3775話
「うーん……まぁ、この辺りでいいか」
林から十分程移動した場所で、レイがそう言う。
十二階に続く階段まではまだそれなりに距離があるものの、それでも周囲に他の冒険者の姿がないのは、レイにとっても決して悪くないことだった
「セト、周囲に誰か隠れていたりするか分かるか?」
「グルゥ? ……グルルルルゥ」
レイの言葉にセトは周囲の様子を探り、更には嗅覚上昇のスキルを使ってまで確認したものの、そこには誰の姿もなかった。
勿論、世の中にはセトの感覚を誤魔化せる者もいるだろう。
もしそういう者がここにいて、自分達の様子を窺っていたりすれば……それはそれで、仕方がないとレイも諦めるしかない。
その相手がレイ達に見つかった時、どのような目に遭うのかはまた別の話なのだが。
「そうか。他に誰もいないのなら、早速解体を始めるか」
そう言い、レイはミスティリングの中からまずは一匹分の氷樹のトレントの死体を取り出す。
一応、切り株も忘れずに。
(とはいえ、この切り株は……まぁ、一度はドワイトナイフを使って試してみる必要はあるか。それで駄目なら、他の氷樹のトレントの死体では切り株はそのままにすればいいだけだし)
そんな風に思いつつ、レイは続いてドワイトナイフを取り出す。
そして、氷樹のトレントに刺そうとしたところで、ふと気が付く。
(あれ? この場合……どうなるんだ?)
レイが疑問に思ったのは、氷樹のトレントの解体をドワイトナイフで行った時、素材がどのようになるのかというものだ。
例えば、枝は杖に使えるからそのままでもいいだろう。
だが、氷樹のトレントの身体の本体……という表現が正しいのかどうかはレイにも分からなかったが、その部分の解体についてだ。
氷樹のトレントの素材……つまり木材は、色々と使い道がある。
それこそ建築資材としても使えるし、錬金術の材料としても使える。あるいは薬の類にも使えるし、最悪の場合は薪としても使える。
そんな風に一つの部位であっても、複数の素材として使えるのを思えば、ドワイトナイフを使った場合、一体どのようになるのか。
それを疑問に思いつつ、まずは試してみようと判断して何も考えずドワイトナイフを氷樹のトレントの死体に突き刺す。
すると次の瞬間、周囲が眩く光る。
そして光が消えると、そこには氷樹のトレントの素材が並べられていた。
「こうなったか」
レイがそう呟いたのは、氷樹の本体の素材。
どのような形になるのかと思っていたら、建築用の木材といった形になってそこにあった。
他にもレイ達にとっては重要な魔石であったり、杖として使える枝であったり。
それはレイにとっても予想出来たことだったが、同時に納得出来ることでもあった。
「となると……」
解体された素材はそのままに、セトが倒した分の氷樹のトレントの死体を取り出す。
そしてドワイトナイフを突き刺す。
ここまでは先程までの行為と一緒だったが、違うところが一つ。
それは、ドワイトナイフを刺す時にレイは頭の中で木材のようにではなく、薪のようになることを想像していたことだ。
元々、ドワイトナイフは素材にならない部位は消滅するという能力……あるいは特性と呼ぶべきかもしれないが、そのようなものがある。
だからこそ、レイはそれを応用して氷樹のトレントを解体する時に木材ではなく薪のように出来ないかと思ったのだ。
ドワイトナイフが効果を発揮する時の眩い光が消えると……
「成功……だけど、これは……」
そこにあったのは、ちょうど薪として使えるような大きさになった木材。
……ただし、氷樹のトレントの大きさを考えれば、その薪の量はちょっとしたものだったが。
これが最初のように木材なら、どんなに大きくても一つだけなので、収納するのは難しくはない。
だが、薪となるように解体した為に、その数は膨大……とまではいかないが、かなりの量になっていた。
「グルゥ……」
レイの横で大量の薪を見ていたセトが、どうするの? といった様子で喉を鳴らす。
「取りあえず収納するか。魔石は使うから収納しなくてもいいけど、他には……うん?」
ふと、レイは薪に隠れるようにして保管用ケースに入れられた何かを発見する。
当然ながら、この保管用ケースは偶然ここに落ちていたという訳ではない。
何故なら、今まで何度かドワイトナイフをつかった時に見た物だったからだ。
内臓の類、あるいは液体の類が素材として残る時、このケースに入っている。
ケースに入っている素材はともかく、一体このケースそのものはどうやって出来ているのか。
そう疑問に思わないでもなかったが、ドワイトナイフがマジックアイテムであるということを思えば、そういう効果もあるのだろうと納得しておく。
そんな保管用ケースに入っていたのは、若芽と思しき何か。
レイの印象では、タラの芽に近い形をしているように思える。
色は緑や紫のタラの芽と違い、雪で出来たような真っ白な色だったが。
