3776話
氷樹のトレントの解体が終わり、魔獣術でスキルの習得とレベルアップを終えたレイとセトは、そのまま十二階に続く階段に向かう。
途中でモンスターが出て来ないかと思うものの、生憎とその願いが叶うことはなかった。
(こういう氷の階層なんだし……雪の巨人とか、そういうのが出てもいいような。いや、それだとこの階層と比べると強力すぎるか?)
巨人というのは、基本的にかなりの高ランクモンスターだ。
それこそ上位の巨人ともなれば、それこそドラゴンと同等の存在と見なされることも多い。
そんな巨人が、ダンジョンとはいえ十一階程度にいる筈もない。
……勿論、それはあくまでも最上級の巨人の話であって、低ランクの巨人――それでも一般的には高ランクモンスター扱いだが――がいる。
ドラゴンに対するワイバーンのように。
そのような巨人なら、あるいはこの十一階では無理でも、もっと下の階層に行けば遭遇出来る可能性は十分にあった。
ただし、現在最下層を攻略している久遠の牙の面々ですら、そのようなモンスターと遭遇したという記録はまだないのだが。
(そういうのと会ったら、魔獣術的には嬉しい。嬉しいけど、代わりにかなり苦戦しそうだよな)
そんな風に思いながら、レイとセトは氷の大地を進む。
また宝箱でもないかという期待や、あるいは未知のモンスターがいないかと思いながら移動しているのだが、特にそれらしい宝箱もモンスターも見つからない。
そうして歩き続け……
「あ、階段だ」
やがて、レイは視線の先に十二階に続く階段を見つける。
この階段を目指して歩いていたので、こうして実際に階段を見つけると嬉しいとは思う。
とはいえ、この階段を見つけてからモンスターを探すという風に考えてもいたので、それが残念ではあったが。
「グルルゥ?」
当然ながら、セトはレイよりも五感が鋭いので、階段もレイよりも先に見つけていた。
それをわざわざ言わなかったのは、レイが喜ぶのを邪魔する必要はないと思ったからだろう。
地図があるので、階段のある場所に向かっているのは間違いなかったから、というのも大きい。
そんなセトは、階段を見つけて喜んでいるレイに向かってこれからどうするの? と喉を鳴らす。
当初の予定では階段を見つけたらモンスターを探そうということだったが……セトが見る限りだと、階段の周囲にモンスターはいない。
であれば、まずはここを拠点にして少し足を伸ばしてモンスターを探すか、あるいは十二階に下りるか。
セトとしてはどちらでもよかったので、レイにどうするのかと聞いたのだろう。
そんなセトに、レイは少し考える。
(十二階で未知のモンスターを探すというのもいいし、十一階で他の氷系のモンスターを探すのもありなんだよな。特に氷鞭はまだレベル一だから、出来るだけ早くレベルを上げてレベル五にしたいところだし。もしくは、氷雪斬をレベル九にしてもいい)
そのような希望があるだけに、レイとしては十一階でもう少しモンスターを探したかった。
「セトには悪いけど、もう少し十一階で頑張ってみてもいいか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと鳴き声を上げる。
悪いが……とそうレイは言っているものの、セトは十一階を嫌っている訳ではない。
氷の階層で寒さが特徴だが、セトはその寒さを全く気にしていないのだから。
だからこそ、レイの言葉に自分なら何も問題はないと態度で示したのだ。
……もっとも、これが十階であればまた話は別だったが。
それこそ、すぐにでも次の階層に行きたいと、そう態度で示しただろう。
「悪いな」
そう言い、レイはセトを撫でる。
そうして一段落したところで、レイはまずどうやってモンスターを探すのかを考える。
「セト、空を飛んで上からモンスターを探すということは出来るか?」
セトに尋ねるレイの言葉には、大丈夫かという思いがある。
もしこれが草原のような階層であれば、レイもそこまで心配にはならなかっただろう。
それこそ、すぐにでもセトに頼んでいた筈だ。
だが、この十一階は氷の階層。
実際にレイがこの階層で倒したモンスターは、基本的に白かった。
