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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3782/3865

3782話

 レイが投擲した風の短剣は、もう身動き出来ない岩虎の身体に突き刺さる。

 岩の部分ではあったが、風の短剣の持つ威力なのか、あるいはレイの魔力によるものなのか。

 ともあれ、あっさりと風の短剣は岩虎の身体に突き刺さる。


「……あれ?」


 突き刺さりはしたものの、それだけだ。

 何らかの効果が発揮されるのだろうとばかり思っていたレイは、意外そうな声を上げる。

 一体どうなっている?

 そんな疑問を抱くと、不意に岩虎に突き刺さった風の短剣から一m程の距離が風の結界に覆われる。

 そして次の瞬間、その結界の内部には多数の風の刃が生み出され、結界内部に存在する岩虎を斬り裂いていく。


(発動するまで、それなりに時間が掛かるのか)


 その結界を見ながら、レイは少しだけ残念に思う。

 風の短剣が岩虎に突き刺さってから結界が発動するまで十数秒。

 これを十数秒しかと考えるか、あるいは十数秒もと考えるのかは人によって違うだろう。

 だが、実戦慣れしているレイにしてみれば、明らかに後者だ。

 そして実際に戦いには使えないと判断する。

 実戦、それも命懸けの戦いにおいては一秒ですら致命的な隙になるのだから、それが十数秒ともなれば尚更だった。そして……


(威力そのものも、そこまで強力って訳じゃないか)


 風による結界はその中を確認することが出来る。

 出来るのだが、そんな結界の中では荒れ狂っている風の刃は岩虎の岩の部分を斬り裂くといったことは出来ない。

 勿論、それはあくまでも岩の部分だけで、その下にある生身の部分は風の刃で斬り裂いてはいるのだが、それでもレイとしては出来れば岩虎の岩の部分も斬り裂いて欲しいと思っていた。

 ダンジョンで見つかったマジックアイテム。それも使い捨てということを考えると、あるいは期待をしすぎたのかもしれない。


(まぁ、使い方を工夫すれば使えるか? デメリットも、考えようによってはメリットになるし)


 発動するまで十数秒掛かるというのなら、こうした戦いの中で使うのではなく、罠として使えばいい。

 攻撃力が高くないのなら、それは相手を殺すのではなく生け捕りする時に使えばいい。

 そうして使えば、風の短剣はそれなりに使えるマジックアイテムなのは間違いなかった。

 ……もっとも、レイやセトの場合は魔獣術によって手札が幾つもあるので、わざわざ風の短剣を使わずとも、スキルで代用出来るのだが。


(総じて言えば……使えないこともないが、期待外れといったところか)