「この保管ケースに入っているってことは、何らかの素材なんだよな。……俺が倒した氷樹のトレントになかったということは、セトの倒した個体にだけあったのか?」
こうして素材が出た以上は、何らかの素材なのは間違いない。
少しだけ興味深く思いながらも、この場でこれ以上調べても意味はないだろうと、その辺で調べるのを止めて薪となった木材を収納していく。
とはいえ、こうして個体によって違う素材が出て来たとなると、最後に倒した氷樹のトレントについても気になる訳で……
「さて、どうなる?」
そう言い、レイは最後の氷樹のトレントの死体を取り出し、ドワイトナイフを突き刺す。
……ただし、今度は薪にしようといったことは考えず、普通に木材としてだ。
薪にした時に収納するのがかなり面倒だったからだろう。
考えてみれば、木材の状態にしてミスティリングに収納しておき、薪として使う事になったら改めてデスサイズで切断すればいいのだから。
そう考えれば、やはり木材一択だろう。
もっとも、氷樹のトレントの木材を薪にしていると知れば、大工や錬金術師といった者達は何て勿体ないことをと叫ぶかもしれないが。
それはレイには知ったことではなかったが。
ともあれ、眩い光が消えると、そこには最初に氷樹のトレントを解体した時と同じく、木材となった素材と魔石があった。
「若芽は……ないな」
周囲をしっかりと確認するものの、保管ケースに入った若芽の姿はない。
そのことにがっかりすると同時に、納得もする。
予想はしていたものの、やはり先程レイが見つけた若芽は滅多に見つかるものではないのだろうと。
(ゲーム的に表現するのなら、レアドロップとかそんな感じか)
レイも日本にいる時はゲームを好んでやっていた。
特にRPGの類を好んでいたので、今回の一件では特に疑問には思わない。
そもそも、モンスターと一口に言っても……そして氷樹のトレントと一口に言っても、全てが同じ個体という訳ではない。
レイが先程考えたように、ゲームであれば同じ種族で違いは全くなくなってもおかしくはないのだが、この世界は現実だ。
そうである以上、同じ種類のモンスターであっても、ドワイトナイフを使って剥ぎ取れる素材がそれぞれによって違う……いや、完全に違うとはいかずとも、多少の差異があってもおかしくはない。
「取りあえず収納して……さて、若芽の件はともかくとして、次はこっちだな。……というか、寧ろこっちが優先されるべきなんだろうけど」
そう言い、レイは魔石を手にする。
そんなレイの様子を見たセトも、嬉しそうに……期待しながらレイに近付く。
「魔石は三つあるから、一つは収納しておくとして、まずはどっちから魔石を使う?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトはまずは自分が! と喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、レイもあっさりと頷く。
どのみち自分も……より正確にはデスサイズも魔石を使うことになるのだ。
であれば、どちらが先でもそうちがいはないと思えたのだろう。
「分かった。じゃあ……準備はいいな? ほら」
そう言い、レイはセトに向けて魔石を放り投げる。
セトはクチバシで魔石を咥え、飲み込み……
【セトは『アイスブレス Lv.二』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
氷樹のトレントの魔石だと考えれば、氷系のスキルの習得かレベルアップだろうと思っていたので、レイはそれを聞いても特に驚いたりはしない。
寧ろ当然だとすら思う。
残念に思ったのは、どうせ氷系ならアイスアローがレベル八になった方が嬉しかったことか。
あるいは、氷系ではないが水球がレベル七になってくれてもいい。
(いや、違うか? 確かにそうなった方がいいのは間違いないが、ブレス系は色々と応用が利くスキルなのは間違いない。であれば、アイスブレスのレベルが上がったことを喜ぶべきか。アイスブレスならこれからもそれなりにレベルが上がりそうだし)
アイスブレスのレベルが上がったことに、レイはそう考えて近付いて来たセトを撫でる。
「よくやったな、セト。アイスブレスは使いやすいスキルだ。そのレベルが上がったのは、セトにとっても嬉しいことだろう?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
「まずは試してみるか。セト、アイスブレスを使ってみせてくれるか?」
「グルゥ。……グルルルルゥ!」
レイの言葉を聞いたセトは、誰もいない方に向かってクチバシを開き、スキルを発動する。
放たれたアイスブレスは、まさに吹雪といった表現が相応しい。
相応しいのだが……それでもレベル二の為、どうしても他のスキルと比べると威力は劣ってしまう。
「グルゥ……」
威力が低いというのは、セトも理解しているのだろう。
残念そうな様子で喉を鳴らす。
