3784話
「さて、まずは素材の収納だな」
そう言い、レイはロックタイガーの希少種の素材を魔石以外は収納していく。
なお、既に周囲にニラシス達のパーティはいない。
ロックタイガーの希少種との戦いで一番の重傷だったニラシスの傷はポーションで治療したとはいえ、それも完璧ではない。
また、噛み潰された為にニラシスの腕の防具が使い物にならなくなっており、更には他の面々もニラシス程ではないにしろ、結構なダメージを受けていた。
その為、これ以上進むのは危険だと判断し、戻ることにしたのだ。
何しろ、ここは十二階だ。
十階の転移水晶を使うには、氷の階層である十一階を通らなければならない。
また、リッチがいなくなったこともあって、十階でも強力なアンデッドが出没するようになっている。……レイが見た中には、墓標の十字架が肋骨に突き刺さって動けなくなっているという、間抜けなスケルトンもいたが。
ともあれ、ニラシスはこの状態でこれ以上進むのは危険だと判断し、戻ることにしたのだ。
その判断は決して間違ってはいないだろう。
治療が終わっているとはいえ、腕の怪我はまだ完全に治った訳ではない。
そのような中、もっと強力なモンスターと遭遇したら、どうなるか。
そもそも今回のロックタイガーの希少種においても、偶然レイがいたから、生き残ることが出来たのだ。
そう考えると、やはりここで撤退するというニラシス達の選択肢は決して間違ってはいない。
ダンジョンの攻略に前向きな冒険者であれば、その程度でもう撤退するのかという風に思うかもしれないが……慎重なのは、決して悪いことではないのだ。
そんな訳で、現在ここに残っているのはレイとセトだけとなる。
「ロックタイガーの希少種か。……出来れば希少種じゃない普通のロックタイガーとも遭遇したいけど、どうだろうな」
呟きつつ、レイは唯一ミスティリングに収納されずここに残った魔石に視線を向ける。
当然ながら、この魔石は魔獣術に使うつもりだったのだが、レイとしては通常種のロックタイガーの魔石も是非欲しい。
欲しいのだが、この十二階で行動していたレイにしてみれば、岩に擬態していた気持ち悪いモンスターとしか遭遇していないのだ。
だからこそ、恐らく通常種のロックタイガーと遭遇するのは難しいだろうとレイには思えた。
(ある程度時間が経てば、通常種のロックタイガーもまたこの階層に現れるかもしれないけど……やっぱり今日は難しいだろうな)
そんな風に思いつつ、レイはこのロックタイガーの希少種の魔石を誰が使うべきかと考える。
セトか、デスサイズか。
「セトだな」
「グルゥ?」
迷った割には、あっさりと決めるレイ。
レイにしてみれば、自分にはデスサイズ以外の攻撃手段として魔法であったり、マジックアイテムだったりがある。
そうである以上、スキルを優先的に習得するのはセトの方がいいと判断した為だ。
もっとも、これはあくまでも基本的にだが。
例えばダンジョンの核の場合、デスサイズで破壊すれば確定で地形操作のレベルが上がる。
そういう意味では、ダンジョンの核であったり、地形操作を使いそうな、あるいは実際に使っているモンスターの魔石なら、レイもセトに譲って貰ってデスサイズに使いたいとは思うだろうが。
「このロックタイガーの希少種の魔石はセトが使うということで」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、嬉しそうにセトが喉を鳴らす。
セトにしてみれば、希少種の魔石ということでどのようなスキルを習得出来るのか、あるいはレベルアップ出来るのかが楽しみなのだろう。
「じゃあ……取りあえず、ここから移動するか」
この場所は岩の迷路が続く中で例外的に広くなっている場所だ。
そのような場所にいれば、この階層にいる冒険者に見つかってしまう可能性は十分にあった。
だからこそ、ここから離れてから魔獣術を使う方がいい。
この階層にいる冒険者はそう多くはないものの、それでも先程のニラシス達のように決していない訳ではないのだから。
万が一にもセトが魔石を飲み込む光景というのは人に見られる訳にはいかなかった。
新しく習得したスキルや、レベルアップしたスキルを試すというのであれば、それは見られても構わない。
スキルの試し打ちであったり、あるいは敵がいるように思えたと言って誤魔化せるのだから。
とにかく魔石を飲み込む光景すら見られないのなら、どうとでも誤魔化せる。
なので、レイはセトと共にこの広い空間に繋がっている狭い道の一つに入っていく。
改めて見てみれば、この広い空間には幾つもの通路が繋がっている。
それだけ、この空間が何か重要な場所だということなのだろう。
