3791話
新年、明けましておめでとうございます。
今年も1年、よろしくお願いします。
レイはどうすれば無詠唱魔法を使えるのかを考えながら、十階を歩き回る。
途中で何度かモンスターに遭遇したものの、それはどれもがゾンビ、スケルトン、ゴーストといった、倒したことのあるアンデッドだった為、レイは特に警戒する様子もなく、それこそついでのように倒していた。
これがもっと高ランクの……それこそ、レイがまだ遭遇したことのないアンデッドであれば、魔獣術に使う魔石を入手する為に戦闘にも少しは集中したのだろうが。
「うーん……うん。やっぱりこれは違うよな」
無詠唱魔法に繋がるのではないかと考えていたレイだったが、それもまた違うだろうと判断すると、その理論――という程に大袈裟なものではないが――を捨てる。
「駄目だ、全く分からない。……誰かに聞ければいいんだろうけど、そもそも魔法使いが少ないしな」
元々魔法使いとなれる者は決して多くはない。
また、魔法使いになれるだけの魔力を持っている子供であっても、それを魔法使いであったり、魔力を感知出来る者に見出されないと魔法使いへの道は閉ざされる。
ましてや、ミレアーナ王国のような大国であればまだしも、このガンダルシアが存在するのはグワッシュ国という、小国だ。
……それでも迷宮都市があるので、まだそれなりに魔法使いは集まっているが。
「魔力の流れだけで魔法を使えればいい訳だけど……ああ、そういえば聖光教にはそういうのがいたな」
レイがこれまで何度か揉めてきた、聖光教。
その中には擬似的な無詠唱魔法とも呼べる行動が出来る者がいた。
入れ墨のようなものが身体にあり、それに魔力を流すだけで特定の魔法を使えるという方法。
「とはいえ、入れ墨とかそういうのを入れるのは嫌だし、そもそもあれは聖光教にとっても機密度の高い技術の筈だ。何度も敵対した俺が技術を教えて欲しいと言ったところで、それを聞いてくれる筈もないし。とはいえ……これは無詠唱魔法のヒントとして使えるか?」
魔力の流れだけで魔法を使う。
これはレイにとってもやろうと思えば出来そうではある。
取りあえず出来るかどうかを確認する為に、早速試してみることにした。
身体の中にある魔力、自分の周囲に存在する魔力を動かし、魔法を発動させようとするが……
「難しいな」
そう呟くレイだったが、その表情には悔しそうな色はない。
それどころか、獰猛な笑みすら浮かんでいた。
難しいと自分が感じるということは、それはつまりある程度……まだほんの少しだが、出来ているということ。
勿論、その少しが出来たからといって、すぐに魔法を使える訳ではない。
また、魔力だけで直接魔法を発動するという行為が無詠唱魔法に繋がっているとも限らない。
しかし、それでも今のところ他に何か手段がある訳ではない以上、これを試さないという選択肢はレイにはない。
もし魔力だけで魔法を発動させるという行為が駄目であったとしても、魔力を今以上にスムーズに動かせるようになるというのは、決してマイナスにはならない。
駄目なら駄目で、そういう結論がレイの経験として残されることになる。
そのような経験がいずれ何かに使えないとも限らないのだから。
そう判断すると、レイの中にやる気が溢れてくる。
今までも、別にやる気が失われていた訳ではない。
レイが見たリッチの無詠唱魔法というのは、それだけの技術だったのだから。
(とはいえ、あのリッチが空間魔法を無詠唱で使えたのなら、例えば盾じゃなくてもっと大規模な空間魔法の攻撃魔法を使ってもよかったんじゃないか? なのに、何でそういうのはしなかったんだろうな。……考えられるとすれば、無詠唱で使える空間魔法の数が限られていたとか?)
レイは自分とセトのリッチとの戦いを思い浮かべる。
あの時の戦いで、もしリッチが大規模な空間魔法で攻撃してきていれば、負ける……とはいかずとも、相応に苦戦をしたのではないかと。
だが、結局のところリッチが使った空間魔法は限られており、レイが心配するようなことは何もなかった。
それはつまり、限られた数しか無詠唱で魔法を使えないのではないかと、レイには思えたのだ。
(だとすれば……その限られたというのは何だ? 純粋に魔法の数とか?)
