3807話
「さて、それでは皆さんにも知らせがいってると思いますが、今日はギルムに行く人員を選抜する為の試験があります」
職員室で開かれている、朝の会議。
その会議の中で、今の言葉に頷いている者が何人もいる。
あるいは頷いておらずとも、そのことについては知っていると態度で示していた。
(これ、やっぱり俺が……いやまぁ、後でフランシスにこの件についてはしっかりと聞けばいいか)
そう思っておく。
職員室にいる教師や教官達の様子を見る限りでは、やはり今日選抜試験が行われるというのを知ってる者が多数いたのは間違いなかったからだ。
レイはフランシスと後でしっかりと話そうと思いながら、選抜試験についての説明を聞く。
とはいえ、既に選抜試験に申し込んだ者達の一次試験……つまり、書類選考は終わっているらしい。
つまり、足切りだな。
そう判断するレイだったが、冒険者というのは千差万別。
中には書類に書かれている内容では分からないような能力を持っている者が多い。
そういう連中を切り捨てるのは問題だろうと思わないでもなかったが……レイはあくまでも雇われの……それも臨時で雇われた教官でしかない。
そうである以上、冒険者育成校の運営方針に反対するのもどうかと思って黙っておく。
あるいは、これが成績以外の……例えば、書類審査をした者の好みであったり、生徒の実家が金持ちかどうかで決めたのなら、レイも反対しただろうが。
そんな風に思いながら、選抜試験についての説明を聞くレイ。
とはいえ、この選抜試験は今年が初めてだ。
ましてや、レイが……より正確にはセトやセト籠がなければ出来ない以上、レイが教官を辞めればもう出来ない。
つまり、今年が最初で最後になる訳だ。
だからこそ、どのようにして選抜試験をするのかレイも気になっていたのだが……
(冒険者……ギルムの冒険者としての常識を試すテストに、模擬戦の結果か。妥当と言えば妥当だな)
このガンダルシアも迷宮都市だけあってグワッシュ国の……他にもミレアーナ王国の中でもグワッシュ国に近い地域に住んでいる者であったり、あるいはグワッシュ国の近隣諸国――同じくミレアーナ王国の保護国だが――からも冒険者が集まってくる。
つまり、ガンダルシアもこの辺りでは冒険者の本場とでも呼ぶべき場所なのだ。
……その割に、高ランク冒険者は殆どいないのだが。
ともあれそんなガンダルシアだったが、ギルムもまた冒険者の本場と呼ばれている。
ただし、迷宮都市のガンダルシアに対して、ギルムは辺境に存在する。
どうしても常識の類はギルムとガンダルシアでは違うところも多くなる。
その常識について分からないままギルムに行けば、間違いなくトラブルが起きるのは明白だった。
このガンダルシアでは常識と思われることであっても、ギルムでは非常識であってもおかしくない。
逆に、ガンダルシアでは非常識であっても、ギルムでは常識ということもある。
そのような試験を受けた者のうち、上位の者達が今度は模擬戦をすることになる。
これについては、ギルム……それこそ街から出ればすぐに高ランクモンスターと遭遇する可能性もあり、倒すことは出来ずとも助けが来るまで持ち堪える必要がある為に、強さは必須となる。
(それに、今のギルムだとトラブルも多いしな)
今のギルムは、増築工事が行われている。
その為、多くの者が仕事を求めてやって来ていた。
その中には当然ながら気の荒い者達もいて、そのような者達とトラブルになる可能性もあった。
もしくは、スラム街に迷い込んでしまう可能性や、元冒険者のチンピラに絡まれる可能性もある。
何より、冒険者というのは相応の強さが必要となる以上、ギルムに行く選抜試験云々の話はともかくとして、強くて悪いことはない。
そういう意味では、模擬戦を行うというのは授業の一環として悪くないのだろうとレイにも思える。
(トーナメント形式なのはどうかと思うけど)
本当の意味で冒険者の強さを把握しようとするのなら、ここはトーナメント形式ではなく総当たりでやるべきでは? と思う。
そんなレイと同じ疑問を抱く者が何人かいたようで、そう質問する者がいた。
