3795話
ドワイトナイフの説明が終わったところで、レイはミスティリングの中からスケルトンの頭蓋骨を取り出す。
勿論それはただのスケルトンの頭蓋骨ではなく、目の前の男のパーティの弓術士を襲っていた空飛ぶ頭蓋骨の死体だ。
正確にはその残骸に近い。
何しろ本体は頭蓋骨だけで、その頭蓋骨もレイが黄昏の槍によって貫いたのだから。
「えっと?」
いきなり頭蓋骨を取り出したレイに、パーティリーダーの男は戸惑った様子を見せる。
それは頭蓋骨の存在もそうだったが、間近でミスティリングを見たというのも影響してるのだろう。
「これは俺がお前達を助けた時に戦った相手……そっちの弓術士の女を襲っていたモンスターだ」
レイの言葉に、パーティリーダーの男が仲間の弓術士に視線を向けると、その視線を受けた女は素直に頷く。
「なるほど。……それで?」
レイの話は分かったが、一体何の為にそのスケルトンの頭蓋骨をこうして出したのかと尋ねる。
「お前達を助けた報酬として、この死体……死体? ともあれ、この頭蓋骨を貰いたい」
「え? ……いやまぁ、それでいいのならいいけど……本当にそれだけでいいのか? 何なら、もっと別に報酬を支払ってもいいけど」
男にしてみれば、レイは自分達の命の恩人……というのは少し大袈裟かもしれないが、それでもレイの助けがなければ最悪仲間が死んでいたかもしれないのだ。
あるいはそこまでいかずとも、大きな怪我を負っていた可能性もある。
それこそ幸運であれば少し冒険者としての活動を休む程度……最悪、冒険者を引退しなければならないような、そんな怪我を。
勿論、ポーションを使えば多少の怪我は治療出来るが、そのポーションでも治療出来ないような怪我だった可能性もあるし、あるいはそれで治療出来てもポーションを使った分、儲けは減る。
そう考えれば、男達にとってレイの助っ人の報酬が、空飛ぶ頭蓋骨であるというのは願ってもないことだ。
明らかに高ランク――男達から見て――のアンデッドだけに、その素材は売れば相応の金になるかもしれないが、素材と言っても頭蓋骨だけである以上は魔石くらいしか期待は出来ない。
寧ろ本当にその程度でいいのかとすら思ってしまう。
……そんな男達に対して、レイの場合は素材についてはそこまで重要ではない。
あくまでも未知のモンスター、未知のアンデッド……正確にはその魔石というのが大きな意味を持つのだ。
もっとも、魔獣術について教えるつもりはないので……
「俺は魔石を集めるのが趣味でな。このアンデッドの魔石はまだ持ってないから、丁度いい」
いつものように、魔石を集めるのが趣味であるということにしておく。
「そうなのか? じゃあ、俺達が倒したゾンビの魔石も……」
パーティリーダーの男がそう言ったのは、レイに対して支払う報酬を増やして好意的な関係を築きたいというのもあったが、同時に上手くすればドワイトナイフを使ってゾンビの解体をして貰えるのではないかという狙いもあった。
ゾンビの魔石はそこまで高くはないが、それでも魔石は魔石だ。
今日の収入が多少なりとも増えるのなら……と、そう思っての行動だろう。
しかし、レイはそんな男の言葉に首を横に振る。
「いや、俺が集めているのはあくまでも俺が戦ったモンスターの魔石だからな」
「……魔石は魔石だろう?」
男にしてみれば、レイの拘りが理解出来ない。
もっとも、レイにしてみれば自分やセトが戦ったモンスターの魔石でなければ魔獣術に使えないので、そうしているのだが。
だが、その辺りの事情を説明出来ない以上、それは誤魔化す必要があった。
「自分が倒した魔石を集めてこそ、意味がある。……お前も何らかの趣味があれば、他の者には理解出来ない拘りを持っていたりはしないか?」
「いや、生憎とそういうのはないが……今は、ダンジョンに挑むだけで精一杯だしな」
「……そうか。ならちょっと分かりにくいかもしれないが、そういうものだと納得しておいてくれ。あるいはお前には分からなくても、お前の知り合いにはそういう趣味に何らかの拘りを持ってる奴はいないか?」
「そう言われると……いる、かも?」
