3781話
セトのスキル、毒の爪をレベル十にすることを目的に岩の階層の探索を進めたレイとセトだったが……
「やっぱりいないな。……何でこんなにモンスターがいない?」
探索を始めてから、既に一時間程が経過したものの、モンスターの姿を見つけることは出来なかった。
レイにしてみれば、セトの能力があればそれなりにモンスターを見つけることが出来るだろうと思っていたのだが。
最初に見つけたモンスターも、セトが見つけているのだから。
(とはいえ、最初に見つけたモンスターも実際に見つけるまで結構な時間が掛かったんだよな。そう考えると、やっぱり元々この岩の階層にはモンスターが少ないとか? いや、けどそういう注意事項があれば、地図にその辺の情報が書かれていてもおかしくはないと思うんだが)
先に階段を下りたニラシス達に、その辺の情報について聞いておけばよかった。
そう思いながら、レイはセトと共に多数の岩がある中を進む。
「グルルゥ……」
レイの様子を見て何かを察したのか、セトがごめんなさいと喉を鳴らす。
もっと自分が優れた能力を持っていれば、レイの役に立てたのにと。
「あー……いや、別に今回の件はセトが悪い訳じゃないだろ? モンスターを見つけるにしても、そもそもいなければ見つけようがないし。だから、セトはそこまで気にすることはないって。な?」
そう言いつつ、レイはセトを励ますように撫でる。
レイも別にセトを責めるつもりはない。
レイが口に出したように、実際にモンスターがいなければ、幾らセトであっても見つけることは出来ないのだから。
そうしてレイとセトは岩の階層の探索を続けていたのだが……
「いやあああああああっ!」
不意にそんな悲鳴が聞こえてくる。
「セト!」
「グルゥ!」
普段であれば、悲鳴が聞こえてきても即決で助けに行くといったことはしない。
だが、悲鳴を上げた……それも少し驚いたといった悲鳴ではなく、切羽詰まった悲鳴であることを考えれば、恐らく今の悲鳴の主は何か余程の危機に陥っているのだろう。
であれば、それを行った者がいる筈で、そうなるとその可能性が高いのはやはりモンスターだ。
以前五階で遭遇したような冒険者狩りといった可能性もあるが……それはそれで、レイにとっては悪くない。
だからこそ、レイはセトの背に乗り悲鳴の聞こえてきた方に向かう。
その上、レイを背中に乗せたセトは即座に岩を蹴って地上ではなく岩の上を進む。
悲鳴の聞こえてきた方向はすぐに分かった。
何故なら、それこそ体長四m程のセトと同じくらい……あるいは少し大きいくらいのモンスターがそこにはいたからだ。
当然ながら、そのような大きさのモンスターが動けるような場所となると、限られている。
実際にそのモンスターのいる場所は岩の迷路のようになっているこの階層で、かなりの大きさを持つ広場のようになっていたのだ。
そうした場所にいるのは、セトよりも大きな……
「岩で出来た虎?」
そう、それは岩で出来た虎……あるいは猫科の猛獣とでも呼ぶべき存在だった。
岩で出来た虎。
普通に考えれば、それは獣型のゴーレムか何かだと判断してもおかしくはない。
だが、それでもレイがその岩の虎……いや、岩虎をゴーレムの類ではなく肉体を持ったモンスターだと判断したのは、その岩虎の右目のあった場所から血が流れているからだ。
そして、何者かを咥えている……いや、より正確には牙で噛みしめていることによって多少見える口の中が、ゴーレムではなく明らかに生物だったことからも間違いはない。
「グルゥ!?」
「ん? って、ニラシス!?」
セトが喉を鳴らしたことにより、レイは岩虎に噛みつかれているのが誰なのかを理解する。
それは、レイ達よりも早くこの十二階に下りていった、ニラシスだった。
