3766話
アンデッドから取れる素材というのは、そう多くはない。
スケルトン、ゾンビ、レイスといった弱いアンデッドの場合、魔石がそのまま討伐証明部位にもなっているので、他の……普通のモンスターと違って別に討伐証明部位を剥ぎ取るといったことをしなくてもいいのは楽だったが、それ以上に面倒なことも多かった。
特に嫌われているのは、やはりゾンビの悪臭や腐臭だろう。
これがスケルトンであれば、身体が骨だけなので悪臭はしないし、レイスは幽霊なのでこちらも悪臭はしない。
だが、ゾンビの場合は下手に身体を持っているだけに、その肉や内臓が腐った腐臭があるし、なにより下手に攻撃をすれば腐肉や腐った体液が周辺に散らばり、それを行った武器も腐肉や腐った体液に塗れることになる。
これがもっとランクが上のアンデッドであれば、素材となる部位もあったりするのだが。
そのようなアンデッドが多数いる十階で、何故それなりに多くの冒険者が活動するのか。
悪臭や腐臭を我慢するといったことは……セト程に五感が鋭くなければ、それを嫌がる理由にはならない。
それでも薄らと悪臭は漂っているので、決して好ましいものではないが。
だが……それを我慢しても十階で活動する理由の一つに、アンデッドの持つ装備品がある。
基本的にはスケルトンが武器や防具を持つのだが、中には武器を持ったゾンビであったり、どのようにしてかレイスが武器を持っていたりもする。
基本的にそれらの武器は粗悪品だし、錆びている武器や防具も多い。
それでも武器や防具である以上、地上では武器や防具ではなく金属資源として買い取ってくれる。
しかし、中には普通に使える武器や防具を持っているアンデッドもいる。
そういう意味では、レイが見つけたスケルトン……どうやってかまではレイにも分からなかったが、墓の十字架が肋骨の中に入るといった意味不明の状態だったスケルトンが持っている長剣は、普通に使える状態だった。
それどころか、レイは武器を見る目はそこまで詳しい訳ではないが、かなり品質の良い長剣なのは理解出来た。
魔剣であったり、あるいは伝説の武器……とまではいかないが、以前ガンダルシアにある武器屋を見た感じでは、スケルトンの長剣よりも品質の良い長剣はなかった筈だ。
あくまでも少し見ただけなので、例えば他の……もっと腕利きの冒険者が使うような武器屋であったり、店の中に出しておいて盗まれたり、傷を付けられたり汚されたりするのを嫌って店の奥にしまってある長剣があったりすれば、スケルトンの持つ長剣よりは高品質の可能性がある。
ただ、低ランク冒険者なら憧れの武器として金を貯めてなんとか買いたい。
ベテランの冒険者であっても、出来れば欲しい。
そんな品質の長剣だった。
……さすがにランクBやランクA冒険者、もしくはそれ以下の冒険者でも異名持ちだったり、腕利きだったりすれば絶対に欲しいとまでは思わない程度の品質だが。
「何だってこんな長剣が……しかもあんなふざけた状態のスケルトンに」
レイはスケルトンの残骸が転がっている地面を見て、呆れたように言う。
例え高品質の長剣を持っていたところで、その場から動けないのなら意味はない。
デスサイズと黄昏の槍というレイの武器は、双方共に長柄の武器だ。
当然ながら長剣よりも攻撃範囲は広く、しかもスケルトンは知能が低い。
自分に近付いてくるレイに気が付いても、まだ届かない……それこそデスサイズや黄昏の槍でも攻撃出来ない間合いにいるのに、長剣を振って攻撃しようとしていたのを見れば、それは非常に分かりやすい。
武器で劣り、知能で劣り……そんなスケルトンが、レイに勝てる筈もなく、あっさりと倒されたのだ。
「まぁ、儲けたということでいいか。……実はどこかの冒険者が落とした長剣だとか、そういうことはないよな?」
呟きながら、レイは改めて自分の持つ長剣に視線を向ける。
つい昨日、この十階では異変があり、レイがそれを解決した。
その異変によって、一昨日十階の転移水晶を使って転移した者達は、どういう訳か昨日の早朝にダンジョン前にある転移水晶に転移してきた。
幸いにもそれはリッチによる何らかの行動……それこそ転移した者達を儀式の生け贄にするとか、そういったような行動の結果ではなく、リッチも知らない間にリッチが行おうとした儀式の影響、あるいは……もしかしたらとレイは思うが、レイが九階で見つけた冒険者達の死体の近くに堕ちていた……リッチの話が事実なら、あの魔法陣からネックレスが奪われたのが原因なのか。
その辺りはレイにも詳細は分からないものの、とにかく何らかのイレギュラーがあって十階の転移水晶を使おうと思った者達が翌日早朝にずれこんだのは間違いない。
そんなイレギュラーによって、冒険者の持っている武器が失われ、それをスケルトンが拾ったという可能性もある。
(いや、イレギュラーならこのスケルトンがあの十字架が肋骨に入っていて、動けなかったのもイレギュラーなのか?)