 そのように結論を下すレイに、セトが近付いてくる。

 セトもまた、宝箱から出たマジックアイテムの効果を見ていたが、期待した程の威力ではなかったことを残念に思いながらレイに近付いて来たのだろう。


「グルゥ」

「気にするな。とにかく、今は……そうだな、ニラシスの様子でも見るか」


 風の結界の内部にいる岩虎は、もう動いてはいない。

 死んだか、あるいは瀕死の重傷か。

 その辺りはレイにも分からなかったが、この状況ではもう生き延びることが出来ないのは明らかだった。

 そもそもの話、セトの一撃で既に瀕死の重傷だったのだから今更なのかもしれないが。

 レイはセトと共にニラシス達に向かって近付く。


「ニラシスの様子はどうだ?」

「……何とか傷は塞がったけど……」

「ははっ、こんなことなら革鎧じゃなくて金属の鎧でも……いや、それはそれで駄目か」


 ニラシスの傷の手当てをしていた女の言葉に、ニラシスがそう告げる。

 実際、岩虎に噛まれていた腕には革鎧があり、そのお陰でニラシスの腕が喰い千切られるといったことはなかったのだろう。

 勿論、それはレイの投擲した槍によって岩虎が吹き飛ばされたからこその話だ。

 もし槍の投擲がもう少し遅ければ、恐らくニラシスの腕は岩虎に噛み千切られて……いや、喰い千切られていただろう。

 そういう意味では、レイはニラシスにとって命の恩人……あるいはそこまでいかなくても、冒険者を続けることが出来るようにしてくれた相手だった。

 もし腕がなくなっても、強力な……非常に高価なポーションがあれば、あるいは腕を繋げたり、あるいは生やしたりといったことが出来るかもしれない。

 もしくは、マジックアイテムの義手の中には本物の腕と同様に動かすことが出来る物もある。

 だが、当然ながらそのような高性能な腕というのは、その辺の冒険者が容易に購入出来るような値段ではない。

 もしくは、金があっても購入出来るというものでもないのだ。

 それこそランクA冒険者であったり、貴族であったり、大商人であったり……そういう者達でなければ、そもそも購入出来ないという非常に希少な品だった。

 ニラシスはガンダルシアの中では腕の立つ冒険者で、上澄みだろう。

 しかし、それでも足りない。

 だからこそ、ニラシスはダメージを追いつつも無事だったこと。そして何よりレイの攻撃によって助けられたことは非常に幸運だった。


「無事……とは言わないけど、それでも致命的な傷じゃなくてよかったな。……それにしても、あの岩虎。この階層には合わない程の強さを持っていたな。何か知ってるか?」


 そう言い、レイは未だに風の結界に包まれている岩虎の方を見る。

 レイやセトにしてみれば、そこまで強敵という程ではなかった。

 しかしそれは、あくまでもレイやセトにしてみればの話だ。

 実際、ニラシス達はレイが来なければ、最悪岩虎によって全滅していてもおかしくはなかったのだから。


「この階層にはロックタイガーってモンスターが出るんだが……」


 そこで言葉を切ったニラシスは、レイの視線を追うように風の結界に視線を向ける。


「それがこいつなのか?」

「違う。ロックタイガーはここまで大きくはない。この半分もないくらいの大きさだ」


 それでもこの岩虎は四m程もあるので、その半分となると二m程となり、結構な大きさとなるのは間違いない。


「違うのは大きさだけか?」

「身体から生えている岩というのは同じだが、その岩の頑丈さでこいつが圧倒的に上だった。それに……」

「それに?」


 何か言いにくそうにしているニラシスに、その先を言うように促す。

 するとニラシスは、視線を風の結界から少し外し、とある場所に向ける。

 その視線を追ったレイは、そこに喰い荒らされたモンスターの死体があるのに気が付く。

 それは狼のようなモンスターの死体。

 何故狼のようなと断言出来たのかといえば、喰い荒らされているのは内臓だけで、顔といった部分は全く無傷だったから。


「魔石だけを好んで食うような習性はロックタイガーにはなかった筈だ」

「……なるほど」


 何となく……本当に何となくではあるが、レイはこの十二階に棲息するモンスターの数が少ない理由について予想出来た。


「この階層を探索している時に、他のモンスターの姿を見ることが少ないと思っていたら……それが理由か」


 レイがこの階層に来て遭遇したモンスターは、岩に擬態した気持ち悪いモンスターだけだ。

 モンスターがいないことを不思議に思っていたのだが、この岩虎、いや……


「ロックタイガーってモンスターの外見は基本的にこいつと変わらないんだよな?」


 一応ということで確認すると、ニラシスはポーションで治療が終わってもまだ傷むのか、腕を気にしながら頷く。


「ああ、外見だけならレイが倒した奴の半分かそれ以下の大きさだな」

「つまり、このモンスターは多分ロックタイガーの希少種なんだと思う」

「……だろうな」


 ニラシスも冒険者として当然のようにレイと同じ結論に達していたのか、希少種という言葉を聞いても特に驚く様子はない。


「え? ちょっと待って。上位種って可能性はないの?」


 ニラシスの仲間の一人が、レイに向かってそう言う。

 希少種のようなかなり珍しい存在ではなく、上位種の方が可能性はまだ高いと、そのように思ったのだろう。

 だが、レイはそんな女の言葉に対して首を横に振る。


「多分違うな。勿論絶対ということはないだろうが。……基本的に上位種ってのは、基本となった種族から外見が変わっていることがおおい。けど、こいつは大きさそのものは倍近くなっているが、外見そのものは殆ど変わっていない」


 そんなレイの説明に、これが上位種ではないかと疑問を抱いた女も納得の表情を浮かべ……


「あ、結界が」


 その女の言葉にレイがそちらに視線を向けると、その言葉通り風の短剣によって生み出された結界が消えるところだった。


(こうして話している間も結界が維持されていたと考えると、やっぱりこの短剣は戦闘の際に武器として使うよりも、罠として使う方が向いてるっぽいな)


