3794話
「あれ?」
ゾンビの希少種か上位種と思しき相手との戦いが終わった後で、レイはふと気が付く。
先程まではそこまで――あくまでも以前の自分と比べてだが――スムーズに出来ていなかった魔力の流れのコントロールだったが、ふと気が付くとそこまで苦ではなくなっていたのだ。
スケルトンゴーストと戦った時は、魔力の流れのコントロールをしつつの戦闘であった為、黄昏の槍の一撃がレイの予想よりも大分強力な一撃だった。
それ自体は戦いにとって悪いことではなかったのだが、当初レイが予想していた以上に強力な一撃となってしまったのは事実。
その辺についての戦闘においても今回の戦闘では最初それなりに気を付けていたのだが、戦っているうちに戦いの方に集中してしまい、気が付いたら特に意識せずとも魔力の流れのコントロールが上手く出来ていたのだ。
(普通なら、こういう時は魔力の流れのコントロールそのものを止めて、普通の状態で敵と戦うとか、そういう感じになるんだとばかり思っていたけど)
そう思うレイだったが、こうしている今もいつの間にか魔力の流れのコントロールをスムーズに出来ているのも事実。
(俺の魔法の才能……あるいはゼパイル一門の技術で作られたこの身体が凄い。一体どっちだろうな。あるいはどっちもかもしれないけど)
その理由が何であるにしろ、魔力の流れのコントロールが以前よりもスムーズになったのは間違いない。
とはいえ、それでもあくまでも以前よりもスムーズになったというだけで、誰にも負けない程のものという訳ではない。
何らかの指標になるものがないので何とも言えないが、レイの感覚としては六十点だったのが七十点くらいになったのではないかと、そう思えるような感覚だった。
勿論、実際のところどうなのかは分からない。
これはあくまでも、レイがそう思っただけの話なのだから。
それでもマジックアイテムに意図せず大量の魔力を使うといったことがないのは、レイにとって助かることだった。
デスサイズと黄昏の槍を使った時の一件が、特にそれを示しているだろう。
(取りあえず、無詠唱魔法の初期段階はクリアした……と思ってもいいのか? あくまでも俺の認識での話だけど)
無詠唱魔法に魔力の流れのコントロールが重要だというのは、あくまでもレイの予想でしかない。
試行錯誤をしながらの行動なのだから、そのように思うのはそうおかしな話ではなかった。
「ともあれ……向こうに一旦戻った方がいいか?」
先程のパーティの方を見ると、そこでは既に戦闘が終わっており、軽く疲れを癒やしているところだった。
その視線がレイに向けられているのは、やはり戦いに乱入してきた……いや、助けてくれたレイのことが気になっているのだろう。
ただ、パーティリーダーの男や他のパーティメンバー達の視線には、驚愕の色がある。
恐らく弓術士の女からレイの正体を聞かされたのだろう。
あるいはレイがデスサイズと黄昏の槍を持っているのを見たのかもしれないが。
それによって、最初は援軍に来たという割には特に強力そうな武装も持っていない、どこにでも売ってるようなローブを着ているだけの者が、実は深紅の異名を持つレイだったと知ったのだろう。
そちらに向かおうかと思ったレイだったが、目の前にあるゾンビの希少種、あるいは上位種の死体をそのままにしておく訳にもいかず、ミスティリングに収納するのも何となく嫌だ。
そんな訳で、レイはこの場で解体をしようと判断し、ドワイトナイフを取り出すと魔力を注ぐ。
……なお、今もまた魔力の流れのコントロールをしているのだが、やはり必要以上に魔力がドワイトナイフに流れ込むようなことはない。
そうして魔力を流したドワイトナイフを死体に突き刺すと、次の瞬間には眩い光が生み出される。
眩い光が消えた後、そこに残ったのは魔石と爪、肋骨と保管ケースに入った眼球だった。
「魔石と爪はともかく、肋骨と眼球か……」
あまり気が進まない様子で、残った素材に視線を向けるレイ。
新鮮なゾンビだったとはいえ、それでもゾンビはゾンビだ。
そうである以上、その肋骨や眼球といった部位はあまり好ましいものではない。
