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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3758/3865

3758話

 リッチの両腕の骨を見ていた猫店長だったが、十分程が経過すると顔を上げ、首を横に振る。


「この骨はリッチの魔力によって染められている。いや、自分の腕の骨だと考えれば、その表現は正しくないのかもしれないが」


 猫店長のその言葉は、ギルドでリッチの骨を鑑定したギルド職員と同じものだった。


「だろうな。ギルド職員からもそう言われたよ。……それで、猫店長の知り合いにはそのリッチの骨を使って何かマジックアイテムを作れるような錬金術師はいないか?」

「なるほど、それで私のところに持ち込んだのか。てっきり買い取って欲しいと言われるのかと思ったのだがね」

「買い取ってくれるのなら、それはそれで構わない。その後で猫店長が錬金術師に売るといったような事でもな」


 そう言うレイの言葉に、しかし猫店長は即座に首を横に振る。


「いや、止めておこう。残念ながら私の知り合いにもこのような物を使えるくらいに腕利きの錬金術師はいないのでね」

「そうか。猫店長ならそういう知り合いがいるかと思ったんだけど……残念だ」

「レイは私を一体何だと思ってるんだろうね」

「何って、わざわざ店の中に入るには一定の手続きをしなければならないような、そんな店の店長だと思ってるよ」


 それに加えて、レイとしてはエスタ・ノールの作ったマジックアイテムの着ぐるみを着ていることからも、酔狂な人物だという認識があった。

 ……何故着ぐるみと、そんな風に疑問に思えるのだが、それについてはここで自分が考えても意味はないと、もう諦めている。


「買い被ってくれるのは嬉しい。しかし、レイが思っているようなものではないのさ。それなりに錬金術師に知り合いはいるが……」


 そこまで口にした猫店長は、首を横に振る。

 もっとも、レイはその猫店長の言葉が真実なのかどうかは分からない。

 着ぐるみを着ているので、猫店長が今どのような表情を浮かべているのかは、レイにも分からないのだ。

 そしてレイはこの店に来るようになってから、まだ日が浅い。

 異名持ちのランクA冒険者として、レイの噂はこのガンダルシアにまで流れてきてはいたものの、だからといってそれだけで猫店長もレイを全面的に信用するといったことは出来ないのはおかしくはないだろう。

 これが長年この店を使ってきた者で、猫店長と強い信頼関係にあるのなら、話は別だったが。


「分かった。なら、この骨は俺の方でどうにかするよ」


 グリムに渡してもいいかもしれないし、あるいはギルムにいる錬金術師に渡してもどうにかなるだろう。

 レイはそれを理解しているからこそ、無理に猫店長から錬金術師を紹介して貰おうとは思わなかった。


「悪いね。ただ……もし、その骨をどうにか出来そうな凄腕の錬金術師がいたら、レイにも紹介出来るかもしれない」


 レイに向かってそう言う猫店長。

 着ぐるみを着ているので、その表情を確認することが出来ないのはレイにとっても残念なことだった。

 実はリッチの骨を使える錬金術師の知り合いがいるのを隠しているだけなのか、それともリップサービスでこのようなことを口にしたのか。

 そこまではレイにも分からなかった。


「期待しないで待ってるよ」


 なので、レイは取りあえずそう言っておく。

 そう言うレイの口調には、残念な色はない。

 リッチの骨を扱える錬金術師がいればラッキー程度の気持ちだったからだろう。


「で、今回の本題はそっちの宝石とかの方なんだが」

「リッチの骨なんていうとんでもない素材を持ち込んでおいて、実はそれが本題ではないとか……」


 呆れる猫店長だったが、それでもすぐに宝石を手にして調べ始める。


(リッチの骨を持った時もそうだったけど、あの手でどうやって宝石とかを持ってるんだろうな)


