3785話
セトがどうにか見つけた敵。
その姿を見たレイはたっぷりと十秒程に沈黙した後でようやく口を開く。
「……岩?」
そうレイが呟いたように、レイとセトの視線の先にいるのは岩だ。
ここまでやって来た道は行き止まりになっているのだが、その行き止まりとなっている場所には、幾つもの岩がある。
ただ、こうしてセトが案内してきた以上、当然ながらここにあるのはただの岩という訳ではない。
そこにある岩……いや、そこにいる岩は、そのどれもが岩にしか見えないが、それぞれ自由に動き回ってるのだ。
レイの膝下くらいまでしかないような複数の岩。
その中には一際大きく、レイの腰くらいまでの大きさはある岩もいるが、その岩も自由に動き回っている。
どの岩も、それぞれ形は微妙に違う。
そんな複数の岩の姿に、呆気にとられる……もしくは意表を突かれ、レイはただ見ていることしか出来ない。
「グルゥ」
そんなレイを心配したのか、セトが喉を鳴らす。
セトのそんな鳴き声で我に返ったレイは、意識をはっきりとさせるようにしながら、改めて視線を動き回る岩に向ける。
これが例えば、ゴーレムの類ならレイもそこまで驚くようなことはなかったのだろうが……
(って、いや。もしかしてあれもゴーレムの一種だったりするのか?)
レイの知っているゴーレムとは色々と違うが、それでも岩が動いていると考えれば、やはりゴーレム類なのではないかと、そう思える。
勿論、これは何らかの根拠があってそのように思っているのではない。
あくまでも、岩が動いているからこそゴーレムなのではないかと、そのように思ったのだ。
(ロックタイガーの希少種の時のように、身体の表面から岩を生やしているモンスターって可能性も……ない訳じゃないとは思うけど。でも、ロックタイガーの希少種の時とは違って、見るからに岩の塊でしかないんだよな)
これが例えば、スライムがいて、そのスライムから岩が生えているのなら、まだそういうモンスターだと納得出来なくもないだろう。
しかし、今こうしてレイの前にいるモンスターは違う。
どこからどう見ても、岩の塊でしかないのだ。
今は動き回っているので、モンスターなのだろうというのは分かるが、もし動かずにじっとしていればただの岩にしか見えないだろう。
「セト、一応……本当に一応聞くんだけど、あの岩がモンスターでいいんだよな? ……動いている以上、間違いないとは思うけど」
動き回る岩を見ながら、レイが尋ねる。
「グルゥ」
そんなレイの問いに、セトは間違いないよと喉を鳴らす。
こうして自信満々といった様子のセトを見れば、レイもまた視線の先に存在する動き回る岩がモンスターなのは間違いないだろうと判断する。
(この階層で最初に遭遇した、岩に擬態した気持ち悪いモンスター……じゃないよな?)
ふとそんな疑問を抱くが、レイが見た気持ち悪いと評するモンスターには小さな足が無数に存在していた。
それと比べて、動き回っているモンスターには特に足の類はない。
そのことに安堵すると同時に、足がない状態でどうやって動いているのかという疑問が新たに浮かび上がるが。
スライムのように粘膜か何かで動いてるのか、あるいはそれとは違う、レイにも分からないような何かで動いているのか。
それはレイにも分からなかったが、ともあれモンスターであると理解すれば倒すことに異論はない。
「まだこっちに気が付いてないみたいだし……セト、光学迷彩を使って近付いて不意を打てないか? それで向こうが混乱したところで、俺も攻撃する」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
そんなセトに、レイは言葉を続ける。
「セトが透明になっていると、俺が攻撃をした時に巻き込まれるかもしれない。だから、最初に攻撃をしたら光学迷彩は解除してくれ」
そう忠告する。
セトの光学迷彩というスキルを使うと、レイもその姿を確認することは出来ない。
とはいえ、それでもセトの気配を察知することは出来るのだが。
ただ、気配を察知は出来るが、それでも乱戦の中では万が一という可能性もある。
もしこれで一緒に戦うのがセトのような存在ではなく、偶然利害が一致した程度の相手であれば、レイもそこまで気を遣うようなことはしないだろう。
