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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3764/3865

3764話

「グルルゥ」

「っと、悪い」


 十階に転移した瞬間、セトがレイに向かって喉を鳴らす。

 セトが何を言いたいのかを理解したレイは、すぐにミスティリングから悪臭用のマジックアイテムを取り出す。


「えっと……それは?」


 シッタケは、いきなりレイが取り出した石の球を見てそんな風に呟く。

 ミスティリングから取り出したのを見ても驚いた様子がないのは、レイがミスティリングを持っているのを知っているからだろう。

 ……中には知っていても実際に見れば驚く者もいるのだが、その辺はさすがギルド職員といったところか。

 カルレインも不思議そうな様子で見てくるのを、レイは悪臭用のマジックアイテムを起動させながら口を開く。


「これは悪臭用のマジックアイテムだよ。セトは五感が鋭いからな。この十階は悪臭や腐臭があって、厄介なんだ」


 そう言うレイだったが、シッタケとカルレインはその言葉を理解出来ないといった様子で首を傾げる。

 勿論、二人もこの十階に漂っている悪臭は理解出来る。

 だが、そこまでする必要があるのか? と言われれば、首を傾げる程度でしかない。

 それでもここでレイを不愉快にさせる必要もないだろうと考え、頷く。


「そういうものですか。……まぁ、私達もそこまで酷くないですが悪臭は感じますしね。それがなくなるのであれば、大歓迎です」

「ええ、シッタケの言う通りかと。私も悪臭は好みませんし」

「納得して貰えたようで何よりだよ。……じゃあ、リッチの使っていた小屋に行くか」


 こうしてレイはセトやシッタケ、カルレインと共に移動を開始する。

 十階に広がっているのは、どこまでも続くような墓場。

 昨日や一昨日とは違い、遠くの方では数人の冒険者がアンデッドと戦っている光景が見える。


(あれは……ただのスケルトンじゃないな)


 手が四本生えているスケルトンだけに、どこからどう見ても普通のスケルトンではないだろう。

 昨日レイが十階に来た時は、普通のゾンビとスケルトンの姿しかなかった。

 アンデッドが昨日よりも強くなっている理由は、やはりダンジョンの異変が……リッチが行おうとしていた儀式が失敗に終わったからだろう。


(しくじったな。……いやまぁ、あの連中の戦いの様子を見る限りだとピンチになりそうもないから、シッタケとカルレインがいなくても助けに入るといった理由で戦闘に乱入するのはまず無理だっただろうけど)


 レイにしてみれば、未知のアンデッドというのは魔獣術的に是非とも戦ってみたい。

 より正確には、その魔石が欲しい。

 しかし、こうして二人の護衛をしている以上は今この場でモンスターと戦うことは出来ない。

 ……いや、より正確には二人を襲ってくるようなことがあれば、戦うことも出来るだろうが。


(まぁ、この二人は魔法陣の調査が終わって転移水晶のある場所まで連れていけば、それでいいんだ。それが終わったら思う存分アンデッドと戦える。……セトはあまり好まないかもしれないけど。それにリッチの魔石の件もあるしな)


 レイの場合は、悪臭はあってもまだ我慢出来る範囲だ。

 しかし、嗅覚がレイよりも鋭いセトにとって、この十階の悪臭は非常に厄介な存在だった。

 だからこそ、悪臭用のマジックアイテムが必須なのだが……それでもセトにしてみれば、あまり十階に長く滞在したくないと思うのはおかしくない。

 またレイとセトが昨日倒したリッチの魔石の件もある。

 昨日、使おうと思えば家の庭で魔石を使えただろう。

 だが、習得したスキルを試しに使ってみるという時、下手をすれば他の者達に被害を与えるので、庭で使うのは止めておいたのだ。

 そういう意味では、ダンジョンの中というのはこれ以上ない場所ではあった。


(あ、でも悪臭用のマジックアイテムの減り……やっぱり少ないな。最初に使った時と比べると、見て分かるくらいに)