レイの言葉に思い当たる人物でもいたのか、男は納得した表情を浮かべる。
それでいて、他のパーティメンバーもそれぞれ頷いていることから、レイは恐らくパーティ全員の知り合いなのだろうと予想する。
「そんな訳で、俺が倒した訳じゃないモンスターの魔石については、貰おうと思わない。俺の報酬としては、俺が倒した二匹分だけで十分だよ」
「……分かった。じゃあ、これ以上は言わないよ。ただ、最後にもう一度感謝させてくれ。助かった」
パーティリーダーの男がそう言って頭を下げると、他のパーティメンバー達もレイに向かって頭を下げる。
「気にするな。ただ、次から戦う時はもっと気を付けた方がいいと思うぞ。陣形をもう少し考えるとか、そんな風にな」
弓術士だから後衛にいるというのは、間違っていない。
だが、モンスターを相手にする場合、それは必ずしも正解ではないのも事実。
それこそ、今回のように。
敵を後衛に通さないように出来るのなら、問題はないだろう。
だが、今回の空飛ぶ頭蓋骨のような相手がいた場合、それに対処する必要がある。
最善なのは、それこそ弓術士がその武器の弓で空を飛ぶ敵を倒す、あるいはそこまでいかなくても一撃を与えて地上に落とすことなのだが、残念ながら今回の場合は技量が足りなかった。
……それ以外に、空飛ぶ頭蓋骨がその大きさを自由に変えられるといったようなスキルを持っていたのも、この場合は影響しているのだろうが。
ともあれ、そのような敵がいる以上、陣形もその辺を配慮したものにする必要がある。
そう説明するレイだったが、当然ながらリーダー格の男も、そして仲間達もその辺については十分に承知していた。
実際にその危険な状況を経験してしまった以上、実感するなという方が無理だろう。
「見たところ、お前達の腕はそんなに悪くないと思う。後は慣れだろうな。……いやまぁ、俺がそういう風に言うのもどうかと思うけど」
レイはソロの冒険者だ。
従魔のセトがいるものの、陣形については特に気にせず戦っている。
単純に、レイとセトは強者である為、その辺を気にせずとも自分の力だけでどうとでもなるというのも大きい。
勿論、全くお互いに連携をしないという訳ではなく、危ない場面があればしっかりと連携をするのだが。
「ああ、分かった。……今回のようなことはもうごめんだからな。次からはきちんとやってみせるさ」
そう言い、パーティリーダーの男は他の仲間達に視線を向ける。
その視線を受けた仲間達も、しっかりと頷く。
(いいパーティだな)
お互いに信頼しているのが、レイの目からもはっきりとわかる。
パーティの中には、お互いを利用しているだけであったり、人間関係や金銭関係でギスギスしているようなパーティも存在する。
そのようなパーティは基本的にすぐに解散することになるのだが、このパーティに関してはその辺りの心配はする必要がないように思えた。
そんな風に思いつつ、レイはそのパーティともう少し話をしてから離れるのだった。
「さて……じゃあ、どうするか。どうせなら、もっと敵を倒したいところなんだが……」
先程のパーティはもう少し十階で戦闘経験を積むと言っていたのを思い出しながら、レイは呟く。
現在所持している、魔獣術に使える魔石は三つ。
スケルトンゴーストと空飛ぶ頭蓋骨、新鮮なゾンビの魔石だ。
出来れば他にももっと魔石を欲しいと思えたし、同時に無詠唱魔法の練習についても先に進めたいと思う。
特に無詠唱魔法については、今日練習を始めたばかりということもあってか、レイもやる気になっていた。
……問題なのは、結局のところどうすれば無詠唱魔法を使えるのか分からないので、自分でどうにかする方法を見つけなければならないことだろうが。
(魔力の流れのコントロールについては、それなりに上手く出来ていると思える。……まぁ、これで十分という訳でもないから、もっと訓練をする必要はあるだろうが。炎帝の紅鎧万歳だな)
魔力の流れのコントロールについては、炎帝の紅鎧やその時に展開する深炎についてが大きなヒントとなっていた。
もし炎帝の紅鎧というスキルの経験がなければ、もっと苦労していたことだろう。