意図的に狙うということをするつもりはないが、レイの攻撃に命中したら、それはそれとして認識する筈だ。
「グルゥ!」
任せてと喉を鳴らすと、セトは周囲に響かないように喉を鳴らして光学迷彩のスキルを発動する。
スキルの効果によって姿を消すセト。
そんなセトの気配がレイから遠ざかっていくが……
ざっ、と。
セトが近付いた瞬間、動き回っていた岩が一斉に陣形に近い動きをとる。
「え?」
その光景に、レイは思わずそんな声を上げる。
セトの気配もまた、動きを止めた。
一体何が起きたのかレイには理解出来ない。
……いや、何が起きたのかは分かる。
岩は何らかの方法で近付いてくるセトの気配を察知し、それに対応するように迎撃しようとしているのだろう。
あるいは迎撃ではなく、攻撃を耐えるといった目的なのかもしれないが。
岩の狙いはレイにも分からなかったが、それでもセトが近付いた時点で全ての岩が揃って動いたということは、セトの存在を察知したのに間違いはない。
「あ」
そんな岩の集団を見ていたレイは、何となくその理由を理解した。
考えてみれば当然の話なのだが、岩には目も鼻も口もない。
そうである以上、あの岩は最初からセトの姿が見えていないのと同じことなのだ。
だからこそ、セトが光学迷彩を使っても意味はない。
何しろ最初からセトの姿は見えていないのだから。
……勿論、これはあくまでもレイの予想でしかない。
もしかしたら、レイが把握出来ないだけで岩にも目がある可能性も否定は出来ないのだから。
だが、こうして実際に光学迷彩を使ったセトを認識している以上、何らかの手段でセトを把握してるのは間違いない。
「セト、そいつらは何らかの手段でセトの存在を察知している! 光学迷彩は意味がない! 解除して攻撃しろ!」
そう叫びつつ、レイも岩の塊に向かって走り出す。
その手には、ミスティリングから取りだしたデスサイズと黄昏の槍。
走り出したレイの視線の先では、セトが光学迷彩を解除して、地面にいる岩に向かって前足を振るおうとしているところだった。
「グルゥ!」
スキルを発動した訳でもなく、素のままの前足の一撃。
ただし、体長四m程もあるグリフォンのセトの身体能力による一撃だ。
ましてや、その足には剛力の腕輪というマジックアイテムが嵌められている。
それだけで、下手なスキルよりも強力な一撃なのは間違いなく。
グシャリ、と。
そんな音が周囲に響く。
横殴りの一撃ではなく、振り下ろすような一撃だった為に岩は地面に向かって叩き潰された、その音だ。
そして岩が砕けたことによって、レイはその正体を理解する。
(ヤドカリ的な存在か?)
岩が砕けると、その内部には何らかの内臓のようなものがあり、そう思う。
もっとも、ヤドカリと言ってもレイの知っているヤドカリとは大きく違うが。
そもそもヤドカリには足がある。
だが、セトによって攻撃されて破壊された……あるいは砕かれたその生身の部分には、足のように思えるものはない。
そのような状態でどうやって移動していたのか。
それはレイにも分からなかったが、とにかく敵だというのは理解出来た。
「ヒュウ!」
「っと!」
風が吹くかのような音……あるいは鳴き声を聞いた瞬間、レイは反射的に走る軌道を変える。
すると一瞬前までレイの走っていた空間を、光る何かが貫く。
(何だ)
一瞬そう思ったレイだったが、他の岩も何匹かが自分に意識を向けていると判断し、咄嗟にスキルを発動する。
「マジックシールド!」
ここがある程度の広さのある場所であれば、レイもマジックシールドを使うのではなく、自由に動くことによって敵の攻撃を回避するといった手段も使えただろう。
だが、ここはあくまでも岩と岩の間に存在する通路であり、その幅はそこまで広くはない。
それこそ、敵の攻撃を回避しようとすれば……それも見えないような一撃であれば、回避するのは難しい。
キン、と。
そんな音と共にマジックシールドによって生み出された光の盾の一枚が光となって消えていく。
そのことに舌打ちしながらもレイの動きは止まらない。
真っ直ぐ距離を詰め……デスサイズを振るう。
「地中転移斬!」
スキルが発動し、レイの振るうデスサイズが地面に向かって掬い上げるようにして放たれる。
