3780話
セトが見つけた、気色の悪いモンスター。
その死体を見ながら、レイはこのモンスターは一体どういう種類のモンスターなのかと疑問に思う。
モンスターの多くは、何らかの生き物がベースになっていることが多い。
分かりやすいのは、それこそ十一階で戦った白い鳥や白い狐といったモンスターだろう。
他にも氷樹のトレントはそのまま木だ。
雪の人形は……ゴーレム系の一種のようにレイには思えた。
だが、セトが見つけた岩に擬態した気持ち悪いモンスターは、無数の足と牙を持つという、一体どういう生き物がベースのモンスターなのかと、疑問に思う。
勿論、そのようなベースが存在しないモンスターもいるので、このモンスターが必ずしも何らかの生き物をベースにしているとは限らない訳だが。
そういう意味では、今レイが倒した存在はどういう系統のモンスターなのかは分からない。
……そもそも、モンスターを完全にそのように分類出来ると思っているのが間違いなのかもしれないが。
もっとも、世の中の学者の中にはそのような研究をしている者もいる。
そのような者達なら、レイの目の前に死体が存在する薄気味悪いモンスターがどういう系統のモンスターなのか、知っているかもしれないが。
「グルルゥ」
そんなレイに向かい、セトが喉を鳴らす。
どうしたの? と、レイの様子を見て疑問に思ったのだろう。
レイもそんなセトの鳴き声で我に返る。
「ああ、悪い。このモンスターが一体どういうモンスターなのか気になってな。……まぁ、今はそれよりも解体してしまうか」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
どこか気持ち悪い外見をしているモンスターだったが、セトにとってそれはあまり関係ないらしい。
レイもそれについてよく考えてみれば、モンスターの中にはこのモンスターのように……あるいはそれ以上に気持ち悪いものがいるのも事実。
実際、レイが今まで冒険者として活動してきた中で、そのような気持ち悪い外見のモンスターは何度も見ているのだから。
(それに、考えてみればゾンビとかも同じようなものか)
そう考える。
腐った死体とでも呼ぶべきゾンビは、悪臭や腐臭を発するのと同様……いや、人によってはそれ以上にその外見を苦手としている者が多い。
レイは何だかんだとゾンビ……いや、ゾンビに限らずアンデッドだったが、そのような相手と遭遇する機会がそれなり以上に多いということもあってか、ゾンビについてはそれなりに慣れているが。
……それでもゾンビを見ると、『うげえ』といった風に思ったり、場合によっては口に出したりもするので、決して平気だという訳でもないのだが。
「さて、じゃあ……ドワイトナイフだな。一体何が素材として出てくるやら。まずはこっちからだ」
最初にレイがドワイトナイフで狙ったのは、魔石のない方……デスサイズで切断した、小さい方。
そちらに向かってドワイトナイフを突き立てると、周囲に眩い光が広がり……
「マジか」
光が消えた後、そこには何も残っていなかった。
……そう。何も、だ。
これはレイにとっても完全に予想外だった。
「グルゥ……」
レイの隣では、セトもまた予想外の光景に喉を鳴らす。
セトから見ても、何も素材が出なかったというのは予想外だったのだろう。
「えっと、じゃあ……そうなると、こっちに期待だな」
半ば自分を励ますように、あるいは誤魔化すようにして、そう言うと残りの半分……それも先程消えた部位よりも大きな方の死体に向かってドワイトナイフを突き刺す。
周囲に眩い光が輝き……そして光が消えた時、残っているのは魔石だけだった。
「魔石だけか。……あるいは魔石だけでも入手出来たのを喜ぶべきか。正直、微妙な感じだな」
例えば、この不気味なモンスターの肉が残っていたとして、それを食べたいとは思うか。
レイは思わないし、恐らくセトも同じようなものだろうとレイは予想する。
(いやまぁ、世の中にはナマコとかウニとかホヤとか、そういうのを最初に食べた者もいる訳で……そういう意味では、このモンスターの肉があっても、実は美味い、それも極上の味という可能性も否定は出来ないんだけどな)
そう思いつつ、レイは唯一残った魔石を手にする。
「さて、セト。どうする? このモンスターはセトが見つけたんだし、岩に擬態するという生態から考えると、恐らく他にもまだいるから、どっちが先に魔石を使ってもいいと思う」
「グルルゥ……グルゥ!」
レイの言葉に、セトは少し迷った様子を見せたものの、やがて自分が魔石を使うと喉を鳴らす。
「分かった。じゃあ、セトからだな」
レイにしてみれば、今の言葉はセトを気遣ったものだった。
デスサイズが魔獣術を使うには魔石を切断するだけでいい。