レイが思い浮かべたのは、日本でやったゲームだ。
ゲーム機にはコントローラーが必須だが、純正品ではない……いわゆる、サードパーティ製のコントローラーの中には、特殊な機能として行動を登録するというのがある。
例えば、上に一歩移動した後で横に二歩移動し、下に二歩移動してから攻撃をすると登録すると、その登録したボタンを一度押すだけでそのような行動をゲームキャラクターが行う……といったように。
それと同じように、何らかの動作と組み合わせて魔法を発動するように出来れば、無詠唱魔法を使えるようになるのではないかと思いつく。
勿論、先程考えた魔力の流れだけで魔法を使うというのも決して間違ってはいないだろうとレイには思えた。
(つまり、その二つを同時に使う。何らかのアクション……具体的には手の動きや指の動きといったものをすれば魔力の流れによって魔法を使えるように身体に染みこませるとか)
身体に染みついた動きというのは、そう簡単に忘れる訳ではない。
例えば、自転車の乗り方については、一度乗れるようになれば暫く乗っていなくても乗れなくなるということはない。
それと同じように、何らかのアクションをすると魔法を使うという風にすることが出来れば、無詠唱で魔法を使うことが出来るかもしれなかった。
……自転車に乗るのと魔法を一緒にするのは色々と間違っているのだが、レイの中では自然なことだという風に認識されたらしい。
「よし、これで目標は出来た。……出来たが、それを実際にやれるようになるのは大変そうだな」
レイが今決めたのは、あくまでも目標だ。
実際にそれがいつ出来るようになるのかは、レイにも分からない。
数日で出来るようになるかもしれないし、もしかしたら数ヶ月……数年、数十年といった可能性も否定は出来ない。
それはレイも理解しているので、小さいことからコツコツとやっていけば、いずれはどうにかなるのではないかと、そのように思う。
(まずは、魔力の流れだけでどうにか魔法を使えるようにならないとな。その第一段階として、今までよりもっとスムーズに魔力を動かせるようにならないといけない。それが出来るようになれば、無詠唱魔法以外にもかなりのメリットがありそうだし)
具体的にレイが思い浮かべているのは、炎帝の紅鎧。
炎帝の紅鎧も魔力そのものを使う以上、魔力を今まで以上にスムーズに動かせるようになれば、そちらも自然と強化されるのは間違いない。
まさに一石二鳥……そんな風に思いながら、レイは魔力を動かし始める。
ただ魔力を動かすだけではなく、魔力を動かしながら身体も動かす。
具体的には、十階の探索を続ける。
だが……そんな行動をしていたレイは、魔力を動かしながら身体を動かすというのが思った以上に難しいのだと理解した。
例えるのなら、両手にペンを持ち、左手で丸を描きつつ、右手では四角を描く……それの、何倍もの難易度。
いわゆる並列思考ということであれば、魔法を使う上でそれなりに必要になるし、魔法の種類によっては放った後でその魔法をある程度コントロールしたりもするので、ただの並列思考であれば、レイもそこまで問題なく使える。
だが、今必要なのはその先……矛盾しているようだが、並列思考をしながら、更に並列思考をするという行為。
今、この時点でそのようなことはレイにも出来ない。
それを出来るようにしながら魔力と身体を動かしているが……
「キャキャキャキャキャキャ」
ちょうどそのタイミングで、そんな声が聞こえてくる。
「笑い声?」
その笑い声は次第に近付いてきており、レイがそちらに視線を向けると……そこには、幾つもの頭蓋骨が組み合わさったような外見を持つゴーストと思しきアンデッドの姿があった。
「えっと……スケルトン? ゴースト?」
顔は幾つもの頭蓋骨が組み合わさっており、それでいながら首から下にゴーストのそれ。
半分……いや、頭部だけだが、それでも複数の頭蓋骨が集まっているので、二割から三割程がスケルトンで、残りはゴーストという、妙なモンスターが、笑い声を上げながらレイのいる方に向かって飛んでくる。
明らかに、レイに向かって攻撃するつもりなのは、その速度を見れば明らかだった。
「未知のアンデッドが出て来てくれたのは嬉しいんだけど、まさかこういう時に出て来るとはな。タイミングが悪い!」
苛立ちつつも、出て来たのが普通のスケルトンやゴーストではなかったことは、レイにとっても決して悪いことではなかった。
それこそ、魔獣術的にも。
デスサイズと黄昏の槍を構え、敵を迎え撃つ。
「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」
先程までとは違う笑い声を上げながら、そのアンデッドはレイに向かって手を振るう。
するとゴースト部分の手から、何故か腕の骨が何本も繋がった状態で振るわれる。
(鞭、いや、三節棍的な感じか!?)