本来なら地面を破壊するなり、斬り裂くなりといったことになるのだが……デスサイズのスキルの効果によって、その刃は次の瞬間にはレイが狙いを定めた岩の一匹の真下からデスサイズの刃の切っ先が出て、その身体を斬り裂く。
(そこまで硬くないな。……狙ったとはいえ)
デスサイズを地中から引き抜きつつ、レイはそんな風に思う。
レイが地中転移斬を使ったのは、岩そのままといった外見からして、恐らくかなりの硬さを持っているだろうと判断した為だ。
先程のセトの一撃を見れば分かるように、叩き潰すような一撃が岩に対して有効なのは間違いなかった。
なら、下からの一撃はどうかと考え、レイが放ったのが今の地中転移斬だったのだが、その一撃はデスサイズの性能もあるのだろうが、容易に地中から岩を斬り裂くことに成功した。
思ったよりも強くない。
それがレイが一匹倒した感想だった。
もっとも、この場合の強いというのは倒しにくい……強い防御力を持っているというのを意味していたのだが。
レイにしてみれば、そこまで気にする程の相手ではないと判断して安堵する。
もっとも、素早い何らかの攻撃は厄介ではあったが。
それを示すように、再び岩から放たれた何らかの攻撃を防いで光の盾が消える。
レベル三のマジックシールドだけに、生み出される光の盾は三枚。
先程の攻撃と今の攻撃から、既に二枚の光の盾が消滅しており、残る光の盾は一枚だけ。
それを気にしつつ、十分に間合いが近付いたところで左手に持つ黄昏の槍を投擲する。
真っ直ぐに飛んでいく黄昏の槍は、岩の一匹を貫通するとそのまま地面に串刺しにする。
この一撃で死んだのかどうかは分からなかったが、それを気にせずレイは素早くデスサイズの石突きを岩に向けると、スキルを発動する。
「ペネトレイト!」
スキルが発動したのを確認してから、デスサイズの石突きで突きを放つ……というより岩の真上から地面に向かって串刺しにするような一撃。
その一撃は、あっさりと岩の上部分を貫き、その内部にある内臓をも貫くと、地面まで到達する。
(やっぱり想像したよりも柔らかいな)
身体を貫いたことで岩は死んだらしいと判断すると、そのまま身体からデスサイズの石突きを引き抜く。
その後も次々と岩を倒していく。
気が付けば、レイとセトの攻撃によってこの場にいた岩……岩のモンスターは全て全滅していた。
「ふぅ……妙なモンスターだったな。いや、モンスターの多くはそんな感じだったりするけど」
「グルルゥ」
レイの言葉に、そう? と喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子を見つつ、レイは最後まで残っていた光の盾を消す。
結局破壊された光の盾は二枚だけで、それ以外の盾が破壊されるといったことはなかった。
近づきさえすれば、容易に殺せる程度の相手だったというのもこの場合は大きいのだろうが。
「岩がそのまま動いてると思いきや、その内部にきちんと内臓とかがあるとはな。……そもそも、どうやって歩いてるんだ、このモンスター。……岩って呼ぶのはちょっと紛らわしいし、ヤドカリと合わせて岩カリとでもしておくか」
呟きつつ、レイは死体となった岩カリの姿を確認していく。
外側の部分……岩に見える部分は、間違いなく本物の岩なのが触れた感触で理解出来る。
しかし、その割にはかなりあっさりと切断出来たのも事実。
一体何がどうなってこのような生態になったのか。
(いやまぁ、モンスターにその辺りのことを求めるのが間違ってるんだろうけど)
最初に遭遇した気持ち悪いモンスターのことを思えば、この岩カリは妙ではあるが、そこまで気持ち悪くはない。
だからこそ、レイにしてみればこうして普通に岩カリの死体を確認することが出来ているのだろうが。
「ともあれ、これで全滅……したよな?」
確信を持てないのは、レイから見ても岩カリと普通の岩の見分けが出来ない為だ。
もしまだ生き残りの岩カリがいて、それがどこかに隠れている、あるいは擬態していれば分からない。
「グルゥ!」
そんなレイに、心配はいらないとセトが喉を鳴らす。
そんなセトの様子に笑みを浮かべ、レイはドワイトナイフを取り出すのだった。