……幸いだったのは、ドワイトナイフの効果なのか、それとも元々そうだったのか、肋骨や眼球から腐敗臭がしていないことだろう。
もしこうして素材となっても腐敗臭を放っていたら、レイもミスティリングに入れるのを嫌がり、そのまま適当に捨てておいただろう。
眼球は保管ケースに入っているので、腐敗臭がするかどうかはレイにも正確には分からなかったが。
「おい、どうした!? 何があった!?」
肋骨と眼球を見ているレイに、不意にそんな声が掛けられる。
声のした方に視線を向けると、レイが助けたパーティが走って近付いて来ているのが見えた。
(あ……そうか)
その姿に納得するレイ。
レイにしてみれば、ドワイトナイフを使うのは既に慣れている。
そうなると、ドワイトナイフを使った時に眩く光るというのも、慣れている。
だが、それはドワイトナイフを使い慣れているレイだからこその話だ。
レイと親しくない者達……ましてや、今日初めて会った者達にしてみれば、ドワイトナイフを使った時の光も初めて見る。
ましてや、その光ったのが自分達を助けてくれたレイだとすれば、驚き、何があったのかと疑問に思うのは自然なことだった。
……それ以外にも、ここがダンジョンである以上、何らかの罠にでも引っ掛かったのかと思われたのかもしれないが。
ともあれ、そうして焦っている者達に対しレイは大きく手を振って口を開く。
「心配いらない。今の光はマジックアイテムを使った光だ!」
そんなレイの言葉に、近付いてくる者達の足が緩まる。
こうしてレイが実際に問題ないと口にし、その上で実際に特に何も問題がないという光景を見てそれでようやく安心したのだろう。
走るのではなく歩きになり、それでもレイのいる方に向かう。
先程の光が特に何の問題がないとしても、どうせならこの機会にレイと話しておこうと、そう思ったのだろう。
パーティリーダーの男は、仲間を率いてレイの前までやってくると即座に頭を下げる。
「今回は助かった。救援を感謝している」
男にしてみれば、仲間が危ないところで助けてくれた相手だ。
ましてや、それがガンダルシアにおいても有名なレイなのだから、粗雑に扱える筈もない。
もしここで下手な対応……それこそ横殴りだといったことを口にして喧嘩を売ったりすれば、それこそガンダルシアにおいて自分がどんな目で見られることか。
男達も、十階で行動出来るという意味ではガンダルシアにおいてそれなりに腕の立つ冒険者として知られているのは間違いない。
だが、それでもレイと自分達ではどちらの言葉が信じられるかと言われれば……それこそ、男達自身であっても、レイだと言うだろう。
もっとも、そういうのを抜きにしてもこの状況でレイを陥れるなどといったことをするつもりはなかったが。何しろ……
「それに、この前のダンジョンの異変を解決してくれたのもレイだと聞いている。俺の友人もレイのお陰で助け出されたんだ。この機会に感謝させてくれ」
「あー……いや、その……うん。まぁ、分かった」
男の言葉に、レイは何故ここまで自分に対して丁寧に接するのかを理解したものの、同時に微妙な表情を浮かべる。
何故なら、十階の異変……ダンジョンの力を我が物にしようとしていたリッチの儀式を防いだのは間違いなくレイだったが、転移水晶の異変によって転移したら翌日の早朝だったというのは、レイは何も関与していないのだから。
ある意味で偶然そのような形になったというのが正しい。
だからこそ、その件で感謝されてもレイとしては微妙な思いを抱いてしまう。
……勿論、それも含めてリッチの仕業であったのだから、レイに感謝するという行為そのものは決して間違っている訳ではないのだが。
パーティリーダーの男は、レイの様子に疑問を抱いたようだったが、ここでレイが特に何も言わないのだから、これ以上は聞かない方がいいのだろうと判断する。
それなりに修羅場を潜ってきただけに、ここで下手なことを聞くと不味い……自分達にとって何か面倒なことになるかもしれないと、そう思ったのだろう。
だからこそ、リッチの件についてはこれ以上は踏み込まないで話題を変える。