 レイが見たところ、猫店長の着ぐるみの手は猫の手……正確にはそれをデフォルメしたような形になっている。

 とてもではないが、そのような手で自由に物を持ったりといったことが出来るとは思えない。

 思えないのだが、実際に小さな宝石を器用に持っているのを見れば、そういう風な意味として納得は出来るだろう。……納得するしかないというのが正しいが。

 レイの場合は、多くの者達に何かをしでかしても『レイだから』ですまされるが、猫店長の場合も同じような感じなのではないか? と、そうレイは思ってしまう。

 あくまでもレイがそう思っているだけなので、他の者達がどのように思っているのかは分からないが。


「ふむ……何か魔法的な処理がしてあるのは分かる」

「それはギルドで鑑定して貰った時にも聞いたな。それ以上に何か分からないか?」

「そう言われてもね。私もこういう店をやっている以上、それなりにこの手の品には詳しいが……この宝石、だけではなくそれ以外の指輪とかについても、見たところでは分からないというのが正直なところだね。何ならこれを預かってもっと詳しく鑑定してみてもいいけど、どうする?」

「いや、止めておくよ」


 猫店長の言葉にレイはどうするべきかを考え、最終的には首を横に振ってそれを拒否した。

 レイにしてみれば、鑑定出来るのならして貰いたいとは思う。

 思うのだが、この宝石やアクセサリの由来……リッチが儀式に使おうとしたことを考えると、そのまま預けるというのは猫店長に不幸なことが起きるのではないかと考えてしまったのだ。

 これが、例えば個人的に気に食わない相手であれば、レイもそこまで気にしたりはしなかっただろう。

 しかし、猫店長はエスタ・ノールの作ったマジックアイテム繋がりというのもあり、何よりも話していて楽しい相手だ。……猫の着ぐるみを着ているというのも、大きな理由なのかもしれないが。

 だからこそ、もし猫店長がこの宝石やアクセサリによって何か妙なことになったりしたら悪いと思う。

 それならレイが持っているのはどうなのかという話もあるのだが、レイの場合はミスティリングに収納してあるので問題ないと思っているし、もし万が一にもミスティリングに入れたままで何らかの影響があっても、レイは自分ならどうにか出来るという自信があった。

 だからこそ、宝石やアクセサリは自分で持っておこうと、そう考えたのだ。


「そうかい? まぁ、レイがそう言うのであれば構わないけど」


 猫店長としても、宝石やアクセサリにはそれなりに興味がある。

 あるのだが、それでもレイに無理を言っても……という程ではない。

 あるいは、これまで数多くのマジックアイテムを扱ってきた者として、何か勘のようなものでも働いたのかもしれなかったが。


「何があるか分からないしな。……それより、ポーションを何本かくれ」


 ポーションを求めることで、リッチの骨と宝石やアクセサリについての話はこれで終わりと暗に告げる。

 猫店長もそんなレイの考えは理解したのか、すぐに三本のポーションを出す。

 そこからは、レイにとってもそれなりに慣れた様子でポーションの料金を支払おうとしたのだが……


「いいのか、これ? もしかして間違ってないか?」


 猫店長が提示した料金は、レイにとっても意外な程に安かった。

 この値段は一体何故?

 そうレイが疑問に思うのも、おかしくはないくらいの安い値段。

 もしかしたら、レイが欲している品質のポーションではなく、もっと品質の低いポーションではないかとすら思うくらいに。


「構わないよ。勿論、このポーションの品質は問題ない。これは良い物……いや、良いのかどうかは分からないが、貴重な物を見せて貰ったお礼だよ」

「えっと……いいのか、本当に? 普通に考えれば、俺が鑑定代として料金を支払うところだと思うんだが」


 レイの言うことは決して間違ってはいない。

 普通なら、マジックアイテムを売っているような専門家に鑑定を任せた場合、代金を支払うのだから。

 ギルドでは、ギルドマスターからの指示だったので鑑定代は必要なかったのだが。


「構わないよ。珍しい物を見せて貰ったお礼だ。それに……レイがダンジョンの異変を解決してくれたのだろう? この店はダンジョンがあってこそだ。数日程度ならまだしも、十日、二十日……といった具合に転移水晶が使えない日々が続けば、色々と問題が起きるんだ」


 その説明にレイは納得する。

 納得するものの、それは完全な納得ではない。

 元々、この店は限られた者しか利用しない。

 それは店に入る時に複雑な手続きをしなければならないことからも明らかだろう。

 そのような店だけに、多少ダンジョンが使用出来ない……より正確には転移水晶が使用禁止になってこの店で扱うようなマジックアイテムのある階層まで冒険者が行けなくても、客の数が少ないだけに在庫だけでどうとでもなりそうにレイには思える。

