3779話
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また、カクヨムサポーターズパスポートにでサポートをしてくれた方には毎週日曜日にサポーター限定の番外編を公開中です。
十二階の岩の階層を進んでいたレイ達だったが……
「何もないな」
「グルゥ……」
レイの呟きを聞き、セトが残念そうに喉を鳴らす。
既にこの階層を進み始めてから一時間程が経つのだが、その間、宝箱を見つけることも、そしてモンスターと遭遇することもなかった。
勿論、宝箱をすぐに見つけられるとは思っていない。
しかし、モンスターと遭遇するくらいはあってもいいのではないか。
そう思ってしまう。
これが例えばもっと上の階層……それこそ一階や二階といった場所であれば、そこで活動している冒険者の数も多いこともあり、モンスターが出てもすぐに他の冒険者によって倒されるので、レイ達が遭遇出来ないというのも十分に理解出来る。
だが、ここは十二階だ。
ここまで来ることが出来る冒険者の数は、ガンダルシア全体で見ても限られている。
そうである以上、このようなことになるのは完全に予想外だ。
(ニラシス達か?)
そんな風にも思うが、それもすぐに否定する。
ニラシスのパーティはレイ達よりも先に階段を下りた。
それは間違いないし、ゆっくりとレイ達が十二階に到着した時、既にそこにニラシス達の姿はなかった。
それは間違いないものの……だが同時に、ここまで完全にモンスターを倒し、宝箱を確保出来るかと言われれば、正直なところ微妙だろう。
勿論、レイが知らないだけで実は本気になったニラシス達は非常に高い能力を持っており、宝箱は全て見つけ、モンスターは全て倒している……といった可能性も、ない訳ではない。
宝箱は希少なので、そう多くあるとも思えなかったが。
とにかくそんな訳で、今の状況がニラシス達のパーティの仕業というのは、恐らく違うとレイには思えたが。
(うん、やっぱりニラシス達じゃないな。だとすれば……偶然こんな感じになったとか? いや、けどそれはそれで疑問なんだよな。さて、そうなるとどうするか……)
道の両脇にある岩……いや、半ば壁と称するのが相応しい光景に視線を向ける。
この岩がなければ楽なのだが……そう思ったレイは、ふと気が付く。
「あれ?」
「グルゥ?」
不意に出たレイの言葉に、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
周囲には岩しかないというのに、セトにしてみればそれなりに珍しい光景が広がっているのか、興味深げに岩を見ていたのだが、レイの言葉で我に返ったのだろう。
「いや……ちょっとな。出来るかどうか試してみるから、見ててくれ」
自分の思いつきが正しいのかどうか。
本当にその通りになるのかどうかを試すべく、レイは岩に触れ……
「収納」
そう呟いた瞬間、岩は消える。
岩がどこに消えたのかは、考えるまでもない。
レイの持つミスティリングの中だ。
……そもそも、ミスティリングに収納するのに、別に『収納』とわざわざ口に出す必要はない。
それでもわざわざ口にしたのは、自分でも本当に収納出来るかどうか分からなかった為だ。
ここがダンジョンの中ではなく、普通に外……例えばガンダルシアの外にある岩であれば、容易に収納も出来るだろうと思っただろう。
だが、ここはダンジョンの中である以上、本当に岩を収納出来るとは思っていなかった。
だからこそ、実際にこうして試してみたのだが……これが上手くいった形だ。
「……グルゥ……」
レイの行動を黙って見ていたセトは、目の前で行われた行動にかなり驚いたらしい。
岩のあった場所をじっと見ながら、何とか喉を鳴らす。
もっとも、驚いたということであればそれはレイも変わらない。
出来るかもしれない、出来たらいいなという程度の思いで岩の収納を試してみたのだが、それが出来たのだから。
「これはまた……岩、どうなるんだろうな。俺としては嬉しいけど」
レイにとって、これだけの数の岩というのは相応に使い道がある。
具体的には、セトにのって敵の集団の真上からミスティリングに収納した岩を落とすだけで、その威力は絶大なのは間違いなかった。
他にも加工する必要はあるが、建築資材であったり、もしくは単純に重しとして使えたりと、色々と使い道はある。
何よりも大きいのは、やはりミスティリングに収納しておけば場所を取ることがないという点だろう。
重量的な意味でも、大きさ的な意味でも。
そういう意味では、この十二階はレイにとって岩を大量に確保出来る絶好の場所ということになる。
(問題なのは、十階の小屋のように十二階の岩も収納されると追加で戻されるのかということか。……それに、もし収納した岩が再び現れても、同じような形であったり、同じような場所に現れるとは限らない。それはつまり、十二階の地図が使えなくなるということにならないか?)
