3778話
レベルアップしたスキルの確認をしたレイは、これからどうするべきかを考える。
欲を言えば、白い鳥と白い狐をもう一匹ずつ倒したい。
レイとセト……より正確にはデスサイズとセトだが、とにかくそれぞれ片方のモンスターの魔石しか使っていないので、出来ればここでまだ使っていない魔石のモンスターを倒したいところなのだ。
だが、今までこの十一階を歩き回った感じでは、恐らく次のモンスターを見つけるのは難しい。
だからこそ、これ以上無理をして十一階で活動するよりも、十二階に向かった方がいいだろうと思えた。
「セト、出来ればもう一匹ずつ白い鳥と白い狐を倒したいんだが、これ以上ここにいても見つからないと思う。それに……十五階に到着するまでは、毎日この十一階を通ることになるんだし、その時に探してみないか?」
「グルルゥ? ……グルゥ……」
レイの言葉にセトが残念そうに……心の底から残念そうに喉を鳴らしたのは、白い鳥と白い狐を見つけられなかったというのもあるが、それ以上に十五階に到達するまで毎日ここを通る……つまり、毎回十階の転移水晶を使わないといけないということに思い至ったからだろう。
悪臭用のマジックアイテムがあるとはいえ、やはりセトにとって十階を移動するというのは好ましいものではないのだろう。
「今はとにかく、十二階に行こう。……もう少しでマティソン達のパーティに追いつけるな」
冒険者育成校において、レイの世話係に近い存在となっているマティソンのパーティは現在十四階を攻略中だと聞いている。
レイがガンダルシアに来た時は十三階を攻略中だったということを考えると、ダンジョンの攻略は順調に進んでいるのだろう。
……もっとも、攻略速度という点ではレイやセトの方が圧倒的に上だったりするのだが。
ただ、この場合は比べるのがそもそもの間違いだろう。
ミスティリングを始めとした複数のマジックアイテムを持ち、本人は異名持ちのランクA冒険者。
その上、従魔のセトはグリフォンで自由に空を飛べるのだから。
そんなレイと攻略速度で競うというのがそもそも間違いだろう。
また、レイ達は一階から進んでいたので、簡単な階層は容易に攻略出来て当然という話もあったが。
もしその辺りを比べる者がいれば、一緒にするな! とマティソンらしくない口調で叫んでもおかしくはなかった。
「とにかく、十二階に向かおう。ここから階段まではそれなりに距離があるから、途中でモンスターと遭遇したら倒すということで」
「グルゥ」
セトも十階のことは取りあえず今は気にしないことにしたのか、レイの言葉に素直に頷く。
地上に戻る時は、また十階にある転移水晶を使うんだがと思うレイだったが、セトがせっかくその件を気にせずにいるので、わざわざそのことを思い出させる必要もないだろうと、その辺については突っ込まない。
(どうしても十階に行きたくないのなら、今日中に十五階まで行ってそこの転移水晶から地上に戻るという方法もあるけど……難しいだろうな)
出来るかどうかで考えれば、恐らく出来るとは思う。
しかし、レイやセトにとって重要なのは、ダンジョンの攻略を進めることもそうだが、やはり最優先にすべきなのは未知のモンスターの魔石だ。
また、レイ達がここまでスムーズに来られたのは、マティソンのパーティから貰った地図があるからというのも大きい
そして貰った地図は、十三階の途中までの物だ。
これは地図を貰った時にマティソンのパーティが攻略していたところまでの地図となる。
そしてマティソンのパーティが攻略している階層以降を攻略するには、それこそ誰か他の……もっと攻略が進んでいるパーティと何らかの取引をして地図を貰うか、あるいはそういうのは面倒臭いと自力で攻略する必要があった。
そうなると、当然ながら攻略速度は落ちる。
レイの戦闘力とセトの機動力があれば普通に攻略するよりも早く移動は出来るのは間違いないが。
(うん、やっぱり今日は十階だな。十二階、十三階辺りはしっかりと探索して、宝箱とか未知のモンスターを優先。そして十四階を探索し終わったら十五階に進んで、転移水晶を見つけて転移する。そういう感じでいいだろう)