疑問を抱くも、とにかくスケルトンが持っていた武器はレイにとっても決して悪い物ではないので、ミスティリングに収納しておく。
レイはデスサイズと黄昏の槍……大鎌と槍という二つの武器を使っているものの、一般的な冒険者の中では長剣を使う者が多い。
それはつまり、長剣の需要が高いということを意味していた。
実際、冒険者になったばかりの者の多くは長剣を欲する。
長剣は、分かりやすい武器の象徴とも呼ぶべき存在だった。
そのような長剣に比べると、鎚や斧といった武器は需要が少ない。
大鎌など、それこそレイに憧れるような者か、あるいは一部の物好きでもなければ欲しないだろう。
あるいはインテリアの類としては使えるかもしれないが。
ともあれ、長剣であれば……それも相応に品質の良い長剣であれば、それを欲する者は多いのだ。
そしてレイはデスサイズと黄昏の槍があるので、長剣を使うつもりはない。
なら、この長剣は売り払うなり、誰か見込みのある者に渡しても構わないだろう。
「さて、長剣についてはこれでいいとして。……魔法陣の方はどうなった?」
小屋に視線を向けると、そこではセトが周囲の様子を警戒している。
小屋中にいる二人の様子は分からないが、特に何か騒動になっている様子もない。
そのことに安堵しつつ、レイは小屋に向かって歩いていく。
「グルゥ」
戻ってきたレイを見て、セトが嬉しそうに喉を鳴らす。
……その嬉しさは、レイが戻ってきたというのもあるが、足下にある悪臭用のマジックアイテムが消えないうちに戻ってきてくれたからというのも大きいのだろう。
レイが見る限りでは、まだ悪臭用のマジックアイテムがなくなるようには思えなかったが。
以前十階で初めて悪臭用のマジックアイテムを使った時はもの凄い勢いで小さくなっていった。
レイは恐らくあれもまたダンジョンの異変……リッチが行おうとしていた儀式の影響なのだろうと考えている。
実際、今こうして悪臭用のマジックアイテムを見ても、周囲の悪臭や腐臭を消して小さくなっていく速度はかなり遅いのだから。
……いや、遅いのではなく、これが本来の速度なのだろう。
その為、レイが少しくらい離れても特に問題がないのは間違いない。
「セト、悪臭用のマジックアイテムについては心配するなって。……とはいえ、俺もセトがどれだけ悪臭や腐臭が苦手なのかは分からないけど」
セトがレイよりも鋭い五感を持っているのは、レイも理解している。
だが、それが具体的にどのくらい鋭いのか。
そして鋭くなった五感を使えば実際にどのような感じなのかは分からない。
そればかりは、幾らレイとセトが魔獣術で繋がっていても理解出来ないことだった。
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らしながら、それでも心配そうな様子を見せる。
セトにしてみれば、悪臭用のマジックアイテムがなくなってしまえばレイが戻ってくるまで悪臭や腐臭に耐えないといけなかったのだから。
いざという時のことを考えると、やはり心配になってしまうのだろう。
(うーん……この様子だと、やっぱり十階は適当に探索して、さっさと十一階に行った方がいいか)
十階にも、先程見た腕が複数あるスケルトンのように、まだ未知の存在がいる。
レイとしては、魔獣術的にこの十階にいるアンデッドの魔石も欲しいところなのだが。
(あるいは、いっそセトは十一階で、俺は十階で活動するというのもありなのか? ……もっとも、そうなれば最悪セトは十一階で活躍している冒険者達に狙われる可能性もあるけど)
セトがレイの従魔だというのは、既にガンダルシアでは広く知られている。
しかし、中にはグリフォン討伐であったり、その素材に興味を持つ者もいる。