「本当の実力を見るのなら、運や体調、相性といったものの影響が少ない、総当たり戦でやるべきでは?」
「君の意見も分かるが、それでは冒険者として活動する時に運はともかくとして、体調や相性が悪いからといって、モンスターが遠慮をしてくれると思うかね?」
「それは……」
そう言われれば、質問をした者も答えられない。
実際にそうなった場合、モンスターが体調や相性によって遠慮してくれるなどということは、絶対にないのだから。
それは多くの敵……モンスターや人を含めて、本当に数多くの敵と戦ってきたレイにも十分に理解出来た。
「分かって貰えたようで何よりだ。そういうのを覆すのも冒険者の力だろう。それに……こう言ってはなんだが、総当たり戦で模擬戦を行うとなると時間が足りないのも事実だ」
「あー……はい、分かりました」
体調や相性という話よりも、時間が足りないという言葉には質問をした者も納得するしかない。
元々この冒険者育成校での授業は午前中だけで、午後からはダンジョンに潜ることになっている。
だからこそ、今日の午前中だけで……あるいは少し時間が延びてもそこまで長く延長をしないで選抜試験が終わるようにする為には、時間の掛かる総当たり戦ではなく、トーナメント形式を選んだと言われれば、納得するしかない。
(とはいえ、生徒達にはそれはそれで厳しいだろうけど)
今日だけでトーナメントを終えるということは、それはつまり勝ち進めば勝ち進む程に連戦をすることになる。
勿論、多少の休憩時間はあるのだろうが、それでも今日中にトーナメントを終わらせる以上、その休憩時間もそう長くはないのだから。
勿論、これもまた冒険者として活動する以上、襲ってくるモンスターが疲れているからといって、攻撃をしてこないかと思えば、連戦であったり、短時間の休憩でどこまで体力を回復するのかという冒険者としての技術を試させている。
モンスター……いや、モンスターに限らず、盗賊や冒険者狩りをするような者達にしてみれば、それこそ相手が疲れているのだから襲撃の絶好の機会だと思ってもおかしくはないのだから。
「また時間もないのでトーナメントの一回戦と二回戦、場合によっては三回戦では複数同時に行いますので、教官の皆さんは注意を」
訓練場はかなりの広さを持つ。
レイがクラス全員を相手に模擬戦をしたり、あるいはセトがある程度は自由に動き回って模擬戦を行えるくらいには、広いのだ。
そうである以上、個人同士の戦いであれば複数同時に行うのは不可能ではない。
……広範囲に影響を与える攻撃方法を多数持つレイのような例外は存在するものの、それは色々な意味で特別な話だろう。
この冒険者育成校の生徒達は、あくまでもまだ冒険者になったばかりの者達……あるいは冒険者になっても実力が足りない者達である以上、その辺りの心配をする必要はない。
(ただ……教官か。まぁ、分かってはいたけどな)
自分達が教官をやるというのは、考えてみれば納得するしかない。
教師もいるが、基本的に教師は座学を教える為の者達である以上、模擬戦の審判は向いていないだろう。
勿論、教師の中にもそれなりに運動が得意な者であったり、元冒険者という者もいるので、中には審判をやろうと思えば出来る者もいる。
だが、現役の冒険者がいる以上、教官達に審判が回ってくるのは明らかだった。
とはいえ、教師達も別に何も仕事をしないという訳ではない。
最初に行われるテストの監督――カンニングをしないように――であったり、採点であったり。
そういう意味では、きちんと仕事が分けられているのは間違いなかった。
それでも面倒なことは出来れば遠慮したい。
そう思いつつ、レイは話を聞くのだった。
「それにしても、深紅のレイが審判とか……ある意味凄いよな」
訓練場で、ニラシスがレイに向かってそう言ってくる。
現在教室ではテストが行われている。
もっとも、そのテストに参加しているのは選抜試験に応募し、書類審査で合格を貰った者達だけだ。
それ以外の生徒は、今日は休日ということになっているのだが……訓練場で訓練をしている者も多い。