雪の結晶の形をしたモンスターに、雪人形、氷樹のトレント。
そうなると、氷の階層ということで上から見ても、そう簡単に敵の姿を見つけることは出来ないのではないか。
そう心配したレイだったが、それを聞いたセトは自信満々に喉を鳴らす。
「グルルルゥ!」
大丈夫、任せてと。
そんなセトの様子に、レイは少し考えてから頷く。
「分かった、じゃあ頼む」
こうして、レイはセトの背に乗って空を飛ぶ。
「さて、他にモンスターは……いても、冒険者と戦ってる連中だしな」
上空から見れば、地上で戦っている者の姿はすぐに判別出来た。
何度か遭遇したように、戦っている冒険者がピンチであれば、あるいはそれを助けるという名目で戦いに乱入してもいいのかもしれない。
だが、レイが見たところ見るからにピンチとなった冒険者達はどこにもいない。
それはつまり、レイ達が戦いに乱入出来ないということを意味していた。
「グルルゥ?」
セトがどうするの? と喉を鳴らす。
セトにとっても、ここまで自分達が戦いに参加出来ないとは思ってもいなかったのだろう。
「もう少し見て、それで駄目なら十二階に行くか」
これ以上無理に十一階を見て回るよりも、十二階にいるモンスターを倒した方がいいのではないかと、そう考える。
セトもそんなレイの言葉に異論はなかったのか、素直にその言葉に分かったと喉を鳴らし……
「グルルルゥ!」
次の瞬間には、セトは鋭い鳴き声を上げる。
「セト? ……あっちか」
セトの鳴き声に反応したレイだったが、次の瞬間にはその視線をセトの見ている方向に向ける。
そこでは、白い鳥が空を飛ぶセトに向かって急降下してくるところだった。
そんな中で一際目立つのは、尾羽だろう。
かなりの長さを持つ尾羽の長さは、日本……いや、地球において世界一美しい鳥と評されるケツァール、火の鳥のモデルにもなった鳥に近い。
大きな違いは、ケツァールは赤、青、黄色、緑といったような様々な色によって鮮やかな身体をしているのに対し、レイに向かって襲い掛かってくるのは白一色だという事だろう。
また、その大きさも違い、何よりクチバシがケツァールとは比べものにならない程の鋭さを持っている。
そして目には獰猛な攻撃の意思。
セトを見ても逃げることなく……それどころか、こうして積極的に襲い掛かってくるのだから、どれだけ攻撃的な存在なのかは分かりやすい。
もっとも、ここはダンジョンだ。
そこにいるモンスターが地上と同じ反応をするとは限らないのだが。
「ちぃっ!」
レイはネブラの瞳を起動し、生みだした鏃を投擲する。
デスサイズや黄昏の槍といった武器を取り出すような余裕がなかった為の、咄嗟の反応。
だが、偶然なのか狙ったのか、白い鳥は飛ぶ軌道を変えるとネブラの瞳で作られた鏃を回避し……
「グルルルゥ!」
しかし、セトにしてみれば白い鳥が回避をしたというのは、自分に向かって飛んでくる最短距離から外れたということを意味している。
その為、セトが選んだのはサンダーブレス。
それも一直線に集束して放つのではなく、拡散して放つ一撃。
レベル七のサンダーブレスは、拡散して放たれても白い鳥に対して一撃で殺すことが可能なだけの威力を持っていた。
レイの放つネブラの瞳によって生み出された鏃の投擲の一撃ですら回避した白い鳥だったが、この場合は相性が悪かった。
例えば、集束されたサンダーブレス……威力に特化した点の一撃であれば、あるいは白い鳥も攻撃を回避出来ていた可能性がある。
しかし、今回のサンダーブレスは拡散して放たれていたのだ。
集束したサンダーブレスが点の攻撃なら、拡散したサンダーブレスはまさに面の攻撃だろう。
白い鳥のように素早く動くようなモンスターにしてみれば、まさに相性が最悪なのは間違いなかった。
そんな一撃によって、白い鳥は身体を焦がしながら地上に落ちていく。
「っと、セト!」
「グルゥ!」
このままでは地面に落ちて見つけるのが難しくなる。
そう思ったレイが指示を出すと、セトはすぐに地上に向かって降下していく。
これで体色が白くなければ……あるいは地面が氷ではなく普通の地面であれば、白い鳥が地面に落ちても容易に見つけられるだろう。
