3790話
今年も1年、ありがとうございました。
来年も更新頑張りますので、よろしくお願いします。
ダンジョンの中、それも転移水晶があるのでやって来る者はそれなりにいるが、それでもアンデッドのいる十階ということで、そこまで人気がない……つまり、活動している冒険者の数も少ない十階において、レイは未知のアンデッドを求めて歩き続け……それと同時に、この階層で戦ったリッチの使用していた無詠唱魔法を訓練をする。
「うーん……駄目だ。全く魔法が発動する気配がない」
そう簡単に無詠唱魔法が成功するとは思っていなかったレイだったが、それでもこうして歩きながら訓練をしていても、全く発動する気配がないことを残念に思う。
家で訓練をした時とは違い、周囲に対する配慮は必要ない……とまでは言わないが、それでも家でやる時と比べるとその辺はかなり気が楽なのは間違いない。
だが、そんな状態で無詠唱魔法の練習をしていても、全く発動する気配がない。
(そもそもの話、無詠唱魔法というのはどういう魔法なんだ? 無詠唱。つまり、詠唱をしない魔法だ。なら、その詠唱はどこで行う? 頭の中で詠唱をする? いや、それだとそもそも詠唱をしている時点で無詠唱じゃない。もっと別の何かだ)
詠唱を口に出さず、頭の中で行う。
それはそれで、敵対している相手に詠唱を聞かれない……つまり、これから魔法を使うと宣言せずにいるのだから、大きなメリットではあるだろう。
だが、それはあくまでも頭の中で詠唱をしており、レイが使えるようになりたい無詠唱魔法とは全く別のスキルとなる。
そしてレイが使いたいのは、あくまでも無詠唱魔法だ。
そもそも頭の中で詠唱をするのなら、その隙にデスサイズや黄昏の槍を使って攻撃をすればいい。
無詠唱魔法であれば、即座に、一瞬にして魔法を発動出来る。
だからこそ、レイとしては無詠唱魔法に興味を持ったのだから。
「まぁ、簡単にそういうのが出来るようなら、もっと広まっているが」
難しい……あるいは普通なら到底出来ないからこそ、無詠唱魔法を使う者はいないのだろう。
それこそ、リッチのような存在でなければ使えない……といったように。
あるいは過去には使える者がいたが、今では遺失した技術となっているのか。
そんな風に考えつつ、レイは無詠唱魔法を試す。
「……駄目か」
丁度タイミングよくゾンビが近くにあった墓から起き上がってきたのでデスサイズをそちらに向けて無詠唱魔法が使えないかどうか試してみるが、特に何も発動はしない。
当然だろう。具体的にどのようにすればいいのかを考えて行った訳ではなく、あくまで『無詠唱魔法発動しろ』といったようなことを考えての行為だったのだから。
「うー……あー……」
そんなレイの行動に反応したのか、あるいは偶然なのか。
ゾンビはレイに向かって歩き出す。
グチャ、という聞き苦しい足音が周囲に響く。
その嫌な音に視線を向けたレイは、ゾンビの足の肉が腐り、腐汁とでも呼ぶべきものが地面に落ちているのを見て眉を顰める。
「氷鞭」
そんなゾンビを直接攻撃するが嫌だったので氷鞭のスキルを発動し、デスサイズの石突きから伸びた氷鞭でゾンビを攻撃する。
本来なら、氷鞭はレベル二でまだそこまで強力なスキルではない。
だが、ゾンビの場合はその身体が腐っている。
その為、まだレベルの低い氷鞭の一撃であってもゾンビの身体を破壊することは可能だった。
……また、追加要素として氷鞭の一撃で破壊された場所は凍り付く。
既に氷鞭の一撃でゾンビは死んでいる以上、凍り付いたことそのものに意味はない。
ただし、凍り付いた場所からは悪臭や腐臭が漂わないというのが利点になるか。
「……もっと、こう……燃えろ? 燃えたろ? 燃やすぜ? 燃やすぞ?」
砕けたゾンビの死体に向かって無詠唱魔法を使おうとしてみるものの、当然ながら発動したりはしない。
「無理か。いや、まだ何とか……」