そこまで自分が心配する必要があるのか?
そう思わないでもなかったが、レイが岩を収納した影響で地図が使えなくなり、それによって冒険者が死んだりすれば後味が悪い。
ましてや、岩をどうしても……何が何でも、どのような犠牲を払ってでも欲しいという訳でもない。
あれば便利程度、あるいは道筋が分かっていても迷路を通って移動するのが面倒だという思いからの行動であれば、尚更だろう。
「取りあえず……岩については、ギルドで聞いてからにした方がいいな」
そう言い、レイはミスティリングに収納した岩を元に戻す。
「グルゥ?」
再びミスティリングから岩を取り出して元の場所に戻したレイを見て、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
セトにしてみれば、折角大量に岩を手に入れられるのに、一体何で元に戻すのかと疑問なのだろう。
「この岩を勝手に持っていくと、ダンジョンの構造が変わるかもしれないからな。そうなると、色々と面倒なことになるかもしれない。だから、ギルドで岩を収納しても問題ないかどうか、一度しっかりと聞いて、それで問題がなければ改めて岩を収納しようと思う」
「グルルゥ……」
レイの言葉に、そういうことならと納得するセト。
こうして、レイは改めて十二階の探索を始める。
不思議なことに、いざとなれば岩を収納出来ると思うと、気分的に随分と楽になった。
セトが通れないような場所も、岩を収納すれば普通に通れるのだから、道幅について気にする必要もない。
もっとも、セトなら道幅が狭くても上を通って移動すれば問題はないのだが。
ただし……そのまま歩き続けても、やはり宝箱もモンスターも見つけることは出来ない。
(本当にこれ……どうなってるんだ? まさか、十階に引き続き十二階でも何か異変があったとか、そういうことじゃないよな? ……ない、よな?)
そう断言出来ないのは、レイが自分がトラブル誘引体質だと理解している為だろう。
だからこそ、もしかしたら……そのような思いがレイの中にはあった。
そうして、少しだけレイが不安を抱いていると……
「グルゥ!」
不意にセトが喉を鳴らす。
「セト?」
いきなりどうした?
そう思ったレイだったが、セトの様子を見るとモンスターを見つけたのだろうと、そう予想出来る。
ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出し、構える。
現在レイ達がいるのは、それなりに広い道幅のある場所なので、デスサイズを振るうのにも特に支障はない。
一体どんな敵だ?
そう思ってセトのいる方を見るが……
「うん?」
セトの見ている方に視線を向けるが、そこにあるのは岩だけだ。
特になにかあるようには思えない。
それはつまり、セトの見間違いか……もしくは、レイに判別出来ない相手か。
レイは即座に前者の考えを否定する。
自分が見間違えるのならともかく、セトが敵の存在を見間違えるとは思えなかったのだ。
……あるいはもっと深い階層、それこそランクAモンスターが普通に出てくるような場所でなら、セトの目を欺けるような存在がいてもおかしくはないと思える。
だが、十二階というこの階層でそのようなことになるとはレイには到底思えなかった。
であれば、セトには見つけられるがレイには見つけられない。
そんな相手がいるということになる。
「セト、頼む」
具体的な指示ではないが、それだけでセトはレイが何をして欲しいのかを理解し……
「グルルルルゥ!」
アイスブレスを放つ。
何故ファイアブレスやサンダーブレスではなくアイスブレスだったのかは、周辺の環境を考えたものだった。
ファイアブレスを使えば岩が熱を持つ。
サンダーブレスを使えば岩が砕けて周辺に散らばる。
その結果セトが選んだのがアイスブレスだった
もっとも、アイスブレスでも岩が冷えるのは間違いないので、周辺に何の悪影響も与えないのかと言えば、微妙だが。
また、他にもクリスタルブレスやバブルブレスといったブレスがあるのに、その中でもアイスブレスを選んだのは、周辺の環境に配慮したというのもあるだろうが、結局のところセトがレベルアップしたばかりのスキルを使ってみたいと思ったのが大きな理由なのだろう。
これでアイスブレスが周辺に悪影響を与えるのなら、セトもアイスブレスではなく他のブレス、あるいは他の攻撃をしたかもしれないが、そういう問題もない。
その為、セトがアイスブレスを使っても特におかしくはなかったのだが……
「って、うおっ!」
セトがアイスブレスを使った先……そこにあるのは岩のようにしか思えなかったレイだったが、その岩の一部がいきなり跳びはねたのを見て、驚きの声を上げる。
……そうしながらも、咄嗟に後ろに下がりながら攻撃しようとしたところで、岩から跳びはねた何かがレイの方ではなく別の場所に移動したのを確認する。
(岩、だったよな?)