レイはそう考えつつ、セトと共に階段に向かう。
そうして階段の近くまでやって来ると……
「あれ? レイ?」
階段の前、ちょうどレイ達よりも少し先に十二階に向かおうとしていた者達のうちの一人にそう声を掛けられる。
声を掛けてきた人物は、レイにとっても半ばお馴染みの顔とでも言うべき相手のニラシスだった。
十一階にいることからも分かるように、以前上の階層であった時とは違って今日は全員が本気の装備で、攻略をしているらしい。
「ニラシスか。お前達もこれからダンジョン攻略か? ……ダンジョンで聞く言葉じゃないな」
「ははは、そりゃそうだ。……とはいえ、レイの言う通りだよ。当初の予定よりちょっとずれたけど」
「あー……うん」
ニラシスの言葉に、そう返すレイ。
予定よりずれたというのは、リッチの件での一件だろう。
レイとしては自分がリッチを倒して事態を解決したのは間違いないが、だからといってそのことに思うところがない訳でもなかった。
例えば、悪臭用のマジックアイテムの実験をした時にリッチを倒していればもっと手っ取り早く事態は収まったんだろうといったように。
もっとも、それは今更の話だったが。
レイの様子を見たニラシスは、自分の言葉が暗にレイを責めているようになっていることに気が付いたのか、慌てて首を横に振る。
「ああ、言っておくけど別にレイを責めるとか、そういうつもりはないぞ。というか、レイだからこそ、特に被害らしい被害もなく倒せたんだろうしな」
「そうだな」
実際には被害はあった。
転移水晶で一晩遅れて転移をしたというのも被害に入るだろうし、リッチが儀式を行っていた場所からネックレスを奪った冒険者達も死んでいる。
とはいえ、ギルドはその辺りについては公表していないようだったが。
(そういえば、あの冒険者の遺族にはその辺の事情を話したりしたのか? その辺は俺が気にするようなことじゃないだろうけど)
そんな風に思いながら、レイは話を逸らす為に話題を変える。
「それで、ニラシス達も十二階に挑戦するのか?」
「ん? ああ、そうだ。俺達もそろそろ十五階に到達したいしな」
「そうか。まぁ、十五階というのは一つの目安だしな」
五階が一つの壁となり、その一つ上の壁として十階がある。
そんな中で十五階というのは、それこそこのガンダルシアにおいてトップクラスの冒険者であることの証明だった。
勿論、名誉以外にも十五階以降にいるモンスターの素材は希少で高く売れるし、そこまで到達出来る者達が少ない分、宝箱を入手出来る可能性が高く、しかも深い階層にある宝箱である以上、中身は希少なものだったりもする。
だからこそ、名誉や金、あるいはより大きな力を求めて冒険者達はダンジョンに挑むのだ。
そういう意味では、ニラシス達のパーティがこうして十五階を目指すというのはおかしな話ではない。
「ああ。……それで、どうする? 俺達と一緒に行くか?」
ニラシスがそう誘ったのは、何も善意からだけではない。
レイと親しいから、半ば案内をしたいということや……ニラシスのパーティメンバーの中にはセトが大好きな女達がいるというのも、関係してるのは事実。
だが、それ以上にレイとセトという強力な戦力が一緒なら、十二階を攻略する上で自分達のリスクが減るというのが大きい。
そんなニラシスの考えを全て理解している訳ではないが、レイは少し考えてから首を横に振る。
「いや、止めておくよ。俺達のダンジョンの攻略は色々と特殊だからな。それにニラシス達を巻き込むようなことになって、それで被害を与えるようなことになったら悪いし」
「そうか? まぁ、レイがそう言うのならいいけどよ。じゃあ、俺達は先にいく。レイも頑張ってくれ。……おい、こら。階段を下りるぞ!」
レイとニラシスが話している間、ニラシスのパーティメンバーの女二人はずっとセトを撫でていた。
そんな二人の女は、ニラシスの言葉に不承不承といった様子でセトから離れる。
少しだけ恨みがましい視線をレイに向けたのは、ニラシスが提案した一緒に十二階を探索するというのをレイが断ったからだろう。
それでも、それ以上に何も言わなかったのは、ここがダンジョンでレイ達が自分達とは別のパーティであると理解しているからだろう。