すぐに諦めるのではなく、それからも数分程ゾンビの死体……いや、残骸に向かって無詠唱魔法が出来ないかどうかを試すものの、成功する様子はない。
「……駄目か。うーん、そうなると何かこう……実は根本的なところで間違えているとか、そんな感じだったりするのか?」
そう言いつつ、魔法を使うという行為について考えてみるが……
「あ、うん。この方法は俺には向いていないな」
あっさりとそれを諦める。
魔法を使うという行為においては、大まかに二つに分けられる。
つまり、理論派と感覚派だ。
秀才と天才の違いと表現してもいい。
これはどちらが優れているかという訳ではないのだが、その名称通り理論的に魔法を考えるという点においては前者の方が圧倒的に勝っている。
感覚派の方は、感覚的に出来ると判断し、その魔法を発動する魔力が足りているのなら理論も何もないないままに魔法を発動出来るという点で非常に優れているのだが、魔法を理論立てて考えるという点では圧倒的に劣っている。
そして今レイがやろうとしたのは、無詠唱魔法についての理論を考えるという行為である以上、それがレイに向いていないというのは明らかだろう。
(とはいえ、感覚的に無詠唱魔法を使えるかと言われれば……それもまた難しいんだよな)
あるいは、エルジィンに来たばかりの時であれば、無詠唱魔法がそこまで難しいものではないということを知らなかった為に、レイにも使えたかもしれない。
だが、このエルジィンで数年暮らしているレイは、完全にではないにしろ、ある程度はこの世界の常識について知ってしまっている。
また、純粋にレイと無詠唱魔法の相性が悪い……とまではいかずとも、決して良くはないというのも影響してるのだろう。
レイもそこまで完全に自分の状況を理解している訳ではなかったが、それでも無詠唱魔法を使えるようになるのは難しいだろうという予感はあった。
(魔法を使わない……いや、この場合は無詠唱魔法という名称通り、詠唱を使わないで魔法を使うということを考えればいい。いいんだが、問題なのは一体どうやればそれが出来るようになるかということなんだが)
悩みつつ、詠唱を使わずに魔法を使うというイメージをしながら、魔力を動かしてみる。
魔力を動かすという点については、レイはそれなりに……いや、それなり以上に得意だ。
レイの奥義とも呼べる炎帝の紅鎧というのは、それこそレイの持つ魔力をそのまま使っているのだから。
「……ん?」
炎帝の紅鎧について考えたレイは、ふとその動きを止める。
(炎帝の紅鎧……炎帝の紅鎧。炎帝の紅鎧には、深炎がある)
深炎というのは、炎帝の紅鎧の持つ攻撃の一種だ。
炎帝の紅鎧を構成しているレイの魔力……本来なら見ることが出来ない魔力を、圧縮し、濃縮し、凝縮し……それによって、レイの身体を高密度の、可視化出来る程になった魔力で覆うというものだ。
正確にはその魔力はただの魔力ではなく、レイの属性、あるいは特性が交ざった魔力。
だからこそ、炎属性に特化したレイの魔力によって、炎帝の紅鎧は強力な炎の魔力で構成されることになる。
そんな炎帝の紅鎧の攻撃手段の一つ、深炎。
これはレイの魔力で出来た炎帝の紅鎧の一部をレイのイメージ通りの炎として使うことが出来るという攻撃方法だ。
深炎として飛ばした炎は、火柱となったり、周辺に広がる液状の炎になったり、粘度の高い炎になったりといったように。
それこそレイのイメージ次第では、多種多様な性質を与えることが出来るのだ。
それはつまり、レイが無詠唱で魔法を使っている……といったように思えなくない。
実際には色々な意味で違うのだが、ともあれレイはそのように思った。
炎帝の紅鎧を発動しているという前提ではあるが、自分は無詠唱で魔法を使っているのではないかと。
実際にそれが魔法を使う上で正しい訳ではない。
もし理論派の魔法使いが今のレイの言葉を聞けば、何だそれはと呆れてもおかしくはなかった。
だが、レイはそう思った。
そうである以上、魔力を全力で込めればどうにかなるのか?