そのニラシスが岩虎に腕を噛まれ、振り回されている。
先程聞こえてきた悲鳴はニラシスのパーティメンバー……セト好きの女のどちらかなのだろうと思いつつ、レイはミスティリングから黄昏の槍……ではなく、壊れかけの槍を取り出し、そこまで威力が出ないように加減して投擲する。
レイが黄昏の槍ではなく普通の槍を取り出すべきだと判断したのは、やはり岩虎が噛みついて振り回しているニラシスが理由だ。
もしこれが、岩虎にニラシスが噛まれていなければ、レイも黄昏の槍を選んだだろう。
だが、ニラシスが敵に捕まっている状態で黄昏の槍を投擲したらどうなるか。
上手く岩虎にだけ命中しても、その威力が強すぎた場合、岩虎の破片がニラシスに命中して大きなダメージを与える可能性がある。
あるいは投擲した槍の威力が高かった場合、岩虎が身体を貫かれた痛みで噛みついているニラシスの腕を噛み千切るかもしれない。
もしかしたら痛みによって口を開き、噛みついているニラシスを解放するかもしれなかったが、絶対にそうなるとは限らない。
そんな諸々について考えた場合、やはりここは威力の高い黄昏の槍よりも、敵に命中したら壊れるような、そんな槍の方がいいのは間違いなかった。
(上手くいけよ)
敵の意表を突こうというのだろう。
岩虎の上に向かって飛ぶセトの背中の上でレイはそう思う。
そんなレイの思いを込められた槍は、真っ直ぐ岩虎に向かい……その身体に命中した瞬間、槍の穂先が砕ける。
元々が穂先にヒビが入っていた槍だったので、岩虎の岩の部分に命中した衝撃に耐えられなかったのだろう。
レイにしてみれば、ある意味で狙った結果ではあったが。
「ゴブゥ!」
ニラシスを咥えていた為だろう。
岩虎はそんな妙な悲鳴を上げつつ、少しだけ吹き飛ぶ。
「……少しだけ、か」
セトの背の上で、レイはそう呟く。
壊れかけの槍だったので、レイが本気で投擲をすればその時点で壊れていた可能性があった。
その為、投擲する際に全力という訳ではなかったのだが、それでも結構な威力だったのは、槍と飛ぶ速度を見れば明らかだった。
にも関わらず、岩虎は少し吹き飛んだだけ。
槍の穂先が壊れて岩虎の身体に突き刺さらなかったということは、槍が命中した衝撃そのものは間違いなく岩虎に伝わったのだが、それでも吹き飛ばなかったのは、岩虎の重量やその頑丈さを表していた。
幸いだったのは、岩虎が多少とはいえ吹き飛ばされた衝撃で噛みしめていたニラシスを離したことか。
地面に落下したニラシスは噛まれていた右腕を押さえながら岩虎から距離を取る。
パーティメンバーは、そんなニラシスを庇うように前に出て、その中の一人はニラシスにポーションを掛けていた。
「グオオオオオオオオオオオオオ!」
岩虎はそんなニラシスやその仲間を気にした様子も見せず、雄叫びを上げる。
この階層において最強である自分に攻撃をしたのは一体誰なのかと、怒り狂いながら。
……しかし、そんな岩虎は周囲の様子を見ても誰の姿を見つけることも出来ない。
当然だろう。岩虎の認識では自分に向かって攻撃をした相手はどこかの岩に隠れているといったような認識であるのに対し、実際にはそれを行ったレイは空を飛ぶセトの背に乗っているのだから。
その為、岩虎は苛立たしげに喉を鳴らしつつも、自分に攻撃した相手の姿を確認することは出来ない。
そして……岩虎が周囲を苛立たしげに睨み付けている時、既にセトは岩虎の上空までやって来ていた。
上空までやってくれば、後はもう地上に向かって降下していくだけだ。
上空から地上に向かって降下していくセト。
レイもその背の上で、いつでも下りられるようにしながらデスサイズと黄昏の槍をミスティリングから取り出し……
(って、不味い!?)