「それで、さっきの光は何だったんだ? レイのスキルか何かか?」
「いや、これだよ」
男の言葉に、レイはドワイトナイフを見せる。
「それは? さっきの光を見ると、マジックアイテムか何かのようだが」
「正解だ。これはドワイトナイフというマジックアイテムだ。そして……その効果がそこにある」
そう言い、レイは地面にある素材を見せる。
「これは……」
綺麗に素材と魔石が並んでいる光景に、男は驚く。
いや、驚いたのは男だけではない。他のパーティメンバー達も同様に驚いていた。
当然だろう。本来なら解体をするとなると、自分達の手で直接剥ぎ取りをする必要があるのだ。
ましてや、この十階は出てくるモンスターは全てアンデッドでもある。
男達が先程戦っていたゾンビの場合、それこそ腐った肉や内臓を掻き分ける必要がある。
不幸中の幸いと言うべきか、ゾンビは特に素材らしい素材もなく、魔石だけだが。
しかし、その魔石であってもゾンビの身体から取り出すのは強烈な不快感に堪えないといけない。
それが嫌で、ゾンビは倒しても魔石を取り出さないという者もいるくらいなのだから。
そんな中、こうして綺麗に……本当に綺麗に素材の剥ぎ取りを出来るというには、かなり凄いことだった。
……いや、凄いというのもそうだが、それ以上に男達にしてみれば羨ましい。
「この剥ぎ取りが、そのドワイトナイフというマジックアイテムの効果……一応駄目元で聞いてみるが、それを売ってくれたりはしないか?」
「しない」
男の言葉に、レイは考える様子もなく即座に断る。
だが、男はそんなレイの様子を見てもそうだろうなとしか思えない。
もし男がレイの立場であれば、そんな便利なマジックアイテムを手放そうとは思えないのだから。
冒険者をやっていく上で、解体というのは非常に大きな意味を持つ。
どんなに高ランクモンスターを倒しても、剥ぎ取る時に素材に傷をつけてしまえば、正規の値段よりも安くなってしまう。
素材の損傷が酷い場合は、買い取りが拒否されることすらあるのだ。
そうなれば、折角命懸けで高ランクモンスターを倒したとしても、意味はない。
いや、武器の消耗であったり、ポーションとかを使用したりすれば、赤字となってもおかしくはないだろう。
また、綺麗にモンスターを倒せたとしても、剥ぎ取りにも時間が掛かる。
剥ぎ取りをしている時に、その血の臭いに惹かれて他のモンスターがやって来るのは珍しい話ではないのだから。
かといって、安全な場所で素材を剥ぎ取るにはモンスターの死体を運ぶ必要がある。
そうなればそうなったで、非常に手間だし、体力を消耗する。
何より、他のモンスターに襲撃された時の対処も難しい。
そんな諸々を考えると、レイの持つドワイトナイフというのは非常に羨ましいものだった。
……それこそ、場合によっては買い取ろうとするのではなく、力で奪い取ろうとする者がいてもおかしくはないくらいに。
もっとも、このパーティは善良な者達だったので、そんなことを考えもしなかったが。
「レイの持っているのを売れないのは分かった。なら、それをどこで手に入れたのか聞いてもいいか? 金で買えるのなら、是非欲しい。……ダンジョンで見つかったマジックアイテムなら、諦めるしかないが」
「これは俺が買ったのでも、ダンジョンで見つけた訳でもない。依頼の報酬として貰ったんだ」
「……そんな凄いマジックアイテムを貰える依頼か。一体どんな依頼なんだろうな。ああ、いや。別に教えなくてもいい。大変な依頼だというのは分かるから」
だろうな。
男の言葉にレイはそう言う。
実際、レイがダスカーから受けた依頼は、色々な意味で大変なものだったのだから。
「なら、俺達がそのドワイトナイフを手に入れるのは……それこそ、そのドワイトナイフを作った錬金術師に頼むしかないのか。あるいは全く同じ物じゃなくても、似たような効果を持つのを作って貰うとか」
「そうだな、それしかないと思う。これは……えっと、どこだったか。ちょっと忘れて今すぐは思い出せないけど、腕の立つ錬金術師なら作れるだろうし」
魔導都市オゾスという名称を思い出せず、レイはそう告げるのだった。