3789話
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また、カクヨムサポーターズパスポートにでサポートをしてくれた方には毎週日曜日にサポーター限定の番外編を公開中です。
レイが十二階まで進んだ日の翌日……
「グルルルゥ」
セトはレイに向かって残念そうに喉を鳴らしていた。
今日はレイが十階のアンデッドを狩るつもりで、十階の悪臭が苦手なセトは結局今日は家に残ることにしたのだ。
セトとしてはレイと一緒に行きたいという思いもあったのだが、悪臭用のマジックアイテムを必要とする以上、自分が一緒にいればレイに迷惑を掛けさせると思ったのだろう。
その為、セトは家に残るという選択をした。
「明日……はそろそろ教官としての仕事もあるから、学校の方に顔を出すけど、午後からはダンジョンに潜れる。そうなれば、十二階で岩を数個収納してから、十三階に向かおう。……出来れば、一気に十五階まで行って、転移水晶を使えるようにしたいな」
悪臭によってセトが十階に転移するのに拒否感があるのなら、十五階に到着してその転移水晶を使えばいい。
……言うは易く行うは難しの典型のような理屈ではあったが、幸いなことにレイやセトにはその難しいことをどうにか出来るだけの実力があるのも事実。
それも力押しでどうとでも出来るだけの力もあるのだ。
もっとも、レイとしては十三階と十四階のモンスターの魔石であったり、宝箱であったりを出来るだけ入手したいとも思っている。
ガンダルシアにおいて、十階以降に進める者はそう多くはない。
その為、宝箱には期待出来るのではないかと思えたのだ。
……もっとも、十階以降に進んでいる者は多くはないが、その分腕利きが多い。
それこそ、精鋭と呼ぶに相応しい者達。
だからこそ、そのような者達が宝箱を見逃すかと言われれば、レイとしても正直微妙なところと言うしかないだろう。
そういう意味では、やはり本当にまだ誰にも取られていない宝箱を見つけるには、現在最下層を探索している久遠の絆を追い越す必要があった。
いずれは……近いうちには、そうしたいと思いながら、レイはセトを撫でる。
「じゃあ、行ってくるな」
「グルゥ……」
再び残念そうに喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを励ますように……というのは少し違うのかもしれないが、とにかく元気になるように口を開く。
「ジャニスが、昨日の白い鳥と白い狐の肉を使った料理をセトの為に作るって言ってたから、それを楽しみしていたらどうだ?」
「グルルルゥ? グルゥ!」
セトは、本当? 分かったと嬉しそうに喉を鳴らす。
現金なと思わないでもないレイだったが、実際昨日ジャニスが作った白い鳥と白い狐の肉を使った料理は、かなり美味かった。
ただ、ジャニスにしてみれば、いきなり渡された肉で作った料理だったので、その完成度にそれなりに不満もあったのだろう。
だからこそ、残った肉を使って今日はもう少し肉の性質にあった料理を作ってみせると言っていた。
レイもそれを聞いたからこそ、セトに向かって今のようなことを言ったのだが、どうやらそれは正解だったらしい。
嬉しそうな様子のセトに、取りあえずこれで問題はないだろうと判断すると、レイは最後にセトを一撫でしてからダンジョンに向かうのだった。
「さて」
レイはどこまでも続く墓場を見ながら、そう呟く。
家を出てからここに来るまでは、レイも特に何も面倒なトラブルに遭遇するようなこともなく、無事に到着出来た。
他の者が聞けば、それくらいは当然だろうと言うだろう。
だが、レイの場合は時には全く理解出来ない流れでトラブルに巻き込まれることもあった。
それがなかったということは、今日は幸運なのだろう。
(いや、他の者にしてみれば、それで幸運という考えがそもそも間違ってるんだろうけど)
そう気が付くと少し……本当に少しだけ残念に思いながら、レイは歩き出す。
いつもであればセトがその優れた五感や魔力を感知する能力、あるいは第六感によって敵を見つけるのだが、残念ながら今日はセトはおらず、レイだけだ。
そうである以上、レイが自分で敵を見つける必要があった。
(あれ? もしかして今日トラブルに巻き込まれないのはセトを連れていないから……つまり、俺を俺だと、深紅のレイだと認識出来る奴がいなかったから、妙な騒動に巻き込まれなかったとか? ……その可能性は十分にあるか)
ドラゴンローブの隠蔽の効果によって、セトを連れていないレイは初心者用の魔法使いのローブを着た者にしか見えない。