もしそのような者達が十一階でレイがおらず、セトだけで活動しているのを見ればどうなるか。
間違いなく面倒になるだろう。
勿論、レイはそのような者達がセトに襲い掛かってもセトを倒すことはおろか、傷つけることも出来ないとは思う。
だが、ダンジョンの中でレイの従魔のセトが他の冒険者を襲ったということになれば、それは大きな騒動となってもおかしくはない。
例えそれが、冒険者側からセトに攻撃をして、セトがそれに反撃しただけだとしても。
(いざとなれば、フランシスの圧力であったり、高ランク冒険者として対処するなりといった手段はあるけど、それはそれで面倒なことになりかねないしな。そうなると、十階の探索をする時は俺だけでやった方がいいな。セトは家に置いてきて)
セトは残念がるだろうが、その方がいいだろう。
そうレイが思っていると……小屋の中にある魔法陣を調べていたシッタケとカルレインが揃って出てくる。
レイがスケルトンの一件でこの場にいなかった間に小屋の中の掃除は終わり、魔法陣を調べていたのだ。
そんな二人が小屋から出て来たということは……
「魔法陣については調べ終わったのか?」
「あ、はい。大体は調べ終わりました。どういう形式なのかは書き写しましたし、後はギルドの方で解析出来ます」
「……その割には残念そうだが?」
レイが言うように、シッタケは魔法陣の解析の初期段階が終わったのに、とても嬉しそうには思えない。それこそレイが言うように、残念そうな様子すら見せていた。
それはシッタケだけではなく、カルレインも同様だ。
そんな二人の様子を見れば、何かあったのだろうというのはレイにも容易に予想出来る。
アンデッドの襲撃があったという訳ではないのは、セトがここにいた以上は間違いない。
そうなると、やはり魔法陣のことなのでは?
そう思い、レイはシッタケの返事を待っていると、シッタケは残念そうな様子のまま口を開く。
「その、ですね。レイさんも見た時に分かったかもしれませんが、空間魔法の効果が消えた結果、小さくなりましたよね?」
「ああ、そうだな」
それについてはレイも実際に見ているので、特に反論の類はない。
そんなレイの言葉に、シッタケは頷いて言葉を続ける。
「そうなった結果、魔法陣の結構な部分がそれに巻き込まれて、消えているんです」
シッタケの説明に、レイは昨日自分がその目で見た魔法陣について思い出す。
確かにその魔法陣は大きく、今の小屋の中に入りきるようなものではなかった。
そんな状況で小屋に掛けられていた空間魔法が消えたとなると、それが具体的にどのような状況になったのかは、容易に想像出来る。
それでも一縷の望みを掛け……
「魔法陣そのものが小屋の大きさに合わせて縮んだとか……」
「いえ」
レイの言葉に、あっさりとシッタケは首を横に振る。
その様子を見れば、シッタケやカルレインもレイと同じようなことを期待していたのは明らかで、それが叶わなかったのも間違いなかった。
「つまり、魔法陣は……途中で途切れていたと?」
出来れば違っていて欲しいと思って尋ねるレイだったが、シッタケとカルレインの二人はレイのその言葉に頷く。
「一応、これでもある程度は魔法陣を調べることは出来るんですよ。小屋の大きさ以上の魔法陣は消えましたが、それはつまり小屋の大きさの魔法陣は残っていた訳ですから。ですが……それでも、やっぱり完全とは言えないのは……」
「それに、消えた部分に魔法陣の重要な情報がある可能性もありますから」
シッタケに続き、カルレインが説明する。
その言葉に、レイはなるほどと納得するが……だからといってレイにはどうこうすることは出来ない。
一応、昨日魔法陣を見てはいるものの、その時はリッチの相手を優先したので、そこまでしっかりと覚えている訳でもなかったのだから。