を言っても負け惜しみでしかないと理解したのだろう。
そんな男の様子を一瞥してから、次にレイは勝利した男に視線を向ける。
「お前が勝ったのは間違いない。だが、素質はあっても強さが足りないのも事実だ。今までよりもっと強くなれるように頑張れよ」
「は、はい!」
レイの言葉に嬉しそうに返事をする男。
そんな男に頷くと、レイはフランシスのいる場所に向かう。
「グルゥ」
やってきたレイを、嬉しそうに喉を鳴らして迎えるセト。
何故ここにセトがいるのか……それは、フランシスの我が儘が原因だった。
とはいえ、今日の選抜試験の騒動に乗じてセトにちょっかいを出す者がいるかもしれないとか、何か緊急事態があった時にセトに乗せて運べば早いと言われれば、レイとしても頷くしかない。
……どこからどう考えても、それは無理矢理な理由にしか思えなかったが。
とはいえ、そういうものだと思えば、それはそれで仕方がない。
また、レイもセトが近くにいた方がいいのは間違いなく、だからこそフランシスの提案を受け入れたのだが。
「お帰りなさい。勝者は?」
「こっちだ」
セトを撫でつつ、大きな板に張り出されたトーナメント表を見たレイは勝利した方をフランシスに告げる。
そんなレイの言葉に頷き、フランシスは勝利した方を上に進める。
「こうして見ると……結構進行が早いな」
結構な人数がいたので、もしかしたら時間が掛かるのではないかと思っていたレイだったが、幸いなことに今トーナメント表を見ると既に多くの一回戦が終わっている。
一番時間が掛かるのは、試合数の多い一回戦だ。
そこで人数が半分になり、次の戦いでは更に人数が半分になるといった感じで選抜試験は進む。
そうなると、午前中だけで終わるというのは難しいかもしれないが、今日一日……あるいはそこまでいかなくても午後三時くらいまで掛かるといったことはないだろうとレイには思えた。
昼を少しすぎるくらい……具体的には、午後一時かそこらくらいにはトーナメントは終わるのだろうと。
(もっとも、一回戦は実力差もあってあっさりと勝負がつくことが多かったが、これがもっと上に行くと恐らく実力伯仲になるから、場合によっては戦いが長引いたりするかもしれないけど)
もしくは、戦いの中で成長して逆転をする……といったような、それこそアニメや漫画のような光景を見ることが出来るかもしれないとも思う。
(その場合、多分主人公はセグリットだろうな)
ハルエスとはまた違う意味で、レイの注目を集めているセグリット。
快活な性格をしており、本人の強さもクラスをごぼう抜きするくらいのものがあり、仲間には女が三人。
(どう見ても主人公っぽい感じだよな。もしゲーム的なステータスとかそういうのがあったら、勇者とかそういう職業についてそうな感じがする)
そんな風に思いつつ、レイはフランシスとの会話を続ける。
「それで、フランシスとしては誰が勝ち残ると思う?」
「そうね。やっぱり、アーヴァイン、イステル、ザイードの三人は決まりだと思うわ。それにレイが推薦する人物……ハルエスだったかしら? その一人を追加して、これで四人、残りは……二人から三人といったところでしょう?」
「そんな感じになるな」
「となると……そうね。セグリットは決まりとして、他は生憎とそこまで実力差がないから運次第ね」
「セグリットは仲間が一緒じゃないと棄権しそうだけどな」
レイの言葉に、フランシスは微妙な表情を浮かべるのだった。