そう思いながら、魔力を圧縮し、凝縮し、濃縮していき……
「あ、駄目だ」
このままだと無詠唱魔法を使うのではなく、それこそ炎帝の紅鎧がそのまま発動するだけだと判断して魔力を解放する。
それだけで、平均的な魔法使い百人分以上の魔力が解放される。
一瞬とまではいかないが、数秒程度でそれだけの魔力をコントロールする能力は、まさに莫大な魔力を持つレイだからこそだろう。
だが、今はその能力よりも現在の自分の状況……無詠唱魔法を使えなかったことを残念に思う。
(そもそも、あのリッチはそこまで魔力が多くなかった……よな? もしそこまで魔力が多ければ、それこそセトが反応していた筈だし)
レイは魔力を感知する能力は持っていないが、セトならその能力がある。
そうである以上、もしリッチがそれだけの魔力があるのなら、セトは当然のようにそれを察知しており、レイに知らせていた筈だった。
それがなかったということは、あのリッチの魔力量はそこまで多くはなかったのだろう。
……もしかしたら、レイが嵌めている新月の指輪のように魔力を隠蔽する何らかの手段があったという可能性は否定出来なかったが。
(無詠唱魔法を使うには、多くの魔力が必要。……これは間違っていると思っていいのか? いや、それでも魔力は多い方がいいとは思うけど)
魔法を使う上で、魔力の量というのは大きな要素の一つとなる。
そもそも使おうとする魔法を発動出来るだけの魔力がなければ、魔法そのものが発動しない。
また、レイがよくやるように本来発動に必要な以上の魔力を使い、魔法の威力を底上げするという技術にも当然のように魔力が必要となる。
……もっとも、後者の場合は非常に効率が悪い。
標準的に魔法を発動するのに必要な魔力が一で威力が一とする場合、追加する魔力の場合は十を消費することによってようやく一になるかどうか……魔法陣の構成であったり、周囲の環境、本人の魔法の資質、使用する魔法発動体の質……それ以外にも様々な理由でその辺りの比率は変化するので、一概に十の魔力で威力が一上がるとも限らないのだが。
だが……レイの場合、莫大な魔力を持っている。
今の例では魔法の威力を倍にするには最低でも通常の魔法使いの十倍の魔力が必要なのだが、レイは莫大な魔力を持っているので、容易にそのようなことも出来るのだが。
(って、魔法の威力とかじゃなくて、今は無詠唱魔法についてだったな。……うーん、一体何をどうすれば無詠唱魔法が使えるんだ?)
既にレイはリッチが無詠唱魔法を使っているのを見ているので、使えないという考えはない。
これは無詠唱魔法を使えるように練習しようとしているレイにとって、非常に大きな要素だった。
……問題なのは、実際にリッチが無詠唱魔法を使っているのを見たからといって、それがどう使われているのかが分からないということだろうが。
「うーん……一体どうすれば使えるんだろうな? いっそグリムに聞くか?」
そうも思ったレイだったが、そもそも最近はグリムと連絡が取れていないことを思い出す。
また、そもそもの話、グリムが無詠唱魔法を使えない以上、グリムと連絡が取れてもアドバイスを貰える筈もない。
それは魔法を使うエレーナやマリーナに聞いても同じになるだろう。
もっとも、普通に魔法を使うエレーナはともかく、マリーナが使うのは精霊魔法で、レイやエレーナが使う魔法とは違う。
そうである以上、マリーナに相談をしても意味はないのだが。
「魔力をこう……炎帝の紅鎧程には圧縮しなくても、深炎だけを使えるようになれば、それはある意味で無詠唱魔法か? 結果は同じでも途中経過が違いすぎるか」
違いすぎるが、結果としてはそれでもいいのでは?
そう思わないでもなかったが、どうせなら我流の……半ばスキル頼りの無詠唱魔法よりも、リッチが使っていたのと同じ無詠唱魔法を使いたいと思う。
もっとも、レイの知っている無詠唱魔法はリッチが使ったものだけなので、それが本当の……王道とも呼べる正式な無詠唱魔法かと言われると、どうかと思わないでもない。
ただし無詠唱魔法を使えるのがレイの知る限りではリッチだっただけに、それが正式な無詠唱魔法だと言われれば、レイも納得するしかなかったが。
(それに……深炎を使って無詠唱魔法を使うとなると、炎帝の紅鎧程ではないにしろ魔力を圧縮する必要が出てくる。そうなると、魔力を感知する能力を持っている者は勿論、少しでも鋭い奴がいたら違和感を抱かれるだろうし)
炎帝の紅鎧は魔力を可視化させるまでに圧縮し、凝縮し、濃縮することによって発動するのだ。
そこまでいかなくても魔力を集中していれば、鋭い者なら察知出来てもおかしくはなかった。