3765話
昨日、リッチがいたという小屋の中を見るシッタケとカルレイン。
本来であれば小屋の中には十分な広さがある筈だった。
だが、今は外見通りの広さ……いや、狭さと呼ぶべきか、とにかくそのようなものしかない。
シッタケとカルレインは何故このようになったのかを推理し……やがてあっさりと結論が出たのか、レイに向かって声を掛ける。
「レイさん、恐らくですが何故このようなことになっているのか予想出来ました。この小屋の中は、リッチの空間魔法で広くなっていたんですよね? なら、リッチがレイさんに倒された影響で空間魔法が解除されて、元通りの大きさになったものかと」
「空間魔法は本来ならそれを使った術者がいなくなっても、相応に維持されるものなんですけど、恐らくダンジョンの力……修復力が影響した結果だと思われます」
シッタケの説明をカルレインが引き継ぐように言う。
その説明は、レイにも納得出来るものではあった。
あったのだが……それでも、よりにもよって……という思いの方が強い。
(もしかして、リッチはそれを込みでここに拠点を置いたとか? ……どうだろうな)
レイが接した限り、あのリッチは自分の力に自信満々だった。
それこそレイとセトを前にしても、自分が負けるとは思っていなかったのは明らかだ。
相手の実力を見抜く目がない……というのは、魔法を使うリッチだから仕方がないのかもしれないが。
また、無詠唱で即座に生み出せる空間魔法の盾は非常に頑丈な防御力を持っていたので、リッチにしてみればそれがあればレイもセトもどうとでもなると思ったのかもしれないが。
そんなリッチの性格を考えると、何かあった時に証拠……いや、この場合は自分の知識や財産といったものを他人に渡したくなくてこの小屋を選んだのではなく、単純にダンジョンの力を奪うという儀式に丁度いいからこの場所を選んだとする方がレイには納得出来た。
勿論、これはあくまでもシッタケとカルレインの予想を聞いたレイがそうではないかと思ったもので、何らかの証拠がある訳ではないのだが。
「事情は分かった。とはいえ……俺は空間魔法とかにそこまで詳しい訳じゃないけど、こうした場合はどうなるんだ? 広い空間が縮まった……元に戻ったという事だが、そうなるとその空間の中にあった荷物とかそういうのの話だが」
「それは、魔法使いの術式によって違うので、何とも言えません。ただ……どうやら私達が来たのは無駄ではなかったようですね。出来れば完全な魔法陣を見たかったですが」
シッタケの視線が向けられているのは、床……いや、この場合は地面か。
その剥き出しの地面に、魔法陣があるのにレイも気が付く。
それもレイにとっても見覚えのある魔法陣が。
「なるほど」
空間魔法が解除されたことにより、魔法陣もここまで移動してきたのだろう。
シッタケが完全な魔法陣と言ってるように、魔法陣の大きさが今の小屋よりも大きかった為か、小屋の地面に入るだけの魔法陣はあるが。そこからはみ出ている魔法陣はどこにもない。
一応ということで、小屋の外の地面を確認してみるが、やはりそこにも魔法陣はなかった。
それはつまり、小屋に入らなかった部分の魔法陣は消えたということを意味していた。
「まいったな、これは。……こういうことなら、午前中にくればよかったな。それならもしかしたら間に合ったかもしれないのに」
「どうでしょう? あまり決めつけるのはどうかと思うのですが、恐らくは午前中にはもうこのようになっていたと思います」
「もしどうしても完全な状態で魔法陣を調べるなら、昨日リッチを倒した後ですぐに来なければならなかったと?」
尋ねるレイ、シッタケとカルレインはそれぞれ頷く。
「そうか。……そうなると、昨日のうちに戻ってくればよかったな」
「そうですが、それは仕方がありません。もし昨日十階に来ていれば、リッチの行動の影響で何か被害があった可能性も十分にありますし」