地上に向かって降下し始めたところで、レイは地上の光景を見てそう思う。
周囲の様子を確認していた岩虎だったが、幾ら探しても自分に攻撃した相手を見つけることが出来なかったからだろう。
攻撃してきた相手を捜すのを止め、その視線は離れた場所にいるニラシスに向けられていた。
セトが岩虎に見つからないようにかなりの高度まで上がったこともあり、このままでは岩虎の次の行動を止められない。
そう判断したレイは、セトの背から下りるとスレイプニルの靴を使い、空中を足場として地上に向かって急降下する。
空中を蹴った反動を使い、翼を羽ばたかせながら降下しているセトよりも更に前を進む。
とはいえ、セトとレイが地上に到着する時間差は、それこそ数秒……あるいは一秒あるかどうかだろう。
しかし、この戦いの中ではその一秒というのが非常に大きな意味を持っていた。
ニラシスやその仲間に向かい、近付く岩虎。
右目が失われているものの……いや、だからこそなのか、岩虎は怒り狂っていた。
その上、先程の自分に向かって放たれた攻撃が更に岩虎の怒りの炎に油を注ぐ。
本来なら岩虎は自分に向かって離れた場所から攻撃した相手をまず喰い殺そうと思っていた。
だが、見つからない。
その為、岩虎は隠れながら自分に攻撃をしてきた相手を殺すよりも前に、自分の右目に傷を与えた者達を喰い殺すことにしたのだ。
そんな岩虎を前にして、ニラシスのパーティは当然ながら抵抗の構えだ。
パーティで最強のニラシスが右腕を使えない状態になってはいるものの、別にこのパーティはニラシスにおんぶに抱っこな訳ではない。
他のパーティメンバーも相応の強さを持つ。
レイのような例外的な強さがあるのならまだしも、そうでなければ一人の戦力などそこまで突出したものではないのだから。
だからこそ、ポーションの効果が発揮されるまでの時間を稼ぐくらいのことは出来るつもりだった。
そんな中……
「え?」
ニラシスの仲間の男の一人が、そんな声を上げる。
その男が何故そのようなことをしたのかは分からない。
あるいは、この状況から何とか生き残る為にどうにかしようとした、その本能がさせたことだったのか。
とにかく、上を見たその男の目に映ったのは、上空から地上に向かって降下してくるレイとセトの姿だったが……それは、悪手。
「っ!?」
自分を前にしてその上を見るなどということをした目の前の獲物の行動に、岩虎は危険を察したのだろう。
真横に跳躍し……
斬、と。
レイの振るうデスサイズの一撃を何とか回避する。
もっとも、それはあくまでも致命的な一撃から回避したのであって、デスサイズの一撃を完全に回避した訳ではない。
岩で構成されている岩虎の皮膚を、デスサイズは容易に……それこそ、一切の抵抗もないままに斬り裂いた。
「グオオ!」
痛みから、岩虎が悲鳴を上げる。
しかし、悲鳴を上げつつもその中には勝ったと、そのような自分が有利だと思えるような色がある。
敵の奇襲の一撃……最大の一撃を回避したのだから、それによって自分の方が有利になると思うのは、そうおかしな話ではない。
話ではないのだが……
「甘いな」
「グルルルルゥ!」
レイの呟きと同時に、レイから少し遅れて降下してきたセトが、パワークラッシュのスキルを使った前足の一撃を放つ。
この時、セトが狡猾だったのは、本来ならレイから数秒程度の遅れだったのを、翼を広げて空気抵抗を得ることで、そこから更に追加で数秒の時間を稼いだことだろう。
岩虎は上空からのレイの攻撃を本能からの動きで回避するのが精一杯であった以上、上を見るということが出来なかった。
……もし何らかの理由で上を見ることが出来ていれば、レイの後を追うように落下してきたセトの姿を確認することも出来ただろうが。
多少速度を落としたとはいえ、上空からの急降下とセトの身体能力にマジックアイテムの剛力の腕輪、そしてスキルのパワークラッシュの威力が重なり、更には岩虎にとっては完全に予想外の一撃によって、岩虎は致命的なまでの一撃を受けて地面に叩き付けられる。
「ギュブッ!」
セトの一撃がどれだけ強力だったか……いや、凶悪だったのかは、岩虎の背中の部分にあった岩が砕け散り、背骨が折れ、地面に叩き付けられて伏せに近い状態になっているのを見れば明らかだろう。
口だけではなく、目や身体からも血を流し……それでもまだ生きている岩虎。
「……苦しめるのもなんだし、どうせこれが最後だ」
瀕死の岩虎に向かい、レイはミスティリングから取りだした風の短剣を取り出す。
猫店長の店で一本購入し、宝箱で五本見つけた、そんな六本のうちの一本。
いつかはその威力の確認をしないといけなかったので、どうせならこの機会に試しておこうと、そう思っての行動。
レイは風の短剣に魔力を流して起動させると、もう身動きが出来ない岩虎に向かって投擲する。
なお、その岩虎の上にいたセトは、レイの行動を見て即座に退避するのだった。