 周囲の警戒はセトに任せつつ、それでも何か起きないかと周囲の様子を警戒しながら進むレイ。

 幸いなことに……レイにとっては残念だったかもしれないが、途中で敵に襲撃されることもなく、小屋の前に到着する。


「えっと……その、ここですか?」


 シッタケが戸惑ったようにレイに言う。

 それも当然だろう。

 何しろ、目の前にあるのは小さな小屋だ。

 リッチが大規模な儀式をやろうとした場所だとは、到底思えなかったのだから。

 だが、そんな不安そうなシッタケに対し、レイは頷く。


「そうだ。外見が狭いからといって……うん?」


 小屋の近くまで来たレイがシッタケとカルレインに説明をしようとしたものの、ふと小屋の扉を見て疑問の声が漏れる。

 昨日、レイがリッチと戦った時、あるいはセトが小屋の中に突入してきた時、扉やその周辺の壁は壊れていた筈だ。

 しかし、こうしてレイの目の前にある小屋は扉がそのままで、当然ながら小屋が壊れているといった様子もない。

 これは、明らかにおかしかった。


(ダンジョンの中だから、時間が経てば直るのは分かる。分かるけど、それでも昨日の今日でここまで完璧に直るのか? ……考えられる可能性としては、この小屋の中で儀式をやろうとしていたのが影響してるのか)


 その辺は分からなかったし、あくまでもこれはレイの勘ではあったが、その可能性は十分にあった。


「レイさん?」


 説明の途中でいきなりレイが黙ったからだろう。

 シッタケが一体どうしたのかといった様子でレイに聞いてくる。


「あ、悪い。えっとだな。昨日、リッチはこの小屋の中にいた。当然ながらただの小屋という訳じゃなくて、小屋の中を空間魔法を使って広げていたんだよ。……で、その時に小屋の中での戦いで俺やセトが暴れた影響で、小屋の扉やその周辺の壁が壊れていた筈なんだが」


 その言葉に、シッタケとカルレインは小屋を見る。

 だが、そこにあるのは特に壊れた様子もない扉と壁だけだ。


「直ってますね」


 シッタケの言葉にレイは頷く。


「そうなんだよな。正直なところ、一体何がどうなってこうなったのかは分からない」

「いえ、あくまでも予想ですが推測は出来ますよ」


 カルレインはレイの疑問にそう返す。

 そんなカルレインの言葉に、レイはどういうことだと視線を向ける。

 レイに視線を向けられたカルレインは、自分の予想を話すことが出来るのが嬉しいのか、笑みを浮かべて説明を続ける。

 なお、そんなカルレインの横では自分が説明しようとしていたのを横取りされたシッタケが不満そうな様子を見せていたものの、カルレインは同僚の……実は密かにただならぬ関係であるシッタケの様子をスルーしていた。


「レイさんの話によると、リッチはこの小屋の中で儀式を行おうとしていたんですよね? そして魔法陣もこの小屋の中にあったと」

「そうなるな」

「なら、話は簡単です。ようは、この小屋に集まっていたダンジョンの力によって、破壊された場所が修復されたのでしょう」


 それはレイが予想した内容と同じではあった。

 ただし、導き出される結果は同じであっても、そこに辿り着くまでの道筋は全く違う。

 レイの場合は単純に勘……あるいは日本にいた時に楽しんだ漫画やゲーム、アニメによってだったり、これまで冒険者として活動してきた経験から出た結論だった。

 それと違い、カルレインはギルド職員と研究者としての知識と経験からのものだ。

 そういう意味では、結果として何となくそういう風に思ったというレイとは違い、説得力がある。


「なるほど。……ん? ちょっと待った。それってつまり、まだ魔法陣の効果が継続しているということじゃないのか? 俺が魔法陣を一部壊したが、それは全く意味がなかったということにならないか?」

「そうですね……その可能性もない訳ではないと思います。ですが、ダンジョンの修復という意味では、魔法陣が破壊されてもそこに残っている魔力、もしくはダンジョンの力でどうにかなると思います。……それを確認する意味でも、入ってみましょう」

「結局中に入って実際に自分の目で見ないと何とも言えませんしね。……レイさん、万が一ということもあるので、先に入って貰えますか? 正直なところ、こういうのをレイさんに頼むのは申し訳ないんですが」