レイの目から見ても、本当にそれは岩にしか見えなかった。
それ以外の何かかと言われても、レイは言葉に詰まって結局は岩だと言うだろう。
当然ながら、こうして動いたのを見ればそれがただの岩でないのは明らかだ。
そしてダンジョンの中にいるそのような存在である以上、それは即ちモンスターだろう。
そう判断すると、じっと先程の岩にしか見えない何かがくっついた場所に視線を向ける。
しかし、やはりと言うべきか当然と言うべきか、レイがじっと見てもそこには何も見えない。
それはつまり、それだけモンスターの擬態が上手いのだろう。
だが……その擬態しているモンスターにとって不運だったのは、セトに気が付かれてしまったことだろう。
セトはアイスブレスを放ったままクチバシを動かす。
そうなれば当然のことだがクチバシから放たれているアイスブレスもそのまま動く。
やがてそしてアイスブレスが触れると、次の瞬間には再び岩に擬態したモンスターが逃げ出し……
「何度もさせると思うな!」
岩に擬態したモンスターが跳躍した瞬間、レイは素早く前に出て、まだ空中にいた敵に向かってデスサイズを振るう。
斬、と。
レイの手には殆ど手応えを感じるようなこともないまま、デスサイズの刃は空中にいたモンスターを切断する。
それを見たセトが、アイスブレスを放つのを止める。
「……ふぅ。それで一体どういうモンスターだ?」
レイはデスサイズを振るって刃に付着していたモンスターの血と体液を振り払うと、地面に落ちて半分になったモンスターの死体に近付き……
「うわ……」
死体の様子を見たレイは、思わずといった様子でそんな声を漏らす。
何しろ、そのモンスターの姿はそれだけ気持ち悪いものだったのだから。
全体的な印象では、虫といったところか。
無数の……それこそ数十本もあるような小さな足が存在するのだ。
このような光景が苦手な者であれば、それだけで戦意を喪失してもおかしくはないだろう、そんな光景。
レイはそこまで苦手意識がある訳でもないが、それでもやはりこのモンスターの姿には思うところがある。
外側だけを見れば、レイが岩が動いたとしか思えなかったように、岩でしかないのだが。
そして無数の足が生えている中心部分には、こちらもまた小さな牙が無数に生えている口がある。
これが例えば見て分かるように凶悪そうな牙であれば、気持ち悪いとは思うが、それでもそういうものだと納得も出来たのだろう。
だが、足と同じく小さな牙が無数に生えている光景は、非常に衝撃的なものがある。
「うわ、これは……セト、このモンスター……他にもいるか?」
「グルルルゥ?」
レイの言葉にセトは周囲を見るものの、やがて他にはいないと喉を鳴らす。
そんなセトの様子を見たレイは、安堵する。
もし何も知らない場所でこのようなモンスターに襲撃されるのは絶対にごめんだと。
それにこのモンスターの牙の大きさ……あるいは小ささと表現してもいいのかもしれないが、このようなモンスターに襲撃されたら、一体どうなるのか。
それを思いながら、レイはこのモンスターが他にもいなくてよかったと安堵するのだった。