テストが終わった後で行われる、トーナメントを自分の目で見たいのだろう。
また、学校に残っていない者達は午前中からダンジョンに向かったりもしていた。
「そうか? ……今までもそれなりに模擬戦の審判とかやったことはあるけどな」
「それでも、普通なら異名持ちのランクA冒険者が審判をやってくれる模擬戦なんて……凄いことなんだぜ?」
そう言うニラシスだったが、レイにしてみればそこまで言うことか? という思いがある。
自分のことだからこそ、あまり実感がないのだろう。
「それを言うなら、そんな俺が模擬戦をやってるという意味はかなり大きいんじゃないか?」
「ああ、それはその通りだ。……ん? もしかして知らないのか?」
意表を突かれたといった表情でレイを見るニラシス。
レイはそんな様子に、疑問の視線を向ける。
「何がだ?」
「あー……なるほど。もしかしたら……いやまぁ、いいか。実は、少し前から冒険者育成校に入学したいって奴が増えてるんだよ」
「それは別にそこまでおかしな話じゃないと思うが?」
このガンダルシアにあるダンジョンを攻略する上で、全くの素人が冒険者になると考えれば、この冒険者育成校というシステムは決して悪いものではない。
それこそ、レイとしてはギルムにもこういう施設があってもいいのではないかと思う。
……もっとも、その場合は自分が教官をやるのは気が進まなかったが。
ただ、ギルムは辺境として冒険者が非常に多い。
増築工事を行っている今は例外としても……いや、増築工事が終わってギルムが名実共に都市という扱いになれば、やってくる冒険者の数も多くなるだろう。
その中にはやる気があっても実力の足りない冒険者も当然含まれており、そのような者達の訓練の場として、冒険者育成校があってもおかしくはない。
また、年齢や実力、それ以外の理由から冒険者を続けられなくなった者達も相応にいるので、教師や教官といった仕事があれば、スラム街に流れる者も減るだろう。
(あれ? これ……結構悪くないんじゃないか? それに、今なら増築工事中で冒険者育成校の校舎を建てるのも難しくはないだろうし)
そんな風に思うレイだったが、そんなレイにニラシスは口を開く。
「違うよ。レイが想像してるような……冒険者になったばかりだったり、実力の足りない冒険者じゃなくて、一人前の冒険者として活躍してる者達の中にも冒険者育成校に入りたいと希望する奴が増えてるんだ」
「……それはまた」
ニラシスの言葉はレイにとっても予想外だったが、改めて言われるとそういうこともあるのかと納得する。
異名持ちのランクA冒険者との模擬戦であるというのは、それだけ多くの冒険者にとって魅力的なのだろう。
あるいは、セトとの模擬戦が大きな価値を持っているのかもしれないと。
高ランクモンスターのセトと、安全に……命の心配をせずに戦うことが出来るというのは、冒険者にとって非常に大きな魅力なのは間違いなかった。
実際、マティソンは自分達で作った地図を報酬としてレイに渡す代わりに、何度かセトとの模擬戦を行っている。
攻略組……そう呼ばれる者達の一員でもあるマティソンですらセトとの模擬戦を希望するのだ。
現在ダンジョンに挑戦している冒険者……それこそトップパーティの久遠の牙に続こうと考えている者や、あるいは純粋に生活費を稼ぐだけの冒険者であっても、セトのような高ランクモンスターとの模擬戦は望むところだろう。
また、模擬戦だけではなくレイと接触し、あわよくば自分達のパーティに引き込む……そんなことを考えている者がいてもおかしくはない。
そんな諸々を考えると、初心者でも実力が足りない訳でもないのに、冒険者育成校に入学したいと思う者がいるのはレイにも十分に理解出来た。
「とはいえ、受け入れるのは難しいんじゃないか? そもそもフランシスがこの冒険者育成校を作ったのは、あくまでも初心者とか実力の足りない奴の為だろう?」
「そうだな。それは否定しない。だが、それを知っていてもレイと模擬戦をやりたいと思う者は多い訳だ」
その言葉に、レイは何と言えばいいのか微妙な表情を浮かべるのだった。