そういう意味では、レイがこうして魔力の流れのコントロールを出来るようになったのは、これまでの経験が活きているということだった。
もっとも、それが本当に無詠唱魔法に繋がっているのかどうか分からないのが、レイにとって痛いところだが。
とはいえ、無詠唱魔法を使えるようになるには、自分で切り開いていくしかない。
(それでも……まぁ、多分、俺は恵まれてるんだろうな)
レイは自分の持つ莫大な魔力、そしてゼパイル一門によって作られた自分の身体、日本にいた時に楽しんだアニメや漫画、ゲーム、小説によるイメージ……そして何より、自分がこの十階で戦ったリッチを思い出す。
特に最後の要素だ。
自分が戦ったリッチによる、無詠唱魔法。
そのようなものがあり、実際に自分の目の前で使われているのだ。
そうである以上、あるかどうかも分からない、本当に出来るかどうかも分からない目標を目指すよりは、しっかりとあると自分の目で見ている目標に突き進むのだ。
それは、人によっては未知の探求という意味で味気ないと思うかもしれない。
実際、レイも場合によってはそう思うだろう。
だが、今こうして無詠唱魔法の訓練をしている身としては、あるというのを理解した状態で行動出来るというのは、非常にありがたいことだった。
「まぁ、それはともかく……今は別のアンデッドを探さないとな。もしくは、スケルトンゴーストと空飛ぶ頭蓋骨、新鮮なゾンビがもう一匹ずつ出て来て欲しいけど」
魔獣術は、セトとデスサイズの双方で使う必要がある。
その為出来ればそれぞれ一個ずつ使えるように、二個ずつ欲しい。
欲しいのだが……
「いないんだよな」
十階の様子を見てみるものの、そこには狙っているアンデッドはいない。
もっとも、スケルトンゴーストや空飛ぶ頭蓋骨はともかく、新鮮なゾンビは他の普通のゾンビと見分けがつきにくい。
実際、レイも新鮮なゾンビをしっかりと認識したのは、普通のゾンビ達が負けそうになっている時に逃げ出したのを見た為だ。
そうして改めて見て、他のゾンビと違って肌つやが良い……という表現はどうかと思うが、とにかく見るからに腐っているという訳ではないゾンビの存在に気が付くことが出来た。
そして他のゾンビと違ってある程度の知性が高いというのも、このままでは負けると判断して逃げようとしたのを見れば明らかだった。
レイは新鮮なゾンビと呼称しているものの、実際にはゾンビの希少種、あるいは上位種ということなのは間違いない。
当然レイもそれを認識してはいるが、やはり新鮮なゾンビという表現が分かりやすいのだろう。
そのゾンビを見つけるのは、かなり難しい。
なので、レイは新鮮なゾンビについては運が良かったら見つけられるといったように認識しておく。
「とにかく、適当に……」
歩いて移動してみるか。
そう思ったレイだったが、まるでその言葉に反応したかのように近くの地面から手が生えてくる。
骨で出来た手と、腐肉が付着している手。
それが何の手なのかは、考えるまでもなく明らかだった。
「いい加減、普通のゾンビとスケルトンが出てくるのはやめてほしいんだがな。……ああ、いや。別に戦わなくてもいいのか」
地面の下から出ている……まるで生えているかのような手は、結構な数がある。
だがそれは、あくまで地面から生えているだけだ。
つまり、まだアンデッド本体は地面に埋まったままであり……わざわざレイがここで地面から出てくるのを待っている必要はない。
あるいはこれが、ただのスケルトンやゾンビではなく、魔獣術に使える魔石を持つ未知のアンデッドであれば、レイも戦うつもりになったかもしれない。
だが、出て来た手や腕の様子から見て、普通のスケルトンやアンデッドの可能性が高い。
そうである以上、わざわざここで自分が戦うようなことをせず、スルーしても問題はないだろう。
……もっとも、腕は普通のスケルトンやゾンビのように見えて、実は違う……そんな可能性もない訳ではなかったが。
レイもそんな予想をしつつも、雑魚を相手に戦うのは時間の無駄だとして、そのままゾンビやスケルトンの畑とでも呼ぶべき場所から離れるのだった。