 もっとも、これはあくまでもレイの予想であり、実は店の収支からすると長い間マジックアイテムが入ってこないと、厳しいのかもしれないが。


「そうか。なら遠慮なく」


 猫店長が心の底で何を考えているのかはレイにも分からない。

 分からないが、それでもポーションを安く売ってくれるというのなら、それを断るつもりはなかった。

 ポーションの料金を支払うと、レイは最後に軽く猫店長に挨拶をしてから店を出るのだった。






「おう?」


 猫店長の店を出たレイの口から、そんな声が漏れる。

 今までのパターンからすると、セトの周囲にセト好きが集まり、セトを愛でている。

 あるいはグリフォンという高ランクモンスターの素材やら、場合によっては殺して討伐証明部位を欲したりする者がちょっかいを出してきて、セトに返り討ちに遭い、気絶しているか。

 大抵がそのどちらかというイメージがレイにはあったのだが、猫店長の店から出たレイが見たのは、セトだけで周囲には誰もいないという……かなり珍しい光景だった。


「えっと……」

「グルゥ?」


 何と声を掛ければいいのか戸惑っているレイに対し、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。

 そんなセトの様子を見たレイは、そこでようやく我に返る。


「いや、何でもない。いつもならこういう時はセトの周囲にそれなりに人が集まってるのに珍しいと思っただけだよ。……まぁ、場所を考えればおかしくないのかもしれないけど」


 猫店長の店があるのは、裏通りに近い場所だ。

 完全に裏通りであったり、ましてやスラム街といった訳ではないものの、それなりに治安は悪い。

 だからこそ警備兵もそれなりの頻度で見回ったりするのだろう。

 そのような場所だけに、人通りが少ない……つまり、そもそもセトの近くを通る者がすくないのだ。

 これが大通りのように人通りの多い場所の話であれば、レイが店の中にいる間に多くの者が集まってきてもおかしくはないのだが。


「とにかく、これで今日の用事は終わった。後は家に帰ってゆっくりするか。……明日はどうするかな」


 近付いて来たセトを撫でながら、レイは明日はどうするべきかを考える。

 ダンジョンの異変は今日レイが解決したので、明日から転移水晶を自由に使える筈だ。

 そうなると、今日ダンジョンに潜れなかった分を稼ごうといつもより多くの者がダンジョンに挑むだろう。

 もっとも、ダンジョンは五階が一つの壁となっており、十階も一つの壁となっている。

 つまり、十階の転移水晶を使う者は、五階の転移水晶を使う者よりは少ない訳だが……


(ただ、結局ダンジョンの前にある転移水晶は一個だけなんだよな)


 それはつまり、五階、十階、十五階にある転移水晶までの転移を、全てダンジョン前にある一つの転移水晶だけで行うということを意味していた。

 そうなると、かなりの人数が使うことが予想される。

 転移そのものは転移水晶に触れて転移する階層を選ぶだけなので、そこまで時間は掛からない。

 だが、一人ずつの転移が数秒から十数秒だとしても、転移水晶を使う者の数が多ければ、当然ながら多くの時間が必要となる。

 レイの場合は朝一番に転移水晶を使うのではなく、ゆっくりと朝の時間を楽しんでからダンジョンに向かう。

 時間にして、午前九時から十時くらいなので、そういう意味では転移水晶の前に並んでいる者達が忙しい、ピークの時間は避けられるかもしれないが、それでも今日ダンジョンに潜れなかった者達のことを思えば、完全に安心が出来ないのは事実。


「うん、そうだな。やっぱり明日は学校に行こう。マティソンにも話をしておかないといけないし」


 昨日、家に戻った時にマティソンから仲間が戻ってこないと相談を受けたのだ。

 以前セトとの模擬戦の時にレイもマティソンの仲間の顔は見ていたので、今朝ギルドに戻ってきた者達がいた中にその顔があったのもレイは確認している。

 それでも一応、直接頼まれた身としては、マティソンに話しておいた方がいいと判断したのだ。

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