 レイはそんな風に納得する。

 発動するまでの時間であったり、風の結界が維持されている時間だったりを考えれば、やはりこの風の短剣は戦闘には向いていないだろうと。

 勿論、それでも無理に使おうと思えば使えるとは思う。

 思うのだが、それなら別にわざわざ風の短剣を使わずとも、普通にデスサイズや黄昏の槍を使えばいいのだから。


「死んだな。……いやまぁ、セトの一撃が致命傷だったのは間違いないとは思うけど」


 レイがロックタイガーの希少種の死体を見て、そう呟く。

 そんなレイの言葉に、ニラシス達は安堵する。

 レイやセトの攻撃によって致命傷を与えたのは理解出来ていた。

 その上で、レイやセトがこうして側にいて、ロックタイガーの希少種は風の結界に閉じ込められ、その内部で風の刃によって斬り刻まれていたのは見ていたが、それでもやはりこうして実際に死んだと確認出来て、それでようやく安堵したのも事実だった。

 それだけ、このロックタイガーの希少種はニラシス達のパーティにとって脅威だったのだろう。


「さて、それでだ。このロックタイガーの希少種の分け前をどうするかだな」


 ロックタイガーの希少種の死体を前に、レイはニラシス達にそう尋ねる。

 このロックタイガーの希少種を倒したのはレイだ。……正確には致命傷を与えたのはセトなのだが、セトはレイの従魔なのでレイが倒したという扱いになる。

 しかし、このロックタイガーの希少種と最初に遭遇し、先に戦っていたのはニラシス達。

 レイはニラシスが危なかったからそれを助ける為に介入したのだが、それは悪い風に捉えれば戦闘に乱入したようにも認識出来る。

 だからこそ、ロックタイガーの希少種をどう分けるかと疑問を口にしたのだが……


「レイが全部貰ってくれ」


 あっさりとニラシスはそう言う。


「いいのか?」


 そう尋ね返しつつも、他のパーティメンバーに視線を向ける。

 しかし、他のパーティメンバーもニラシスの言葉に不満はないらしい。

 勿論、実際には不満を抱いているが、それを表に出していないだけなのかもしれないが。

 ともあれ、不満を露骨に表情に出している者がいないのは明らかだった。


「当然だ。もしレイがいなかったら、俺はこいつに右腕を完全に潰されていた。……いや、右腕だけじゃなくて、命まで失っていたかもしれない。それを助けてくれた相手に、幾ら希少種だからといって素材を寄越せとは言えねえよ」


 それは半ば痩せ我慢でもあるだろう。

 実際、ニラシスの腕を守っていた革鎧はもう使い物にならなくなっており、地上に戻ったら修理したり、もしくは新しく買い直す必要がある。

 その際に必要になるのは、当然ながら金だ。

 このロックタイガーの希少種の素材の分け前を貰えば、修理にしろ買い直すにしろ、その代金に使うことが出来る。

 だからこそ、本来ならニラシス達もロックタイガーの希少種の素材は欲しい筈だ。

 だが……ニラシスが口にしたように、命を助けられたのに、その上で素材も欲しいと言うのは、ニラシスの矜持が許さなかったのだろう。

 だからこそ、こうしてレイに全てを渡すと主張したのだ。


「分かった。お前がそう言うのなら、そうさせて貰う。とはいえ、貰いすぎもちょっとな」

「なら、レイが解体するのを見せてくれるか? それとも、ミスティリングだったか。それに入れて死体をそのまま持ち帰るのか?」


 ニラシスのその問いに、レイはどう答えるべきかと考えたが、別に隠す必要もないだろうと判断し、ミスティリングからドワイトナイフを取り出す。


「以前は自分で解体したり、解体屋に任せたりしてたが、今はこれを使っている」

「……それは?」

「ドワイトナイフ。解体の為のマジックアイテムだな」


 そう言うレイの言葉に、ニラシスは大きく目を見開く。

 マジックアイテムには色々とあるのは知っていたが、まさか解体用のマジックアイテムなどというものがあるとは、思ってもいなかったのだろう。


「そんな物があるのか」

「かなり希少だけどな」


 唖然として呟くニラシスに、レイはそう返すのだった。

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