3792話
「あ……これはまた……」
スケルトンゴーストの死体……アンデッドに対してその表現が相応しいかどうかはレイにも分からなかったが、とにかく目の前にある死体を見て、レイは困ったように口に出す。
当然だろう。
レイにしてみれば、まさかといった思いがそこにはあるのだから。
本来なら、無詠唱魔法の練習……いや、その前段階として魔力の流れをコントロールしつつ、戦いをするつもりだったのだが、黄昏の槍を投擲する時にそのコントロールしていた魔力が知らずにそちらに流れ込み、結果としてレイが想定した以上の威力を発揮してしまったのだ。
スケルトンゴーストの口から出た何種類もの嘲笑に苛ついたというのもあるのだろう。
しかし、やはり最大の要因は単純にレイが行っていた魔力の流れのコントロールに失敗したということだろう。
「うーん……これは素直に難しい。まだ訓練を始めたばかりだからというのもあるんだろうけど」
そう言いつつ、レイは魔力の流れをコントロールしつつ、スケルトンゴーストの死体を見る。
ゴースト系のアンデッドであるにも関わらず、その死体が残っているのは珍しい。
とはいえ、それはスケルトンゴースト……つまり、スケルトンの要素があるからだろうとも予想は出来たが。
「まぁ、その件については後でどうにかするとして……今はまずこっちか」
魔力の流れのコントロールを一旦止める。
黄昏の槍の一件があったことから、マジックアイテムを使う時は魔力の流れのコントロールはしない方がいいと判断したのだ。
あるいは使い捨てのマジックアイテム……それこそ猫店長から購入したり、ダンジョンの宝箱で見つけた風の短剣のようなものであれば、どうせ使い捨てなのだからと気にせずに魔力の流れのコントロールをしたまま使ってもいい。
しかし、これから使うのはドワイトナイフだ。
使い捨てどころか、予備すらない貴重なマジックアイテム。
だからこそ、レイとしては迂闊なことは出来なかった。
「とはいえ、どういう素材が残るかだな。あの骨の鞭とかは……どうだ?」
三節棍――実際には節となる場所がもっと多数あったので、三節棍という呼称は正しくないのだろうが――に近い形状の、骨の鞭。
レイが使いたいとは思わないし、使えるとも思えない。
しかし、あのような特殊な形状の鞭は、好事家と呼ばれる者達ならば欲するだろう。
だからこそ、レイとしては出来るのなら欲しいと思いはしたのだが……鞭を振るう時だけ、スケルトンゴーストは骨の鞭を生みだしていた。
つまり、スケルトンゴーストの身体の一部という訳ではなく、スキルか何かによって一時的に生み出された武器なのだろう。
また、それは飛斬の一撃を多少……一秒に満たないかどうかといった時間だったが、それでも拮抗したのは間違いない骨の盾についても同様だった。
「まぁ、実際に試してみれば分かるか」
魔力の流れのコントロールについての感覚を一時的に忘れ、いつも通りにドワイトナイフに魔力を流し、その切っ先でスケルトンゴーストの死体を突き刺す。
周囲が眩く輝き……やがてその光が消えると、そこには魔石と腕の骨と思しき骨……ただし、その先端は鋭く尖っている、そんな骨があった。
「これだけか。それとも、魔石以外にも素材があって喜ぶべきか。微妙なところだな」
骨の鞭や骨の盾がなかったことは予想通りだったので、少し残念に思いつつもレイは魔石と素材として残った骨をミスティリングに収納する。
魔石はともかく、鋭く尖った骨は一体どう使えばいいのか。
それはレイにも分からなかったが、素材としてどう使えばいいのか分からないような物はこれまでにも多く見ている。
なので、そういうものだと認識し、気にしないようにしておく。
なお、魔石についてはセトとどっちが使うのかといった相談をする必要もあるので、ここでデスサイズに使うようなことはしない。
もし使っても、セトが怒るようなことはないだろうが。
レイもそれは分かっているので、だからこそここで使おうとは思わなかった。
やることが終わると、レイは再び魔力の流れのコントロールをしながら探索を続ける。
(思った程に、未知のアンデッドは出て来ないな。それなりに出てくると思ったんだけど。考えられる可能性があるとすれば、やっぱりリッチか?)