しかしセトは、デスサイズと違って飲み込む必要があるのだ。
ドワイトナイフを使ったことによって、魔石は綺麗になっている。
なってはいるが、それでもあの気持ちの悪いモンスターの体内にあった魔石を飲み込みたいかと聞かれれば、レイは躊躇する。
しかし、そんな中でセトは自分が魔石を使うと、そう主張したのだ。
そこまでセトの決意が固いのなら、レイもこれ以上は反対をするつもりはない。
「じゃあ……準備はいいな?」
「グルゥ!」
地面にある魔石を手に取り、セトに尋ねる。
それを聞いたセトは、大丈夫と喉を鳴らす。
そんなセトに向かい、レイは魔石を放り投げ……セトはそれをクチバシで咥えると、飲み込む。
【セトは『光学迷彩 Lv.九』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
それはレイにとって納得出来るような、出来ないような、そんなものだった。
勿論、嬉しくないかと聞かれれば、レイは即座に嬉しいと答えるだろう。
何しろ光学迷彩というスキルは、その名の通り姿を消すスキルなのだから。
戦いをする上で……いや、戦い以外にも色々と使い勝手のいいスキルなのは間違いない。
……難点を言うのなら、光学迷彩はあくまでも周囲から見えなくなるだけで、セトの実体は間違いなくそこにあるということか。
これが普通なら、そこまで難点にはならない。
だが、セトの四m近い体長を考えれば、光学迷彩によって透明になっていようと……いや、透明になっているからこそと言うべきか、誰かにぶつかる可能性が高かった。
勿論、光学迷彩はそんなデメリットを補って余りある程の圧倒的なまでの性能があるのだが。
「それにしても……光学迷彩か。考えてみればそんなにおかしくはない……のか?」
あの気持ち悪いモンスターも、岩に擬態していた。
恐らくはそこからの関係で光学迷彩のスキルを習得したのだろうが、岩の擬態と光学迷彩を一緒にしてもいいのか? と思わないでもなかった。
魔獣術の特性を考えれば、そんなにおかしくはないのかもしれないが……それでも、完全に納得出来るかと言われれば微妙なところなのは間違いない。
もっとも、納得出来ないからといってどうするのかという問題があったが。
納得出来ないのなら、魔獣術を使わないのか。
そう言われれば、レイは即座に……それこそ考えるまでもなく反射的な動きでそれを否定するだろう。
レイにとって魔獣術というのは、それだけあって当然のものなのだから。
「まずは、どのくらい効果があるのか確認してみるか。……そういう意味では、この十二階は便利だな」
十一階は氷の階層だったので、林や丘があったが、それでも氷の平原がどこまで続いている場所も多かった。
そこで魔獣術によってレベルアップしたスキルを試そうとすると、場合によっては他の者達に見られてしまう可能性がある。
もっとも、レイやセトにしてみれば魔石を使う……その中でも特にセトが魔石を飲み込む光景を見られなければ、魔石をデスサイズで切断する光景や、スキルを試す光景が見られても、そこまで大きな問題にはならないのだが。
そんな十一階と比べると、ここは岩の迷路とでも呼ぶべき階層なので、魔獣術について見られる心配はない。
……それでも岩の上にいる者達からは見えるかもしれないので、絶対ではないのだが。
「今回のスキルの確認については、そこまで気にしなくてもいいか。……セト、試してみてくれ」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉を聞いたセトは、即座にスキルを発動させる。
今回レベルアップしたのは光学迷彩である以上、このような場所で使っても周囲に何らかの被害を与えるようなことはない。
それを理解していたからこそ、セトも即座にレイの言葉に従ってスキルを発動したのだろう。
光学迷彩のスキルが発動すると同時に、レイの目からもセトの姿は見えなくなる。
一応ということでそっと手を伸ばすレイだったが……その手には、セトの身体の感触が間違いなくあった。
それはセトの身体が消えているだけだということを意味していたのは間違いない。
「グルゥ」
レイの手が触れたことで、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
レイはそんなセトの身体をそっと撫でる。
手には間違いなくセトの身体を撫でている感触があるのだが、客観的に見た場合、そこには何もない。
それこそ、空中をただ撫でているという……怪しい人物にしか見えなかった。
そのことを考えると、レイやセトが岩で誰にも見えない場所にいたというのは、幸運だったのだろう。
