3800話
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レイの条件反射的に魔法を使うという言葉に、フランシスは呆れつつも少し考えた後で口を開く。
「レイがやりたいことは分かったわ。けど……そんな状況でも魔法を使うには詠唱が必要でしょう? それをどうやって無詠唱まで持っていくの?」
「その辺については魔力の流れのコントロールも組み合わせて、どうにか出来ないかと思っている。魔力の流れだけで簡単な魔法を発動出来るようになればいいんだが、それに届かない場合は何とか魔法を発動する直前くらいまでは持っていって、そこから決められた手段で魔法を発動するといったように」
「……出来るの?」
レイの理論……いや、理論とも呼べないようなそんな無詠唱魔法のやり方に、フランシスがそう言う。
フランシスから見て、レイの考えた通りに出来るとは、到底思えなかったのだ。
ただ、そのように言われたレイが怒るようなことはない。
「どうだろうな。何しろ無詠唱魔法だ。使っていたリッチを倒してしまった今、どうやって無詠唱魔法を使っていたのかは分からない。なら、色々と試してみるしかないのは分かるだろう?」
「それはそうだけど……いっそ、他のリッチを探してみるのはどう?」
「無理だな。無詠唱魔法はあのリッチの独自の魔法だ」
「……何でそう分かるの?」
しまった。
レイはフランシスとの会話の中で、自然と他のリッチ……グリムについての言葉を口にしてしまい、やってしまったと思う。
とはいえ、グリムについて口に出した訳ではない以上、誤魔化す方法はある。
「知っての通り、俺は今まで色々なモンスターと戦ってきた。その中にはリッチも何匹かいたんだが、その時に無詠唱魔法を使ってるのを見たことはなかったんだよな」
「ああ、なるほど。……レイの経験からすると、そうなってもおかしくはないわね」
乗り切った。
口を滑らせた一件を何とか誤魔化せたと安堵するレイ。
ただし、その安堵を表情に出すようなことはしない。
もしフランシスの前でそのようなことをすれば、恐らく……いや、ほぼ間違いなく何か隠しているだろうと判断される為だ。
だからこそ、レイとしては極力表情に出さないようにする。
……こういう時、ドラゴンローブのフードを被っているというのはレイにとっても助かることだった。
フランシスはレイの様子に違和感がなかったのか、あるいはあっても今は流すことにしたのか。
とにかく、今のレイの言葉を気にした様子もなく、言葉を続ける。
「そうなると、やっぱりそのリッチだけが特殊な例だったのかもしれないわね。……希少種だったのかしら?」
「……言われてみれば、そういう可能性もあるのか」
レイはフランシスに言われて初めてその辺りに思い至る。
グリムと比べると間違いなく格下だと思っていたこともあり、まさか希少種や上位種という風には思わなかったのだ。
「気が付かなかったの? レイにしては珍しいわね」
「以前戦ったリッチと大体同じくらいの強さだったしな」
「……なるほど。そういうこともあるのかもしれないわね」
「リッチは色々と特殊だからな。ランクを判別するのはちょっと難しい。……ともあれ、無詠唱魔法を使えるリッチはこのガンダルシアにいたリッチだけな訳だ」
「……その表現は出来れば止めて欲しいわね。それだと、レイの倒したリッチが元々ここのダンジョンにいたという風に聞こえるし」
レイの表現が気になったのか、微妙に嫌そうな表情を浮かべる。
とはいえ、レイにしてみればそこまで気にするようなことではないと思うのだが。
「迷宮都市に外からアンデッドが入ってきたって方が色々と問題がないか?」
迷宮都市は外からの襲撃に対してもそうだが、万が一にもダンジョンからモンスターが出て来た時、それを迷宮都市の外に出さないようにする為に街を囲む防壁はかなり強固な作りとなっている。
その為、外から中に侵入するのが非常に難しいのは間違いない。
だというのに、どのような手段を使ってなのかはレイにも分からなかったが、リッチはガンダルシアの中に入ってきて、更にはダンジョンの中にも入ったのだ。