リッチの行っていた儀式は、儀式によってダンジョンの力を自分のものにするというものだった。
ただ、その儀式に使う宝石を冒険者に奪われた為に、十階にいるアンデッドを儀式の生け贄として使っていた。
現在この十階に未知のモンスターが現れないのは、そうして生け贄に使われたのが原因ではないかとレイには思える。
あくまでもこれはレイの予想でしかなく、実際にどうなのかまでは分からないが。
「お、頑張ってるな」
十階の中を探索していたレイは、遠く離れた場所で五人の冒険者が多数のゾンビを相手に戦っている光景を目にする。
これで冒険者側が不利な状況であれば、レイも助けに向かったかもしれないが、見ている限りでは特に問題なく、冒険者達が有利な戦況だった。
当然だろう。ゾンビはアンデッドの中でも最下級の存在の一匹にすぎず、冒険者はこの十階まで来るだけの実力を持っているのだから。
幾らゾンビの数が多くても、それで負ける筈もない。
もっとも、それは……
「は?」
レイの視線の先で、戦っていた冒険者が不意に数m程も吹き飛んだ。
これが例えば前線で戦う戦士であれば、まだ納得も出来ただろう。
……もっとも、普通のゾンビに人を数mも吹き飛ばす程の一撃を放つことは出来ないが。
しかし、レイが見たのは弓を持った女……後方から援護する弓術士が不意に吹き飛ばされた光景だった。
遠くからではあるが、レイが見た限りだと吹き飛ばされた女の側に敵の姿はなかった。
それはつまり、見えない何かによって攻撃されたということを意味している。
そして戦っていた冒険者達は動揺する。
当然だろう。周囲に敵がいない筈だというのに、いきなり仲間の一人が吹き飛ばされたのだから。
「行くか」
そんな動揺をした冒険者達の姿を遠目に見ていたレイは、即座にそう判断する。
これはレイが見ず知らずの冒険者を助けようと、博愛の精神から……などというものでは、当然ない。
見えぬ敵……あるいは何らかの見えない攻撃方法を持つモンスターともなれば、未知のモンスターなのはほぼ確実だろう。
なら、その魔石を入手出来る絶好の機会をレイが見逃す筈もない。
少し……ほんの少しだけ、危ない冒険者を助けてやってもいいかという思いもそこにはあったが。
セトには及ばないまでも、レイの走る速度も非常に速い。
風景――十階なので大半が墓標だったが――が見る間に流れていく。
そんな景色を横目に、レイは瞬く間に戦闘の行われている場所に到着すると、素早く叫ぶ。
「助力はいるか!?」
それは他人の戦いに参加する為には、絶対に確認しておくべきこと。
もしそのようなことをせずに戦いに割り込んだ場合、獲物を奪おうとしていると判断される可能性があった。
それこそ場合によっては、ギルドに訴えられることもある。
もっとも、今のこのパーティのように、ピンチではあるが、まだ余裕がある訳ではなく、本当に命の危機で即座に助けに入らないと死ぬといった場合は、また話が別だったが。
「援軍!? 頼む!」
前方で多数のゾンビを相手に無双していた冒険者の一人……恐らくこのパーティのリーダーなのだろう男が、レイの言葉に即座に叫ぶ。
……だが、レイの姿を見て少しだけ落胆した様子を見せる。
しかしそんな男の様子を見ても、レイは不満に思ったりはしない。
今のレイはセトも連れておらず、ドラゴンローブの効果によって一般的なローブを着ているように見えるのだから。
小柄な人物がそのような一般的なローブを着ているだけである以上、戦力的に期待出来ないと判断してもおかしな話ではない。
もっとしっかりとレイを見る時間があれば、レイの身体の動かし方から強者であると認識出来たかもしれないが。
だが生憎と、今の男にはじっくりとレイの動きを観察するような余裕はない。
なので、レイを見てがっかりしてもそれは仕方のないことでもあったのだろう。
それはレイにも理解出来るものの、だからといってそれで怒るということはない。
返事があったのと同時に、レイは先程吹き飛ばされた弓術士の女の側まで移動する。