リッチは死んだが、その魔力……あるいは、それこそ小屋の空間魔法が解除されたことによって、周囲に大きな被害が出ていたかもしれないのだ。
あくまでも仮定ではあったが、それでもたらればを考えればそのようになってもおかしくはない。
「そうだな。なら、その辺についてはこれ以上考えないようにしておくよ」
「それがいいと思います。それに……この魔法陣でも、それなりに解析は出来ますから」
「出来るのか? ……いやまぁ、こうして魔法陣があるのを見れば、そういう風に言うのは理解出来るけど」
シッタケがあっさりと口にした内容は、レイにとっては十分に驚くべきことだった。
レイも魔法陣の結構な部分が残っている以上、もしかしたら……と、そう思わない訳でもなかった。
なかったが、それでも多分駄目だろうなという思いがあったのも事実。
(シッタケとカルレイン……もしかしたら、俺が予想した以上に優秀なのかもしれないな)
この状況でわざわざギルドから派遣された二人だけに、レイも別に無能とは思ってはいない。
だが、こうして魔法陣が完全ではない状態であっても十分に調べられるというのは、レイが予想した以上に優秀だったと言われても間違いはない。
「ええ。勿論全てを完全に調べられる……という訳ではないですが。それでも、ある程度を調べることは可能ですよ。カルレイン」
レイに答え、早速魔法陣を調べようとシッタケはカルレインに声を掛ける。
カルレインはもすぐに頷く。
「ええ、始めましょうか。……でも、その前にまずは小屋の中を軽く掃除する必要があるわね」
カルレインが言うように、小屋の中はかなり埃っぽくなっているし、石や木の枝といった物もそれなりに多くあり、魔法陣の一部を隠している。
リッチの使っていた空間魔法が解除されたことにより、小屋の中が元の大きさに戻り、広い空間の中にあった石や枝が今の小屋の中に集まってしまったのだろう。
「じゃあ、まずは石とか枝を小屋の外に出すか」
そう言ったレイに、シッタケとカルレインは戸惑ったような表情を浮かべる。
二人にしてみれば、まさかレイがそのような手伝いをするとは思わなかったのだろう。
「えっと、小屋は見ての通り狭いですし、それに魔法陣の保護というのもありますから、中の片付けはこちらでやりますよ。レイさんはセトと一緒に周囲の様子を警戒していて下さい」
「そうか? 分かった」
シッタケが言うように、今となっては小屋は狭い。
それに魔法陣の保護もあると言われれば、レイも自分が無理に手伝う必要もないと思っておく。
下手に手伝うよりも、小屋の外でアンデッドが近付いてこないかどうかを確認しておく方がシッタケとカルレインも安心するだろうと。
(それに……)
レイとしては、その方が魔法陣の調査に有益だという判断があると同時に、未知のアンデッドの魔石を入手出来るかもしれないという思いもそこにはある。
この小屋に来る途中に見た、腕が複数あるスケルトンなどはその筆頭だろう。
リッチを倒したことにより、この十階で出てくるアンデッドの種類が元に戻ったのは、十階で行動する冒険者にとっては不運かもしれないが、未知のモンスターの魔石を求めるレイにしてみれば悪い話ではない。
(あ、いや。それもちょっと違うか? 十階で活動している冒険者にとっても、魔石や素材という面ではスケルトンやゾンビのような弱いアンデッド以外の方が好ましいだろうし)
そんな風に思いつつ、レイはセトと共に周囲の警戒を始める。
「ほら、シッタケ。このゴミはそっちに捨てて」
「分かったから、そんなに急かさないでくれよ。乱暴にゴミを動かして魔法陣を傷つけたりしたら、意味がないだろう」
「それは……でも、少しでも早く魔法陣の調査をしたいのは分かるでしょ」
周囲を警戒しているレイの耳に、そんな声が聞こえてくる。
先程までは多少言葉遣いにも気を付けていたようだったが、自分達だけとなると普段通りの言葉遣いになったらしい。
(同僚なんだし、それは別におかしくはないけど。……何だか思ったよりも親しいような?)