勿論隠蔽効果はあくまでもドラゴンローブの外見だけのものである以上、レイの身体の動かし方を見て、レイとは認識出来なくても、凄腕だと認識出来る者はいるかもしれないが。
そのような腕利きの場合は、それこそレイに絡むといったようなことをしたりはしないだろう。
(とはいえ、セトを連れ歩かないのは、それはそれでちょっとな)
レイにしてみれば、セトと一緒でこそ自分という認識があるのだ。
もっとも今日のように、セトと一緒に行動しない時もあるのだが。
「さて……」
改めて同じ言葉を口にしたレイは、そのまま歩き出す。
向かう先は……特にない。
今日のレイの目的は、この十階にいるアンデッドのうち、レイが戦ったことのないアンデッドを倒すのが目的なのだから。
そういう意味では、未知のアンデッドのいる場所こそがレイの向かうべき場所だった
(とはいえ、こうして漠然と歩いていても結局未知のアンデッドを見つけるのは難しいという事なんだよな。何らかのセンサーとか、そういうのがあればいいんだが。あるいは敵を引き付けるスキルとかマジックアイテムとか……あれ? マジックアイテムならそういうのありそうだな)
そう思ったが、もしそのようなマジックアイテムがあってもそう簡単に購入することは出来ないだろうと思い直す。
何しろ、モンスターを引き付けるような効果を持つのであれば、それこそ悪用される危険があるのだから。
それこそ、悪意ある者にしてみれば幾らでも使い道はある。
もしそのようなマジックアイテムがあっても、それはギルドマスターなり、領主なりといった相応の地位にいる者が管理しているだろう。
「邪魔だ」
自分に向かって歩いてきたスケルトンを、レイはデスサイズで一閃する。
魔石諸共に切断されたスケルトンは、あっさりと死ぬ。
……いや、正確にはアンデッドである以上、死ぬという表現は正しくないのだろうが。
「あ」
そうして出て来たスケルトンを倒したところで、レイはそんな声を上げる。
ふと、気が付いたのだ。
どうせなら、リッチとの戦いで見た呪文の詠唱も何もない状態で使っていた魔法行使……いわゆる、無詠唱の訓練相手としては丁度よかったのではないかと。
リッチの見せた無詠唱は、レイに大きな衝撃を与えた。
リッチそのものはグリムと比べると明らかに弱者ではあったが、それでも見るべきところがなかった訳ではない。
それこそが、無詠唱魔法。
レイが知ってる限りだと、グリムにも不可能だった筈の技法。
そう考えると、この階層にいたリッチも相応の実力を持つ者だったのは間違いないのだろう。
そしてレイもまた魔法使い……より正確には魔法戦士なのだが、魔法を使う者として無詠唱の魔法には羨ましいとも思うし、一種の憧れもある。
とはいえ、一般的ではない……どころか、それを使う者がここで戦ったリッチ以外にいないことを見れば分かるように、無詠唱魔法というのは一般的ではない……どころか、そういうのがあるという概念すらしられていない可能性がある。
もしくは、レイが日本にいた時の魔法の存在のように、名前は知られていても空想の産物だというように思われているのか。
魔法のある世界で空想の産物? と思わなくもなかったが、このエルジィンという世界は剣と魔法のファンタジー世界であると同時に、多くの者が生きる歴とした現実でもある。
そうである以上、空想の産物というものがあっても、おかしなことはないだろう。
……もっとも、レイは日本にいた時にはアニメやゲーム、小説といったものを好んでいた為、無詠唱魔法という存在をあっさりと受け入れたが。
ともあれ、ここで戦ったリッチは弱かった。しかし、無詠唱魔法という点においては間違いなくグリムを上回っていたのだ。
だからこそ……そう、だからこそレイもまた、その無詠唱魔法を覚えたいと思っていた。
勿論、レイも何も努力をしていない訳ではない。
家の部屋でそれなりに頻繁にどうにか出来ないのかと、試してはいるのだが……生憎と、今まで一度も成功したことはない。
それどころか、軽く煙が上がるという発動未遂とも呼ぶべきようなことにもなってはいない。
今のところ、レイが知っている無詠唱魔法の使い手はこの階層にいたリッチしかいない。
そうなると、誰かに教えを請うという訳にもいかない。
(あのリッチが無詠唱魔法で使っていたのは簡単な空間魔法だったことを思えば、恐らく無詠唱魔法で発動出来るのは簡単な魔法だけなんだろうけど。……あの空間魔法を使った盾、実はかなり高難易度の魔法だったとか、そういうことはないよな?)