それも転移水晶を使えない以上、普通に一階から入って十階まで到達したことになる。
そういう意味では、非常に驚くべきことなのは間違いなかった。
……レイにしてみれば、ダンジョンにそういうリッチが最初からいたよりも、そのように侵入したのを知られる方が人聞きが悪いと思うのだが。
フランシスはレイとは違う意見なのか、ダンジョンの外からやってきた方がいいと思っているらしい。
「正直なところ、どちらとも言えないわね。ただ、元からダンジョンにいたということよりは、外からやって来た方がまだマシかしら」
「フランシスがそう言うのなら、それは構わないけど……それで本当にいいんだな?」
「ええ、問題ない訳じゃないけど、それでもその方がいいのは事実よ」
そうしたリッチの件についての話が終わると、再び無詠唱魔法の件に戻る。
「精霊魔法を使う時は、詠唱……って訳じゃないけど、精霊に語りかける必要があるんだろう?」
「そうね。精霊に何をして欲しいのかを理解して貰う必要があるし」
「なら、それを無詠唱で出来るようになったら凄いとは思わないか」
「……思うけど、それはあくまでもそれが出来たらの話ね。普通の……レイ達が使うような魔法で無詠唱魔法を使うのと比べても、難易度は高いと思うわよ?」
「ようは、精霊に自分のやって欲しいことを頼むんだろう? なら、複雑な動きをするような命令とかではなくても、簡単な命令だったら仕草とかでどうにか出来ないか?」
この時、レイが思い浮かべていたのは日本にいる両親の姿だった。
話をしている時、お互いに『あれはどこにあったか』『あそこ』といったように、あれ、これ、それ……明確に何かを示さなくても、そんな短い言葉だけで意思疎通が出来るのだ。
であれば、精霊魔法であっても馴染み深い精霊を相手にした場合、そのようなことが出来てもおかしくはないだろうとレイには思えた。
勿論それは、あくまでもレイがそのように思っただけのことであって、実際に出来るのかどうかまでは分からない。
分からないが、それでも何となく精霊魔法なら出来るのでは? と、そのように思えたのだ。
しかし、レイのそんな思いとは裏腹に、フランシスは首を横に振る。
「無理ね。精霊魔法はそこまで簡単じゃないのよ。……それこそ、そういうやり取りが出来るとするなら。レイとセトちゃんの間でなら出来るんじゃない?」
「出来るだろうな」
フランシスと違い、こちらはレイもあっさりとそう答える。
フランシスは自分でレイに出来るのでは? と尋ねたにも関わらず、レイがその言葉に素直に頷くと、微妙に面白くなさそうな様子を見せる。
セト好きのフランシスとしては、そこまでレイがセトと仲が良いのは理解しつつも、同時にやはり面白くないとも思えるのだろう。
フランシスの不機嫌そうな様子はレイも理解出来たものの、だからといってここでそれを言うと、それはそれでフランシスがより不機嫌になりそうだったので止めておく。
「セトとの関係はともかくとして、無詠唱魔法についてだ。……やっぱり魔力の流れのコントロールと仕草に覚え込ませる感じで地道にやっていくしかないと思うか?」
「……そうね。話を聞く限りでは、私にもそれが遠回りに思えて一番近い道だと思うわよ。もっとも、私が使えるのはあくまでも精霊魔法だもの。普通の魔法使いなら、もっと何か知らない方法があるかもしれないとは思うけどね。そもそも、何で私に相談に来たの?」
「何でと言われても……この件は出来るだけ秘密にしたかったし、それを抜きにしてもガンダルシアにそこまで凄腕の魔法使いがいるとは思えなかったし。まぁ、久遠の牙とかなら違うかもしれないけど、そもそも久遠の牙のメンバーに会うことがないしな」
実際には久遠の牙の中にはセト好きのエミリーという女もいるのだが、そのエミリーは魔法使いではない。
もしくは、そのエミリーに相談をして他の久遠の牙のメンバーを紹介して貰うという方法もあるが……そもそも、セト好きだとはいえ、そう簡単に会える相手ではないのも事実。
かといって、久遠の牙に続くパーティとはレイも知り合いではない。
だからこそ、他に相談する相手がおらず……ある意味消去法でフランシスに相談に来た形だ。