……もっとも、九階の洞窟の階層と違い、この岩の階層は岩の上を移動出来るので、普通に迷路を通るだけではなく、岩の上を通ってここまでやって来ることも出来るのだが。
「さて、セト、準備はいいな」
狭い通路に入り、レイは魔石を手にセトにそう声を掛ける。
魔獣術で魔石を使うのには、飲み込むだけだ。
特に何か準備をしたりといったようなことはないのだが。
「グルゥ」
実際、セトもそんなレイの言葉に問題はないと喉を鳴らす。
それを確認してから、レイは持っていた魔石をセトに向かって放り投げる。
セトはクチバシで魔石を咥え、飲み込み……
【セトは『アースアロー Lv.五』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
その内容は、レイにとってそこまで驚くようなことではない。
身体から岩が生えていたロックタイガーの希少種……そんなモンスターの魔石である以上、土系のスキルを習得出来るのは容易に予想出来た。
あるいは土系であっても、アースアローではなくもっと別の土系のスキルを習得するのかもしれないとは思っていたが。
とはいえ、驚くようなことではないが、それが嬉しくないかと言われれば、それは否だ。
何しろ、アースアローはレベル五になったのだ。
それはつまり、他の魔獣術の時と同様にレベル五に達したことによってスキルが一気に強力になったことを意味している。
「セト、あっちに戻ってアースアローを試してみよう。恐らくかなり強化されてると思うし」
「グルルゥ!」
嬉しそうに喉を鳴らすセト。
セトにとっても、レベル五になったことによってアースアローがどこまで強化されたのか、試してみたいのだろう。
レイもそれを止めさせるつもりはない。
早速レイとセトは先程までいた広い空間に戻り……
「セト、試してみてくれ」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは即座にアースアローを発動する。
するとセトの周囲に生み出される複数の岩の矢。
その数、五十本。
レベル四の時は二十本だったことを考えると、一気に倍以上になったことを意味している。
(そういえば、ウィンドアローやアイスアローの時も同じだったか? ……なるほど。アロー系として考えると、そういうのは全部一緒なのかもしれないな)
同じアロー系のスキルである以上、レベル五になった時の本数が同じというのは十分に考えられた。
であれば、これからもし何か他のアロー系のスキルを習得した時の基準にもなる。
そのことを嬉しく思いながら、レイはセトに指示をする。
「セト、敵はいないから……向こうにある岩にでもアースアローを使ってみてくれるか?」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉にセトは即座にアースアローを放つ。
レベル五になったアースアローの威力は凄まじく、次々に岩に命中しては破壊していく。
その威力に、レイはこのアースアローを……いや、ウィンドアローやアイスアローもそうだが、それらを次々に攻撃された相手がどうなるのかを予想し、そのスキルを使われる相手を哀れに思う。
もっとも、セトがスキルを使って攻撃するのは当然ながら敵な訳で……そういう意味では、レイがわざわざ哀れむ必要もないのかもしれないが。
「うん、間違いなく強力なスキルだな。……さすがセトだ」
「グルルゥ!」
レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。
強化された自分のスキルがレイに褒められ、それだけ嬉しかったのだろう。
褒めて褒めて、撫でて撫でて。
そんな様子で、セトはレイに顔を擦りつける。
セトにそうされると、レイも愛らしいセトの様子に笑みを浮かべてその身体を撫でる。
五分程が経過したところで、撫でられ続けていたセトはある程度満足したのか、レイから離れる。
「ん? もういいのか? ……さて、じゃあこれからどうするかだけど……時間も時間だし、この岩の階層でモンスターを探してある程度の時間になったら戻るか」
「グルルゥ……」
先程までは嬉しさ一杯だったセトだったが、レイの言葉を聞くと残念そうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、この十二階と氷の階層の十一階はどうでもいい。
だが、十階は悪臭があるので、どうしてもセトにとっては気が進まないのだろう。
悪臭用のマジックアイテムがあるので、そういう意味では対処は出来るのだが……それでもやはり、好んで行きたくないと思うのは仕方がない。
(俺がセトと同じ立場であっても、恐らくそうなるだろうし)
セトの五感……この場合はその中でも特に嗅覚だが、その嗅覚が鋭いのは知っている。