だが、白い鳥はそうレイが認識しているように身体は真っ白で、地面も氷で出来ているので真っ白……とまではいかずとも、白い。
そうである以上、白い鳥が落ちれば見つけるのは難しいだろう。
それ以外にも、白い鳥が落ちたのを他のモンスターが見つければ、それを奪おうと考えてもおかしくはない。
また、冒険者でも自分達の目の前にいきなり落ちてきたのだから、白い鳥の死体の所有権を主張する可能性もある。
勿論、冒険者としての仁義を理解した者であれば、そのようなことはしないが。
だが……冒険者の中には無法者そのものといったような性格の持ち主も少なくない。
街の暴れ者が自分の力なら冒険者としてもやっていけると考え、冒険者になる者も少なくないからだ。
そのような者達の大半は低ランク冒険者からランクアップ出来ずにいるか、場合によっては自分の力を過信して死ぬかもしれない。
しかし、中にはそのような状況であっても生き延びて才能を開花させるという者もいるのだ。
そのような者がいた場合、それこそ性格はチンピラのままで下手に実力があるというだけに厄介なのは間違いない。
……もっとも、そのような者がレイと遭遇すればどのような目に遭うのかは考えるまでもないだろうが。
「ともあれ、あの白い鳥は未知のモンスターなんだ。そうである以上、他のモンスターや冒険者に取られるようなことはしたくない。それに……死んだと限らない訳だし」
セトのサンダーブレスは高レベルのスキルだ。
だが、威力を弱める代わりに広範囲に攻撃するといった感じで使った以上、白い鳥が生きていてる可能性はまだ十分にあった。
そして生きていれば、自分の身体の色を使って保護色として逃げ延びようとする可能性は決して皆無ではない。
折角見つけた未知のモンスターだけに、ここで逃がすつもりはレイにも……そして実際に白い鳥を撃墜したセトにもない。
レイを背中に乗せたセトは、真っ直ぐ地上に向かって降下していく。
急速に近付く地面。
慣れない者にしてみれば恐怖でしかないだろう。
だが、幸い……いや、本当にこの場合、幸いと言ってもいいのかどうかは微妙なところだが。とにかくレイは今まで数え切れないくらいにセトの背に乗り、今のような急降下も経験している。
だからこそ特に気にした様子もなく……それこそ慣れた様子で、地上を確認するような余裕もあった。
「グルゥ!」
しかし、そんなレイよりも素早くセトの鋭い視線は氷の地面に横たわっている白い鳥を見つける。
気絶しているのか、死んでいるのか、動く様子はない。だが……
「って、マジか!」
レイの口からそんな声が漏れて、地上に向かって急降下しながらもミスティリングから使い捨ての槍を取り出し、投擲する。
急降下しながらの行動である以上、かなり難易度の高い技術ではあるのだが、それこそレイにとっては慣れたことだ。
そして、レイが投擲した槍は動かない白い鳥に近付こうとしていた、白い狐のモンスターに向かって放たれ……
「ギャン!」
その胴体を貫き、それでも威力が弱まることはなく氷の地面に白い狐を縫い付ける。
白い狐は一体何が起きたのか全く分からないままに少し暴れるも……胴体を貫かれたことによりあっさりと動きを止める。
「よし。……っと」
レイが白い狐を倒したことを喜んだタイミングで、丁度セトが地面に着地する。
レイは少しだけ驚きの声を上げつつも、すぐにセトの背から下りる。
向かう先は、自分が倒した白い狐……ではなく、白い鳥。
白い狐は槍によって胴体を貫かれており、レイの目から見ても死んでいるのは間違いないだろう。
だが、白い鳥はどうか。
サンダーブレスによって気絶しているだけという可能性もあった。
そう思って近付いたのだが……
「あ、死んでるな」
サンダーブレスによって死んだのか、あるいはその衝撃で気絶して地面に落ちた結果死んだのか。
その辺はレイにも分からなかったが、とにかく死んでいたのは間違いない。
そのことに安堵しながら、レイは白い狐と白い鳥という未知のモンスターを二種類倒したことを嬉しく思う。
(さて、そうなると次はどうするか。それぞれもう一種類ずつ倒すか、それとも十二階に行くか。……難しいな)