「気にするな。今はレベルが低いからこの程度だけど、それはつまりレベルが上がれば威力が強化されるということを意味してるんだからな」
レベル五に達すれば、魔獣術の特性から間違いなく一気にスキルの威力が強化されるだろう。
それが判明しているだけに、レベル二の時点で威力が低いのはレイもあまり気にした様子はなかった。
セトもそんなレイの言葉で多少は立ち直ったのか、レイに向かって嬉しそうに喉を鳴らす。
「さて、そうなると次は俺だな。……普通に考えれば氷雪斬だけど……どうだろうな」
レイとしては、現在レベル八の氷雪斬がレベル九になって欲しい。
そうなれば、十一階で他のモンスターを探して……上手くすれば、その魔石で氷雪斬がレベル十に到達する可能性があった。
そう思いながら、魔石を空中に放り投げ……デスサイズで切断する。
【デスサイズは『氷鞭 Lv.一』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
「……おう?」
氷雪斬が上がればいいと思っていたし、実際にその可能性も高いと思っていた。
だというのに、習得したスキルは氷鞭というスキル。
「いや……でも、考えてみればおかしくはないのか?」
そう呟いたのは、氷樹のトレントは氷の蔦を鞭のようにして操っていたことを思い出した為だ。
それが影響し、氷鞭というスキルを習得したのかもしれない。
……氷雪斬のレベルが上がらなかったのは、残念だったが。
「まずは試してみるか。使いやすいスキルだったらいいんだが」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、応援の鳴き声を上げるセト。
そんなセトの様子に笑みを浮かべると、レイは早速新しく習得した氷鞭を試す。
「氷鞭!」
スキルを発動すると同時に、デスサイズの石突きに一m程の氷の鞭が生み出された。
その外見は、やはりと言うべきか、氷樹のトレントが使っていた氷の蔦と似ている。
……もっとも、氷の蔦はこんなに短くはなかったが。
(まぁ、さっきセトにも言ったけど、レベルが低いうちはしょうがないか。今までの経験からいくと、レベルが上がるごとに鞭の長さも伸びていくんだろうし)
そう思いつつ、レイは氷鞭を試してみる。
デスサイズの石突きを武器として使うというのは、それこそ狭い場所では槍代わりに使うこともあったので、特に戸惑いはない。
ただ、氷鞭の扱いはレイにとってもまだ慣れないので、決して氷鞭というスキルを使いこなしている訳ではなかった。
それでも折角習得したスキルなので、使いこなせないのでは意味がないと判断し、軽く練習する。
「……お? ただの氷の鞭じゃないのか」
その際に分かったことだったが、氷鞭の命中した場所は凍るということが判明する。
それが面白く、続けて氷鞭の扱いを練習し……そのうち、完全にとは言わないまでも、ある程度は使いこなせるようになるのだった。
【セト】
『水球 Lv.六』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.五』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.三』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.七』『光学迷彩 Lv.八』『衝撃の魔眼 Lv.五』『パワークラッシュ Lv.七』『嗅覚上昇 Lv.七』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.三』『アースアロー Lv.四』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.六』『翼刃 Lv.五』『地中潜行 Lv.三』『サンダーブレス Lv.七』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.二』new『空間操作 Lv.一』
【デスサイズ】
『腐食 Lv.八』『飛斬 Lv.七』『マジックシールド Lv.三』『パワースラッシュ Lv.八』『風の手 Lv.六』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.六』『ペネトレイト Lv.七』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.八』『飛針 Lv.四』『地中転移斬 Lv.三』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.四』『黒連 Lv.二』『雷鳴斬 Lv.二』『氷鞭 Lv.一』new
アイスブレス:吹雪のブレスを吐く。吹雪の威力はセトの意志である程度変更可能。
氷鞭:デスサイズの石突きに氷の鞭を生み出す。氷鞭に触れた場所は凍り付く。レベル一では長さ一m。