吹き飛ばされた女は既に起き上がり、弓を手に周囲を警戒している。
唇から微かに血が流れているのは、先程吹き飛ばされた時に受けた傷だろう。
「敵は?」
デスサイズと黄昏の槍をミスティリングから取り出しつつ尋ねるレイに、女は分からないと首を横に振り……同時に、自分の側にいるのが誰なのかを理解し、驚きを露わにする。
多くの冒険者が集まる迷宮都市だったが、そうして集まった者の中に大鎌と槍を手に戦う冒険者……などという存在は、一人しかいない。
また、レイはその実力からもかなり目立っている。
数日前に十階で起きた異変を解決したというのも、既に多くの者が知る事実だ。
だからこそ、パーティリーダーの男と違い、武器をその目で見た女はレイの正体をすぐに理解出来たのだ。
そしてレイをレイと認識すると同時に、先程まで抱いていた不安……自分を吹き飛ばした透明な何かに対する不安が綺麗に消えていく。
とはいえ、不安が消えたからといって警戒を解いたりといったことはしない。
そのようなことをすれば、それこそいつ自分が死ぬのかも分からないのだから。
しかし、レイが……深紅の異名を持つレイがこうして自分の側にいてくれるというのは、油断はしないものの、ある種の余裕を女に与える。
そして、余裕を持ったことで、先程までは理解出来なかったことにも気が付く。
「向こう!」
女が叫ぶと同時に、持っていた弓で矢を射る。
続けざまに、二度、三度、四度。
それを見たレイもまた、即座にスキルを使う。
「飛針!」
スキルを使用すると同時にデスサイズを振るうと、二十本の長針が生み出され、発射される。
レイがこのスキルを選んだのは、見えない敵に対する攻撃方法として考えた場合、これは決して悪いものではないと判断した為だ。
一撃の威力はともかく、二十本の長針が適当に放たれる。
それはつまり、敵を炙り出すのに最適な攻撃方法の一つだった為だ。
(もし本当に透明な敵なら、セトの光学迷彩がレベル十になるかもしれない)
もしそうなら、絶対に魔石を手に入れる。
そう思ったレイだったが、次の瞬間そのやる気がなくなってしまう。
空を飛ぶ頭蓋骨をその目で確認出来た為だ。
頭蓋骨だけを見れば、スケルトンだろう。
だが、そのスケルトンの頭蓋骨だけがそれを飛んでいるのだ。
あるいは先程レイが倒したスケルトンゴーストと同じ種類のモンスターなのでは?
そのように思いもしたが、それが違うというのはすぐに分かった。
スケルトンゴーストは複数の頭蓋骨が集まって出来た頭部を持っており、そのような構成上、かなり頭蓋骨は大きかった。
また、ゴースト部分の首から下も、半透明に近い状態ではあったが間違いなくあった。
だが……こうして現在レイの視線の先を飛んでいる頭蓋骨は、間違いなく頭蓋骨だけ……それも複数の頭蓋骨が集まって一つの巨大な頭蓋骨になっているのではなく、一つの頭蓋骨だけで構成されている。
(魔石はどうなってるんだ?)
スケルトンやゴースト、ゾンビも心臓の位置に魔石があるのだが、頭蓋骨だけで空を飛んでいるあのアンデッドの一体どこに魔石があるのか。
アンデッド……モンスターである以上、魔石を持っているのは間違いない。
(となると、考えられるのは頭蓋骨の内側、脳みそのある場所か?)
そう判断すると同時に、女も飛ぶ頭蓋骨の存在に気が付いたらしく……
「え? 何で? ……ええいっ!」
一瞬戸惑った声を上げたのは、レイと同じく魔石がどこにあるのか分からなかったから……ではなく、単純にあの大きさの相手が攻撃をしてきたのなら、気が付かない筈がないと判断した為だろう。
それでも戸惑うは後回しにし、とにかく攻撃をしたのは冒険者としての素質を示していた。
ここで一体何故そのようなことになったのか分からないと、それが気になって攻撃をしないということにでもなれば、冒険者には向いていない。
これが余裕のある時なら、それでも構わない。
だが、今はレイはともかく、女には全く余裕のない状況だ。
だからこそ、今は考えるよりも先に行動に移るというのが正しく、女は見事にそれを行ったのだった。