だが、具体的にどのくらい嗅覚が鋭いのかまでは分からない。
なので、セトが嫌がっているのを知っていても、レイとしては悪臭用のマジックアイテムがあるからと、何とかなだめることしか出来なかった。
レイにとっては幸いなことに、セトはそんなレイの対応にすぐに理解したといった様子を見せる。
「さて、そうなるとまずはどこに向かうか」
そうレイが口にしたのは、この空間から繋がっている道は何本もあるからだ。
迷路状になっているこの階層だが、地図を見ればどの道がどこに繋がっているのかは分かる。
それはつまり、十三階に続く階段のある場所もはっきりと分かるということを意味していた。
しかし、今回の場合レイが行きたいのは階段ではなく、モンスターのいる場所だ。
そうである以上、階段に続く道ではなくても……それこそ行き止まりになっているような場所であっても、レイとしてはモンスターがいれば全く問題はないのだ。
そしてモンスターのいる場所を見つけるのに一番有効なのは、セトの五感となる。
……実際には、セトの五感以外にレイの持つ勘も大きな役割を発揮する時もあるのだが。
ただ、レイの勘は常時きちんとその効果を発動するといった訳ではない。
それこそ場合によっては全く何の役にも立たないこともある。
だからこそ、今回のようにモンスターを探すのであればセトに任せた方がよかった。
(まぁ、トラブル誘引体質が発動したらどうなるのかはちょっと分からないけど。……もしそうなったら、例えば大量のモンスターが襲ってくるとか? それはそれで悪くないとは思うけどな)
レイにしてみれば、大量のモンスターとの戦いというのは決して忌むべきものではない。
普通の冒険者にしてみれば自殺行為にしか思えなくても、レイの場合そのように大量のモンスターに襲われてもどうとでも出来るだけの自信があった。
ましてや、レイにはセトという相棒もいる。
ドラゴンが大量に出て来たということにでもなれば話は別だが、この十二階に出てくるようなモンスターであれば、体力的に苦労はするかもしれないが、最終的には勝利出来るだけの自信がレイにはあった。
「グルルゥ……グルゥ!」
レイ達のいる空間から続く道のどこにモンスターがいるのかと、じっと探っていたセトだったが、やがてそんな鳴き声を上げる。
「よし、見つけたか。じゃあ、行くぞ」
本当にそこなのか? といったように疑うこともせず、レイは即座にセトの示した通路に向かう。
この辺りが、レイとセトの間に深い信頼関係がある証なのだろう。
そうしてセトが案内をするように、一本の道を進む。
(こうしてセトが自信満々……って程じゃないけど、ある程度の確信を持って進んでいるってことは、多分、モンスターがいるのは間違いないと思うけど……さて、一体どういうモンスターなんだろうな)
楽しみに思いつつ、レイは歩みを進める。
左右にある岩の影響によって、狭くなったり広くなったりする道。
時には何とかセトが通れるか通れないかといったような道もあったが、そのような時はセトがサイズ変更を使ってでもその道を通る。
……そこまでするのなら、いっそ岩の上を通ってもいいのでは?
そのように思うレイだったが、セトのやることなので、そういうものだろうと判断して進む。
そのまま十分程歩き続け……そして道はようやく終わりを告げ、モンスターが姿を現すのだった。
「……岩?」
戸惑ったように呟くレイの声と共に。
【セト】
『水球 Lv.六』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.五』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.三』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.七』『光学迷彩 Lv.九』『衝撃の魔眼 Lv.五』『パワークラッシュ Lv.七』『嗅覚上昇 Lv.七』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.三』『アースアロー Lv.五』new『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.六』『翼刃 Lv.五』『地中潜行 Lv.三』『サンダーブレス Lv.七』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.三』『空間操作 Lv.一』
アースアロー:土で出来た矢を飛ばす。レベル一では五本。レベル二では十本。レベル三では十五本、レベル四では二十本、レベル五では五十本。威力は一本で金属の鎧を貫く。