レイが無詠唱魔法は簡単な魔法しか発動出来ないと考えているのは、あくまでもリッチの使っていた魔法を目安にしている為だ。
だが……無詠唱魔法で使っていた空間魔法の盾はレイやセトの攻撃を防ぐことは出来たものの、あっさりと壊れたという点から、リッチが使っていた無詠唱魔法というのはあくまでも簡単な魔法でしか使えないのでは? と思っていた。
しかし、そんなレイの思い込みが実は間違っていたとしたら。
(いや、これは考えない方がいいだろうな)
魔法というのはイメージが大きな力を持つ。
そういう点では、それこそ日本でゲームやアニメ、漫画、小説といった諸々を好んでいたレイにとって、非常に有利な点があるのは間違いなかった。
だが、それだけに下手にそういうものだというイメージを持ってしまうと、それに囚われてしまう点があるのも間違いのない事実。
それを知っているからこそ、レイは自分の中に生まれそうになった考えを否定する。
「ともあれ、家の中だといざという時のことを考えて上手く発動しなかった可能性もあるし。そう考えれば、ダンジョンの中というのは練習場所として決して悪くない訳だ」
自分に言い聞かせるように呟くレイ。
だが、実際それは決して間違いという訳ではないのも事実だった。
レイが現在住んでいる家は、レイが買った家ではなく、あくまでも冒険者育成校から……より正確には学園長のフランシスから借りた場所だ。
だからこそ、もし無詠唱魔法の練習をしていて、それが妙な暴発をしたりといったようなことになった場合、レイの起こした問題となってしまう。
……また、メイドとして一緒に暮らしているジャニスの件もあった。
もしレイが無詠唱魔法の練習をしていて、それによって家が燃えた場合、ジャニスがどうなるか。
レイの場合……もしくは相応に腕の立つ者であれば、家が燃えているのを察知して逃げ出すことも出来るだろう。
だが、ジャニスはあくまでもメイドだ。
あるいは、メイドはメイドであってもレイが日本にいる時に見た漫画やアニメ、ゲーム、小説に出て来るような、いわゆる戦闘メイドと呼ばれる類であれば、危険を察知して脱出するといったことも出来たかもしれないが。
とはいえ、この世界にも普通に戦闘メイドに近い存在はいるが。
元冒険者が何らかの理由でメイドとして仕えている。
あるいは護衛がメイドとして働いている。
もしくは、単純に主人の趣味によってメイドに戦闘技術を持たせる。
他にも色々な理由によって、戦闘メイドと呼ぶべき者達はいる。
メイドはいて当然、あるいは主人に近い存在だ。
それだけに、最後の盾として考えるのはそうおかしな話ではないのだろう。
だが、ジャニスはそのような戦闘メイドの類ではなく、普通のメイドだ。
純粋にメイドとしての技量は十分に高い、一流のメイドではあるが。
そんな訳で、家の中では無詠唱魔法の訓練はしていたが、どうしてもその辺りが気になり、レイも本気で訓練は出来なかった。
その辺りには、レイの圧倒的な魔力量も影響しているだろう。
もしレイが普通の……それこそ新月の指輪で隠蔽しているような、一般的な魔法使い程度の魔力しかなければ、もし無詠唱魔法の練習で失敗しても、そこまで大きな被害はないかもしれない。
だが、レイの魔力量は圧倒的という表現ですら生温い程の量がある。
それだけに無詠唱魔法の練習を失敗したら……そう本人が思ってもおかしくはなかった。
その為、レイはここでなら存分に無詠唱魔法の練習が出来ると、歩きながらどう訓練すべきかを考えるのだった。