 カルレインに続いてシッタケがそう言いながら、申し訳なさそうにレイを見てくる。

 シッタケにしてみれば、レイを……悪い言い方をすれば捨て駒にするのは、気が進まないのだろう。

 ギルドマスターからは、レイにはくれぐれも失礼がないようにと言われていたのだから。

 そんなレイを捨て駒にしてもいいのかと、そうシッタケが思うのは当然だろう。

 しかし……レイはそんなシッタケの様子を、全く気にした様子もなく頷く。


「分かった」

「え?」

「……どうした?」


 レイがあっさりと頷いたことに、思わずといった様子で声を発したシッタケだったが、レイがそれを不思議に思って尋ねる。

 そんなレイの視線に、シッタケは少し困った様子で口を開く。


「その……ですね。レイさんを先に突っ込ませるようなことを提案したのに、まさかこうもあっさりと受け入れて貰えるとは思っていなかったので」

「何だ、そんなことか。俺はお前達の護衛としてここにいるんだから、危ない場所に俺が行くのはおかしなことじゃないだろう? ……まぁ、本来なら俺よりも感覚の鋭いセトが行ければいいんだろうが、セトの大きさを考えると中に入るのは難しいしな。それこそ昨日と同じく、扉を破壊して無理矢理中に入ったりしないと駄目だろうし」


 実際にはサイズ変更というスキルがあるのだが、今の状況ではわざわざそれを使うまでもないだろうというのがレイの考えだった。

 切羽詰まった状態であれば、また話は別だったかもしれないが。


「そう、ですか? じゃあ、その……お願いします」


 レイがあっさりと受け入れてくれたことを意外に思いつつも、シッタケにしてみればレイのような強者が進んで先に偵察をしてくれるのなら不満はない。

 軽く頭を下げると、カルレインもそれに続く。

 レイはそんな二人に気にするなとシッタケの肩を軽く叩き、セトを見る。


「セト、俺が小屋の中を確認するから、セトはその二人の護衛を頼む。……大丈夫だとは思うけど、アンデッドの襲撃とかがあるかもしれないしな。……ああ、そうそう。シッタケはこれを持っていてくれ」


 セトに注意している途中で、レイは自分の持っていた悪臭用のマジックアイテムをシッタケに渡す。


「えっと?」

「俺がこの悪臭用のマジックアイテムを持っていると、セトがまた悪臭に苦しむだろうからな。そうならないようにだ」

「ああ、なるほど。……はい、分かりました」


 レイの言葉に納得して悪臭用のマジックアイテムをしっかりと持つシッタケ。

 そんなシッタケの様子を見つつ、本当に大丈夫なんだよな? とレイは一瞬思う。

 もっともカルレインもいるので、何かあったらカルレインがどうにかするだろうと思い、レイは意識を小屋に切り替える。

 その両手にはミスティリングから取り出したデスサイズと黄昏の槍が握られている。

 昨日この小屋の中に入った時は、空間魔法によって小屋の中が結構な広さとなっていた。

 具体的にどのくらいの広さかといえば、それはレイがデスサイズや黄昏の槍を自由に振るえる程度の広さではあった。

 なので、小屋の中がどうなっていようともすぐ対処出来るように準備しておくのはレイにとって当然のことだった。

 そして、扉を蹴破ったりするのではなく、中がどのようになっていても影響しないように開けると……


「マジか」


 目の前の光景に、レイの口から思わずといったようなそんな言葉が漏れる。

 そうレイが口にしたのは、目の前にあった光景が予想していたものと違っていたからだ。

 昨日と同じであれば、目の前にはデスサイズや黄昏の槍を振るうのに十分な広さの空間が繋がっていた筈だった。

 だというのに、目の前にあるのは外から見た小屋の外見通りの大きさ。


「レイさん?」


 悪臭用のマジックアイテムを手にしたシッタケが、レイの言葉に一体どうしたのかと尋ねる。

 そんなシッタケの言葉で我に返ったレイは、シッタケとカルレインに視線を向け、口を開く。


「ちょっと来てくれ。見れば一目で分かると思う」


 そう言い、二人を呼び寄せる。

 レイがここまで困惑してるのを疑問に思った二人が近付き……そしてレイが場所を譲って小屋の中を見ると、レイが驚いた意味を理解した。


「えっと、その……レイさん。一応聞きますけど、この小屋の中は昨日からこんな感じだった訳じゃないですよね?」


 そんなことがある訳ではない。

 そう思いながらも、念の為に尋ねるシッタケにレイは黙って頷くのだった。

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