二人がただの同僚ではなく、親しい……いわゆる恋人関係であると知らないレイは聞こえてきた会話を不思議に思うものの、だからといってそれが自分には関係ないだろうと思って口出しをしたりはしない。
下手に声を掛けて、それによって魔法陣の調査に悪影響が出る方が心配だったのだ。
「グルゥ?」
聞こえてくる会話を気にしていたレイだったが、そんなレイの様子が気になったのか、セトがどうしたの? と喉を鳴らす。
レイはそれに何でもないと首を横に振り、その身体を撫でる。
「こうしていると、敵が出て来ないのはラッキーなのかもしれないな。……まぁ、俺達にとってはあまり好ましいことではないけど」
レイの言葉にセトも同意するように喉を鳴らす。
敵が出るのは普通なら好ましくはないのだが、レイやセトの場合は魔獣術的に、寧ろアンデッドが出て来てくれた方が好ましいのだから。
今は敵が出てくる様子がないので、大人しく周囲の様子を警戒していたのだが……
「あ」
「グルゥ?」
不意にレイが口にした言葉に、セトが視線を向ける。
そしてレイの見ている方を見たセトは……
「グルルルゥ」
微妙な光景を見て喉を鳴らす。
そんな一人と一匹の視線の先にあったのは、スケルトン。
それだけなら特に驚くようなことはない。
ここは墓場がどこまでも広がる十階で、アンデッドが多数現れるのだから。
だが……レイやセトが注目したのは、そのスケルトンが動けなくなっていたからだ。
具体的には、十階に多数ある墓の一部が肋骨に挟まり、スケルトンが動けなくなっている。
何がどうなればあのようになるのか、レイには理解出来ない。
だが、現在レイの視線の先にあるのがそのような光景だったのは間違いない。
(墓となっている十字架の一部が肋骨の中に入るって……一体何がどうなってそうなるんだ? 普通に歩いているだけだと、とてもではないがそういう風になるとは思えないが。そもそも十字架の一部が肋骨に入っているということは、肋骨の一部が壊れてるとか、そういう感じか?)
言うまでもなく、墓となっている十字架の一部は相応の大きさで、とてもではないが肋骨の隙間には入らない。
一体何がどうなってそうなったのか、レイにも理解出来なかった。
これが例えば、墓と墓の隙間に入ってしまい、骨が引っ掛かって出られなくなったというのであれば、レイもその理由には納得出来ただろう。
だが、レイの視線の先にあるのは明らかにそのようなものとは違う光景だ。
「えっと……あれ、どう思う?」
「グルゥ……」
戸惑ったようなレイの言葉に、セトもまた困った様子で喉を鳴らす。
レイにとってもセトにとっても、あの光景は予想外としか言いようのないものだったのだ。
一体何がどうなればあのような状況になるのか。
それは分からなかったが、レイは少し迷い……
「取りあえず倒してくるか」
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトも分かったと喉を鳴らす。
セトにとっても、あのような不気味な……そう、不気味としか表現出来ないスケルトンは、出来るだけ早く倒してしまった方がいいと、そう思ったのだろう。
レイとセトの考えが一致すると、レイはセトにここで待っているように言って動けなくなっているスケルトンに向かう。
「あんな間抜けなスケルトンだけに、苦戦したりはしないだろうけど……本当に何がどうなってこうなったのやら」
呆れつつも、レイはデスサイズと黄昏の槍を手にスケルトンに近付いていく。
自分に近付いてくるレイに気が付いたのだろう。
スケルトンは手に持つ長剣を振るう。
勿論、レイとスケルトンとの距離はまだかなり離れているので、この状態で長剣を振るったところで意味はない。
……ただ、レイにとっては少しだけ意味があった。
(あの長剣、ちょっといい奴じゃないか?)
そう、スケルトンが振るっている長剣は、レイの目から見てもそれなりの品のように思えたのだ。
レイの武器を見る目は、マジックアイテム程にある訳でもない。
槍なら黄昏の槍を使うのでそれなりに見る目があるものの、長剣ともなるとレイが普段使う武器ではないので、見る目はそこそこといったところだ。
余程の粗悪品であったり、魔剣や名剣と呼ばれる類であれば、一目見ただけで分かるだろうが。
そんなレイの目から見て、スケルトンの持つ長剣はそんなに悪くない……どころか、それなりの質を持つ長剣であるように思えたのだ。
こうして、レイはちょっとしたハプニングかと思いきや、幸運に恵まれたことを感謝するのだった。