そうして時間が経過し、八百秒が経過したところで光学迷彩の効果が切れ、やがてセトの姿を見ることが出来るようになる。
八百秒となると十三分と少し。
それだけの時間、ずっと待っているのも暇だったので、レイはミスティリングから取り出したサンドイッチを食べながら暇を潰していた。
……なお、そうなると当然だがセトも透明のままでサンドイッチを食べたいと主張してくる。
そしてセトに頼まれれば、レイがそれを拒否するようなこともなく、セトは透明なままでサンドイッチを食べていた。
少しだけ、セトが食べたサンドイッチが体内でどういう風に動いているのかを見えるかもしれないと期待したレイだったが、幸か不幸かそういうことはなく、セトが食べたサンドイッチも透明になっていた。
「結構長く消えていられるようになったな。……まぁ、レベル九なんだし、それも当然かもしれないが。後は、レベル十になった時、どのくらい強化されるかだけど」
セトもデスサイズも、まだレベル十になったスキルはない。
それなりに経験をしてきた結果、今回の光学迷彩のようにレベル九になったスキルはそれなりに出て来てはいるのだが。
だが、レベル五になってスキルの性能が一気に強化されたことを考えると、やはりレベル十になった時もスキルの性能が強化されるのではないかと考えるのは、レイにとってはそうおかしな話ではない。
何しろ、レイと同じく日本から来た……そして間違いなくゲームとかに詳しいのだろう、タクム・スズノセという人物が魔獣術の開発に関わっているのだから。
それを考えれば、魔獣術にそのような強化があってもおかしはない。
勿論、これはあくまでもレイの予想……それも極めて楽観的な予想でしかない。
実際にそうなるのかどうかは、何らかのスキルレベルが十になるのを待つしかないだろう。
現在レベル九なのは、セトが毒の爪と光学迷彩で、デスサイズはない。
デスサイズにはレベル八のスキルがあるのだが。
(そうなると、レベル十になる一番の候補はセトの毒の爪か?)
毒を使うモンスターというのは、それなりに多い。
だからこそ、そのような毒を使う未知のモンスターを倒せば……と、そうレイは期待する。
「よし、こういう岩のある場所なら何となく毒を使うモンスターとか出て来てもおかしくはないし、そういうモンスターを探してみるか」
「グルルゥ?」
いきなりレイが何を言ってるのか分からないといった様子のセトが喉を鳴らす。
レイはそんなセトを撫でながら、事情を説明する。
「セトの毒の爪はレベル九だろう? なら、後一回レベルアップすればレベル十になる。レベル十になるとどうなるか、気にならないか?」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは気になる! と喉を鳴らす。
魔獣術によって生み出された存在だけに、セトも自分の魔獣術がレベル十になったらどうなるのか、興味があるのだろう。
「やる気になったようで何よりだ。後は……そうだな。この階層にいるモンスターをしっかりと探しながら、十三階に下りる階段のある方に移動するか。ああ、それと宝箱も」
そう言うレイに、セトはやる気満々といった様子で喉を鳴らす。
魔獣術によって生み出されたセトだけに、自分のスキルを出来るだけ早くレベル十にしたいと、そう思うのは自然なことだった。
【セト】
『水球 Lv.六』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.五』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.三』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.七』『光学迷彩 Lv.九』new『衝撃の魔眼 Lv.五』『パワークラッシュ Lv.七』『嗅覚上昇 Lv.七』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.三』『アースアロー Lv.四』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.六』『翼刃 Lv.五』『地中潜行 Lv.三』『サンダーブレス Lv.七』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.三』『空間操作 Lv.一』
光学迷彩:使用者の姿を消すことが出来る能力。ただしLv.九の状態では透明になっていられるのは八百秒程であり、一度使うと再使用まで三十分程必要。また、使用者が触れている物も透明に出来るが、人も同時に透明にすると百五十秒程で効果が切れる。