弧を描いて自分に向かってくる攻撃を確認したレイは、頭の中でそう判断しつつ後ろに跳ぶ。
すると数秒前までレイの身体のあった地面に骨の鞭とでも呼ぶべき一撃が命中する。
地面を砕く……とまではいかないが、周囲に鈍い音が響き、地面が少し沈む程度のダメージ。
その攻撃を観察しながら武器を構える。
(単純だけど、スケルトンゴーストとでも名付けておくか)
そんな風に思いつつ、レイは自分の中にある魔力を意識的に動かす。
スケルトンゴーストは、この階層で行動している冒険者にとってはそれなりに厄介な敵ではあるのだろう。
だがそれでも、結局は十階にいる敵だ。
それはつまり、レイにしてみればそこまでの強敵ではないということになる。
勿論、油断出来るような相手ではないが。
それでも今の骨の鞭による攻撃からして、警戒すべき相手ではないと判断し、どうせならということで無詠唱魔法を使う前段階、魔力の操作を意識しながら戦うことにする。
「飛斬!」
まず放つのは、飛斬。
レイにとっては使い慣れている一撃だったが……
「お?」
スケルトンゴーストは、瞬時に骨の盾を生み出す。
ただ、レベルが低い時の飛斬ならともかく、今の飛斬を骨の盾で防ぐようなことは出来ない。
そんなレイの思いを証明するように、飛斬は骨の盾をあっさりと切断し、その後ろにいるスケルトンゴーストに向かうが……
「ちっ、それが狙いか」
飛斬がスケルトンゴーストの生みだした骨の盾を切断するのに必要だった時間は一秒にも満たない。
しかし、空中に浮かんでいるスケルトンゴーストにしてみれば、その一秒があれば移動するには十分な時間だった。
「ギャヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
嘲笑。
それは間違いなく、嘲笑だった。
スケルトンゴーストにしてみれば、レイの攻撃など効く筈もないと、そう言いたいのだろう。
しかし、それがレイの怒りを買う。
「調子に、乗るなよ!」
その言葉と共に、魔力を込めた黄昏の槍を左手で投擲する。
元々、レイは黄昏の槍を投擲用として使っていた。
勿論普通の槍として使うことも多かったが。
投擲する時は当然だが魔力を流してマジックアイテムとしての効果を発動させていたのだが……
「あ」
投擲した瞬間、レイはその手応えに思わずといった様子で声を上げる。
何故なら、投擲した手応えが明らかに強かったからだ。
それが一体何故なのかは、レイにもすぐに理解出来た。
無詠唱魔法の練習として行っていた、魔力の精密なコントールによるも……正確には、その練習として使っていた魔力が黄昏の槍に流れ込んでしまった結果だろうと。
幸いだったのは、コントロールする魔力そのものがそこまで多くなかったことだろう。
……それでも一般的な魔法使い十人分程の魔力はあったのだが。
だが、その魔力はレイが普段魔法を発動する際に使う魔力と比べれば、圧倒的に少ない。
ともあれ、レイの投擲した黄昏の槍はいつも以上の速度と威力でスケルトンゴーストに向かって突き進む。
そんな黄昏の槍に対し、スケルトンゴーストは飛斬を防いだ……訳ではないが、一瞬にしろ時間を作り、その攻撃を回避した時のように骨の盾を生み出す。
先程と全く同じことをしようと考えたのだろう。
だが……先程の飛斬の時と違い、今度レイが放った黄昏の槍にはレイも意図せずにだが多くの魔力が込められており、骨の盾を貫通する。
それでも速度が落ちるようなこともなく、スケルトンゴーストの身体をあっさりと貫くのだった。