……実際にはレイはパーティではなくソロ扱いなのだが。
ただ、レイの場合は従魔のセトがいるので本当の意味でのソロという訳ではない。
「さて、じゃあニラシス達に続くか」
ニラシス達が階段を下りたのを確認すると、レイはセトにそう声を掛ける。
レイの言葉に、セトはすぐに分かったと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、ニラシスのパーティメンバーの女達に遊んで貰うのも好きだが、やっぱりレイと一緒にダンジョンを攻略する方が好みなのだろう。
「グルルルゥ」
嬉しそうに喉を鳴らすセトと共に階段を下りつつ、レイは十二階についての情報を思い出す。
(確か、十二階は岩が多数ある場所だったな、……セトに空を飛んで貰えば楽に攻略出来るけど、そうなると岩に隠されている宝箱とか見つけられないんだよな)
他にも、モンスターも岩に隠れていることが多いとマティソンから聞いているので、単純に攻略をしたいだけならセトに乗って空を飛べばいいのだが、未知のモンスターや宝箱を目的にするのなら、空を飛ぶのではなく地面を移動する必要があった。
幾らセトの五感が鋭いとはいえ、屋根のような形になって、その下に宝箱やモンスターがいれば、さすがに見つけることは難しい。
……それでも宝箱の端であったり、モンスターの手足といった部位が出ていれば、もしかしたら見つけられるかもしれないが。
とはいえ、それでもそう簡単に見つける訳にいかないのは間違いないので、やはり空を飛ぶのではなく地上を進むのが最善だろうと思う。
十二階の探索が終わった後、十五階にある転移水晶に向かう時であれば、セトに乗って空を飛んで移動すればいいのだが。
「どうやら到着したようだな」
考えながら歩いていたのだが、どうやら階段を下りきったらしい。
そうして十二階に下りると、そこはレイの前知識通りに多数の岩がある階層だった。
地面は普通の土で、砂漠のように歩きにくくはない。
しかし、大小多数の岩が幾つも地面にあった。
それこそ、中には岩山と評するのが相応しいような巨大な岩もある。
それらの岩で構成されたこの階層は、ある意味では九階にあった洞窟の階層に近い、迷路となっていた。
もっとも、純粋に迷路として考えた場合は岩の上からある程度遠くまでの通路を把握できたり、身体能力にもよるが岩の上を跳躍して移動するといったことも出来るので、こちらの方が楽だったが。
ただし、九階と十二階の違いということを考えれば、この十二階は九階とはまた違った厄介さがあるのは間違いなかった。
「さて、普通に移動を始めるか」
とはいえ、レイとセトにしてみれば今回の移動はどうするかといったようなことを考える必要はない。
モンスターと宝箱の両方を探しているのだから、普通に迷路を進むだけだ。
道に迷ったら、それこそ岩の上に上がって別の場所を見つけるなりなんなりすればいいし、それ以前の話としてマティソンから貰った十二階の地図にはしっかりと迷路についても描かれているので、その地図を見れば道に迷うといった心配をする必要もない。
「グルルゥ」
レイの言葉にセトもやる気満々といった様子を見せて歩き出す。
「一応大丈夫だとは思うけど、道幅には気を付けろよ」
元気なセトに、一応ということでレイはそう注意をする。
岩の迷路となっている関係もあり、中には岩と岩の隙間がかなり狭い場所もある。
つまり、セトがそのままでは通れないような……そんな狭い場所もある。
道幅が一定だった九階の洞窟の階層とちがう点の一つがそれだろう。
もっとも道幅が狭くてセトが通れない場所というのはそんなに多くはなく、何よりその場所が通れなかったら岩の上を通って移動するということが出来るので、狭い場所があってもそれでどうしようもなくなるという訳ではないのだが。
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らす。
そんなセトの様子を見つつ、レイは岩の間を移動していく。
さて、一体この階層ではどんな宝箱やモンスターがいるんだろうな。
そんな風に思いつつ。