「久遠の牙と会うのは難しいでしょうね。かといって……あ、でも冒険者育成校の中にならいるんじゃない?」
「生徒にか? 冒険者になったばかりか、実力の足りない者達だぞ?」
「そうじゃなくて、教師よ。教師の中には魔法使いがいた筈だけど、知らない?」
その言葉に、レイはいたか? と疑問に思う。
元々、レイは座学を教える教師組との付き合いはあまりない。
教官組とでも、マティソンの派閥であったり、中立の派閥の者達とは話す機会が多いものの、アルカイデやその派閥の者達とは話す機会が少なかった。
もっとも、アルカイデの派閥からは当初敵視されていたものの、色々とあった今となっては触れるべき相手ではないと認識されていたりするのだが。
そんな訳でレイから教師に接しようともしなかったし、教師側からもレイに自分から接しようとはしなかった。
勿論これは、別にお互いを敵視している訳ではない。
仕事をする上で必要なら普通に言葉を交わすし、それ以外でも何か用件があれば言葉を交わす。
ただ……例えば一緒に食事をしないかとか、そういう意味での接触はなかったのだが。
「いや、知らないな。……魔法使いがいたか? というか、その魔法使いは無詠唱魔法の習得の役に立つのか?」
「どうかしら。ただ、精霊魔法の使い手である私に無詠唱魔法をどうやったら出来るのかを聞くよりは、レイと同じ系列の魔法を使う相手に聞いた方が為になる話を聞けるんじゃない?」
「そういうものか?」
レイとしては、自分ではどのようにすればいいのか分からなかったからこそ、自分の使う魔法とは全く違うフランシスからの意見が自分の為になるのではないかと、そのように思い、今ここにいるのだ。
自分と同じ――魔力量やその威力の比較はともかくとして――系列の魔法の使い手では、結局のところ自分と同じような結論になるのではないかと、そのように思ってしまう。
(とはいえ、手掛かりが多い方がいいのも事実、か)
全く違う方向からレイも予想していなかった解決方法を作り出すというのは難しいだろうが、その魔法使いに話を聞いて、それでどうにか出来るのなら試してみたい。
そのように思いながら、レイはフランシスに頷く。
「分かった。なら、ちょっと聞いてみる。……無詠唱魔法の件はあまり広めたくないんだけどな」
「なら、何で私に聞いたのかしら?」
「フランシスは精霊魔法の使い手だろう?」
「……さっき、精霊魔法にも応用出来るみたいなことを言ってたわよね?」
「そういう可能性もあるのだと思ったのは否定しない」
ジト目を向けてくるフランシスに、レイはそう返す。
それでいながらそっとレイが視線を逸らしたのは、若干ではあっても後ろめたいことがあったからだろう。
「はぁ、もういいわ。……実際、精霊魔法を使う際に無詠唱魔法の技術を応用出来る可能性もあるんだし。もしレイが無詠唱魔法を使えるようになったら、その使い方は教えてくれるのよね?」
「ああ、そのつもりだ。別に隠す必要はないと思うし」
「普通なら、そういう技術は隠すと思うんだけどね。独占してこそ意味があるんでしょうし」
この世界に特許の類は当然ながらない。
敢えて似たようなシステムとなると、貴族や商人に何らかの商売の種を提供した時、定期的に一定の金額を貰えるようになったりとか、そういうのか。
ただし、当然ながらこれは個人との契約であって、国が関与してる訳ではない。
そうなるとお互いの力関係でその辺りの状況も大きく変わってくる。
貴族や商人達の力が強くなると、支払う報酬を減らすといったように。
金を貰う方が強いのなら、もっと報酬を増やせと言ってくるだろうが。
ともあれ特許の類がない以上、レイが無詠唱魔法を使えるようになれば、それを真似しようとする者は絶対に出てくるだろう。
そもそも、レイもリッチが使っていたのを見て、自分で無詠唱魔法を使いたいと思うようになったのだから。
ただし、レイが無詠唱魔法について隠さなくてもいいと口にしたのは、恐らく……いや、確実に無詠唱魔法を使うのはそう簡単なことではないと、そう理解している為だ。
もしもっと簡単に使えるのなら、無詠唱魔法そのものがもっと広まっていてもいい筈なのだから。